第28話 プライドなんて何時でも捨てる用意があります
冒険者ギルドを出た雄一は、トウモロコシが売られている場所を捜しながら練り歩く。
すると、綺麗な娘の売り子いる所と、おばちゃんの所が挟むようにしてせめぎ合ってる場所を見つけた。
雄一は、左右を交互に見つめ、1つ頷くと綺麗な娘のほうへと歩こうとするが、アクアに耳を引っ張られて阻止される。
「主様、どうして値段も品物も良いほうに行かれないのですか?」
「ば、馬鹿。それを指摘して、値段交渉しようという俺の思惑がお前には分からんのか!」
アクアはあれでも、水の精。
瑞々しいのはどちらかなど、悩まずとも分かるし、値段も綺麗な娘のほうがトウモロコシ5本で銅貨2枚に対して、おばちゃんのほうがトウモロコシ3本で銅貨1枚で勝負は着いていた。
「そんなミエミエの嘘には騙されません。泣き落としされて、そのまま買わされる未来が見えるようです」
アクアが、深い湖の底のような冷めた目を雄一に向け、雄一はバツ悪そうに鼻の頭を掻く。
困った顔したホーラが、雄一とアクアを交互に見つめ、声をかけてくる。
「おばちゃんのほうが新鮮なのは分かるさ? でも、どうして、おばちゃんのほうが安いさ? 5本のほうがお得なんじゃ?」
アクアが、優しげに、うんうん、頷き、「主様?」と目で訴えられて雄一は、肩を竦めながら答える。
「この場合、何本でいくらというのを、本数に目を向け過ぎると間違いを犯してしまうんだ。これは、銅貨1枚で、トウモロコシがいくつ買えるかを理解する事が重要だ」
「えっと、良く分からないさ」
雄一は、店先にかけられてる値札を指差し、いつもより意識してゆっくりと話す。
「じゃ、見方を変えよう。おばちゃんの所では、銅貨1枚で3本買えるのは、見て分かるな?」
頷くホーラに、続けて話しかける。
「なら、おばちゃんに銅貨2枚分、売ってくれと言ったら何本貰える?」
ホーラは、指折り数えて、6本と答えてくるのを聞いて、雄一は頷く。
「じゃ、あっちのお姉さんの所で銅貨2枚分で買える本数は?」
「あっ、1本、おばちゃんの所のほうが多く買えるさ!」
正解、と雄一は笑みを浮かべて乱暴に頭を撫でる。
ホーラは、「もうっ!」と言いつつ、手を払ってくるが、若干頬を染めて嬉しそうにする。
ほっこりする雄一達であったが、意外にも周りにも影響を与える。
残念ながら、ほっこりではなく、驚愕する主婦達の劇的な反応である。
どちらで買おうかと悩んでいた主婦達であったが、雄一とホーラの話を聞いて、どちらが鮮度も良くてお得か分かり、目をギラつかせた悩んでいた主婦が、おばちゃんの店へと殺到する。
怒号が聞こえそうな迫力に圧される雄一達。
「あ、主様。急いで買わないと無くなるのでは?」
「アクア、あそこに飛び込んだら、きっとミンチになるぞ……」
呆けるように眺めながら、アクアが、「そうですね……」と呟き、4人はその光景を眺める。
雄一は、反対側のお姉さんに、睨まれ、ブイ、と明後日の方向に顔を背けられ、お姉さんと親しくなるフラグは完全に折られ、3人に気付かれないように涙を流す。
主婦の群れが、おばちゃんの店から立ち去り、店先に置かれるトウモロコシがほとんどなくなる。
少々見栄えが悪いモノだけになったのを見て、溜息を吐く4人に店のおばちゃんが、残りを掻き集め、袋に入れる。
入れた袋を、棒立ちする雄一に受け取らせる。
「あんちゃん、ありがとうね。今日は、あんちゃんのおかげで、もう店じまいさ。これは売れ残りだけど、良かったら持っていってよ」
ホーラとアクアが愛想良く、「有難うございます」と頭を下げ、ミュウが嬉しそうにガゥガゥと雄一の肩ではしゃぐ。
袋には、トウモロコシが10本以上入っているようだ。
「今度は、お客として来ておくれよ。きっとサービスするからさ!」
おばちゃんは、ニカッという音が聞えそうな気持ちが良さそうな笑顔を雄一に向けると店に戻っていく。
綺麗なお姉さんのフラグは折られたのに、おばちゃんと仲良くなるフラグがそびえ立つように立ってしまった事に雄一は、今度は隠さずに堂々と涙を流した。
あの後、スペアリブを買って家に帰ってきた雄一は、台所でお昼の準備の前に夜の仕込みを始める。
雄一は、スペアリブを中華風に攻めてみようと考えていた。
