第181話 キナ臭いようです
雄一は台所で洗い物をしながら、丁度、横を見れば食堂で子供達にちょっかいをかけられて困っているシャーロットの姿が良く見えた。
おそらく、幼い頃より城仕えする事を前提とした事ばかりをしてきたせいで、こういった事に耐性がないのであろう。
騎士たる者、弱者を守る者という考えから纏わり付かれて困っているが振り払う訳にもいかない。
そう、つまり他の者ならその辺りの加減を理解して追い払うが、この子、シャーロットはできない。
まあ、これもゼクスが仕掛けた狙いの1つなんだろうが、酷な事をするとも思わされる。
そう思ってたのは、さっきまでの話である。
先程、リホウ経由でシャーロット、正確に言うなら、ペーシア王国と思惑、いや、策略のほうが正しいかもしれない、それに関する報告書を持ってきた。
ペーシア王国からはハミュに着いてくる形で使節団と称して着いてきてるらしい。
用件は、ナイファ国とパラメキ国の国力の疲弊具合の調査と2国に英雄視されている者の調査、つまり雄一の事である。
雄一の事はペーシア王国としては、嘘だと断定しており、他国に対するハッタリという認識らしい。
基本的に雄一は他人にどう思われていようと構わないというスタンスだが、今回の件に関しては余り良くない事は理解していた。
ペーシア王国は2国に戦争を吹っ掛けるつもりがある為である。
そうなるとハミュ、シャーロットの立ち位置はどうなるかというと、目を逸らさせる為の捨て石としてナイファ国に送られてきた。
ハミュは雄一が接した通りの子らしく、政治的に嫁に出すぐらいしか価値がない。
勿論、政治的な話だけで、ハミュの価値の話ではない。
それにゼクスも気付いていて、本当にハミュの人柄を気に入り、なんとかしようと奮闘中のようだ。
本来なら素直に頼ってこい! と怒りたいところだが、雄一は洗い物をしながら笑みを浮かべて呟く。
「男してるじゃないか、ゼクス」
できる限り、自分が見初めた相手は自分で守ってやりたいという男心をゼクスに垣間見せられ、楽しいと言ったらいいのか、嬉しくなってきてる雄一であった。
残るシャーロットであるが、伯爵家の一人娘で、先日、その伯爵家を継いだばかりらしい。
両親はなかなか、子宝に恵まれずに年を取ってからの出産だった為、母親はシャーロットを生んだ後、しばらくして他界。
父も引き継ぐ3日前に肺を患って亡くなったそうだ。
そんなシャーロットだったから生前の父には厳しくも優しく育てられた事により、融通は利かないが騎士道精神を模範とした生き方をするようになった。
だが、それがいけなかったらしい。
城仕えの間で煙たがられる事になる。
その結果、ハミュ付きの騎士として放逐という流れらしい。
要するに、ハミュとシャーロットは失っても良い駒という扱いでナイファ国にやってきたようだ。
まだ出会って間がないがほっとく気分になれなかった雄一はリホウにペーシア王国の本格的な調査を指示した。
前回のパラメキ国は戦争をしてでも叩き潰すスタンスでいけたが、今回はそうもいかないし、まだ時間の猶予もあるはず、出来得るならハミュとシャーロットがそんな扱いされたと知らずに終わらせたいモノだと雄一は頭を捻る。
情報が少な過ぎて、良案が浮かばず唸りながら片付けが済んだので布巾で手を拭いていると玄関から疲れた声が響く。
「ユウ様、只今帰りましたのぉ!」
「おう、思ったより時間がかかったな?」
そう言いながら雄一は台所から出てくる。
目の前には汗だくになったスゥの姿があった。
スゥの声が聞こえたのであろう、暇してたミュウが食堂から飛び出してくる。
ミュウの姿を認めたスゥが声を上げる。
「ああっ、ミュウ! 前回であそこの樹が切れなくなって最後、と言うの忘れたでしょっ!」
言われて、あっ、と呟くミュウが雄一の後ろに隠れ、ドサクサに紛れて登り始める。
「あっ、こら! ミュウ登るなと言っただろ? 特にここでは……」
雄一の身長は190cm近くあり、ミュウは中学生ぐらいまで育っている。当然のように……
「がぅ!」
ドヤ顔したミュウがよじ登り、雄一に肩車をさせるとスゥを見下ろそうとして背筋を伸ばし、当然のように天井に頭をぶつける。
ガスッと良い音と共に天井に穴が空いたようである。
それに溜息を吐いた雄一は、軽く屈んでミュウの脇を掴んで床に降ろす。
