8章 DT,海を渡る

第202話 旅支度らしいです

 『ホウライの予言』の一件から起こった大騒動は雄一の介入で歴史の裏に葬られる事になった。


 しかし、これの余波で大きく変わった事が2点。


 1つは商業的には少しは開かれていたペーシア王国が、正式な国交をパラメキ国とナイファ国に開くという出来事が人々に伝わり、特に商人達には歓迎された。


 国の行き来もしやすくなり、より良い世の中になると明るい表情を浮かべる者が多かった。


 ただ、人々の間で1つ暗い影を差す情報があった。


 それは、国の代表が集まる席で、ペーシア王国の代表が毎回、第一王子が参加してる点である。


 巷に廻っている噂では、このドサクサに紛れて王子が王位を略奪したのではないかという、よろしくない噂が出回った。


 その噂を背を押すのが、ナイファ城に勤める侍女の間で広がった噂が元と言われている。


 ナイファ城の中庭で、ジンガー国王が息子である第一王子と第二王子に石で殴打されて流血させられるという現場を見たという話であった。


 その場にはナイファ女王であるミレーヌも同席しており、気絶したジンガー国王を引きずりながら、ミレーヌにペコペコ頭を下げる王子達にミレーヌは笑顔で手を振る姿があったそうである。


 国同士の会合に集まった時もミレーヌは勿論、ポプリもその事に触れる様子がない事で、ナイファ、パラメキの両国も噛んでいるのかと騒がれた。


 だが、騒いでいたのはナイファ、パラメキの人々だけで、ペーシア王国の人々は静かに沈黙を保っていた。


 ジンガー国王は健在である事を知っていた事もあるが、王子が外交に出ている理由が余りにくだらなさ過ぎて、緘口令を敷かれなくても、我が身可愛さに口を閉ざしたようだ。



 2つ目であるが、それはシキル共和国の実質の崩壊だ。


 雄一が提示した国籍を変える自由を与えるという案件を飲んだ事により、リホウ、エイビスとロゼア達エルフ、こっそりと冒険者ギルドも介入した事により一気に貧困層、牢獄に入れられていたシキル共和国に異を唱えた思想犯、非合法に奴隷にされてた人達を国外に連れ出した。


 その中には、ポプリの姉、ネリートにより売られたエルフも発見され、買ったシキル共和国の重鎮はロゼア達にひっそりと刑を執行されたそうだ。


 気付けば、労働層が綺麗さっぱりいなくなり、経済がどうとかいうレベルではなく、シキル共和国での金の価値が意味無くなる状態に陥る。


 これにはシキル共和国も猛烈に抗議をしたが、ポプリはそれを承認した書類をチラつかせただけで黙らせた。


 次の日には国のトップは金を持てるだけ持って夜逃げを敢行した。


 逃亡した者達の扱いはエイビスに全てを一任された。


 残った者達はチャンスと思ったようで、新シキル共和国を立ち上げる。


 前身の国が約束した事は知らないと厚顔無恥にも言ってきて、世論がこのような事を認めると思っているのかと訴えた。


 それには、ミレーヌが、「貴方達が言う世論を訴える国、団体を連れてもう一度、足を運んでください」とニッコリと笑顔で言われて引き下がる。

 新シキル共和国は建国1カ月で滅びる事になった。


 そして、シキル共和国は正式にパラメキ国の一部として吸収される事になった。




 あの和平会議から2カ月、夏真っ盛りの北川家。



 いつも騒がしい北川家であるが、今日はとても静かだ。


 レンとリューリカの2人が子供達とシホーヌとアクアを連れて、スネ湖に水遊びに1泊で出かけている為である。


 なので、家にはほとんど人がいない。


 そんな中、雄一は旅支度をしていた。


 正確に言うなら、雄一だけでなく、ホーラ、ポプリ、テツに加えて、シャーロットとメルも準備に勤しんでいた。


 後ろの2人は旅支度に必要なモノが全然足りてなく、今、市場に行って卒業生相手に四苦八苦している頃であろう。


 雄一達は、ベへモスの代わりができる精霊を探す為ににダンガの西にある港から船で3日程の距離にある冒険者の国と呼ばれるザガンを目指す事になっていた。


 国とは言ったが別に本当に統治する者がいる訳ではなく、未開拓地を開拓する冒険者達が体を休める場所として発展した場所らしい。


 そこにも冒険者ギルドは存在しており、こちらよりコミュニティの力が物を言う世界、そう力こその場所のようだ。


 そう聞くと無法地帯のように聞こえるが、強いコミュニティが睨み合っているので、街中は、こちらより安全という話をミラーが語っていた。


 街から出れば、その保証の限りではないが……


 なので、シャーロットを連れていく話が浮上した。


 雄一の見立てでは、この子は視野教唆を克服すれば、学校運営をできると見積もっている。

 今、リホウがコミュニティと学校運営をかけ持ちという状況だが、シャーロットがモノになれば、その片方を雄一の代理として学校経営を任せる事ができ、リホウに違う仕事を振る事ができると算段していた。


