第54話 カエルの子はカエルって言うけど、おたまじゃくしだよね?
雄一達は大会へのエントリーをする為に冒険者ギルドへとやってきた。
そして、カウンターの前にやってきた雄一は、悟りの境地に至った修行僧のように何も期待していないといった空虚な目をして口を開く。
「冒険者ギルドの扉に手を触れた瞬間から、色々と諦めていた……だから、俺はショックなど受けてない」
「なんだい? 来た早々、何故泣いているんだい?」
カウンターにいる、はりきりサンこと、50年物のユリアを見つめて気持ち良いと思えるほどの泣きっぷりをみせる雄一。
なんとなく理由を察したテツは、苦笑いを洩らすだけで済んでいるが雄一の豹変ぶりに驚くティファーニアは目を白黒させる。
少し雄一の再起動まで少しかかると思ったテツがユリアに話しかける。
「すいません。ユウイチさんは色々ちょっと辛い事が立て込んでるようなんで……あっ、僕は、テツと言います」
「アンタがテツかい。アタシはユリア。ユリアお姉ちゃんと呼んでくれていいよ?」
ドヤ顔で決めてくるユリアに、どう対応したらいいか戸惑うテツは、やはりホーラのようなスルースキルは持ち合わせていないらしく脂汗を掻き始める。
それを横で楽しげに見守っていたティファーニアであったが、仕方がないとばかりにテツに微笑み、代わりユリアに話しかける。
「こんにちは、ユリアさん。今日は私のコミュニティーのエントリーに来ました。出て貰う代理の方を連れて伺ったというのが今日の寄こさせて頂いた理由です」
そう言うティファーニアの言葉を受けたユリアは、眉間に皺を寄せて雄一を見つめると声を顰め、人目を気にするように後ろを伺いながら軽く身を乗り出す。
「ティファーニアを見た時から、そうじゃないかとは思ってたんだけど、実は……」
「大丈夫だ。概ねの事情は理解してるし、それに……」
再起動した雄一がユリアの背後の奥のほうに衝立がある辺りに視線を向ける。
そんな雄一を見て、「余計なお世話だったみたいだねぇ」と呟くのを笑みを見せて首を横に振る。
2人のやり取りにちょっと置いてけぼり感を漂わせるテツとティファーニア。
すると、衝立の向こうから2人の男が連れだって出てくる。
1人は昨日ぶりのベルグノートと眼鏡をかけた痩身の髭を蓄えた3流臭がするベルグノートを年を取らせたらこんな感じと思わせる、カール髭がイラッとさせる30後半の男が雄一のほうへと歩いてやってくる。
「おやおや、そこの大男はどなたかな? 見ない顔だが……紹介して頂けないかな、ユリア? ティファーニア嬢でも良いのだが?」
白々しい棒読みで言ってくる男を睨みつけるように見るティファーニア。
無表情で機械的に淡々とした雰囲気を漂わせて口を開こうとするユリアより先に雄一が口を開く。
「2人に聞かなくても隣の貧相なガキに聞けばいいだろう? 『おぼえてろよ』と言ってたから覚えておいたぞ? ドリームノート」
「ベルグノートだっ! ただの冒険者の分際で俺を愚弄するかぁ!」
腹芸もできないベルグノートを呆れた目で見つめる雄一達の視線を受けて、思わずといった感じで腰にある片手剣の柄に手を添えるのを見た雄一が目を細める。
ただ、それだけの挙動だけで汗を流すベルグノートは柄から手を離すとカール髭の後ろに隠れるように下がる。
自分のペースと思ってた展開に発展するが一瞬どうすればいいか分からない子供のような顔をするカール髭。
違う流れに眉を寄せるカール髭は大根役者、本当に舞台から下ろした方がみんなの為かと悩む雄一の呆れが籠る視線に晒されるが気付いた様子も見せずに台本をそのまま読むように演技を続ける。
「で、どなたなのかな? そこの大男は?」