「止めたのに登るからだ。訓練でもそうだが、ミュウ、周りの状況を見て考える癖を付けた方がいいぞ? 後、屋根の修理はしておくように。終わらないと昼飯は抜きだからな?」
頭を押さえたミュウが情けない顔をしながら涙を浮かべて、がうぅぅ……と鳴いて雄一を恨めしそうに見つめる。
その様子に雄一だけでなく、スゥも溜息を吐く。
遅れて、スゥと一緒に出かけていたアリアが入ってくる。その場の状況を見渡すとだいたいの事情を察したようで溜息を零す。
おそらく、天井を壊した音に気付いて、食堂のほうから大きな胸を揺らした小鳥のエプロンを着けたディータが飛び込んでくる。
「何事ですか、ユウイチ? 凄い音がしましたが?」
「ミュウがな?」
苦笑する雄一が天井を指差すと「なるほど」と納得したように頷く。
「来たついでに頼みたいんだが、ダンテにスゥが帰った事を伝えてくれないか? 仕事だと、それから、その後で構わないからミュウが天井修理をサボらないように見ててくれ」
雄一の言葉に快く了承してくれるディータ。
それを見ていたミュウが顔を顰める。どうやら逃げる事も視野に入れていたようである。
ディータに目を付けられたら最後、少なくともミュウだけでなく、子供達では振り切る事など敵わない。
前職のスキルは腐らせてない。
当初は完全に振り払うつもりだったが、北川家で学ぶ子供達を見て、守りたいと感じたそうだ。
この力を腐らせて後悔する未来を嫌ったディータはピーク時の自分を維持する努力は怠っていなかった。
踵を返し、この場を離れていくディータ。ダンテを呼びに行ってくれるようだ。
それを見送ると雄一はアリアに声をかける。
「テツも呼んできてくれ」
雄一の言葉に頷くアリアはテツを探しにこの場を離れる。
それを見送った雄一はスゥを見つめ、
「スゥに客が来てるぞ、ゼクス経由でな?」
「お兄様から?」
露骨に嫌そうな顔をする。
以前、形的にはゼクスからであったが、ミレーヌの暗躍、もとい、親心でスゥを嫁にしたいという要望があったので、北川家に送られてきたヤツがいる。
当然のようにスゥは会う前から断る気だったが、常日頃からアリアとスゥに口を酸っぱくして「アイツはやめとけ」と雄一をディスるレイアが、スゥ達と一緒に会った時に本人を前にして、
「さすがにアタシもアレを勧める気は起きなかった……お帰りはあちらです」
と、出口を指を差して、さっさと帰れとアピールしたほどである。
見栄えは悪くなかったようであるが、そんな事は些細な問題だと子供達は語る。
何せ、付き添いの母親のスカートの裾を掴み続けるマザコンなうえ、嫁にしようというスゥに色目を使うのなら、ギリギリ理解の範囲である。
だが一緒にいるアリア、レイア、ミュウ、そして、後から聞いてびっくりしたが、ダンテも色目を使われたと震えながら証言した。
ようするに大変な目に遭っていたという話だが、この話には裏話がある。
そのガキに逆鱗を触れられた雄一が暴走しそうになるのを、ホーラ、テツ、リホウ、そしてダン達3人が命懸けの戦いをするというくだらない戦いが裏では行われていた。
もっぱら、リホウは報告に来たタイミング的に巻き込まれて、必死に逃げようとしていたようであるが……
まあ、くだらない話はどうでも良いとして、
「まあ、今回は前回のような話ではないみたいだぞ」
「だといいんですけど! 本当にお母様もしつこいの」
プリプリと怒りながらも雄一に先導される形で食堂に行くと、うつ伏せで倒れている女騎士、シャーロットの姿があった。
それをみて、スゥは目を丸くするが、雄一には手に取るようにこの状況が理解できた。
無限の体力を持つ子供達に揉みくちゃに玩具にされて力尽きたのであろう。
その子供達も動かなくなったシャーロットを見捨てて、部屋の隅に置かれている雄一の相棒、巴に向かって、「なぁ、なぁ、遊ぼうよ!」と声をかけている。
時折、気が向いたら一緒に遊んでやってるようである。
「この方が私のお客さんですの?」
「ああ」
スゥは少なくとも今回は前回のような事はないと、ホッと胸を撫で下ろした。
雄一もスゥと同じようにシャーロットを見つめる。
そして、名誉の戦死をされたシャーロットを悼み、雄一は合掌した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます