第60話  仲間について

(どうやったら、あんなに切れ目がなく連携が出来るんだろう)

雪乃の自宅でシシリー、凍子と一緒に朝食を食べながら凍太は考え込んでいた。

(シシリーおばあちゃんもすごかったし、何よりすごかったのはおばあさまだ)

食べる手が止まる。

「あらどうしたの?もうお腹いっぱい?」

凍子が聞いてくる。

「ううん。ちょっと考え事」

そう言って、食事を再開した矢先――――シシリーが何かに気づいた様に声を発した。

「何を悩んでいるのかはわからないけれど、心配することないわ。分からなければ何でも聞きなさい」

「そうよ?お母さんだって協力するするからね?」

凍子がスープを飲むのを止めて心配そうに見ていた。

「うん。ありがとう。シシリー先生、お母さん」

凍太はとりあえず、朝食を食べきってしまおうと再び箸を動かし始めた。


▽▼▽▼▽▼


「凍太ちゃんが悩んでいるみたいよ?」

「なんです?藪から棒ですね」

「なんか――――この間の戦いを見て、悩んでるらしいわ」

「ほう?それで?」

「どうやったらあんなにうまく連携できるんですか?って聞かれたわ」

「――――どうやってもなにも、こればかりは経験しかありませんよ」

「――――そうなのよ。困っちゃってね」

雪乃は即断で答えを出した。

シシリーもそれにうなずく。

しかし、二人ともに笑いあう。孫の確かな成長を感じ意識せずに笑みがこぼれていた。

「それで、凍太は納得したのですか?」

「納得するわけないわ。首を傾げながら、部屋を出て行ってしまったわ」

「あの子らしい」

「でも、何かしらの答えはあるんだと思うのよ。それがなにかは言ってくれなかったけれど」

「とりあえず、少し様子を見ることにしましょう。それからでも遅くはありませんよ」

こうして、ひとまずは凍太に一人で考えさせることして話題は棚上げとなり、話は次の話題へと移った。

「そういえば、月狼国魔導学院から招待状が届いていたわ」

「ああ、それならば、私の所にも来ましたよ」

2人の所に投函の魔術で届けられたのは、雪解けの頃に行われる、学院主催の交流会、参加の確認だった。

毎年、行われる「交流会」とは月狼国魔導学院が各国の魔術学校へのオフィシャルな会合の名前だった。

冬の間の何も活動がない余暇を使って、年に一度の魔術関係者の会合が開かれ、様々な議論が行われるのである。

会合だけではなく、晩餐会や、立食形式の宴も開かれるのだが――――

「正直、乗り気はしませんね」

「だと、おもったわ。でもね?」

「わかっていますよ――――雪花国魔術教導院の校長としては出ねばなりません」


▽▼▽▼▽▼


「ねぇ。紗枝さん。ちょっと教えてほしいことがあるんだ」

「はい。どうしましたか?」

昼間を過ぎて凍太は教育係であった紗枝のもとを訪れていた。

「あのね。多対一で戦うコツってあるのかな?」

「多対一ですか?それは、自分が一という事でしょうか?」

「ううん。逆。自分の仲間がいた場合にどうやって戦えばいいのかなって」

「自分の仲間がいる場合ですか―――まず仲間の質にもよります。その点はどう考えてらっしゃるのですか?」

「ううん――――自分と同じくらいの力量かなって」

「同じくらいですか――――難しい条件ですね。まず凍太様を基準に考えるならばほぼ力押しで事足ります。なんといっても魔力量が多い。この点を生かして、間断なく遠間から根こそぎ吹き飛ばすのが最適解と考えます――――ですが」

「?」

「まず、凍太様と同じ魔力量を他人にもとめるのは無理というものです。ですから先ほど言った戦法は不可能と言えますね」

「え?――――そうなの?」

凍太は不思議そうな顔をしていた。

(やっぱり、この子は自分の力が『凶悪』なものだとわかっていませんね)

