第235話 それぞれが越えるべき壁のようです
テツは鳥の鳴く声で意識が覚醒した。
「ヤバい、寝過した!」
テツ達は雄一に訓練をつけて貰う時は、鳥が鳴き始める前に目を覚まして柔軟を済ませて雄一の登場を待つというのが通常であった。
それなのに鳥が起き出す時間まで熟睡してしまったテツは大慌てで宿のベッドから飛び起きる。
飛び起きて顔を上げるとそこにはベッドに腰がけて腕を組んだ雄一が「起きたのか?」と笑みを浮かべた。
「ゆ、ユウイチさん、すいません! 寝坊しましたっ!」
テツは焦った風に直立して綺麗に腰を折って頭を下げる。
それを見た雄一はテツの肩を叩いて、「顔を上げろ」と言ってくる。
「寝坊した訳じゃないぞ? 俺がテツ、いや、ホーラとポプリにも眠りの魔法をかけたからだ」
「どうしてですか? 昨日は、あの後、気を失ってしまって覚えてないのですが……」
テツは、あの後、泣き疲れたように眠ってしまって、その後の顛末を知らない。
聞きたそうにしているテツに、掌を向けて黙らせる。
「順を追って話してやる」
そう言う雄一はあの後の話を1つずつ話し始めた。
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テツが気を失ったのを見計らったかのようにホーラ達が雄一に話しかけてきた。
「ユウ、次はアタイ達の番さ」
「私達も『精霊の揺り籠』に同行する為に!」
多少なりとも休んだ事で、先程よりは足元がしっかりしているが、あくまで日常生活であればの領域を出ない2人を雄一は見つめる。
「まあ、そう急くな。状況が変わってきたんでな」
雄一はきっと、駄目なモノは駄目だと頑として聞かないのではないかと思っていた2人は鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を白黒させる。
「正直な所、テツに出した再試練は、今回は失敗に終わり、次回に活かせ、という話になると俺は思っていたが及第点とはいえ、この馬鹿はやりきった」
まあ、良くて、自分の気付いてなかった願いなどを自覚する程度だと思っていたがテツは雄一の想像以上の解答を示した。
雄一がテツを褒めている事は分かるが、今の自分達にどう関わるか分からないホーラ達は眉を寄せて続きを促してくる。
「『精霊の揺り籠』に突入するのは今日を抜いて、後5日だ。準備する日と休養を取る日を考えると修行に当てられる時間は3日」
指で3と示す雄一はホーラ達を見渡し、1つ頷くと続ける。
「はっきり言って、今のテツをどう鍛えても異世界人を1人を相手にして勝てる公算を弾くのに3日は不可能だ。最低3カ月は欲しい」
「じゃ、テツ君も駄目という事ですか?」
悔しそうにするポプリが雄一にそう聞いてくる。ポプリとて、先程のテツの激変ぶりを見て、あれで無理だったら、と思わずにはいられないようだ。
「と言ってしまいたいところではあるが、俺も及第点とはいえ、認めた以上、譲歩は必要だと考えている。そこでだ、テツが着いてくる事を許す条件を変えようと思う。それにはホーラ、ポプリの協力とお前達が化ける事が前提だが、聞くか?」
そう言ってくる雄一に2人は黙って頷く。
間を置かずに迷いも感じさせない思いっきりの良い2人に苦笑を浮かべる雄一。
「お前達3人で1人を相手にして勝てる公算が感じられたら許可をしよう。これであれば、僅かなりに可能性はあるが、言っておくが生きて帰れる可能性より死ぬ可能性の方が圧倒的に高い話だぞ?」
「勿論、お受けします。テツ君のおまけ扱いが気に食わないですけど、今は四の五言ってられません」
「アタイは望みを叶えるなら綺麗も汚いも気にしないさ。やるさ」
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「まあ、そういう話になった。それでやっと納得した2人を寝かしつけたところに不意打ちで眠りの魔法を放ち、ついでにテツにもしたんだが、弱めにかけたとはいえ、下手したら昼まで寝てると思ったんだがな」
「そういえば、『精霊の揺り籠』に行く行かないで試練を受けてたんでしたね……」
