第137話 最強を護る者と追う者の違いらしいです

 少年、2人が土砂降りの雨の中、河原で剣を交えていた。


 二刀の緑髪の少年の剣は空を斬り、対面の白髪のアルビノのエルフの少年は先程からブレもせず、まったく同じ軌跡を描いて上段から斬りつけていた。


 どんなに緑髪の少年が動こうとも気付けば、目の前に現れ、同じ軌跡を描く剣を防がされる。


 ギリギリといったタイミングで防がされた緑髪の少年は、歯を軋ませると叫ぶ。


「テツっ! 何度も同じ斬りかかり方しやがって、馬鹿にしてんのかっ!」


 緑髪の少年、セシルにそう叫ばれたテツは、正眼に構えた状態で息を荒くしながら答える。


「馬鹿にしてる? 馬鹿にしてないのは君が一番分かってるはず。僕は真剣だ。君に雑魚と言われた剣戟が通用する事を証明する事に」


 そう言うとセシルは、再び、テツを見失い、がむしゃらに前方を斬りまくると後ろから「僕はここだ」と声をかけられて、振り返ると上段斬りを防がされる。


「どうだい? 来ると分かってるのに防ぐ事しかできない剣戟は?」


 テツは、頬を染めて息の荒くする。


 どうやら、傷口が熱を持ち始めたようである。


 セシルもそれに気付いたようで、暗い笑みを浮かべる。


「本当にお前は馬鹿だな。そんな事を証明する暇があったら俺を倒してしまえばいいのに、色々、手遅れになってきてねぇ―か?」


 テツの様子から若干の余裕を取り戻したかに見えたセシルだったが、次のテツの言葉に激昂してしまう。


「これぐらいのハンデぐらいあげます。僕は世界二のお父さんになる男です。世界最強のお父さんの背中を追うのに、貴方ぐらい乗り越えられないでどうします?」

「クソ野郎がぁ、世界最強のお父さんだぁ? 世界最強の男はウチのおっさん、ブロッソだ。そして、俺が世界二だぁ!!」


 まるで逆鱗に触れたかのように激しく叫んだ為か、荒い息を吐くセシルを笑みを浮かべたテツが見つめる。


 テツは思う。


 それはない、世界最強は雄一であると。


「君は、大きな勘違いをしている。お父さんと男。同じようで違う。お父さんのほうが格上です」


 テツの言葉に触発されるようにセシルは雨の中、つららを生成し、テツ目掛けて放つ。


 視界が悪い事この上ないのに、テツは危なげなく、最小限の動きで避ける。


「段々、君の攻撃が単調になってきてるよ?」


 テツに言った本人が同じように読まれる行動を繰り返し始めた事に、テツはお返しで教えてやる。


 多少なり、テツも意趣返しもあったが、セシルには劇薬だったようで、力任せに振り回してくる。


 セシルもそれなりには力持ちではあるが、テツとは勝負にならない。


 当然のように軽く振られたツーハンデッドソードで薙ぎ払われる。


 先程まで、セシルへの敵視する視線だったテツだったが、ここにきて、剣を交える前に感じた嫌な感じと、いつもの自分らしくない言動が漏れた理由を肌で感じるように理解した。


 そう、素直に認める事ができれば、こんなモヤモヤした気持ちで戦う事はなかった。


 もっと最初から戦いらしい戦いができていた。


 だが、もう気付いた。


 目を反らすのは、もう止めようとテツは思う。


 セシルと自分は良く似ていると。


 性格や容姿の話ではない。


 生きる指針、その根っこのところが似ている事に気付いた。


「君、いや、セシル、ブロッソさんに育ててもらった?」

「ああっ、孤児になった俺を引き取って生きる術を叩きこまれた、それがなんだぁ!」


 それを聞いたテツは、自分の感じた事は間違いないと確信する。


「そうか、自分を救ってくれた人が最強である為に、セシル、君は頑張ってるんだね」


 そのテツの言葉に、「うるせぇ!!」と叫ぶ。


 セシルの叫びにもテツは、顔を顰めるどころか微笑んでみせる。


 テツの反応に虚を突かれたセシルはテツを見つめる。


「僕も同じような事を考えた事がある。でもね、最強と言われる人を守るというのは、きっと相手に失礼にあたる。そんな相手にして喜ばれる事、それは、追い越すつもりで追いかけて、振り返れば、いつもいるのが自分だと自負して前に進む事なんだと僕は思う。僕はユウイチさんを見ていて、そう思った」


