第164話 ややこしい事になってきたようです

 一夜明けた、次の日、レイア達は宿屋の1階の食堂兼酒場で朝食を頂いていた。


 レイアは昨日から機嫌が悪いままで唇を尖らせ、スクランブルエッグを突っつきながら「マズ……」と言いかけたところでアリアにモーニングスターの柄で殴られていた。


「ユウさんやテファ姉さん、アンナ達と一緒に考えない。あれと比べて美味しかったら、村じゃなく、街で店を開いてる」


 レイアの耳を引っ張り、口を寄せて宿屋の女将に聞かれないように配慮した。


 アリアの手を払ったレイアが、顔を真っ赤にしてモーニングスターを指差す。


「普通、そんな固いヤツで殴るか? アタシの頭が悪くなるだろうがっ!」

「そういうセリフは頭の良い時期があって初めて言える」


 宿の女将には配慮するが身内、特に姉妹であるレイアには無礼講なアリアであった。


 アリアの切れ味抜群の言葉というデンプ○ー・ロールを食らったレイアはグロッキー寸前に追い込まれる。


 それを見ていたダンテは震える。


 軽い女性恐怖症になりそうなダンテだが呪文のように「おかしいのは家の女の子だけだ」と唱える。


 グロッキーなレイアも震えるダンテも見えている素振りをしないスゥが食事を終え、お茶を一口飲むと話し出す。


「調べ出す出発点として、私が考えるにゴブリンの目撃者に話を聞きに行くか、村長の身辺調査をするか、のどちらかだと思うの」

「んっ、私は、村長の身辺調査を推す」


 スゥの言葉に同意しつつ、アリアが考える優先順位を伝えてくる。


 現実逃避から復帰したダンテも、


「僕もアリアの意見と同じで村長の身辺調査かな?」

「はぁ? なんでそんな面倒臭い事するんだ? 目撃情報を聞きながら、新しい情報を確認してゴブリン撃破、簡単なお仕事じゃ?」


 呆れるように溜息を吐くレイアがそういうとミュウも頷く。


 ミュウは間違いなく頭を使うより力技に訴えたいだけだが、レイアの残念ぶりには他の面子は頭を抱える。


「ねぇ、アリア。僕が思うにだけど……」

「全部言わなくても分かった。次からは気を付ける」


 あのレイアの言動を全てをアリアのせいにする気はないが、やっぱり叩き過ぎてるのじゃないかとダンテは思った。


 それについてはアリアも同じように思ったようで重い溜息吐く。


「レイア? 確かに先に目撃情報を集めるのは悪くはないの。でも昨日、貴方も言ってたように場合によっては、村長の罠の可能性を否定できないの」

「罠なんて噛みちぎってしまえばいい!」


 迷いもなくドヤ顔するレイアの脛をアリアはつま先蹴りをする。


 だが、蹴りの強化で脛を鍛えているレイアの防御力は高く、レイアを驚かせる事しかできなかったのにアリアはダメージを負う。


 涙目でつま先を摩るアリアに替わりダンテが説明する。


「そんな事ができるのはユウイチさんぐらいだよ。これは仮の話だけど、村長が一枚噛んでいるなら冒険者がのこのこ行ったら返り討ちにできる算段があるという事だよ。だって、その準備もできてないのに依頼なんて出さないよ」

「アタシ達は、ただの冒険者じゃないっ!」


 いきり立つレイアをジッと見つめるスゥは告げる。


「そう、私達は冒険者じゃない、良く言って、冒険者見習なの」


 スゥの言葉にレイアは二の句が告げられなくなる。


 そんなレイアに嘆息するとスゥは続ける。


「そんな私達が考えなしに動いて失敗するとする。きっとコミュニティの誰かが尻拭いにやってくるはずなの。冒険者ですらない私達がコミュニティの名を傷つけ貶める結果になるの」

「きっと、私達のミスだから、ホーラ姉さん、テツ兄さん、もしくは、ユウさんが出張る」


 尻拭いをその3人がする事をアリアに示唆されたレイアはグゥの音も出ないようで黙り込む。


 ミュウも弱ったように鳴きながら、「それは困る」と項垂れる。


「私達は、ユウ様の「また今度」という言葉を無視してここにいる。いい加減は許されないの。最善を尽くしての失敗なら諦めは着く、でもレイアのように行き当たりばったりで失敗したら、ユウ様の前にどんな顔で出ていけばいいの?」