懲りずにユリアとティファーニアに視線を向ける男に雄一は嘆息する。
「お前はアドリブもできんのか? よく貴族やってられるな? 衝立の向こうで何時間、出待ちしてたんだ? おっさん」
分かり易い反応の、眉間に血管を浮き上がらせるカール髭から見えない角度でユリアが雄一達に指で3と示してくる。
どうやら衝立の向こうで3時間も出番待ちをしていたと知って、「暇人極まるな」と呟き呆れる。
声を震わせるカール髭は、同じ言葉を吐いてくるので拉致があかないと諦めた雄一が伝える。
「はいはい……俺が、お前が待ってた雄一さんだ。で、次のセリフを言ってくれると助かるんだが? こちらも忙しい身でな、メルヘンノートの親父さん」
「ベルグノートだっ! この私が子爵のサウザント家の当主、ポメラニアンの息子と知っての狼藉……」
雄一の言葉に唾を飛ばしながら叫ぶが、ビクッと動きから体を硬直させ、口をパクパクさせるカール髭、ポメラニアンは脂汗を流す。
対面にいる雄一から発せられる軽い威圧に圧されているだけで気を失いそうになるのを必死に耐えているようだ。
「先程も言ったが……お前達と違って、こちらは暇じゃないんだ。いつまでも、お前の大根役者に付き合う気はないんだが、どうしても付き合って欲しいなら俺とサシで話せる場所で付き合ってやろうか?」
剣呑な笑みを見せながら笑う雄一が一歩前に出るとヒッと悲鳴を上げて3歩後ろに下がる。
その時にベルグノートの足を踏んでしまい、不意打ちだったせいか極端に痛がり、跳ねる姿をティファーニアが噴き出してしまう。
妾にしようとする女に笑われて矜持が傷ついたのか、虚勢を張る為に叫ぼうとしたが目の前の雄一を恐れて、苛立たしげに黙る。
さっさと言え、と顎でしゃくる雄一に促されるようにポメラニアンは続きを話す。
「ティファーニア嬢、もしかして……その雄一と申す者をエントリーされようとしているならば残念でしょうが、それは叶わないので別の代役か、貴方をエントリーされると良い」
呆れた視線を向けるティファーニアはポメラニアンから雄一に視線を向けると、「面倒臭いだろうが、付き合ってやれ」と言われて、色々諦めるように溜息を吐く。
「それは、何故なんですか?」
やっと自分の思っている流れに成ってきた事に気分を良くしたようでカール髭を撫でつけると嬉しそうに語ってくる。
「それはですな、その男が冒険者ギルドの試験にて、何やらやって剣聖リホウに勝ったのです。4の冒険者が①の冒険者に勝つなど前代未聞。何か不正をしたに決まっているのですよ」
胸を張るポメラニアンを見て首を傾げるテツは、何も考えてない顔をして口を出す。
「冒険者としての試験ですよね? 不正も何も個人でやってる事であれば、それは技術ですし、事前に何々をしてはいけませんという決め事があるような試合であれば、ともかく冒険者なら当然の話だと思うんですが?」
素直なテツの言葉に旗色が悪くなって慌て出すポメラニアンは、
「いや、どうも卑怯な事をしたようで……さすがに冒険者としても、どうだろう? と調査を必要と判断という話なのだよ。そんな疑惑の人物を大会に出して良いモノかどうか……」
そう言ってくるのを見てテツがユリアに視線を向けて、「そうなんですか?」と問いかけるがユリアは大袈裟に肩を竦める。
「アタシもその現場にいて見てたけど……一振りで吹っ飛ばされたうえに魔剣を粉砕されたという状態にどんな不正があったか、アタシのほうが知りたいほどさね」
ユリアはポメラニアンを見つめて、「報告書を上げておきましたが、読まれましたか?」と小馬鹿にするように見つめる。
