第220話 天才 VS 天才 らしいです

 レイアは目の前で起こっているヒースの隠し玉、シミタ―にオーラ、おそらく気を纏わせているのを抑える事のできない震えを両手で抱き締めるようにして耐えようとする。


 その後方で、してやられた、とばかりに歯を食い縛るホーラを見つめる巴は、楽しげに、カッカカ、と笑ってみせる。


「そう怯えるではない。ご主人のとは、まったくの別モノ。仮に同じ系統だとしても最高級と最下級の差では言い表せないほどのみすぼらしいモノじゃ」


 ホーラの横で冷静に分析していたポプリが目を細めて呟く。


「つまり、ヒースの秘められた才能、気を操る技能。それも自分の体でなら珍しくはあっても皆無ではありませんが、自分以外のモノにも込められる。しかも、精度も通常の人より高い」

「精度が高い? あの坊やのレイア達が驚く程の動きをした理由か、厄介さ……」

「その通りじゃ。お前らが言うところの肉体強化Ⅱといったところかの?」


 巴は、レイア達は勿論、ホーラ達の肉体強化とは別モノと言っていた。


 通常の肉体強化は魔力を通わせて行うモノだが、ヒースのモノは肉体と密接な関係のある気。

 体に働きかける力に無駄が少なく、効果が高い事を意味していた。


「本当にそれだけかしら?」

「どういう事さ?」


 ポプリは、レイアと睨みあいながら間合いを測るヒースを見つめた後、巴を睨む。


 ホーラの疑問の声と共に巴は感心する様に息を吐き出す。


「確かに身体能力が上がるのは分かる。何故、剣に纏わす必要があるの? そんな余計なモノに纏わす余裕があるなら、自分の身体能力、レイアをスピードで凌駕しているなら目、感覚を鋭くすればいいはず。つまり……」


 ポプリの続きの言葉を待たず、ヒースはオーラを纏ったシミタ―で斬りかかる。




 迫りくるヒースを睨みつけながらレイアは悪態を吐く。


「アレが何だか知らないけど、受け流し、いなせば、アタシの勝ちさ」


 レイアは先程と同じように円を描くように捌こうと動き始めたところで後方から叫ぶ声がする。


「がぅ! レイア、それ触れちゃ駄目!!」


 ミュウの声にレイアは反応してしまい、中途半端に動かしてた腕を頭を守るように盾にして反射で後方に飛ぶ。


 ヒースの攻撃を紙一重で避けたレイアであったが、盾にした腕を通して衝撃が突き抜けて脳を揺らされたと思ったら、そのまま後方へと吹き飛ばされる。


「な、なにがどうなってる? アタシはしっかり避けたはず」


 地面を舐めるように転がされたレイアは、顔だけ上げて呻く。


 残心をするヒースの後ろでは笑みを浮かべた巴が後方にいるミュウを見つめて話しかける。


「ほう、イヌ。止めるタイミングが絶妙じゃった。あのタイミングじゃなければ、このクソガキは今ので終わっておったじゃろう」


 そんな巴に牙を剥き出しにするが、巴が怖くて前に出れないミュウは悔しそうに唸る。


 ミュウの心情そっちのけで今のを見たポプリが確信を得たようでレイアにアドバイスを送る。


「思った通りです。レイア、その子の武器は気によって疑似的な魔剣になっています。あの剣に敢えて名前を付けるとすれば、ハウリングソード。振動を攻撃に転嫁してます。ギリギリで避けると今の二の舞ですよ!」


