第74話 荒ぶる女たち


「諸侯に合わせて攻撃なさい!凍子!リリアナ、アリアナと供に敵へ射撃を!

 腕に覚えのあるものは、この婆に続きなさい!」

 雪乃は、門横の森から出掛けに指示を飛ばす。

 それを聞いた凍子は自分の周囲に確認を投げた。

「聞いたわね?撃って撃って撃ちまくるわよ!」

「凍子先生。目標は?」

「門前の敵全部よ!最大火力が出せる魔術ならなんでもいいわ。用意して!」

 凍子は両手を前にのばし、指示を飛ばした。

「なんでも良いって、随分ざっくりだなぁ。あんなので平気なのか?」

 ヘイルダムが胡散臭げに呟きはしたが

「あれでよいですよ。初手でどれだけ削りとれるかが鍵ですからね」

 雪乃はそれを肯定した。


「凍子先生!準備できました!」

「あたしも大丈夫です!」

 リリアナ、アリアナが叫ぶ。と、他の10人も頷いていた。

 陣形は横一列で木々に隠れるようにしている。

 10人の手のひらの上には雷球や火球がバスケットボールほどの大きさで準備されていた。

 凍子は爆炎を球状にして門前に意識を集中させる。

「目標門前!よーくねらってー」

「てぇー!」

 号令を合図に、魔術が弧を描いて空中を飛んで初撃が発射された。



 ―――――ォン

 着弾し轟音を門前に鳴り響かせると、門前はまさに地獄と化した。

 吹き飛ぶ肉体、爆発と轟音――――そして悲鳴。

 いままで、となりにいた兵士が爆発のなかで絶命していく。門の横の森から撃ち込まれた魔術に亜人達はなすすべなく倒れていった。



 門の向こう側で鳴り響く轟音と爆音を聞きながら――――月狼国の諸侯達は当初は唖然としていたが、すぐに総攻めの指示を兵士たちに行った。

「何者かが門の向こう側で攻めている!皆の者呼応して攻めよ!」

「おおおおお!」

 門を開けるべく丸太や、ハンマーで鉄城門に突進していく兵士とそれを援護するように魔術士達が上からの振る矢を遮る様に防御壁を展開させる。

 梯子で城壁を登ろうとするものにも、下から魔術隊が後押しを掛けた。

 亜人達も負けてはいない。

 空を飛ぶハーピー達は大型の岩や石を爆弾のごとく降らせ、魔術の範囲外にいる者を殺し、弓の扱いに長けたダークエルフたちは間断なく、上から雷撃や炎の矢を振らせてきていた。


