第82話 春の一コマらしいです
テツ達に連れられて雄一は秘密にされた物を拝みに行く為に『マッチョの社交場』へと向かっていた。
なんだかんだで最後に雄一が行ったのがテツ達の防具を見繕って、雄一の靴を渡された時だった。
雄一が履く靴もカンフーシューズのようにペラペラに見えるが、力加減一つで滑らせる事も急制動をかけるのも自由自在の一品である。
そのうえ、足裏に来る衝撃はほぼ吸収という元の世界でもこれほど良い靴はなかったのではないかと雄一は思う。
見習い中のサリナでこれだけ作るのだからミチルダはきっと化け物である。
「まあ、存在は既に化け物だがな」
「何の話ですか?」
雄一のボヤキのようなものに気付いたテツが聞き返してくる。
「ああ、ミチルダの話だ」
「なるほど、確かにそう言えなくもないかな?」
苦笑いするテツは遠慮気味に頷いてくる。
その様子のテツを見て、ふと疑問に感じる。
以前、あれほどミチルダにトラウマを植えつけられたような様子を見せていたテツなのに自然体であることの違和感に……
「なぁ、テツ。もしかして行く度に抱きつかれて慣れたのか?」
「まさか、違いますよ。最近は、サリナさんがミチルダさんから守ってくれるから被害を受けないだけですよ」
雄一は、余りのショックの為、歩いていた足を停めてしまう。
その様子の雄一に気付いたホーラが、
「テツは、師匠がいる時はサリナさんに抱き締められるさ。師匠に抱き締められないように」
テツを見つめる雄一は、「うらや、いや、実にけしからんヤツだっ!」と唸る。それにテツが怯む様子から少々ではない威圧が発してると思われる。
「えっと、えっと、雄一さん、そういえば、テツ君は道具屋のお姉さんにも可愛がられてますよぉ?」
「道具屋のお姉さんって、あの3姉妹の一番上の?」
雄一より2つ上の長女のメロンとまでは言わないがグレープフルーツのようなジューシーな丸みで雄一を惑わす魔女を思い出す。
ポプリは、雄一の言葉に首を横に振る。
それにホッとする雄一であったが、次の言葉を聞いて目が据わる。
「3姉妹に、ですぅ。テツ君は、もしかしたら年上キラーかもしれませんね?」
ポプリは、「私はユウイチさん一筋ですけどぉ!」とイヤンイヤンと悶えているが雄一の耳にも目にも届いてはなかった。
瞳孔が開いた目で雄一に見つめられたテツは怯える小動物のように震える。
口元だけ笑みを浮かべてテツの肩に両手を置く。
「テツ、今朝ももっと訓練したがってたから、『マッチョの社交場』に行く前にもう一汗流そう」
「い、いやですよ! 今のユウイチさんの訓練は、命の危機を感じますよっ」
「安心しろ、200本ほどの骨を折って、魔法で回復すれば、強い骨になる」
死の恐怖を感じとったテツは、雄一の手を払うと背中を向けて脱兎の如く逃亡を計る。
「それって全部の骨を折るって言ってますよっ!!」
「はっはは、逃げるなよ、テツぅ」
笑い声を上げながら全力で逃げるテツをスキップしながら追いかけ、一定のペースでテツに迫っていく。
死の恐怖から自分の限界を一歩、一歩と超えて加速していくが、それに合わせて雄一は速度を調整する。
「ぎゃぁぁぁ!! スキップする悪魔が来るぅ」
「酷い事言うなよぉ、テツぅ、逮捕だぁ~」
限界を越え続けているという自覚をする余裕もなく、テツは雄一から必死に逃げ続けた。
その2人に置いてけぼりにされたホーラとポプリは茫然と見送る。
「ホーラ? ほっといても大丈夫?」
ホーラは、何が? とは問い返しはしない。聞かなくても分かる事であったからである。ポプリにいたっては、テツの心配など一切していない。
「心配いらないさ。どうせ、テツを捕まえたらユウは、『マッチョの社交場』に向かうはず。多分、テツもそこに逃げる為に走ってるだろうから捕まらなくても結果は同じさ」
まあ、間違いなく掴まるとホーラは思っているが、運がテツを味方する可能性も一応残す事にする。
そう、ポプリが心配したのは雄一とテツがどこに向かうかであった。
ホーラは、辺りを見渡す。
露店の用意などをしてた商人達が、追いかけられたテツを目で追った後、「またユウイチさんはテツで遊んでるなぁ」と笑うと仕事に戻る姿があった。
その姿をポプリに見せると納得顔になる。
「ダンガで住んでるヤツなら、あの光景は良く見られるから誰も驚かない日常さ。つまり……」
「結末はいつも同じ……てこと、ホーラ?」
なるほどねぇ、とポプリは呆れた顔をするホーラを見つめる。
「あの半泣きでユウから必死に逃げる姿が、可愛いと年上の女に可愛がられる原因になっている事にユウはいつ気付くのやら……」
ポプリは身悶えしながら、「そんな抜けてるとこも可愛いユウイチさんっ!」と言うのを半眼で見つめる。
「まったく、補正がかかりまくりさ。まあ……アタイも人の事はいない……かな?」
苦笑するホーラは、身悶えするポプリの腕を引っ張って揺れもしない短いポニーテールを揺らすつもりのように首を振るポプリに、「さっさと、店に向かうさ」と引きずるように連れて行った。
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着くとテツを片足で背中を踏む雄一と床でうつ伏せでジタバタしながら泣くテツの姿があった。
その踏む雄一に、「もうテツ君をいじめちゃ駄目でしょ!」と、メッ! とサリナにされて満更でもない表情でデレデレとする。
そんな雄一に感情のない瞳のままホーラとポプリは、外にある石を拾うと雄一に投げ狙い違わず、見事にコメカミに2つとも当たる。
油断しまくりだった雄一は、大袈裟に痛がる割にテツから足は外さず、ホーラ達に文句を言おうと顔を向ける。
だが、すぐに視線を切るとガタガタ震える雄一はサリナの後ろに隠れながら、おそるおそる見る姿を見て年上の女がテツを見て庇いたくなる気持ちが少し理解した2人であった。
ホーラ達の怒りが何故か早い段階で霧散したようで、殺気を感じなくなった。
すると、背後から威圧感が突然に生まれる。
「あら~、久しぶりねぇ。プリティボーイ! 寂しかったわ」
「ぎゃぁぁぁ!!」
そう叫ぶと、咄嗟に目の前にあった隙間に雄一は隠れようと顔から突っ込む。
「ユウイチ君! 何するのっ!」
サリナの谷間に顔を突っ込んだ雄一の頬を遠慮のない平手打ちが打ち込まれる。
吹っ飛ばされながら雄一は思った。
『春の朝、ソフトな枕、いと恋し』
DT、心の俳句
殴られて吹っ飛ばされて床でテツと共に大の字になる雄一に近づいてきたミチルダは、笑みを浮かべながら覗き込みながら巴を手にしようとするので雄一は素直に手放す。
それを珍しく真剣な顔で見つめていると花を咲かすような笑みを見せてくる。
「プリティボーイ、良かったら、巴と次の段階に行ってみない?」
雄一は、ミチルダの言葉の真意が分からず、眉を寄せて見つめた。
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