第91話 心の底から恐怖するモノらしいです

 雄一は、街の北側に向かい、ホーラと初めて行った森の更に奥、アクアの神像がある泉を目指して歩いていた。


 別にそこが巴の世界へいける場所という訳ではない。


 条件さえ満たせば、どこからでも行く事が実はできる。


「アクアの神像がある場所なら、まず間違いなく人はこないから近場であそこほど確実な場所はないな」


 誰にも見つけられずに、ひっそりとこの森の泉でいじけているアクアを想像できてしまい、悪い事をしてる気がしてきた雄一はアクアに少し優しくなろうと思う。


 つまり、人がこない場所でならどこでもいいが、ここが一番確実だろうと雄一は判断したのである。


 森に入り、空気がガラッと変わる場所を抜けるが、今回は何の縛りもないので泉へと最短距離を進む。


 モンスターに遭遇しても威圧をかけて逃げるモノは追わず、かかってくるモノだけを斬り払って進んだ。


 そして、泉に着いた雄一は、前に採ったリンゴの木に凭れかかる。


 精神集中をして心を落ち着け、胸一杯に酸素を入れ、ゆっくりと吐き出す。


「巴、いつでもいいぞ」


 静かに瞳を閉じると浮遊感を感じたと思ったら、上下がどちらか分からなくなる気持ち悪さに耐えると意識が遠くなっていった。





 雄一は、カラン、コロンといった音が耳に届き、薄れていた意識が浮上を始める。


 目を開けると白い空間に黒い塊と誤認するものを見つける。


 そして、もう一つ、先程から聞こえる音もそこから聞こえてきているようである。


 カラン、コロンと言う音の間隔が小さくなり、黒の塊に形が現れる。


 どうやら性別は女であるのが遠目にも分かり、おとなしく待ちながら目の前の存在を観察してみる。


 銀髪の長い髪をかんざし、櫛で纏め上げ、豪華さをイメージしてしまいそうだが何故か愛らしさが前面にくる。

 良く見ると頭頂部に耳があるのに気付く。

 瞳はぱっちりとネコ目のように吊りあがり気味の瞳が気難しさと愛らしさを共存させている。

 黒を基調にした着物を着ており、胸元を大きく開き、肩も大きく露出させ、丈は短さに挑戦しましたと言わんばかりに生足を惜しげもなく見せている。

 足下には、ぽっくり下駄を履いており、先程の音はこれが理由であるらしい。


「初めまして、で良いのかの? わっちが巴じゃ。これが最後の逢瀬にならんことを祈っておるよ」


 かっかか、と笑う子の口元には鋭い犬歯が見える。


「そうならないように頑張らせて貰うよ」


 雄一は、軽く受け流すように肩を竦める。


 雄一の行動がおかしいのを感じるように思うだろう。


 普通なら、そんな格好の女性が現れたり、逢瀬などと言われたら雄一スマイルが発動されるであろう。


 だが、いつもと変わらない雄一である。


 勿論、試練にあたって真剣になり過ぎていておかしいという訳でもない。


 何故なら、雄一の目の前にいるのはアリア達と年が変わらないように見える幼女だった為である。


「で、お前さんは、ネコの獣人か何かか?」


 雄一の言葉に目を吊り上げた巴が、「バカにするなっ!」と言うとお尻を向けてくる。


 そこには小振りで可愛らしいモフモフしてそうなキツネの尻尾のようなモノを激しく振って見せる。


 良く見ろとばかりに眉尻を上げる巴に雄一は苦笑いを浮かべながら謝罪を口にする。


「おおっ、悪いな。キツネか……良い毛並みをした尻尾だな」

「ほほう、素性を見抜く目がない代わりに良いモノを見分ける目はあるのだの」


 不機嫌から一転、ご機嫌な顔でホクホクさせて尻尾をゆったりと大きく振る。


「今度会う時を教えておいてくれたら巴用のブラシを用意しておく。俺が念入りにその尻尾をブラッシングしてやる」

「ほんに? ほんにだな? 嘘は言わんな?」


 瞳をキラキラさせた銀髪幼女が、期待に満ちた目を向けてくるのに気負わずに雄一は頷く。


 巴は嬉しそうな顔をすると堪らないとばかりに目を瞑り、尻尾を激しく振る。


 そして、何かを悩むように、ムムムッと唸るが、首を横に振る。


「ブラッシングをして貰いたいからといって試練の手は緩めないからかの……」


 どうやら、ギリギリのところで耐えているようで涙目で指を突き付けてくる巴に苦笑する雄一であるが、元よりそんな気はなかったので平然と頷く。


「よ、よし、試練を始めるからの? 無事、抜けたら先程の約定を忘れる事は許さんのじゃ!」