「突っ込みますよ!」

 門の内側では魔術がいったん止んだ合間を縫うようにして雪乃が号令を掛ける

 雪乃と雪虎が先頭となり7人の抜刀隊が森から出て山肌を駆け降りる。レイレイは横合いの森から躍り出ると、目に付いた獲物に爪を降らせた。


 横合いから突っ込まれて―――混乱していた門前の亜人達はさらに統率が取れなくなった。

「構いません!見える敵は、全て首になさい!」

「グァーォ!」

 わかっているとでもいいたげにレイレイは鳴いてみせ、7人もそれぞれに敵を切り刻みはじめた。


「押し返せぇ!」

 黒騎士団の号令に従って、亜人達が突撃を始めると―――――

「逃げますよ!」

 雪乃は一転して、7人へ撤退を命じた。

 それを追う亜人の軍団。

「凍子様!今です!」

「分かったわ!」

 そんな状況を森の中から見ていた紗枝が、凍子たちに魔術での追加射撃を支持していった。

 小高い山林から打ち込まれる魔術弾によって、雪乃たちに迫っていた亜人達はまたも行く手を遮られ、焼かれ、吹き飛んでいく。が、なにせ数が多い。

 徐々にではあるが亜人達が攻勢に出始めることになった。

「おい!婆さん。やべぇんじゃねぇのか?」

 ヘイルダムが敵の一人を切り裂きながら叫んだ。

「もうそろそろ、いい頃合いなんですがねぇ」

 雪乃が両脇から迫る敵を開脚蹴りで吹き飛ばしていると

 ガゴォン――――とやっとのことで鉄城門が開かれ、後からどっ、と雪崩のように諸侯たちの兵が侵入を始めた。

「掛かれ!」「突撃――――――!」

 怒号があたりを支配しはじめる――――その時だった。


「オラぁ!」

 侵入を始めた諸侯の兵士の一団が黒騎士の一団と鉢合わせ――――その中の一人が持つ、やたらと長い黒剣に5人ほどが一気に、首を飛ばされる事になった。

 目の前で起こった惨状に、兵士たちは二の足を踏み、その場から動けないでいると、その黒剣をもった騎士に今度は8人ほどがあっという間に首を飛ばされ――――

 ドシャリと体を崩れさせた。

「ハハハハハハ!弱っちいゼェ!」

 剣を担いでは薙ぎ、薙いでは移動し、次々と諸侯の兵士たちは抵抗する間もなく、

 ある者は、剣諸とも、首をへし折られ、ある者は、気づく間もなく首を飛ばされ――――

 あっという間に、40人ほどが死体の山へと変わったところで、やっとその動いていた騎士が敵の真ん中で止まり、ズドンと剣を大地に突き刺してから

「ようこそ。ウジ虫共―――――アタシはこの街の治安維持を任されてるグレイスってもんだ、ようこそ新たな悪逆のパラダイスへ!―――――そしてサヨウナラだ。おまぇら全員生きて帰れると思うなよ?―――――オーライ?!」

 と、余裕な顔で名乗りを上げると―――――亜人達も呼応するように声をあげた。



「先生!何あれ!お化け?」

 山林から魔術弾を放ちながら、イリスがグレイスをみて慌て出した。

「う~ん。多分人間だとは思うわ。自信ないけど」

 そんなことを言っていると後ろから双眼鏡をのぞき込んだまま

「あれが敵の親玉の一人。グレイスです」

 紗枝は補足説明をしてくれる。

「一人?」

「ええ、あとひとり烈火のミリアスがいますが姿が見えませんね」

「うぇぇ・・・・・」

 報告を聞いて凍子はゲンナリとしたが

(あんなのどうやって止めおうかしら?)

 思考は止めてはいなかった。

「先生。アイツ危険だよ!やっちゃおうよ」

「そうだよ!おネェちゃんの言う通りだよ」

 両隣からはリリアナ、アリアナ姉妹がアラートを鳴らし続けていた。

「やっちゃうって言ってもね・・・・・なんか手が在んの?」

「飛んで行って魔術で吹き飛ばしちゃおうよ」

 空を自在に飛べる翼人種ならではの攻撃方法が提案されたが――――――

「駄目よ」

 凍子はそれを却下した。

 迂闊に飛び込めば、弓矢が飛んで行くかもしれない。

「方針は今までと変わらないわ!支援放火を続けるわよ!」

(今できることを最大に生かす!)

 凍子の判断は変わらなかった。



「レイレイ――――何やら面白いのが出てきましたよ」

 雪虎と首筋を撫でながら雪乃はレイレイに話しかける。

 ナァーウ。

 レイレイもそれに応じる様にして鳴いて見せた。

「雪乃様!如何いたしまするか!」

 半賢狼族の由利が背中合わせにして指示を仰いできた。

「ヘイルダム。アレの相手出来ますか?」

「げぇ。マジかよ?俺一人だときついかもしれん」

「ふむ。ならこの婆と一緒ではどうです?」

「それでも7割――――ってトコだと思うがね」

「結構。では名乗りを上げますよ。準備なさい」

「わーったよ」

「由利!お前たちは一度戻り、砲撃を続けるようにと伝えなさい!」

「畏まった!」

 乱戦が続く中で、雪乃は指示を飛ばし終えると――――いったん息を吸い――――

「そこの黒いの!私と勝負なさい!」

 そう叫んだのだった。



「ああん?」

 横合いから掛けられた大きな怒声にグレイスは機嫌悪そうに振り向いた。

 まるで、不良が威嚇するような声を上げながら。

 右側を見ると亜人達を殴り飛ばし―――諸侯の兵たちを蹴り飛ばしながら、ずんずんと歩いてくる老婆とそれにつづく傭兵風の男と一匹の白虎が見えた。

「――――今アタシに向かって、勝負しろって言ったのか?婆さん」

「ええ。言いました。言いましたとも。聞こえませんでしたか?―――――小娘」

「チっ――――おい婆さん。舐めた口きいてんじゃねぇぞ? テメェみてぇなサルとアタシが勝負する?―――ハっ笑わせてくれるね。サタデーナイトに応募してみろよ?キット受けるぜ?」

