第193話 それぞれの大事なモノらしいです

 ナイファ城では、夜だというのに軍を動かす準備に追われていた。気合いの入り方が半端ではない。

 食事もゆっくりとるのも、もどかしいとばかりに歩きながら取る者、報告を聞きながら取る者も現れる始末であった。


 雄一の発案で、ナイファ、パラメキ、エルフの3つの軍の合同軍事訓練(・・・・・・)をする事が決定された。


 開催地はパラメキ国北東部の平原でやる事が決まり、雄一がいる個室にも響くほど指示を飛ばしたり、連絡、準備に走る足音が良く聞こえる。


 それを報告書を片手に聞く雄一は、4年前と見違えるようだと笑みを浮かべる。


 ゴードンが支配している時は比べるまでもないが、ゴードンが城を去った後も多少は気合いを入れようという空気は生まれたが、負け犬根性が見え隠れしていた。


 現宰相も当時は他人の足を引っ張って自分の立ってる場所が一番高い所にしようと躍起になっていた。

 だが、戦後、半年ほど経った頃、出会った時は別人のように良い目をする文官、その時は宰相と呼ばれていた。


 ゼクスから聞いた話では色々と改革と膿を出す為に奔走したそうだ。


 勿論、他人だけでなく自分も率先して過去の過ちを告白し、私財をほとんどを賠償金に充て、2年の無償労働を自分に課した。


 それを見ていた他の者も宰相ほど思いきった者はいなかったが、自分から罪を告白し、法に従ってそれぞれの形で賠償したようだ。


 そんな宰相が中でも力を入れて、進めた法の整備がストリートチルドレン絡みについてであった。


 特に貴族に適用される法で、妾の子供は勿論、捨てる事を厳罰化する事を進めた。

 勿論、貴族以外でも厳罰化は進められたが貴族ほどではない。


 貴族の場合は状況次第では本人は死罪は勿論、一族郎党、貴族の資格を剥奪もある事を示唆された法の整備が進められた。


 おそらく、ホーラに何も言い返せなかった自分が許せなかったのであろう。


 そして、これが宰相のホーラへの解答という男らしい馬鹿な示し方だと笑う。きっとホーラがこの話を聞いたら、馬鹿にするのは間違いないだろう。



 雄一が小さな笑みを浮かべて、手にあった書類をテーブルの上に置くと窓に向かって話しかける。


「いつになったら姿を見せるんだ? 並じゃない気配の消し方だから暗殺者と勘違いして攻撃するところだったぞ?」


 そう言う雄一の言葉と共に窓から妖艶な美人が入ってくる。


 掻き上げた髪に隠れてた泣きぼくろが特徴の美人が雄一に剣呑な目を向ける。


「隙があったら本当に始末しようと思ってたけど、窓に近づいた時点では確実に気付かれてたわね」

「そう嘆くな、いつ城に侵入したかは俺でも分からなかった。もし良かったらホーラにその気配の消し方を伝授してやってくれないか? ホーラもまだまだなんでな」


 遠回しに城に入ってからの動向は掴んでいたと言われた妖艶な美人は不機嫌そうに顔を顰めるが美しさは損なわない。


 苦笑する雄一は妖艶な美人に話しかける。


「確か、リホウの仲間のハクだったな? そう毛嫌いしてくれるな、相手が男と分かってても悲しくなる」

「私は貴方が嫌いよ。貴方に出会ってからのリホウちゃんは、いつも忙しい、忙しいと言って走り回ってて、ちっとも私の相手をしてくれないのだもの!」


 可愛く拗ねる姿はどう見ても妙齢の美女が拗ねてるようにしか見えず、雄一は苦笑を深める。


 どう対応したら良いか悩む雄一を見つめたハクが溜息を吐く。


「本当は来たくなかったけど、リホウちゃんに頭まで下げられたから行かないと私がすたるわ。だから、仕方がなく来てあげたわ。シキル共和国の報告聞く? 聞かなくていいと言ってくれたら感謝して帰ってあげるわよ?」