紗枝ははぁ―――とため息をついて、

「よろしい。凍太様の為に明日は特別講義を実施しましょうか?相手は雪花国魔術教導院の中から、私が選んでおきますので」

「―――え?うん」

紗枝が言った言葉に頷く凍太。

「一般の子がどのくらいの実力なのかを凍太様は知らなすぎるのですよ。まずは――――それをこの冬の間に学んでいただきます」



翌朝―――雪花国魔術教導院の体技室に5人ほどの生徒が集められた。

年の頃はいづれも7歳で、種族はまちまち。背格好は皆同じようなものだった。

彼らはいづれも雪花国に家のある子たちで、休日の間にたまたま紗枝からの指示で呼び集められた一般の生徒だった。

「で――――紗枝先生。僕たち何すればいいの?」

「貴方たち5人で、この子と戦闘実習をして貰おうと思うのよ」

「あの子一人?」

「そうよ。あそこにいる子一人と貴方たち5人で戦うの。出来るかしら?」

「楽勝だよなー」

「うん」

子供たちはそれぞれに頷き合う。その顔はまるで余裕の表情しかなかった。


「凍太様。コレを」

ヴェロニカが差し出してきたのは鉄製の腕輪だった。

「なにこれ?」

「魔術の効果を半減させるための拘束術式が施された腕輪です」

「なんでこんなもん付けるのさ?」

「相手が死んでしまったら困るからです」

「まさかぁ―――」

「冗談ではないのです。早くお付けになってください――――でないとおしりを・・・」

「はい」

ヴェロニカの目はまじめだった。




「それではこれより特別実習として1対5の実戦訓練を行います。お互い―――礼」

「よろしくおねがいしまーす」

間延びした礼が終わると、5人の生徒たちは一斉に凍太めがけて各々が魔術を打ち始めた。

(あれ――――?)