 グレイスは老人がぼけていると思ったのだろう。

 取りあおうとはしなかったのだが、

「舐めているのはそっちですよ―――――」

 雪乃はグレイスに近寄ると、くん―――と後ろに身を反らせて――――パァンとグレイスの頬を蹴って見せた。

「――――っ!」

 頭が揺らされる感触。頬を蹴られたのを感じ取って、グレイスは頭は目つきを変えた。

(このババア・・・・あたしを蹴ったのか・・・・!)

 ギリぃ―――奥歯をかみしめる。そして雪乃を睨みつけ―――

「いいぜ。殺ってやるよ――――アタシに一発入れたんだ。簡単にゃあ殺してやらねぇぞ」

 黒剣を肩に担いで見せた。

「良い目になりました。それでこそやりがいがあるってもんですよ。レイレイ!」

 ガァァ―――オウ

 白虎が吠えて雪乃の隣に陣取ると、後ろに居た傭兵は左側で構えて見せた

「あんたも参加すんのか?」

「ああ――――ホントは乗り気じゃねぇんだがな」

 ヘイルダムは周りを警戒しながら、答えて見せた。

「好きにすりゃあいい。ババアに虎とオッサンが追加されたくらいじゃ――――このグレイス様は倒せねぇってことを思い知らせてやろう。覚悟しろや」

 グレイスはよほどに自信があるのか獰猛に笑って見せた。



 南吠の街はミリアスが港に着いた頃にはすでに、亜人達が逃散をし始め、街には月狼国の軍隊が港を占拠し待ち構えている状態だった。

「クソがぁ!――――グレイスのヤツ何やってやがる!」

 船上から南吠の街をうかがうと門前には門横にある森の中かから、間断なく魔術弾が撃ち込まれているのが見て取れた。

(下手ぁうちやがって――――今から行ってあの魔術だけでも潰すか?)

 ミリアスは南吠を取り返そうと算段を巡らす。が――――

(駄目だ。こんなに月狼国の兵隊で溢れてやがるんじゃ――――たとえアタシが行ったところで焼け石に水をぶっかけるだけ――――くそ!)

 ミリアスは一昨日の夜から、一時的に南の大陸へと戻っている最中だった。

「たった一日だろ?アタシに任せときな」

 そういったグレイスの言葉を信用した自分が馬鹿だった。とも思ったが今はそれよりどうにかして身の安全を確保するかが先決となった。

(まぁいい――――この街はもう駄目だろうさ。グレイスには囮になって貰うよ)

 ミリアスは南吠を諦めることにした。

 手勢はいるがこんな負け戦に突っ込んでいくほどミリアスは馬鹿ではない。

 うま味がない仕事からはさっさと手を引く。海賊稼業には冷徹さが何より必要なのだと彼女は知っていた。

「船を反転させろ!クヌートに引き上げるぞ!」

 ミリアスは指示を下し沖へと船を進ませていった。




「どうやら引いていくみたいですね」

 暗殺者の一人が、沖の船に気づき暫く成り行きを見守っていたが――――反転していく様をみて紗枝に報告を行った。

「ですか。ならば―――引き続き周囲の警戒を。敵を発見し次第殺して構いません」

 紗枝は次の指示を暗殺者へと伝えると、オーダーを受け取った暗殺者は頷き森の中へと消えて行った。

 再び、南吠の街を見回すと――――大分、亜人達が駆逐され始めたのか、街中に月狼国の正規兵の姿が目立つようになっている。

 が―――― 一方で門前から少し離れた広場では雪乃とヘイルダム、レイレイと相手のグレイスが戦っている最中で、其処に今は黒騎士団の何人かが入り込み、混戦の様相を一層強くしていた。

 黒騎士団の2人がヘイルダムにまとわりつき、レイレイが亜人と黒騎士団の一人を相手取って戦い、雪乃はグレイスに相対しながら時折、攻めを繰り返していた。

「凍子様――――門前から少し左。広場の辺りへ支援を」

「ええ?!それじゃ町長まで巻き込んじゃうわよ」

「平気です。雪乃様にはその指示も受けておりますので」

「知らないわよ!!もう!!」

(ほんとに死んじゃっても知らないんだからね!)