ボールに、ニンニク、ショウガの摩り下ろしたモノを入れる。オイスターソースと酒を入れ、女子供が多いので甘めにしようと気持ち、蜂蜜を多めに入れ、五香粉をボールで混ぜ合わせる。
五香粉とは、シナモン、クローブ、カホクザンショウ、フェンネル、八角、チンピが入った中国のスパイス。6種じゃ? という突っ込みは、日本で売られる七味と同じ理屈だと思われる。
そのボールに、スペアリブを絡めてから、漬けておく。
ボールの上に蓋をつけて、陽の当たらない暗所で、夕飯の時まで置いておき、石窯で焼けば、出来上がりである。
夕飯の準備はこれぐらいにして、お昼の焼きトウモロコシの準備にかかる。
焼きトウモロコシといえば、茹でてから焼くか、生で焼くと勘違いされがちだが、蒸してから焼くのが美味しい焼き方である。
いや、賛否両論があるかもしれないから断言は避けよう。
雄一は、蒸し器に水を張り、竈で火にかける。
水が沸く前に、トウモロコシの皮や、髭を手早く取り除き、女子供であることを考慮して、トウモロコシを4等分する。
意外とミュウとレイアは、そのままのほうが喜びそうな気がするが切る。
トウモロコシに塩を振りかけ、まな板で転がす事で満遍なく付くようにして、沸騰して、蒸気が上がる蒸し器に塩が付いたままのトウモロコシを投入する。本当は立てて、蒸すのがいいのだが、数が数なので、諦める。
しっかり、蓋をした状態で5分ほど蒸す。
5分ぐらいを目途に試食して、少し、芯が残ってるかな? というところで火を落として蓋をしたままで自然冷却で冷やす。
その間に、石窯を作った時に余ったレンガで、バーベキューをするように囲いを作って金網を上にセッティングする。
後は、時間がきたら、火を焚いて金網の上で焼いて、醤油を塗って出来上がりである。
台所に戻ると、蒸し器の蓋の取っ手を掴んで、帰ってきた雄一を、あわわっ、と言いたげに目をそわそわさせ、見つめる者がそこにいた。
「何やってんだ? シホーヌ」
「んと、んと、盗まれてないか、確認にやってきたのですぅ!」
へぇー、と半眼でシホーヌを見つめる雄一に、
「無事のようなので、本官はこれで失礼しますのですぅ!」
汗をダラダラと流しながら、敬礼するシホーヌが台所を出て行こうとした時、雄一が叫ぶ。
「犯人は、お前だろーがぁ!!」
シホーヌは、「ヒーン、ごめんなさいなのですぅ!」と叫びながら、雄一に追いかけられ、掴まると無情にも『梅干し3個の刑』を執行され、酸っぱさで、シホーヌは泣いた。
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お昼になると、焼きトウモロコシなのに、バーベキューのようなノリでみんなで騒ぎながら楽しく食べる。
やはり、好みが分かれて、焼いたほうが好きなものと、蒸しただけのものが好きなものが居て雄一はそれを見て、
「これだけいれば、皆が好きなモノが同じって有り得ねぇーよな」
そう言うと笑みを浮かべて、トウモロコシを齧りながら楽しそうにする皆を見つめた。
トウモロコシを食べ終えた、みんなに雄一は、足し算の勉強すると言うと一部からブーイングがあがる。
雄一は、シホーヌとレイアの頭にチョップを入れていくと、四則演算ができるアクアに先生役を頼むと、後片付けを始める。
それでも、ブーブー言う2人を見つめて溜息を吐く雄一。
「分かった、分かった。真面目にやったら、みんなにオヤツを出すからな? これで頑張れるだろ?」
みんながバンザイするようにして騒ぎだすのを見て、ヤレヤレと溜息を吐きながら、蒸し器を使ってプリンでも作るかと考えながら、後片付けに戻っていった。
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それから、まったりとした時間が過ぎ、夕飯のスペアリブは、好評、一部に好評どころではなく、取り合いをするほど、飢えた者がいた。
困ったもので、ミュウとレイアが、ガチバトルをしかねない勢いで肉の取り合いをする姿があった。
雄一は定期的に肉を食卓に出すようにしないと、血を見るかもしれないと思いつつ、2人から肉を取り上げ、喧嘩するなら俺が全部食うと言うとおとなしく椅子には座る。
