第100話 それぞれの準備完了らしいです

 ティファーニアがコミュニティを移転させて、その中に雄一が客員要員とはいえ、所属しているという噂はダンガにいる冒険者の間にその日の内に駆け巡った。


 渦中の本人は、呑気なもので次の日の朝もいつも通りの生活サイクルで過ごし、子ども達が喜ぶ顔を想像しながら朝の仕込みを済ますとテツ達の訓練を見るために家を後にした。


 そして、雄一達は朝の訓練も済ませて、みんなが食堂に集まると声を揃えて、いただきます、をして朝食を食べ始めた。


 ホーラとポプリが頭を抱えて昨日の元気はどこにいったのかという風の顔を見せていた。


 そんなホーラ達を笑みを浮かべて見つめる雄一は、「説明会で、答えた内容に更に疑問を投げかけられて困ったんだろ?」と聞くとホーラとポプリは椅子を蹴るようにして立ち上がる。


「ユウは、こうなるって分かってたってこと?」


 身を乗り出してくるホーラに雄一は意地悪そうな笑みを浮かべながら、「ああっ」と頷く。


「その、その、さすがに事前に教えてもらえたら対応できたと思うんです。少し、意地悪ですよ」

「まあ、意地悪じゃないとは言わないが、そもそも、対応を事前に準備というのが間違ってる」


 雄一の言葉を聞いた2人は驚いた顔をして雄一を見つめてくる。


 仕方がないな、と思う雄一は教えてやる事にする。


「先程、対応の準備がとは言ったが、準備の仕方が間違ってるんだ。答えられなかった疑問の答えだけを用意するから今回のような事に陥った。つまり、お前達は自分達でもこれから行おうとしてる内容を理解してないという事実が露呈しているんだ」


 雄一の説明を聞いた2人は弱った顔をお互いで見合わせる。


「なら、昨日の内に教えてくれてもいいさっ!」


 そう言いきったホーラであったが言った後で気付いたようで、舌打ちをして悔しがる。


 悔しがるホーラの意図が分からないポプリが右往左往する。


 そんなポプリに雄一が説明してやる。


「まあ、教えてやっていれば、今回は問題はなかっただろう。だが、似たような違う展開になった時にこの事を思い出す事ができただろうか?」


 雄一の言葉で理解に至ったポプリは、感心するように頷く。


「つまり、相手を理解させる為に頭を捻る前に自分達の理解度を深めておく必要があったんだ」


 雄一の言葉を聞いたホーラは、カチューシャの位置をしっかりと整える事で気を引き締め直したようで、雄一にこの学校についての質問を開始する。


「ちょっと、待ってください。聞いた内容を書きとめるんで」


 そう言うとポプリは、筆記用具などを取ってくるとテーブルにある皿を横に避けて書く体勢になると、「続きをお願いします」と言うので説明を再開した。


 雄一は、取り調べを受けるように質疑応答が繰り返された。


 それを進めたホーラ達は、雄一の答え方と内容の理解度を深めたようで、「今度こそは!」とお互い気合いを入れ合っている。


 その姿を楽しそうに見つめつつ、朝食の片付けをしていた穏やかな北川家に、「てぇーへんだ、アニキっ!」と慌てた声を響かせてやってくるリホウがいた。


 小芝居が細かいヤツだと思いつつ、呆れた目を隠さず、リホウが来るのを待つ。


 雄一を見つけたリホウは、「いた、良かった」と言うと胸を撫で下ろす。


「何があった?」

「何があった? じゃないですよ。アニキが嬢ちゃんのコミュニティにいると知った冒険者達がコミュニティ入りを希望して、俺、追われてるようなもんなんですよ!」


 どうやら、希望者が殺到して対応に困ったリホウが逃げてきたようである。


 しかし、その割にリホウの表情は追い詰められたモノではなく、むしろ、笑みを見せていた。


 雄一もリホウに笑みを返し、「罠にかかったようだな?」と言うとリホウは頷いてくる。


「じゃ、入団試験をするとか適当に言って、ミラーに告知させてこい。後の予定は分かるよな?」

「はい、勿論です。すぐ動きます」


 そう言う雄一に一礼すると家を後にする。


 不思議そうにする面子に微笑み返すとホーラと向き合い頼み事をする。


「子供達に説明に行く前に一仕事頼めるか?」


 雄一は、ホーラが承諾してくれた事に笑みを浮かべて感謝する。そして、この後の事を思い、どう調理してやろうかという楽しみから獰猛の笑みが漏れる。





 雄一とリホウは、学校建設予定地の門の内側にテーブルと椅子を置いて座って前方を見つめる。


 100名はいるかという冒険者達が列を作って待っていた。


 その列整理に駆り出されたテツ、ポプリ、ティファーニアの3人は、声を張り上げて整列を促している。


 リホウは、雄一を見つめる。


「じゃ、始めるか」


 リホウは、雄一の言葉を受けて整列を促していたティファーニアと目があったので手を振ると理解したようで、先頭の男に「1人づつどうぞ」と雄一達の下へと向かわせる。


 雄一達の前に行った最初の冒険者は緊張からガチガチになっていた。


 それに笑みを浮かべる雄一が、名前、希望理由と聞き出していく。


「じゃ、最後に名前を記帳をお願いします」


 リホウが、冒険者に名前を書くように伝え、書くのを確認する。


「試験を後日行いますので、日時は、冒険者ギルドで張り出しますので、時折確認をお願いします」


 そう言うと冒険者は頷いて帰っていくのを見て、「次っ」と次の者を呼び寄せる。



 そのサイクルを何度かやっていると壁にぶつかったかのように入れない者が現れる。


 それを見たティファーニアが身なりの悪い冒険者に話しかける。


「申し訳ありません。行方を妨げられる方は試験を受ける資格がありませんのでお帰りください」

「なんだとっ! このクソガキがぁ!」


 激昂した男が柄に手を添えた瞬間、首元にツーハンデッドソードを添えられる。


「そう言う決まりなんで、お帰りください。これ以上、騒がれるなら僕が相手になります」


 ティファーニアに斬りかかろうとするようなヤツにテツはきっと加減などしないだろう。


 相手もテツの噂は聞き及んでいるようで、舌打ちすると柄から手を離すと逃げるように出ていく。


 出ていく男が急に立ち止まったと思ったら頭を撫でるように押さえて上空を見つめる。


 しかし、見えるのは雲一つない空である。


 男は、首を傾げると再び、怒りを前面に出して帰って行った。



 それから50名ほどすると通れない者が2人現れる。


 最後の1人が済んだ時には総数10名の弾かれた者が現れた。


 希望者がはねた後、リホウが目を瞑る雄一に問いかける。


「見つかりましたか?」


 そう言われると頷いて返す。


「ああっ、思ってた通りの場所へと9名は集まってるな。リホウ、頼みもしないのに警告したんだよな?」

「アニキ、そう言わないでやってくださいよ。ええ、しましたが、やっぱり無駄だったようですね」

「なら、遠慮はいらないな?」


 リホウは、雄一の言葉を聞くと頬を叩いて気合いを入れる。


「今夜は狩りだ。リホウ、夜は空けておいてくれ」


 獰猛な笑みを浮かべる雄一に、リホウは嬉しそうに「ウッス」と返事を返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る