「そう、言わず、報告してくれないか?」


 本当に機嫌の悪い女の子を相手にしてる気分になってきてる雄一は本気で困っていた。


 ブツブツ言いながらではあるが、ハクが報告してくれた内容はこうだ。



 シキル共和国は、やはり元々、侵略をする気があったわけではないようだが、突然動き出す様子を見せるペーシア王国に怯えての行動のようだ。


 ようはパラメキ国という国土を得て、次に狙われるかもしれないという恐怖を感じての行動だったらしい。

 ペーシア王国が奪う国土を減らせば、そう簡単に襲いかかれないという考えでの侵略のようだ。


 雄一に言わせれば、パラメキ国と協力して今の均衡を維持する事に動けばいいのに侵略してくるのは、馬鹿なのか、ドサクサに紛れようとしてた三下臭に頭痛を覚える。


 ペーシア王国よりは冷静なシキル共和国は、パラメキ国、ナイファ国の情報を調べたそうだ。


「まあ、ぶっちゃけるとシキル共和国は、貴方の噂を信じたわ。実際、本当の話なんだけどね」


 その結果、シキル共和国は、尻込みしてしまい、国の中枢では大変な事になってるそうだ。


 今なら要人をやりたい放題だけど、どうする? と聞かれたが雄一は苦笑いをして丁重にお断りした。


「となると、交渉の場に俺が行ったり、俺自身を交渉のカードにすれば、シキル共和国は、引き下がる可能性は高いな?」

「そうでしょうね、貴方を敵にする事は世界を敵にするようなもの。貴方の周りに居る者達だけで世界を滅ぼせるわよ?」


 やる、やらないはともかく、できるだけの戦力が家には集まっているのは雄一も自覚していた。

 四大精霊獣など、1体でも時間をかければ間違いなくできるであろう。仮に返り討ちに遭ったとしても、その属性の力が弱まり、人類にとって危機に陥る。


 それを信じているシキル共和国には確実に交渉材料に成り得る事を意味していた。


 考え込む雄一に嘆息するハクは踵を返す。


「私からの報告は今のところ、これだけよ。リホウちゃんに頼まれてる仕事もまだあるから行くわ」

「ああ、有難う」


 そう言って去ろうとするハクを見送っていると、ハクが窓の淵に足をかけて動きを止める。


 ハクの行動に首を傾げる雄一に、振り向かずにハクが話しかけてくる。


「リホウちゃんね、本当に忙しそうにしてる。でもね、とても良い目をしてるの。小さな頃からずっと一緒にいたのに私はあんな目をするリホウちゃんを初めて見た」


 独白するハクの後ろ姿を雄一は黙って見つめる。


「今日より、明日はもっと良い日だと信じてる。それ以上に貴方を信じてる。幼い頃、今日は無事に命を繋いだ事を私達と悲しい笑みをしたリホウちゃんはいない。ジンス児童施設から解放されて虚無感に包まれたリホウちゃんじゃないっ!」


 ハクは拳を握り、足下に雫が落ちて窓の淵で弾ける。


「そんなリホウちゃんを裏切ったら、私が絶対に許さないから……!」

「ああ、俺はブレずに己を貫き通してみせる」


 即答する雄一に歯軋り音を聞かせるハクは絞り出すように言葉を紡ぐ。


「だから、貴方の事、嫌いなのよ……」


 そう言うと窓から身を躍らせると姿を闇に紛れさせる。


 ハクを見送った雄一は、リホウには良い友達がいるな、と少し羨ましく思う。


 軽い嫉妬を覚えながらも先程呼んでた資料に手に持とうとすると覚えのある気配が近づいてきてるのに気付く。


 窓に寄り、空を見上げると思ってた人物が飛来するのを確認した。水の精霊獣のレンだ。


 雄一の姿を捉えたレンが雄一の部屋へと飛び込んでくる。


 着地すると挨拶も無視して話し始める。


「ユウイチ、私達の想像と違う展開になるかもしれない」

「どういう事だ?」


 そう聞く雄一にレンは、ポセイドンとの会話を聞かされる。


 聞かされた雄一は、してやられた、と顔を顰めながらレンに聞く。


「地盤沈下となるとアイナに調べさせないといけない。アイナと連絡は?」

「アクアを家に行かせて連れてくるようには言ったわ」


 さすが、仕事のできるレンである。アクアじゃ、ここに来たとしてもパニックになって二度手間を踏んでいただろう。


「その情報は早く欲しいが、こればかりは時間がかかるな。その時間を稼ぐ意味でも今回の行動が上手く噛み合うといいんだが」


 建前は軍事訓練であるが、それだけの戦力が集まる場所に容易に攻め込めないようにする抑止力を期待しての行動だったが、時間を作る期待も込める事になってしまった。


 無駄になるよりは良かったが事態がややこしくなった事を意味するので歓迎はできない。


「レン、ペーシア王国の地盤状態確認と原因の調査を頼む。こまめに情報をあげてくれると助かる」


 雄一の言葉に頷くレンはぼやくように言いながら肩を竦める。


「こんな事はさっさと終わらせて、厄介で疲れて大変ではあるけど、楽しい子供達の相手に早く戻りたいものよね」

「そうだな、でもレンもまだ甘いな。子供達は癒しだ、疲れたりはしないものだ」


 お互い顔を見合わせて、クスクスと笑うとレンは煙草のようなモノに火を付け、吸うと吐き出し、口の端に咥える。


「親馬鹿ぶりでも、ユウイチには勝てる気がしないわ」


 そう言うと踵を返し、後ろ手で手を振って空に飛び上がる。


 今日は見送ってばかりだな、と苦笑しながらレンを見送ると緩んだ表情を引き締める。


 今、ハクとレンから得た情報を共有する為に、雄一はミレーヌがいるはずの執務室を向かう為に部屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る