 その為に見識を広める為に連れていく事を決定した。


 のだが、問題が発生した。


 シャーロットが行くという事は、やっと心を開き始めたメルがここに残される事になることだ。


 レンが今が一番大事な時と言っており、今のメルにはシャーロットが必要と言っていた。

 向こうが安全ならメルにも刺激になるから連れていくように、と言われ、メルも旅の仲間に入る事になった。


 最後の問題はポプリだ。


 勿論、雄一も女王が大陸を離れるのはどうかと訴えたが、国を脅かすモノは国内外になく、エリーゼに定期的に連絡を取らせて貰えるから大丈夫と言ってくる。


 どうやら知らぬ間にエリーゼを手懐けたようだ。伊達に女王をやっていない。


 最後の駄目押しになったのが、「早く、子供」という言葉をしばらく言わないという言葉で雄一は沈黙した。



 まあ、そういう理由で雄一達は旅の支度に追われていた。


 準備が終わり、確認作業をしている雄一の部屋をノックする音がする。


「どうぞ」


 そう言うと入ってきたのはアリア達5人とその後ろで困った顔をしたホーラ達であった。


「どうした? みんなと一緒にスネ湖に行ったと思ったら家にいるから変だなとは思ってたが?」


 雄一はアリア達が家に残ってるのは知っていた。ずっとホーラ達の部屋にいたからであった。


 ブスッと拗ねた顔をしたレイアが雄一を睨む。


「海を渡って違う大陸で旅をするって聞いた。なんでアタシ達は留守番なんだよ!」

「いや、危ないかもしれないしな?」


 どうやらどこから話を聞いたようだが、どこからだ、と思い、すぐに思い当たる。


 雄一は、ダンテを目を細めるようにして見つめると慌てて目を逸らすのを見て確信する。

 どうやら、精霊から話を聞いたダンテがみんなに口を滑らせたようだ。


 すると、レイアとミュウが床に転がって、連れてけ、連れてけ! とダダを捏ね始めて、急に起き上がり雄一を下から目を潤ませて見上げる。


「連れてけ?」


 可愛らしくお願いポーズをして首を傾げる2人を見た雄一は迷いもなく抱き締める。


「良し!」

「良し! じゃないさ!! ユウが連れて行かないって言い出したさ」


 ホーラは突っ込みで木の棒が折れる力で雄一の後頭部を叩き、折れた木は窓から外に放り投げる。


 それで我に返った雄一。


「す、すまん、余りに可愛かったので我を忘れた」


 我に返った雄一を見て、レイアは舌打ちをする。


 雄一は深呼吸して心を強くして、例え、世界の終りがこようともブレない自分を強くイメージする。


 目力を意識してカッと見開くとアリア達4人が雄一に抱き付いてくる。


「寂しいの、連れて行って?」

「良し!」


 滂沱の涙を流す雄一は抱き締める。


 ホーラは遠慮のない攻撃で新しい木の棒を雄一の頭に叩きつけて折るが、今回は雄一は戻ってこない。


 雄一は、アリア達に「退屈でも街から出ない、約束だぞ?」と嬉し泣きしながら言うとアリア達は現金に元気良く「ハーイ!」と良い笑顔と共に返事をする。


 そんな雄一に嘆息するホーラにテツが、


「今回はアリア達の作戦勝ちですね」

「まあ、街中は安全と聞きますし、大丈夫じゃない?」


 テツに続いてポプリが暗に諦めようと告げてくる。


 気持ちを切り替えたホーラが子供達5人を叩いていく。


「さっさと準備するさ。遅れたら置いていく」


 笑みを浮かべた子供達が返事して飛び出していくのを見送る雄一は満足そうに何度も頷いていた。


 それを見ていたホーラ達は呆れから溜息を零すと忘れ物がないか確認する為に各自の部屋へと戻って行った。



 そして、準備が終えた雄一達は昼前にティファーニア、ディータに見送られて西にある港を目指して出発した。

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