第22話 ついに俺のオンリーワンが決まりました

「有難うございます。ユウイチ様」

「おう、気にするな、ミュウ、雄一って言えるようになったのか? 後、様はいらないぞ?」

「がぅ? ミュウは何も言ってない」


 へっ? と雄一は呟くと洗う手を止めて前を見ると、泉の水面の上に立つ青い髪のボブカット風の少女の姿がそこにはあった。


 瞳も青いというより蒼い、可愛いというよりは、綺麗という表現がカッチリとハマる美少女で、年頃は見た目から雄一と同じくらいであろう。


 どことなく、寂しげな瞳が印象的であった。


 雄一は放心したように見つめる。


 水面の上に立つ事に驚いている訳ではない。本来はそこにまず驚くところではあるが、雄一にとって、それは些事であった。


「なんで、チャイナドレス!?」


 そう、雄一は青い髪の少女のチャイナドレスの着こなしの素晴らしさに放心していたのである。


 女性は雄一のいるほうへと、ゆっくりと歩いてくる。


 その歩く姿に目を奪われながら雄一は思う。


 チャイナドレスを着こなす、俺ルールでは、胸、ウエストは、ボンキュではなく、適正が一番であると……


 そして、何より、チャイナドレスに求められるファクターは……


 ゆっくり歩くので、少女のスリットから漏れるように出る足を見て、雄一は、ビクっと震える。


 雄一は思う、頭を洗う為に前屈みであった事の幸せを……


 そう、チャイナドレスに求められるのは、美脚であれ、である。


 雄一は、オッパイも足も愛せる紳士であった。


 雄一の前にやってきた女性を見つめて、雄一は口を開く。


「完璧だ、文句なしだ」

「ウフフ、有難うございます」


 雄一にジロジロ見られていた事は気付いているはずだが、余裕を感じさせる笑みを雄一に向ける。


 そして、表情から笑みを隠して、真面目な顔をして静かに腰を折り、頭を下げると雄一に語りかけてくる。


「ここにあの石像を建てられてから、磨かれるどころか、目を向けられた事もなかった私の依り代に気付くだけではなく、綺麗に磨いてくださって有難うございます」


 話してる間に込み上げてきたのか、涙を浮かべる少女が、どうやら普通の人間ではないという事を理解した雄一であったが、アワアワしてどうしたらいいか右往左往していた。


 右往左往する雄一を見て、悲しそうに眉を顰める少女に、雄一はズボンのポケットを弄り、あったと呟くとポケットから、取り出したモノを女性に差し出す。


 女性は、差し出されたモノを見て、虚を突かれたように流れていた涙が止まる。


「男のハンカチだから汚いと思うかもしれないが、良かったら、これで拭いてくれ」


 今度は、少女がどう反応したらいいか分からなくなったようで、差し出されたハンカチを促されるままに受け取り、胸にあてると雄一を見て聞いてくる。


「貴方、ユウイチ様は、水の上に浮く化け物と私を恐れたのではないのですか?」


 へっ? とボケた顔を晒す雄一は、なるほど、と苦笑して答える。


「確かに、水の上に浮いてるから、そうは考えもするかもな、例え、人間でも只者じゃない。仮にそうだったとしても、俺はアンタを恐れはしないさ」

「どうしてですか? 例え、私が敵になっても何の障害にもならないと?」


 逆に少女が、警戒するような目になるのを見て、雄一は慌てた顔をした後で苦笑いを浮かべる。


「俺は、アンタの瞳を信じたに過ぎないさ。アンタの瞳は、俺を一個人として尊重してる人の瞳をしている。それだけでも、恐れる必要を感じないが……」


 雄一が、そっぽ向いて、説明を途中で止めた事に疑いの目を向ける少女は、


「感じないが……、どうしたというのですか?」


 頬をカリカリと掻きながら、雄一は口を開く。


「そんな、寂しそうな色を称えた子の瞳を俺は信じたかったから……だ」


 雄一が完全に背中を向けた、後ろでは、少女が顔を真っ赤にさせて、両頬に手を添えて声を上げそうになるのに耐えていた。


「ユーイ、顔が、リンゴみたい。おもしろい」


 背中にへばりついていたミュウがよじ登って来て、肩車になりながら、雄一の顔を覗き込み、ガゥガゥと楽しそうに鳴きながら雄一の頭をペシペシ叩いていた。