 思いながらも凍子は魔術弾を一人広場に向かって発射した。



 ――――――ンン!

 爆炎が広場のやや後方から広がり、月狼国の兵士、亜人、黒騎士達を吹き飛ばした。

 熱波が雪乃とグレイスにも叩きつけられるが、二人はそんな中でも戦いを止めてはいなかった。

「くっそ――――バカバカ打ちやがって」

 魔術のせいで攻撃に移れずにグレイスは、じれはじめていた。

 黒剣で熱波を防ぎながらグレイスが毒づいていると、黒剣の向こう側から熱波とは違う衝撃が黒剣の腹を揺らし続けていた。

(クソ!このババア―――――)

「焦げやがれ!」

 黒剣を盾がわりに衝撃波と熱波を受け流し、反撃のためにグレイスは雷撃を唱えた。

「ギャッ」

 手から直線で延びる雷撃は、回りの亜人達も巻き込んで焦がしていった。

(ちっ 外したか)

 悲鳴からすれば、どうやら魔術で焼かれたのはババアではないようだったが

(まぁいい。どこまで避けられるか見てヤるよ!)

 グレイスは、気にせず雷撃を周りにぶちまけ、黒剣を担いで再び雪乃を見据え

「どうしたよ?かかって来ねぇのか?」

 再び挑発をして見せた。

「ふん。安い挑発ですねぇ。たが、そんなに慌てなくとも、近づいてあげますとも」

 口を隠すようにわざとらしく笑うと雪乃は、一歩目を石畳にめり込むほどに蹴ってグレイスの左前へ飛び、続けて今度は体を空中で逆さになるようにして飛び上がり、

 グレイスの頭を飛び越えて見せて、そこからオーバーヘッドキックを兜のない延髄目掛けて放ったのだがーーーー

(甘いゼ)

