10-2
アリミアのお墓は、楼閣からほど近い王族墓地の一角にあった。前王と王妃のお墓の隣に立てられた真新しい墓石の前には、いっぱいの花束が供えられている。生前、あたしの知らないところで人気があった証拠だろう。
もっとたくさん話をしたかった。旅の話をして、歌を聴かせてもらう。それだけじゃなくて。趣味とか、好きな男性のタイプとか。お茶でも飲みながら、女の子らしい話題に花を咲かせて。
もっと、仲良くなりたかった。
「アリミア、見てて」
墓前に膝をつき、語りかける。
「必ずアポカリプスを倒すから。これ以上、大切な誰かを失って悲しむ人がいなくなるように」
しばし黙祷を捧げていると、草を踏み分けてくる誰かの足音が聞こえたので、伏せていた目を開き、立ち上がる。
「こんなところにいたのか、よ……」
やって来たセレンは、あたしの姿を見た途端、続けるべき言葉を失って黙り込んでしまう。
「お前、髪」
しばらくしてから出て来た言葉は、単語の羅列で、文章になってなかった。
「似合う?」
へへ、とあたしは小首を傾げて、笑いかけてみせる。
ここに来る前に、あたしは市街地の無事な理髪店に飛び込んで、髪を切ってもらった。それはもうバッサリと。たっぷりのポニーテールを作れる長さの後ろ髪を、肩口より短く。左側の横、三つ編みをできる分だけは残してもらって。色ももう、黒く染めない。生まれながらの緑色を、隠さず見せていた。
それがあたしの決意の証。もう逃げない。真正面から、あたしの運命と、そしてあたし自身と向き合うんだ。
「……長い方がよかった」
「それだけ?」
ようやくしぼり出された感想にぷうと頬をふくらませると、あいつは少し焦って。
「い、いや、似合わなかないけど……だけどどっちかって言うと長い方がよかった」
結局繰り返す。その様子が、さっきまでの、アストラルとしての知識を披露していた、落ち着き払った態度からは想像がつかないあいつらしさなので、思わずあたしは吹き出した。
「何だよ」
「やっぱりセレンはセレンだな、って思って」
「何だそれ」
互いに笑いを洩らした後、不自然に沈黙して見つめあう時間が流れる。あいつの赤い瞳にまっすぐ見つめられると、何だか頬がほてって心臓がばくばくいう。なんだろう、これは。
「実はね」
動悸をごまかすために、視線をそらして話題を振りかえた。
「生き返る前に、あんたの過去の夢、一緒に見てた」
「ああ、やっぱり?」
「やっぱりって」
あたしが向き直って目をみはると、あいつはにっと笑って。
「だてにアストラルじゃないからな。自分に触れた魂がいれば、それが何者かくらいは、寝ててもわかる」
じゃあ、あの時目覚めてからあたしの名前を呼んだのは、ただの偶然じゃなかったって事か。「まさかな」って自分で否定してたくせに。微妙な敗北感を覚えながら、あたしは続ける。
「で、あんたの両親を見たんだけどね」
あいつが興味深そうに赤い瞳を向けるので、たっぷり間を置いてから、あたしは感想を述べた。
「お母さんは、よく泣く人だと思った」
「……感想、それだけ?」
「そうだけど」
「親父は?」
「すっごく惚れっぽい。でもってキザだと思った」
「……それだけ?」
「そうだけど?」
あいつは、口元のひきつった、すごく変な表情をした。さっき、人の髪型を長い方がよかったとしか言わなかった仕返しだ。にいっと笑いを向けると、あいつは、してやられたというふうに肩をすくめて。
「でも、教えてくれて嬉しいよ」
言葉通り嬉しそうに、だけど少しだけ寂しそうに微笑んで。
「いくらアストラルだって言っても、何でもかんでもわかる訳じゃないからさ。一回記憶を失くしたせいか、抜け落ちたままの事が結構あるみたいだし」
そして、ぽつりと洩らす。
「親父とお袋の顔も、どうしても思い出せないんだ」
返す言葉が見つからなくて、再び落ちる沈黙。
次の話題をどうしようか考えを巡らせていて、ふとあたしは思い出す。さっき皆で話していた時に、基本的な質問をするのを忘れてた。
「そういえばあんた、どうして記憶喪失で、いつ記憶が戻ったの?」
「人間が世界を行き来すると、代償に記憶を失うんだ。それは昔のアストラルが、世界を分けた時に人間たちに対して仕掛けた、最後の抵抗みたいなもんだよ」
だから半分人間のオレは中途半端に記憶を失くしたんだ、とあいつは答える。
「記憶が戻ってきたのは、図書館で本を読んだあたりから、うすうすかな」
思い返しているのか、明後日の方向を見やりながら。
「クライスフレインを飛び出す頃には、おおかた。思い出すっていうよりは、見えてくるかんじだった」
上手く説明できなくて悪い、とあいつは付け加えた。多分、あたしがセレンの夢を垣間見た時みたいに、相当量の情報が流れ込んで来るんだろう。あれは上手く説明できなくて当然だ。
「正直、怖いんだ」
あいつがぽつりと洩らした。
「オレはシエナ・アイトでは異端児扱いで、ほとんど追い出されるみたいに里を出たから。帰っても、冷たい目で見られるだけかもしれない。結局デュアルストーンを取られて、
一瞬間を置き、固い声で。
「長から、責任取って死ねって言われるかもしれない」
あたしはぎくりとして、「そんなこと」無いって言いかけるんだけど、あいつは首を横に振る。
「そんなことを言うひとなんだよ。純血を保ってきた身内に、よりによって人間の血が混じった事を、心底嫌だと思ってるようなひとだから」
「なら」
あたしは、あいつの手を両のてのひらで包み込むように握り締めた。
「言わせない」
あいつがはっと目をみはって、こっちを見る。
「あたしが絶対そんな事言わせない。セレンは一生懸命力を尽くしましたって、恥になるような事はなんにもしていませんって、証言してあげる」
あたしは、あたしにできうる限りの笑顔で、告げる。
「あたしが、一緒にいるよ」
あいつはしばらく、あっけに取られたようにぽかんと口をあけていたんだけれど、やがて、ふっと吹き出して。
「なんか、いつかと同じだな」
と、笑みこぼれる。
「旅立つ前だったけか。世界中を回っても、オレを知ってる人はいないかもしれない、意味が無いかもしれないって、オレが言ったら、お前は、自分が知ってるって言ってくれたよな」
そんなだいぶ前の、言った本人もちょっと忘れかけてたような事、よく覚えてたな。感心していると、あいつは空いていたもう片方の手を、あたしの手に添える。
「あの時も、すごく心強かった」
そこであたしは、思い出したその時の台詞を、反復する。
「一緒に行こうよって、言ったじゃん」
こいつと一緒に世界を巡れば、きっと旅は結構楽しいものになると思って言った。思い出がたくさんできると考えた。実際、辛い事も苦しい事もあったけれど、悪い事ばっかりじゃない、得るものもたくさんある旅になった。
そして思うんだ。最後まで、あいつと……彼と一緒にこの道を進もうと。どんな事があってももう、彼を疑わない。裏切らない。泣かせない。
万感の思いを込め、あたしは彼の赤い瞳を見つめて、告げる。
「ずっとずっと、一緒だよ」
彼は瞳を笑いの形に細め、顔に喜色を浮かべて、言葉を返してくれた。
「ありがとな」
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