 雄一は、「ミュウ!」と大きな声を上げて捕まえようとするが、ミュウは楽しそうに器用に雄一の体から飛び降りて雄一の周りをガゥガゥと走り回る。


 ミュウを追いかける雄一を眺めていた少女は、感情のぶり返しのように、クスクスと笑いだす。


 それに気付いた雄一は、嘆息してミュウに追いかけっこは終わりだと伝える。


 ミュウは定位置の肩車へと戻るが、それでもまだ笑いの収まらない少女を眺め、トホホと聞こえてきそうな、雄一の苦笑が少女の笑い声を追いかけた。



 しばらくすると、やっと笑いを収めた少女が、今度は笑い過ぎた事が恥ずかしいようで、若干、顔を赤くさせて雄一に頭を下げて、自己紹介をしてくる。


「本当に申し訳ありません。自己紹介もしないで、笑い続けてしまいました……私の名前はアクア、水の精です。分かりにくいようでしたら、水の神様の仲間みたいに思っておいて貰っていいです」


 事実はだいぶ違うんですけどね、とチロっと舌を出すアクアの仕草が、あざといと判断するべきか、可愛いと判断するべきか雄一は悩むが、良い様に考えようと判断する事にした。


「まあ、気にするなよ。なんとなく気になって、掃除しただけだからさ」

「なんとなくであれ、私の依り代に意識を向けた、初めての人と呼んでも過言ではありません」


 両拳を握り、力説してくるアクアを見て、雄一は、この子は意外と見た目と精神年齢が一致しない、どっかの誰かさんと同じ匂いがするようで、コメカミに汗が流れる。


「大袈裟なヤツだな」

「ユウイチ様は、大袈裟と言われますが、誰にも注目もされずに、私が、ここにどれだけの時を過ごしたと思われますか? 4桁の年数、ずっと待ち続けたのですよ?」


 それだけ、待ち続けたアクアに驚嘆であるが、他の事に気を向けたら良かったのにと、雄一は思うが、言わない事が優しさかな? と判断して沈黙を続けていると、アクアはどうやら、愚痴モードに入ってしまったようである。


「私達の業界では、自分の加護を受け入れた数と信者数を自慢しあうんです。信者は、信じてる人であれば、誰でもいいのですが、加護を受け入れるのには素養も大きく影響するものですから、特に加護持ちの人数とどんな偉業を果たしたかが、ステータスになってます……」


 雄一は、あっ、これは続きを聞いたら駄目なパターンだと理解して、話を止めて話題転換を図ろうとするが、先にアクアが続きを口にする。


「それで、こないだも、火の精に、『信者は多いのだけど、最近、加護持ちの質が悪くて、悪くて、アクアのところは、どう? ……あっ、そうか、信者もいないんだったわね、ごめんねぇ』、いないって知ってる癖に!!!」


 雄一は、予想通りだと、心で呟くと、アクアは目端から溢れ止まらぬ涙を隠すように両手で顔を覆う。


「それぞれの属性の相対性はあるけど、優劣はないのに、水は全ての属性のオマケに思われてるらしくて……」

「癒しと凶悪性のギャップの激しさでなら、水が一番凄いと思うんだがな……」


 アクアが、雄一を救世主のように見つめる姿を見て、避けては通れないフラグを立てたかもしれないと戦慄する。


「ユウイチ様、水の加護はいりませんか? 水の魔法の相性が高まり、火に対する耐性が跳ね上がる、とっても、お得な加護は与えましょう!」


 ねっ、ねっ? と、雄一の腕を取って上目遣いをしてくるアクアの言ってくる姿を見て、あの駄女神と同じパターンだと、乾いた笑いが漏れる。


「急ぎ過ぎて、ユウイチ様が、加護を受け入れられるか見るを忘れちゃってたわ。少し、ステータスを見せて貰いますね……」


 アクアは、むむむっ、眉間に力を入れて雄一を見つめる顔は可愛いが、是非とも、適正なしである事を期待する。


「あっ、まだ他の精の加護は受けていないし、受けれる条件は満たしてる。女神の加護を受けてるみたいだけど、女神とは別系統だから問題ないわね。あれ?」


 嬉しさが漏れるぐらいに、はしゃいでいたアクアであったが、意気消沈したように、項垂れ、掴んでいた腕から手を離す。


「どうしたんだ?」


 そう聞く雄一に泣きそうな顔をしたアクアが、見つめて言ってくる。


「ユウイチ様の与えられた加護の1つの『魔の一元突破』、始めに使った属性のみしか使えなくなるんですね、さすがに、唯一使える魔法が、こんな誰も信じない水の精の加護を得るというのは、お嫌ですよね?」