 それに頷く雄一に、「絶対じゃぞ?」と念押しをしてくる巴は案外、ハマればチョロい子かもしれない。


「これから行う試練は2つ。1つでも、わっちの目に適わんかったら、汝の魂は、わっちの飴玉になってもらう」

「胃もたれさせちまうかもしれないが、それで良ければ好きにしろよ」


 雄一は、挑まれたら何でも受けると不敵な笑みを浮かべる。


 既に試験が始まっているようで、雄一の反応を窺うように巴は見つめてくる。


「まずは1つ目、汝のもっとも恐怖するものを見せて貰おうかの」


 そういうと雄一の瞳を覗き込んでくる巴だったが、巴に変化があり、思わず身構える。


 黒かった瞳が金色に輝き出した為である。


「汝の恐怖はどんなのじゃろうな」


 巴の声が遠くから聞こえると思った瞬間、世界が暗転した。





 いつ閉じてたか分からないが、目を開くとそこはダンガにある家の台所であった。


 辺りを見渡すと台所の出入り口付近にレイアがいるのに気付き、近寄ると心底嫌そうな顔をされる。


「寄んな、DTが移る!」


 雄一は思わず、片膝をその場で着く。


「レイア……それをどこで聞いた? というより意味を分かって言ってるのか?」


 心臓がバクバクと音を鳴らしているのが自分の耳にも届き、余計に緊張して嫌な汗が体を伝う。


 雄一が、震える手を差し伸べようとするが、汚物を見るような目をされると逃げられてしまう。


 雄一は数秒、放心していたが気力を振り絞り立ち上がる。


 台所を出て、廊下に行くとミュウがおり、心に傷を負っている雄一はミュウとの触れ合いで癒されようと背中を見せて、いつものように肩車をしようとする。


 だが、ミュウがいつものように登ってこないので振り返ると鼻を抓んだミュウが顔を顰めてこちらを見ていた。


「ユーイ、臭いから、ヤッ」


 そういうと走り去るミュウを追いかけられずに、雄一は、再び床に四肢を着ける。


「何故だっ、あの可愛いミュウまでがあんな事を言い出すんだぁ!!」


 鼻の奥がツーンとしてくる衝動と戦っていると目の前に誰かが来た事に気付く。


 視線を上げるとそこには笑顔のアリアがいた。


 心がボロボロになりそうだった雄一には天使の笑顔に見えた。


「何か知らないか? レイアとミュウがおかしいんだ」


 少なくともレイアは普段とそれほど変わりはないが、雄一フィルターにかかれば、いつもはツンデレ仕様に見えていた。


 雄一は力なく、アリアの肩に手を置く。


「んっ、教えてあげるから、お願いがあるの、ユウさん」

「おお、何でも言ってくれ」


 すると一瞬で無表情になったアリアにびっくりしていると感情が籠ってない声で言われる。


「ユウさんの洗濯モノの隣に私の服を干さないで、イヤだから」


 固まる雄一の手を汚いモノのように弾き、手をどけられる。


 そして、雄一をほっといて食堂のほうに歩いていくアリアに気付き、追いかけるとそこには離れて行ったレイアとミュウも一緒に居り、揃った3人に物を見るような目を向けられる。


 3人は息を合わせるかのように同時に話し出す。


「お前なんか……」

「ユーイ、……」

「ユウさんなんて……」


 一瞬の溜めを作る3人を茫然と眺める雄一にトドメを入れてくる。


「「「大嫌いっ!!!」」」



「嘘だぁぁぁ!!!」



 雄一が頭を抱えて叫ぶと周りの空間にひび割れが起き、ピキピキと音がしていくと乾いた音と共に景色が粉砕する。


 そして、項垂れて四肢を地面に着ける格好で、真っ白な世界、巴の世界へと戻ってくる。


 雄一は、先程の体験は幻だと自覚してホッと胸を撫で下ろす。


 何事もなかったかのような顔を意識して雄一は、巴を指差して胸を張る。


「俺には、こんなちゃっちい幻は効かん!」

「汝、鏡を見た方が良いぞ? しっかり涙目じゃぞ」


 素知らぬ顔をする雄一に呆れた顔を向ける巴は、「もっとマシな恐怖はなかったのかの」と嘆く。


「まあ、それなりに楽しめたから1つ目は及第点にしてやる、感謝するのじゃ」

「その言い回しだと最初のはお遊びみたいなもんだったって事だな?」


 雄一の予想の言葉に、犬歯を見せて笑みを見せる巴。


「さぁーて、これからが本番じゃ、汝がどうするか見させて貰うのじゃ」


 再び、巴が瞳を金色に輝かすと雄一の意識は暗転した。

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