 レイアもミュウも黙り込み、重い空気が生まれる。


 スゥ達も失敗できないという思いから、強く言い過ぎた事に後悔が首をもたげてくる。


 その重い空気を払うように手を叩く音がする。ニッコリと笑ったシホーヌである。


「ユウイチ達はきっとコミュニティの事はたいして気にしないのですぅ。勿論、お説教はするとは思うですぅ。でも……」

「ええ、そうですね。きっと主様は、貴方達が無事かどうかのほうを心配されますよ。だから、石橋を叩くのを面倒と思わず、丁寧に行きましょう。なにせ、これが貴方達の初討伐依頼なんですよ?」


 シホーヌの言葉にアクアが繋ぎ、子供達に笑いかけ、「依頼完了して笑って帰るのですぅ」と肩肘張らないシホーヌの言葉が贈られる。


 そんなユルそうな2人を見て、肩の力が抜けた子供達は笑みが戻る。


 スゥはレイアに向き合う。


「ごめんなさいなの。依頼を無事達成しなくちゃ、と思う気持ちと、あの村長が怪しくてキツイ事を言っちゃったの」


 そう言って頭を下げるスゥに慌てたレイアも焦りながらも言葉を話す。


「いや、アタシも考えなしだった。ごめん、少しは考えるように気を付ける」


 素直に謝るレイアを優しい目で見つめるアリアとホッとした顔を見せるダンテ。


 そんなレイアとスゥの間に立ち、訳知り顔で腕を組みながら頷くミュウに3人の少女の瞳が集中する。


「「「ミュウも反省しなさい」」」


 矛先が自分にきて慌てたミュウは辺りを見渡しながら弱った声で鳴く。


 そして、妥協するような顔をするとダンテの後ろへと逃げ込む。


「がぅぅ……頑張れ、だ、ダンテバリアっ!」


 どっかで見たような事を実行する。駄目な事はすぐに真似をするミュウは3人の怒りが過ぎるのを耐えるように目を瞑る。


 ダンテは、困った笑いを浮かべる。


 レイア達は、物凄く見覚えがあり、呆れを通り過ぎて、良く分からないが許せたらしく溜息を吐いて、この話はこの辺りで終わらせる事にする。


「それで、最初はどうする?」


 レイアがスゥとアリアを見つめて問うと顎に手をやったスゥが辺りを見渡しながら答える。


「丁度、私達がいる場所、この場所柄、きっと情報が集まり易いと思うの。その大半の噂話などを知ってると思う人から聞いてみるの」

「宿の女将さん」


 そうアリアが答えると頷くスゥが、「すいませ――ん!」と大きめの声を上げると奥から宿の女将が出てくる。


 少しばつの悪そうな顔をして出てくる。


「すまないねぇ。盗み聞きをする気はなかったんだけど途中から聞いてしまったよ」


 申し訳なさそうに素直に言ってくる宿の女将にどういう反応をしたらいいか困った子供達が顔を見合せながら苦笑する。


「いえ、僕達も結構大きい声で言ってましたから仕方がないですよ」


 代表でダンテが気にしないでくださいと伝える。


「なら、だいたいの事情は伝わってると思うの。知ってる事を教えて欲しいの」


 聞かれてた事は説明が省けたとプラス思考に働かせたスゥは単刀直入に聞く。


 そのスゥの胆力に呆れたらいいのか笑えばいいか悩むような顔をする宿の女将は諦めたように説明を始める。


「今回の依頼の発端になったのは、多分、依頼書にも書かれてるだろうけど村の近く、北の海辺の洞窟にゴブリンの姿を見つけた事から始まってねぇ」


 宿屋の女将がそういうとアクアの眉が寄る。だが、それに気付いたのはシホーヌのみで他の面子は誰も気付かなかった。


 そんなアクアを放置して話は続く。


「それを発見された人は?」

「ゼペット爺さんといってね。洞窟と反対側の南の外れで住んでるよ」


 アリアの質問に宿屋の女将は答えてくれる。そして、その時の事は直接、ゼペット爺さんに聞いてくれ、と言われる。


 もう1つ聞きたい事があるが、村の人間には答えにくい事だと思い、躊躇するアリアとスゥとダンテの姿を見た宿屋の女将はどことなく諦めを感じさせる空気を纏う。