 唇を噛み締めて、俯くアクアを見て、雄一は思う。アクアにそんな顔をさせてはいけない気がすると。


 雄一は、アクアに向かって口を開く。


「俺の生まれたところには、一期一会って言葉がある」


 アクアは、突然、話し出した雄一に驚いたように、ビクっとさせて顔を上げると雄一の漆黒の瞳に見つめられていた。


 アクアを優しく包むような微笑みを浮かべる雄一に、呼吸をするのを一瞬忘れる。


「一生に一度の出会いって意味で、何度、同じ組み合わせで出会う事があっても、今日と同じ日はこない。だから、その瞬間を大事にしようという言葉だ」

「いい言葉ですね」


 アクアは、ドキドキする胸を持て余しながらも、期待する事を止められなかった。雄一が、アクアの望む言葉を言ってくれるのではないだろうかと。


「アクア、俺の生涯、唯一の属性魔法は……水だ。これは、俺が望んで求めた結果だ。俺にお前の力をくれ」


 雄一は、アクアに手を差し出す。


 アクアは、嗚咽を噛み締め、震える声で、「有難うございます」と雄一に言うと差し出された手を掴むと目を瞑り、言葉を紡ぐ。


「我、水の精、アクア。我の加護をユウイチに与えん。ユウイチの命尽きる、その日まで、共にある」


 そう謳うように、言葉にすると、フワッと浮き上がり、雄一と同じ目線になると、頭を両手で掴むと、自分を引き寄せて、雄一の頬に接吻をする。


「な、なな、何をするんだっ! いきなり、ビックリしただろーがぁ!」


 先程までの落ち着いた態度だった雄一と違い、嘘のようにあたふたとする様子を見て、アクアはクスクスと笑いだす。


 顔を真っ赤にする雄一を、からかいたくなる衝動を必死に抑えてアクアは言う。


「さあ、天に手を翳して、これから始まる、初めての唯一の属性魔法の水を放ってください。水の球を意識して、『アクア』と叫んでください」


 やや、不貞腐れた顔をした雄一は、言われたように天に手を翳して、「アクア」と叫ぶと直径5mはあろうかという水球が飛び出す。


 雄一は、それを見て呆けたように口を開けて見つめていると、苦笑するアクアが口を開く。


「魔法の強弱の練習が必要そうですね」


 そう言うと、指をパチンと鳴らすと、雄一が放った水球が空中で破裂して、雨のようになって降り注ぐ。


「がぅぅがぅ!! 雨が凄い」


 どうやら、雄一とアクアの話についていけなかったミュウは、雄一に肩車されたまま、寝ていたようで、突然の雨に驚いて目を覚ます。


 ずぶ濡れになった雄一は、やさぐれ具合が増した目をして、


「もう、帰る。またな、アクア」


 そう言うと、ミュウに、帰るから、道案内頼むと伝えると、ガゥと快諾されて歩き始める。





 泉が見えなくなった頃、雄一は、振り返る。


「いつまで付いてくるんだ? アクア?」


 手を後ろで組みながら、ニコニコしたアクアが、雄一の後ろを歩いていた。


「あら、私は言ったはずですよ? 『ユウイチの命尽きる、その日まで、共にある』って?」


 雄一は、手で目を覆う。


 確かに、言っていた事を思い出したからではあるが、あれは、心意気的な意味だと流していたから、こんな展開が待ってるとは、まったくの想定外であった。


「好きにしてくれ……」


 もう、どうとでもなれと諦めた雄一は投げやりに言う。


「これから、よろしくお願いしますね? 主様」


 雄一に肩車されているミュウに、手を上げて、「よろしく」と笑顔で伝えて、ミュウも嬉しそうにガゥと返事する声を遠いどこかの会話のように聞く雄一。


 なんとかなるか、なんとかなるといいな? と溜息を吐きながら、雄一は街へと戻る為に歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る