 ポプリの声を聞きながら、震える足腰をムチ打ってレイアは立ち上がる。


 そんな攻撃をどういなせ、と……


 只でさえ、スピードで負け、力で負け、間合いでも負けている。


 とりあえず、半身になって構えてヒースを見つめるが打開策が思い付かない。


「どうしたらいい! どうしたら……」


 迷い、焦り、不安がレイアを襲い、身が委縮していく。


 そんなレイアにヒースが話しかける。


「レイアさん、僕はレイアさんに恨み、憎しみはありません。巴さんに負けを認めてください。巴さんも負けを認めた相手を殺せとは言わないでしょう」


 そう言ってくるヒースの言葉の魅力に耳を傾けたくなる。


 だが、それは完全に冒険者を諦める事に繋がる。


 そして、何より、雄一がした事が全部無駄だったと認める事と同義であった。


 引きたくない、負けたくないという思いが溢れて泣きそうになった時、ホーラが吼える。


「ああっ!! どうして、レイアだけじゃなく、他の奴らもユウが個別に教えてくれてる事の意味を考えない! 他人事みたいな顔してんじゃないさ、テツ、アンタもさ!」


 抑えきれない感情をドサクサに紛れてテツにあたるホーラは振り返った涙目のレイアに指を突き付ける。


「レイア、アンタがユウから教わったのは、スピード任せの戦い方と受け流すだけかい!?」


 そう言われたレイアの目力が戻り、再び、ヒースを闘志を燃やす。


 雄一から学んだモノをレイアは思い出し始める。





「で、3つ目の方法だ。レイア、肉体強化はできるな?」

「あったり前だろ? そんなのホーラ姉やテツ兄の訓練を見てたら覚えた!」


 雄一は、うんうん、と頷きながら、「やっぱりレイアは優秀だな?」と緩んだ表情をするとレイアに反応する隙を与えず、抱き抱える。


 そんな雄一に遠慮なしのエルボーを喰らわせるが、たいした効果はなかったので、レイアは歯を剥き出しにして、雄一の首筋に噛みつく。


「いたたたっ!」

「いいから、下ろして話せ!!」


 レイアを下ろした雄一は噛まれた首を撫でながら、ちょっと頬を緩ませながらも咳払いで誤魔化して話し始める。


「多分、今は肉体強化を身体能力の向上だけに使ってると思う。つまり、内側の力としてな?」

「はぁ? 当たり前の事言うなよ。それが肉体強化なんだろ?」


 まあ、間違いではないんだけどな、と頭を掻く雄一はレイアの正面で構えてみせる。


 構えると全身にイエローグリーンライトのオーラを纏い始める。


「これは、肉体強化の応用編。内側だけでなく、外側も肉体強化をしている」

「はぁ? そんな事できるのかよ。単純にアンタが化け物なだけじゃ?」


 そう言われた雄一はオーラを引っ込めると地面に『の』の字を書き始める。


 雄一は傷ついてます、とレイアに伝えるように溜息を零す。


 それを見たレイアがバツ悪そうにするのを見て元気を取り戻した雄一は説明を続ける。


「確かに、俺の肉体強化は闘気、神気、霊気など色々混ざっているから無理に見えるんだろうけど、俺はレイアなら1種類ならそれほど苦労せずにできるようになると思うぞ? それとな、地力とキッカケさえ得れば、レイアも……」