 アリアとスゥはダンテに目配せをする。


 慌てた様子のダンテが左右を見渡し、自分を指差すと2人に頷かれて狼狽して見せる。


 そんなダンテをジッと見つめる2人の圧力に負けたダンテが項垂れながら、宿屋の女将に質問する。


「えっと、村長の事で知ってる事を話して頂けませんか? 無理ですか? じゃ、しょうがな……」


 逃げ腰なダンテの背中をアリアとスゥが手で叩いてカツを入れる。


 涙目になるダンテに苦笑した宿屋の女将は溜息を吐いて笑みを浮かべる。


「いいさ、いいさ。アタシが知ってる事は教えてあげる、と言ってあげたいんだけど、それほど村長の事を知ってる訳でもないんだよ」

「どうしてですか?」


 首を傾げるダンテの言葉に宿屋の女将は思い出すように天井に視線を向ける。


「今の村長がその席に着いたのは3か月前で、この村に来てからでも半年程度で先代の村長の遠縁という事しか知らなくてねぇ」

「なんでそんな人が村長に?」


 眉を寄せて疑わしいという思いを珍しく表情に浮かべたアリアが問う。


 問われた宿屋の女将は頬に手を添えながら、溜息を零す。


「さあねぇ。ただ、先代の遺書のようなモノが発見されて、自分が死んだら村長を今の村長にという指名がなされたのさ」

「それに反対する人は出なかったんですの?」


 考え込むようにするスゥが宿屋の女将に質問する。


「いたさ、いきなりやってきた男がいきなり村長だ、と言われて受け入れるほうがおかしい。何かを村にもたらした訳でもない男が村長と認める訳がなかった。でもね……」


 話の流れがキナ臭くなり、アリアとスゥは表情を硬くし、ダンテは冷や汗を流す。

 レイアは話に着いて行けなくなりつつあり、隣にミュウに「分かるか?」と問いかける。


 ミュウは腕を組んで頷く。


 そして、「大丈夫」と呟きながらレイアから視線を逃がす。


 それを見ただけで、レイアでも分かった。大丈夫の後に、分かってないが続くと。


「次々と反対した人の行方が分からなくなってねぇ」


 宿屋の女将の話では、最初は若い夫婦で喧嘩を良くするがおしどり夫婦と評判だった旦那が行方不明になり、昼を過ぎても帰ってこなくて嫁が騒いだそうである。


 当初は喧嘩して旦那が家出したんじゃないかと村の者達で笑いあったが、次の日にも姿が見えず、3日目になって村人総出で捜したが結局見つからなかったそうである。


 それから、また1人、また1人と反対していた者達の行方が分からなくなったそうである。


「それやったの今の村長だろっ!」


 そう言い募るレイアに辛そうな顔を見せる宿屋の女将を見たアリアが前のめりになってるレイアを引っ張って座らせる。


「ごめんね、証拠もないのに憶測では口にする訳にはいかないのよ。私はこれからもこの村での生活があるんでねぇ」


 そういう宿屋の女将は、話はこれで終わりと言う空気を出すと背を向ける。


 宿代をテーブルに置いたアクアが立ち上がる。


「宿代、ここに置いておきます。お話して頂いて有難うございます。貴方から話を聞いたとは吹聴しませんのでご安心を」


 そう言うとシホーヌとアクアは子供達に出発を促す。


 ブゥ垂れるレイアに苦笑しながら宿を出ようとした時、宿屋の女将が後ろから声をかけてくる。


「ゼペット爺さんは先代の村長の親友だったよ」


 つまり、ゼペット爺さんに聞けば何か分かるかもしれないと伝えてきてくれる。宿屋の女将が取れるギリギリのラインまで攻めてくれた。


 振り返ったレイアは宿屋の女将に笑みを弾けさせる。


「ありがとっ! またご飯食べにくるなっ!」


 さっきはマズイと言おうとしてた癖にとアリアは思うが、それを胸に仕舞うとレイアの背中を押して宿を出て、南に住んでいるというゼペット爺さんを訪ねる為に歩き出した。

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