第182話 おかえり、ただいまです、ということのようです
シャーロットは目を覚ますと拓けた場所、学校のグランドに相当する場所の隅にある木に凭れさせられていた。
ぼんやりする意識の中、そういえば逞しい腕に抱かれて運ばれていたような夢を見たような気がした。シャーロットは騎士と言っても乙女な部分もあるのでそういうシチュエーションに憧れもあって思わずニヤけてた。
徐々に意識がはっきりしてくると自分が大股を開いている事に気付き、慌てて閉じる。
スカートを履いてる訳ではないが、やはり、騎士とは言っても女を捨てた訳ではないので無駄に恥じらいを捨てるのは違うようである。
「あら、お目覚めですの?」
シャーロットの隣ではフワフワの赤い髪を肩の辺りで整えられた、小柄な少女が見下ろしていた。
それを見た瞬間、シャーロットは勢いよく立ち上がる。
直接会うのは初めてであるが、この国に来てから何度となく、幼少の頃の姿といえ、至るところで見かけた、『光の導きの少女』のモデルになった少女を見間違わなかったからである。
「私は、ゼクラバース殿下の指示で、スゥ様の……」
「いいの、ユウ様からだいたいの事は聞いてるから。いくら、嫁入りした人の専属とはいえ……お兄様ったら!」
スゥが憐憫の瞳でシャーロットを見つめて、「貴方も大変なの」と言われるがシャーロットの立場上、それに返答する言葉がなくダンマリを決める。
とりあえず、このままでは不味いと思ったようでシャーロットが話を逸らしにかかる。
「そ、それはそうと、私は食堂にいたと思うのですが?」
「ああ、貴方が子供達に玩具にされて気を失ってたので、ユウ様が部屋に運ぼうとして、ここを通りかかったところ、野暮用ができましたので」
もう起きたから、運ぶ理由は無くなりましたの、と呟くスゥに気の抜けた返事を返すシャーロットはスゥが見つめる方向を見て目を剥き出す。
テツはでっかい大木を前にして気合いを入れていた。
この大木は家で使う薪にする為に定期的に子供達、アリア達が取りに行っているモノであった。
体力馬鹿のレイアとミュウは単独で行き、アリアとスゥは2人という組み合わせで取りに行っている。
今日、スゥがミュウに怒っていたのは、前回まで採ってた場所では大木が無くなった事を告知しなかったので、無駄足を踏んで探すのに手間取ったからだ。
そういう時は訓練のマラソンを山や林に切り替えて、次に取りに行く場所を探すという事を普段ならしていた為だ。
普段なら間違いなくダンテに押し付ける少女達であるが、ダンテには少女達からすればそれより面倒な事を押し付けている。
「ユウイチさん、テツさん、大八車引いてきました」
「じゃ、始めますか?」
「おう、いつでもこい!」
雄一がそう言うとテツが屈むと大木を持ち上げ始める。
顔を赤くしながらもしっかりと持ち上げるとそれを雄一目掛けて投げる。
「嘘っ!!」
それを見ていたシャーロットは声を上げて驚く。
シャーロットが驚いてる間にも大木は雄一に飛んで行き、力みも見せずに巴を振り抜く。
まず、最初に枝が弾き飛ばされる。
そのまま、雄一を通過して地面に落ちるとその衝撃で分解されるように丁度良い大きさの薪に早変わりである。
「なっなな」
と続きの言葉が出てこずにその場に両膝を着くシャーロット。
それを見るスゥは改めて思う。
自分達はこの光景を見慣れているがやはりどう考えても普通の光景ではない。テツの体格というか、あんな大木を持ち上げる事ですら人外の業にしか見えないが一番の非常識は雄一である。
あんな大木なのに周りから見てると一振りでしてるように見える。
これがホーラやテツ達が見れば、少なくとも1度じゃない事が分かる程度で、勿論、自分達も分からないままである。
シャーロットにはしばらく受け入れるまでの時間が必要であろう。
だが、慣れるのは絶対条件であった。
いつまでか分からないがスゥ付きになる以上、これは避けては通れない。
「後は頼むぞ、ダンテ?」
「はい、分かりました!」
元気良い返事を返すダンテとテツは出来上がった薪を大八車に積んでいく。
ダンテの仕事はできた薪を運ぶ事もあるが、薪の管理が仕事である。
量の把握もそうだが、薪というのは割ったらすぐ使えるというモノでもない。乾燥期間を設けないといけない。
そうなると、どこが古くて、どこが新しいかと把握の必要性が出てきて、整理整頓が必要になる。
これが普通の家族の人数ならともかく、ここは寮がある学校、至る場所に使う理由が生じるので数の管理する者が必要になる訳である。
そんな面倒臭い事はしてられないとダンテに押し付けられていた。
ちなみに前任者はテツであった。
シャーロットが呆けている間に雄一が目の前にやってくる。
「おっ? 目を覚ましたようだな。もう運ぶ必要はなさそうだが、子供達の相手で汗を掻いただろ? 風呂に行ってこい」
雄一はスゥに目を向けて「スゥもアリアに声をかけて、シャーロットを連れて行け」と指示すると「有難うなの」と笑みを浮かべてる。
雄一が指を鳴らすのを茫然と見つめるシャーロット。
「今、お湯入れたから、冷める前に入ってこい」
そう言う雄一は振り向き、他の場所へと歩いて行った。
「ここ、何なの?」
ここに来てから何度目になるか分からない呟きを洩らすシャーロットはスゥに引きずられるようにしてお風呂へと連れて行かれた。
それからのシャーロットは大変だった。
ここで最低教育とされる四則演算初級クラスの5歳の子達に計算で負けるという目を覆う体験をする。