 あの時、雄一に1種類のやり方を見せられたが、集中が面倒で匙を投げて逃げてしまった。


 雄一は言っていた。


 これができれば、次の段階へと進む事ができると。


「ぶっつけ本番でやってやる!」


 レイアは体内の魔力を循環させていき、雄一が外側の魔力をどうしていたかと必死に思い出しながら、鋭敏になっていく感覚を広げ始める。


 そして、広がる感覚が何を捉えた。


 レイアはそれを迷わずに身に纏うようにすると一気に世界が広がったような錯覚を受ける。


 手を伸ばして届く範囲に死角がないとレイアは確信する。そこは自分の支配領域だと。


 巴はレイアの変化を感じ取り、ヒースに指示を出す。


「クソガキの様子が変わった。気を引き締めるのじゃ」

「はいっ!」


 そう叫ぶように答えたヒースは、レイアに再び、斬りかかる。


 斬りかかられたレイアは、落ち着いた動作で、ヒースの内側に入り、後ろ手でシミタ―を後方に逸らす。


 何事もなく受け流されたヒースは驚きの表情を浮かべると距離を取ろうとしたタイミングを狙うように胸に正拳突きを放たれて、飛ぼうと思ったより飛ばされる。


「そんなに驚いた顔をしないでくれよ。ヒースだけに隠し玉があった訳じゃない」


 虚勢を張るレイアは、ヒースに構えると2人は激突し、交差した。




 しばらく、一進一退の攻防を繰り広げる2人であったが、見守るホーラが苦々しく呟く。


「やばいさ、このままいったら、レイアの負けさ」

「ええ、確信はまだありませんが、肉体強化をダブルさせているようです。魔力の消費も激しいですが、土壇場で始めたこれの余波で体がいつまで持つか……」


 雄一に教えて貰ってたのに、ほったらかしにしていたレイアの責任ではあるが、今はそれを責めてもしょうがない。


 魔力切れを起こしたら、まだ気力に余裕のあるヒースが畳みかける。


 そんな悪い予感に包まれるなか、1人笑みを浮かべる者がいた。


 テツであった。


「僕はそう思いませんね。この勝負、レイアの勝ちです」


 一同に驚いた顔で見つめられるテツは怯まずに笑みを浮かべ続けた。




 巴は先程から眉を寄せて考え込んでいた。


「おかしい。わっちの目算ではクソガキの魔力はとっくに尽きておるはずじゃ」


 なのに、今も若干押され気味ではあるが、互角の勝負をするレイアを見つめる。


 ヒースが手加減をしているのかと思えば、そうでもない。


 勿論、持久戦に持ち込む為に余力は残しているようだが、悪い判断ではない。


 正直、ヒースの勝ちと高を括っていた巴は、レイアを注意深く見つめ始める。


「なっ、息吹だと!!」


 観察を始めるとレイアの腹が不自然にへっ込んだり、ポッコリと膨らんだりしているのに気付いた巴はヒースに叫ぶ。


「余力を気にせず、一気に畳みかけるんじゃ!」


 ヒースは巴にそう叫ばれて、理解できずに固まる。


「はあぁぁぁ!!!!」


 その隙を逃さなかったレイアは叫ぶと溜めこんでいたモノを爆発させる。


 レイアは薄い朱色のオーラを纏うと固まるヒース目掛けて飛びかかる。


 飛びかかりながら、雄一の言葉を思い出していた。




「レイア、お前は門前小僧ではなく、門前小娘だ。誰かがやっている事を見てるだけで、感覚的に理解してモノにする。真剣にやる気さえあれば、地力が着いてきたら、自分が必要と感じる技能を覚えていく。これはある種の天才に許された才能、『見取り稽古』って言うんだぞ?」


 レイアは、雄一と仲が険悪と学校の子達に思われているせいで、アリア達がいないと、ぼっちになる事が多かった。


 そんな暇な時間ができるとホーラ達の訓練をボゥと見つめるのが日課であった。


 肉体強化もその時、見て自然に出来るようになっていたモノの1つだ。


 だから、師匠である雄一を甘くみたり、短絡的な思考になりがちであったが、本当の意味でレイアの才能が開花する。




 レイアは、ヒースの攻撃をいなしながら、ヒースの気のコントロールを見ていた。


 全てを理解した訳ではない。出来た部分もレイアにはできないと判断した部分もある。


 だが、雄一が見せたオーラを纏うやり方とヒースのやり方の見比べて出来る事をかき集め、足りない部分を創意工夫し、繋いでいった。


 驚くヒースと密着するような距離でレイアは見上げる。


「有難う、ヒース。アンタのおかげでアタシは次の段階に行く事ができた」


 踏み出す右足と連結するように始動する右拳に全身にある魔力と気が混ざったモノを全部込めて、鳩尾に突き出す。



  崩拳!



 レイアの拳に貫かれたヒースは吐血しながら巴の足元まで転がされる。


 痛みからの脂汗を流しながらも立ち上がろうとするが、倒れてしまう。


 それを何度も繰り返すが、ついに顔も上げる事もできなくなると顔を横に向けてレイアを見つめながら、苦笑いを浮かべると伝える。


「もう指も動かせそうにありません。僕の完敗です……」


 勝ちをおさめたレイアを祝福するホーラ達の声に包まれながら、レイアは空を見上げながら荒い息を吐きながら笑みを浮かべた。

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