 テツの言葉に顔を顰めたセシルは、一足飛びでテツに詰め寄って斬りかかるが、ヒラリと避けられる。


 突っ込む事しか考えてない動きをしていたセシルの隙だらけの背中をテツは蹴っ飛ばす。


「だから、セシル、誰かを蹴落とすではなく、強くなってブロッソさんを超えるつもりで頑張って、自分は貴方に育てられたから、こんなに強くなれた、と誇れるような存在にならなければならなかったんだ」


 穏やかな表情で言うテツを睨み殺すようにするセシルが吼える。


「お前に何が分かるっ!」

「分かるよ、だって、君とは似たような境遇だからね。セシルも気付いているんだろ?」


 テツの言葉に唇を噛み締め、血が滲むのがテツにも見えた。


 そして、セシルが何やら呟き始める。段々、呟く声が大きくなっていく。


「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ、うるせぇぇぇ!!! 今までこれで上手く回ってきたんだ! おっさんが世界一で、俺が世界二、それでいい! 世界一と世界二は2人いらねぇ――! テツ、お前は消えろっ! お前が世界一と思う男も俺が始末する」


 そう叫んだセシルを見ているテツの目が据わる。


 テツは自分の感情に驚きつつも受け入れる。


 今まで頭にきた事、ベルグノートの件などであった。あれは強い感情の発露を自分でも感じたが、今回、受けた感情は、まるで別モノ。


 まるで、聖域を穢された神獣のように激しい怒りをテツを包む。


「今……なんて言った? ユウイチさんを始末する? できもしない事をよくほざいた。何故? ユウイチが世界一だから。そして、君は僕にも勝てない。何故なら、僕が世界二のお父さんになる、テツだからだぁ!」


 そう叫ぶとテツは腰溜めにツーハンデッドソードを構える。


 すると、テツの周りに膜を覆うように雨が侵入できずに逸れる光景をセシルは見つめる。


 見つめる先では、凶悪な音、ギュルルゥ、という音を鳴らして、テツに降りかかる雨を回転する何かに弾かれる。


「何をやってやがる……」

「今まで、君に攻撃していた手法はユウイチさんに学んだモノ。これは僕のオリジナルです」


 テツは殺気を最大にしてセシルに叩きつける。


 セシルがテツの殺気に抗う為に腹に力をいれるのを見計らったように、殺気を掻き消し、戸惑っているセシルにテツは生活魔法の風を利用したポプリに見せた突進をする。


 戸惑うセシルに躊躇せずに大上段から斬りつける。


 セシルもギリギリで反応して二刀を交差させて防ごうとするが、乾いた音と共に二刀は砕かれ、肩から腹へとテツに斬られる。


 喀血するセシルはふらつきながら後ろに後退する。


「浅かったですか。でも、僕の勝ちです」


 そう言うとテツはセシルに近寄って行くが、死相が浮かぶような顔をしたセシルが笑う。


「はっ……負けてやらねぇよぉ……今日の勝負は預けるわぁ」


 後退を止めないセシルは増水する川を背に狂気の笑みを浮かべ、血を吐きながら叫ぶ。


「テツゥ、絶対に勝手に死ぬなよぉ? お前を殺すのは俺だからなぁ、その日までその命は預けておく!!」


 そう叫ぶと迷いもなく、セシルは川に身を投げる。


 それに一瞬、まさか、とテツは固まるが水音と共に硬直が解けると納得する。


 確かに、あの状況で助かる可能性を掴もうと思ったら飛び込む以外にない。


 普通に考えたら、間違いなくセシルは命を落とすだろう。


 だが、テツは、その考えを否定する。


 セシルはきっとまた自分の前に現れるだろうと……


 そう考えていると急に立ち眩みを起こす。自分も傷を受けていて、発熱していた事を思い出す。


 ふらつくテツは、ホーラを心配して、剣を杖のように体を支え、引きずる様にしてホーラの下へと向かおうとする。


 だが、濡れた河原の石に足を取られて、倒れると指も動かす事もできなくなる。


 そして、激しい睡魔に襲われたテツは、


「少し、休めば、きっと……」


 と呟くと雨が降り止まない河原で目を閉じた。

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