肩を震わせて怒りに包まれた表情を見せるが、雄一に見つめられるだけで冷水を浴びせられたように顔を青くさせると視線を逃がす。
「むしろ、試験に魔剣を持ちだした剣聖リホウが叱責対象だと思うんですが? 冒険者としての力も技術とも関係のない部分になるのですから?」
ティファーニアに突っ込まれてグゥの音も出ないポメラニアン。
そろそろ茶番に付き合うのがダルくなってきた雄一は話をシメにかかる。
「まあ、心配するな。お前達の筋書きとは違うだろうが結果は同じになる」
雄一の言葉の真意を掴み切れないサウザント一家の2人は顔を見合わせる。
「お前のクソガキが勝つ、負けると騒げるぐらいの大会に俺が出る必要などない。コイツで充分だ」
雄一がテツの肩をポンと叩くとテツは、毅然とした態度で、ご指名頂きましたと言わんばかりにサウザント一家の前に立ち塞がる。
それを見たベルグノートが調子を取り戻したかのように笑いだす。
「このガキが相手なら楽勝だ。一度、勝ってる相手に負けるかよ!」
馬鹿にされるテツは、雄一がするような不敵な笑みを意識してるようだが、失敗して残念な笑みを浮かべる。
隣にいたティファーニアもテツが何をしてるのか分かったようで面白くて笑いだしそうな自分と必死に戦うといった違う戦場が生まれていた。
雄一は、今のテツを見つめるのは危険と判断してベルグノートに視線を向けて本家本元の不敵な笑みを浮かべる。
「本当にそうなるといいな? というか、そうなると本気で思ってるのか?」
「当たり前だっ!」
その言葉を聞いた雄一が目を細める。
「その魔剣、へし折ってやろうか? リホウのように?」
雄一の視線から魔剣を守るように庇うベルグノートは父親に視線を向ける。
「父上、もうここにいても時間の無駄かと思います。それに……そろそろ執務に取りかからないと色々、影響が出てくるかと?」
「うむ、そうだな。我らは、やらねばならん事が多い。それではティファーニア嬢、また会いましょう」
そう言うと雄一から逃げるように、そそくさと退散していく。
視線すら見送る気がない雄一に親子揃って舌打ちをすると急ぎ足で冒険者ギルドから立ち去って行った。
やっと鬱陶しいのがいなくなったとばかりに溜息を吐くユリアが、ティファーニアを見つめて話しかける。
「で、そこの可愛い坊やをエントリーする事でいいなら、あの馬鹿親子がいらん事をしてくる前に手続きしてしまうよ?」
どうやら、正式に手続きをしたものを覆すほどの力を冒険者ギルドで振るえないようである。
まあ、事務長と密にできるぐらいであれば、せいぜい雄一にした嫌がらせぐらいが関の山なのだろうと理解する。
「はい、お願いします。私のコミュニティーの代表は、この隣にいるテツ君です」
ティファーニアに誇らしげに説明されたテツは、やったるでーという声が聞こえそうな顔をして鼻息を荒くする。
それを見ていた雄一はティファーニアにかかれば、いくらでもテツを調子に乗せられ、どこまでも登らせそうだと冷や汗を流す。
「了解したさね。すぐに手続きを済ませておくよ」
「頼むぜ、ばあさん!」
手を上げて、気軽に頼むよ、と言わんばかりの顔をする雄一を射抜くような目をしたユリアが叫ぶ。
「ばあさん言わない! 一度は聞き流すけど二度目の今回は流さない! 次、言ったら……股の間ものをチョン切るよっ!」
ユリアの気迫に圧された雄一は、ヒッ! と情けない悲鳴を上げて股にある未使用のマイサンを庇うように両手で隠し屈む。
リホウより、よっぽど怖いと呟く雄一はユリアを見つめて震える。
それを眺めるテツとティファーニアに楽しげな笑みが漏れた。
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