テツの頭の緩さに雄一は肩透かしを食らってしまい、苦笑を浮かべる。
それはテツにとって致命的な欠点になるか、最大の利点になるかは自分の育て方次第だと思うと雄一も笑ってばかりいられないと気を引き締める。
すると、部屋をノックする音がすると返事も聞かずに入ってくる少女が2人がいた。
「さあ、始めるさ。時間が惜しい」
「ユウイチさん! 私達に魔法をかけましたね!? どうせ、そこまでするなら目を覚ましたらユウイチさんが隣で寝てるぐらいのサプライズをですね……?」
妄言を垂れ流すポプリの胸を鷲掴みにするホーラはモゲろとばかりに引っ張る。
それに対抗するようにホーラの頬を引っ張り出す。
女同士の醜い争いをテツと眺める雄一はテツに振り返る。
「俺の魔法をこうも抵抗されると少し自信を失うが、確かに時間は有限だ。行くか、テツ」
「はい、ユウイチさん!」
そう言う2人がホーラ達を放っておいて部屋から出ると我に返ったようで慌てて追いかけてくる2人に雄一は笑みを浮かべた。
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雄一達が宿を後にした頃、アリア達は『試練の洞窟』の入り口で集まっていた。
「よし、昨日で20階層のキャンプ地まで行けたな」
「ええ、全フロアを踏破して2日で20階層は異例じゃないでしょうか?」
ミュウと一緒にストレッチをして体を温めているレイアが、気合いが入った顔をしながら呟くとヒースがそれに律儀に答える。
アリア達は、次の日も10階層以降を調べ尽くすように攻略しながら向かった。
そうする事で伝説扱いされていた魔物とも遭遇した。
初めて『試練の洞窟』に入った時にミュウが執着した蛇も発見された。
確かに、鎌首を持ち上げて飛び上がるようにすれば天井に届きそうな蛇ではあったが10mもなく、ミュウの一刀で首を切り離される程度の弱さであった。
どれくらい強いか期待してたアリア達はガッカリし、ミュウは食べても味が淡白過ぎて美味しくなくてガッカリした。
それ以外でも発見された噂の怪物は、アリア達にあっさり狩られ、所詮は噂だったという結論をアリア達は至った。
そう至ったのはアリア達だけで、それ以外の冒険者見習やリハビリに来ている冒険者達の間では「末恐ろしい冒険者見習が現れた」と噂され、上層部の冒険者達にはまだだが、駆け出し冒険者以下には有名人となった。
その為、畏怖を込められて見つめられる事が多かったが、中にはアリア達に好意と感謝を込めた視線を送る者もいた。
初日のオークに殺されそうになったパーティのようにアリア達に救われた者達であった。
それらの視線を受けるアリア達は気にした様子は皆無であったが、向けられる視線の中には特定の人物に向けて凄まじい憎悪が込められていた。
向けられる視線の先の人物はヒースだけは男から凄まじく熱い視線が投げかけられていた。
「く、くそう、どうしてアイツにはあんなに……」
「#5人__・・__#も美少女を侍らせやがって、爆ぜろ、ヒース!」
そのような言葉をこれ見よがしにヒースに聞こえるように言って舌打ちして去って行かれる。
時折、脛を蹴ったり、ワザと肩をぶつけていく分かり易い事をする者もいる。
勿論、その程度避けるのは容易いヒースだが、勘違いとはいえ、相手の気持ちも理解できるし、違うと分かっていてもこの場に入れる事を喜んでいた。
だが、1つだけ気がかりなのが……
「本当にごめんね?」
「ううん、いいんだよ、慣れてるから……」
声もなく泣くダンテだけには非常に申し訳なく思うヒースであった。
なんだかんだ言いながら、アリア達はヒースにできた初めての友達であり、しかもダンテは初めて出来た男友達である。当然、大事にしたい。
肩を組み合うヒースとダンテは、強く生きて行こうと心を一つにするが、それを見つめるアリア達は2人の関係を疑うランクが徐々に上がっている事を気付かない2人は意気揚々と『試練の洞窟』の入口を目指して歩き出した。
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