だが、自分の皿の肉をブツブツ言いながら食べ始めたので、雄一の肉を1本づつ、皿に入れてやると機嫌良く食べ始める。
その現金な2人に嘆息しながら、ホーラに声をかける。
「明日は、朝から出るから、準備してから寝るようにな?」
「言われなくとも、既に終わらせてるさ」
澄まして言うホーラであるが、チラチラと雄一を見る所がまだまだだなと思うが、さすが、ホーラだと褒めると嬉しそうにする。
各自、お風呂や部屋に戻ろうとするなか、雄一はシホーヌとアクアを呼び止める。
「悪いんだが、子供達を寝かせつけたら、食堂に戻って来てくれないか?」
「わかったのですぅ?」
シホーヌは首を傾げながら答えるが、アクアは黙って頷く。
おそらく、アクアは見当が付いているのであろう。
雄一は、後片付けを済ませると、ポトフを作ってる鍋とカレーを作ってる鍋を同時に面倒見ていた。
アクアが、米を炊く事ができるらしいと聞いたので、何日か家を空ける可能性があるので日持ちがするメニューにした。
食堂に入ってくる2人の姿を確認した雄一は、竈の火を落とし、2人の下へと行く。
「悪いな、呼び出して」
「いえ、いいのですぅ。それで、何の話なのですぅ?」
雄一は、冒険者ギルドでミラーから聞かされたミュウに絡む話を、シホーヌに聞かせる。
「なるほど、そういう事なのですか」
ミュウの生い立ちも同時に聞かされたシホーヌは、やっと分からなかった所が分かったと呟く。
分からなくても雄一を信じて、受け入れてくれたシホーヌに心で感謝を告げる。
「それでだ、相手はおそらく大きな組織、もしくは権力者が相手になる。最悪、両方だな。事を構える事になったら、真っ先に狙われるのが……」
「子供達ですね?主様」
雄一は、アクアの言葉に、「ああ」と答えて頷く。
「俺が全てを守り抜くと、格好をつけたい気持ちがないとは言わない。だが、絶対に俺一人では目が届かないところが出てくる。だからと言って、子供達を閉じ込めるという選択肢は選ぶ気がない」
雄一は、一旦、言葉を切り、目を瞑ると静かに深く頭を下げる。
「俺に力を貸してくれ。家の子達を守る為に。もしかしたら、俺はお前達になんらかの禁を破る事を強要してるのかもしれない。でも、できるならお前達の力で、俺の手が届かないところを頼めないだろうか?」
シホーヌとアクアは、そっと目を交わすと同時に苦笑すると、未だに頭を上げない雄一の肩の右をシホーヌが左をアクアが触れる。
「頭を下げないで欲しいのですぅ。ユウイチが、1人でやろうとか、その相手から逃げるとか言いだしていたら、私は怒っていたのですぅ」
「その通りです、主様。我が道を行く、主様をバックアップするのが私達の喜びです」
顔を上げた雄一の前で、優しげに包むような笑顔をした2人が見つめていた。
照れ臭くなった雄一は、頬を掻きながら、
「2人とも頼むよ。頼らせて貰う」
はい、と嬉しそうに笑う2人に照れ臭さの限度が超えて、明後日の方向を見つめる。
そして、雄一はわざとらしい咳をすると、場の空気を変えるかのように話を再開する。
「当面は、まだ敵対した訳じゃないから、子供達が襲われる事は、まだないだろう。だが、ミュウの存在は出回ってる可能性はある」
「すぐに対策が求められるのは、ミュウだと?」
アクアの言葉に、雄一は頷く。
「分かりました。ミュウの首に鈴……主様が上げたのではなくてですね、どこにいるかいつでも分かるようにしておきます。後、いくつか小細工をしておいて、それとなく、ミュウを見るようにしますね」
「じゃ、私は、この家の敷地内に招かざる客が入れない結界を構築するのです」
各自、自分の出来る事を口にしていく。
「とりあえず、それで頼む。俺も他にないか考えるが、何か手を思い付いたら、よろしく頼むな」
雄一の言葉に頷く2人に笑みを浮かべ、そろそろ、俺達も休もうと伝え、解散する。
雄一は、お風呂に行き、自分の部屋へと戻るとアリアとミュウがベットを占領している。
しかし、慌てず、手慣れた動きで2人を起こさないように動かし、空いた隙間に体を忍び込ませると嬉しさ半分、困惑半分の堪えるような笑みを浮かべて雄一は眠りに就いた。
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