勝負する前までは国で一応、貴族が通う高等学校を卒業した自負があったが、その自負は粉々にされる。
ちなみに、この時にシャーロットの言葉で雄一が子供達に課している教育レベルは高等学校の上、学者の学び舎とのこと。元の世界でいうところの大学レベルに相当する事を初めて知る事になる。
今更、下げる意味を感じない雄一は聞かなかった事にした。
元々、頭を使う事は得意としてなかったシャーロットは、テツが受け持つ教室、近接戦闘をメインにする所を覗き、参加した。
テツは、何度も止めたのだが、汚名返上する意気込みに溢れるシャーロットの強い希望により、指南する側で参加したのだが……
そこに参加する1年訓練受けた子達の1人にすら勝てず、酷い場合だと1合も打ち合えずに地面に叩きつけられるという現実を叩きつけられた。
そして、夜になり女の子達は二班に別れて、お風呂に行っていた。
その一班のシャーロットは朝から無数に体験する未体験ゾーンに疲れて湯船に浸かりながら、船を漕いでいた。
風呂に浸かってると色々と落ち着いてくるせいか、あれこれと振り返ってしまう。
シャーロットはここに来るまでは、経験こそ色々足りてないだろうが、それなりに一通りこなせて、剣の勝負でも学校に通っている時で常に3位以内をキープできていた。
端的に言うならば、自分に自信を持っていた。
それがどうだ。
ここじゃ、何をやらせても自分は何もできない最下位ではないかと身を持って知った。
あんな幼い子にすら勝てないと言う事は守るべき相手、スゥはもっと強い事を意味している。
何故、ゼクスはここに自分を寄こしたのだろう、と苦悩する。勿論、建前はここの主、雄一の意識改革なのは分かっている。
さすがに、お嬢様育ちのシャーロットにも、それはただの理由付けである事はもう気付いていた。
何故、自分はここにいるのだろう、と考えがループし始めた頃、シャーロットは胸を鷲掴みにされる。
「なっ!」
「朝に一緒に入った時も思ったけど、何を食べたらこんなに膨れるの?」
「そうなの。お母様を見てる限り、それなりに成長の見込みはあるけど、そこまではならない気がするの」
興味深いとばかりにニギニギするアリアと成長の兆しがまだ見えない自分の胸を押さえて悲しげにするスゥ。
服を着ている時のシャーロットは、どうやら抑えつけているようで、それほど大きくは見えないが、充分、ビキニを着こなすレベルには素晴らしいモノが付いていた。
「別にさぁ、胸なんかなくていいだろ? あったら動きにくいだけだろ?」
くだらないとばかりに体を洗っているレイアは話に参加する。
「いいの? 好きな方が出来た時に後悔するだけなの。殿方は大きいほうがお好きな方が多い事は知っておいたほうがいいの」
「あ、アタシはテツ兄のようにそういう所を気にしない良い男を捕まえるから問題ない!」
うんうん、とレイアの言葉に頷くホーラが、シャーロットの決戦兵器を睨みつけながら呟く。
「女の価値は胸では決まらないさ……」
「でも、ユウさんは間違いなく大きい胸が好き」
それに、うぐぅ、と唸るホーラの隣にミュウが行き、隠す気のない自分の体を示してドヤ顔する。
「もうすぐ、ホーラ、ミュウに負ける!」
目を据わらせたホーラが足払いをかけてミュウを湯船に叩きつける。
どうやら、頭を湯船の底でぶつけたらしく、浮き上がってくると目を廻したミュウが、がぅぅ、と、か細い声をあげる。
シャーロットは、未だに自分の胸を触り続けるアリアに止めてくれと嘆願する。
言われて、今、気付いたという顔したアリアだったが、手を離さずに真顔でシャーロットにお願いする。
「このオッパイ頂戴」
無理だからっ! と叫ぼうとした時、「ぎゃぁぁ!!!」という悲鳴が響き渡ると同時に電撃が発生するような音がする。
「誰かが結界に引っかかったさ!」
そうホーラが叫ぶとみんなが飛び出していく。
「け、結界!?」
そんなのがあるの? と誰かに聞きたいがみんな飛び出して慌てて服を着てるのを見てシャーロットもそれに倣って慌てて着替えて玄関に向かう。
玄関を出た所でみんながおり、女の子達の姿を見た雄一が頭が痛そうな顔をしていた。
「今は、家に俺がいるんだから、そんなに慌てないでも大丈夫だ。その着崩れてる格好だけでも直せ」
そう言われて我に返ったみんな、ミュウ以外はいそいそと着替え直しをする。
「ミュウは恥ずかしくない!」
胸を張って言うのを雄一に聞かれて拳骨をされて涙目で服を整える。
身嗜みを最低限済ませたのを確認すると雄一が先頭になり、入口のほうへと近づいていくと2人の姿を確認する。
そこには黒ローブを纏った者と可愛らしい顔をした女騎士? がいた。
女騎士はアルトボイスで「ごめんなさい、ごめんなさい、夜分に失礼してます」とペコペコと謝っている。
黒ローブを纏い顔が分からない者は結界の電撃を浴びたようで煙を上げながら倒れていた。
震える体でなんとか立ち上がる黒ローブは呟く。
「興奮してて忘れてました。結界の存在を……」
その声を聞いた雄一とテツは笑みを浮かべ、ホーラはゲンナリとした顔を見せる。
雄一はその黒ローブに近寄るとただ一言、簡潔に告げる。
「おかえり」
「……ただいまです」
長い間、遠くに出ていた家族を出迎える優しげな笑みを雄一は浮かべた。
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