 グレイスはそれを見越していたかのように担いでいた黒剣の柄尻で雪乃の放った蹴りを迎撃して見せた。

 柄尻の尖った部位が脚の甲へと突き刺さる。

「――――っ」

 雪乃が一瞬、顔をしかめて着地すると、今度は

「吹っ飛べェ!」

 グレイスは斬撃を真横に迸らせた。

 ヴォン

 と唸り黒い刃が通り抜ける。

 雪乃はそれを鉄扇で流すようにして避けた。

「おお、危ない危ない」

 雪乃はグレイスの反応速度に少し驚いたようでもあったが、それ以上に嬉しいのか

 ニタリと笑って見せた。

「まだ生きてやがるのか――――アタシの眼はそろそろ慣れてきたぜ。どうするよババア」

 グレイスは雪乃を威嚇した。

「まだまだです」

 雪乃も冷静に返して見せる。

 だが、そこでヘイルダムが口を挟んだ。

「けどな?この戦はあんたには分が悪い――――このままやりつづければ負けるのはあんたの方だぜ?」

 ヘイルダムも黒騎士団の相手が終わったのだろう、血にまみれた大剣をぶら下げて雪乃の横に並んだ。

 ナァーオ。

 レイレイも黒騎士の死体をグシャリと踏み潰しグレイスを見て唸って見せた。



「ほぼ決着はつきましたね――――あとは雪乃様と黒騎士の頭ですが」

 双眼鏡越しに見る二人は先ほどからにらみ合ったまま動かない。

 周りの亜人兵はほぼ逃散している。諸侯の兵も二人をあえてよける様に動き、一定の距離を保ったまま動かずにいた。

「ねぇ――――紗枝?どうなってんの。さっきからあの二人動かないじゃない」

 凍子が紗枝の袖をくいくいと引っ張る。

「何かを話しあってるようですね――――聞こえればよいのですが」

「紗枝先生。アタシがやるよ」

 不意にそういったのは何時の間にか横に立っていたダークエルフのイリスだった。

「やるって、どうするのです?」

「精霊さんに声を風で届けてもらうの」

「流石、ダークエルフねぇ――――ねえ紗枝やってもらいましょうよ」

 凍子はイリスを信用しているようで紗枝を説得しはじめる。

「まぁ、そこまで言うなら。イリス。お願いしますよ」

 紗枝も半信半疑ではあったが、現状を知りたいがゆえにイリスと精霊の力を借りることにした。

「分かった。ちょっと待っててね」

 イリスは虚空に焦点を合わせ――――まるでそこに何かがいる様に話を始める。

 それを見て

「大丈夫なのですか?凍子様」

 半眼になり紗枝がイリスを心配し始めた。

「あー。エルフ族系はみんなこんな風になるわねー。アタシ達には見えないけど、

 精霊と交渉してるんだって言ってたわ、最初見た時はびっくりするわよね。アレ」

 軽い様子で話し合っていると、やがてイリスが何事かをしゃべり始める。

 それは―――風に乗ってきたグレイスと雪乃の会話だった。


「ババア。いまここでこのグレイス様を逃がせば、きっと後悔するゼ?」

「何がです。逃げたければ逃げなさい。今ならまだお前の仲間の黒騎士達も残っている。今を逃せば――――捕まってしまいますよ?」

「ああ、そうだろうさ。アタシだって捕まるのなんてゴメンさ―――――だがな、

 これだけは言っておく。まだ勝負はついちゃいねェ。今回はたまたま、お前らの奇襲で崩れただけだ―――――アタシ自身はまだ負けちゃいない」

 イリスは風に乗って耳元に流れて来る2人の声を独白のように紡いでいく。

 その独白に紗枝は聞き耳を立てた。

「それにだ。婆さん――――アタシを蹴った足がもう限界なんだろう?」

「フン。こんなものまだまだ序の口ですよ」

「まぁいいさ。アンタの足も限界。アタシらは旗色が悪い――――ここらで手打ちにしてやるが、次は殺す、必ず殺す覚えとくことだ」


 イリスの独白が終わる。

 現場を見れば、グレイスを中心に

 残った黒騎士団が、方陣形を組はじめている。その数はまだ20人ほどはのこって居るだろうがだいぶ数を減らしていた。

 方陣の真ん中で、グレイスは笛を取り出し吹いて見せた。ピィー――――と甲高い音が一瞬流れたかと思うと、沖合いから数匹の飛竜が現れ、低空でグレイスの下に飛び込むと肩を足で掴み――――そのまま上空へと飛び去った。

 残りの黒騎士団も同じ手段で飛竜を呼び、自分を天高く持ち上げさせ、次々とその場を離脱していく。その最中、上空からグレイスの声が響いた。

「I shall return !この言葉をよぉく覚えとくことだ!ハハハハハ!」

 グレイスの哄笑が空に響き渡る。

 I shall return の意味は分からなかったろうが――――その言葉は下に居た兵士たちを

 不安にさせるのに十分な威力を持っていた。

 そのせいだろうか―――――誰もがその哄笑を聞きながら、歓声を上げることが出来ずにいる。

 あとには――――おびただしい死体の山と魔術によってできたクレーターが南吠の門前に幾重に重なって残るだけであった。



「尽力感謝申し上げる」

 諸侯の兵を代表して、指揮官らしき男が雪乃達に頭を下げていた。

「あの魔術の後押しがあればこそ、被害を最小限にできました。感謝いたす」

 指揮官は頭を下げると雪乃を見据えた。

「またあの小娘は攻めて着ますよ。注意する事です」

「でしょうな。御助言、感謝申し上げる。して――――どちらの国から参られましたかな?」

「?」

 雪乃達は不思議そうに頭を傾げたが直ぐに思い当たった。軍旗がないことに。

「ああ、そう言えば軍旗がないんでしたね。これは失礼。我らは月狼国北端、雪花国の兵です。以後、お見知りおきを」

 雪乃の静かな名乗りは実に淡々と語られたのであった。

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