魔術の出力が弱すぎる。

日頃、王国内で見かける攻撃系の魔術はもっと強いことを凍太は知っている。

それゆえの違和感だった。

ともあれ―――― 一斉に放たれた魔術弾を凍太は『衝撃波』を展開して打ち消すことにした。

頭に浮かべたのは音の波が自分を中心にして広がり、前の魔術弾を打ち消すイメージ。それに相手5人が吹っ飛ぶようにイメージを付け加えた。

「波よ!広がれ!」

ぱん――――と手を思いっきり打ち鳴らすと―――音の波が大気を押し流し、衝撃波となって一編に魔術弾を打ち消し――――その後で、5人ぶち当たった。

「ひぁぁぁぁ!!」

と5人の子供たちは後ろへと飛ばされ、ずてん と体技室の床に転ぶこととなる。

「それまで」

紗枝が制止をかける。と、ややあってから5人がむくりと床から起き上がって、

一斉に泣き出した。

「――――いだいよぉ!」

「こわいよぉ」

口々に叫び声をあげながら泣く子、ひっくひっくと泣く子―――いろいろだったが

皆一様に泣いているには変わりなかった。

「え――――あれ?」

「これで分かりましたか?普通の子はこんなものなのですよ。まだ魔術を学び始めて1年と立っていない子が殆ど。7歳とはこの程度なのです」

「でも、『王国』の子はみんなもっとできるよ?」

「王国は最高学府です。入れるだけで奇跡のようなものなのです。――――教えた筈ですが?」

じろりと睨まれる。まさか信じていなかったとは言えなかった。

「これほどの力量差があると多対一は意味を成しません。よって仲間がいる状態でも凍太様以外ははっきり言って「足手まとい」になります」

そう言ってきたのはヴェロニカだった。

「でも――――僕は、仲間が欲しいんだ。だってもっと強いこの間の「雪の女王」みたいのが出てくるかもしれないじゃないか」

凍太が危惧していたのはこの間の事件での敵の強さだった。

雪乃やシシリーが手を焼き、ウェルデンベルグまでもが出て来てやっと倒せた。ももし――――そんな相手が出てきたら。

「やはり、そのことを想定してらしたのですね。あれは言ってみれば「災害」です。

あれほどの強さをもった敵が現れたなら、どんなに人が抗ったとて無駄ですよ――――それこそ仲間が何人いたとしても」

「でも――――この間は」

「いっておきますが――――雪乃様をはじめ、シシリー様、ウェルデンベルグ様は『埒外』の存在です。

そしてあなたもこの子達や一般人から見れば十分に『埒外』なのです。――――あなたはそれを分かってらっしゃらない」

紗枝の言葉は冷たかった。

「『埒外』の実力を持ったものは、実力が同じ水準にあるものを選ぶべきです。―――――それは周りの為にもなるのですから」

「それじゃ、僕は仲間が出来ないって事じゃないか」

凍太はうつむいた。

「――――そう悲観することもないのですよ?」

そう否定したのはヴェロニカだった。

「紗枝殿はああいっておりますが、『埒外』なら王国にいるではないですか。

まだまだ、お小さいのですから、ゆっくりとお探しになることをヴェロはお勧めいたします」

確かにそうだった。

王国なら凍太よりも強い実力者は何人もいる。自分だけではないのだと思うことで少し希望が持てるような気がした。

自分を受け入れてくれるかどうかは別問題だが。

「例えば、あの賢狼族の子や猫族の子に聞いてみるといいかもしれませんよ?――――あの子たちなら凍太様に会うのではないでしょうか」

「皐月とミライザさんかな?」

「そうです。他にも同学年のアナトリー君なんかいいのではないですか?」

たしかにアナトリーなら凍太と釣り合いが取れるかもしれない。

「そして、お言葉ですが――――先ほどの魔術構成にも一言申し上げます」

紗枝はゆっくりと苦言をていしはじめた。

「しっかりと構成は見て取れます。が、凍太様は 加減をして打っていませんね?」

「う―――」

「少しは加減をせねばこの子達は――――」

「そこまでです。紗枝」

声のした方へ振り向くと、雪乃がいつの間にか体技室の入り口にもたれかかって立っていた。

「今手加減を教えるべきではありません。いまから手加減する癖をつけては、いざというときに足元をすくわれかねません。でしょう?シシリー」

「そうねぇ―――全くその通りだわ。凍太ちゃんにはまだ見せていないのだけれど・・・・そろそろかしらね」

そう言いいながら、扉からゆっくり姿を見せたのはシシリー・マウセンだった。

「今からおばあちゃんが、いいものを見せてあげるわね」

そういうと、ヴェロニカに魔術弾を自分に向かって打つように指示をする。

やがて、直径20センチほどの魔術弾がヴェロニカから、シシリーに飛来していった。

が、魔術弾は直撃もせず、爆発もせずに、ピタリとその動きをシシリーの身体に当たるまえに止める。

「構成は見えているかしら?」

シシリーは余裕気な表情のまま凍太に笑いかけた。

「うん――――」

魔術構成は見えていた。

制御魔術をつかい、飛来する魔術弾のコントロールを奪っている。

もっというならば、魔術弾にシシリーからなにか魔力の糸のようなものがつながっているのが見えて――――逆に、ヴェロニカからの魔力の供給は途切れていた。

「相手の魔術に直接働きかけ、制御を奪うの。相手の魔力の供給を絶って、あらたに命令を与えてやれば――――魔術自体を打ち消すこともできるわ」

魔力弾は徐々に小さくなってやがては消えてしまう。

「ようは、力の大きさではなく使い方なのよ?わかるかしら」

シシリーは凍太を見つめまた笑う。

「さぁ――――講義はこれでおしまい。ご飯にしましょう?」

体技室にシシリーの声だけが響き、皆無言のまま体技室を後にしたのであった。


▽▼▽▼▽▼



「北央に出向きます。凍太。貴方はここに残って鍛錬を積みなさい。いいですね?」

「はい―――」

「仲間はそのうち嫌でも出来ます。婆が保証してもいい」

「だって――――雪乃自体が28才位まで仲間がいない一匹狼だったんですからね――――ああ、懐かしい」

「ちっ――――まぁ、そういう事です。お前はまだ7つ。下らんことを考えず今はただ己の身を鍛えなさい」

雪花国魔術教導院の貴賓室に呼ばれた凍太はすでに着替え終わっていた雪乃とシシリーを前にして軽いお説教を受けていた。

「凍太ちゃん。おばあちゃんは会合があるから10日ほどいなくなるけど、とりあえずは『特製お手玉』を自在に操れるように練習してね?帰ってきたら、進度をみますからね?サボっちゃだめよ」

シシリーはにっこりと笑って見せた。

(冬にたっぷり宿題を出されたのを思い出すなぁ・・・・)

貴賓室を退室しながら、凍太は学生の頃の記憶をぼんやりと呼び起こして、がっくりと肩を落とした。



「っていってもなぁ・・・・どうすればいいのやら」

シシリーが残していったずっしりと砂の入った「特製お手玉」を前にして凍太が考え込んでいると―――

「凍太ぁ。あっそぼ」

まず最初にやってきたのは母親の凍子だった。

「うふふ。やっとババアがいなくなったわぁ――――と、いうわけで凍太ぁお母さんと遊ぼ?」

遊ぶも何もあったものではなかった。すでに後ろから抱えられ抱きしめられている状態なのだから。

「ァぁ――――いいわぁ。ふかふかのモフモフ。癒されるぅ」

凍子はいっこうに凍太を離そうとはしない。そこで凍太はお手玉の修業を凍子に協力してもらうことにした。

「ねぇ――――お母さん。お手玉やろう?」

「いいわよー。これね――?」

ずしりっ

お手玉を持った凍子は怪訝な顔をして見せた。

「重くない?コレ」

「うん――――シシリーおばあちゃんのお手製お手玉だからね。ちなみに中身は砂鉄と砂が入ってる」

「なんてもん作ってんのかしら。お手玉なんて「可愛く」いってるけど、要は修行じゃないの。ちょっとした石より重いじゃない・・・」

凍子は憤慨しきりだった。が、

「まぁいいわ。で?コレ使ってどうやって遊ぶの?」

「とりあえず、こっちに向かって軽く投げて?」

「いいわよ――――ほい」

凍子が真正面から下手投げでお手玉を空中に放る。

凍太はお手玉を魔術ラインでつなぎ、お手玉の慣性を止めようと試みた。―――のだが。一瞬お手玉の速度が弱まったのみですぐに、ぼとりと重い音を立てて床に転がってしまった。

「もう一回投げて」

「それ」

再度挑戦する――――今度は1秒ほど落下が遅くなった。すると―――

「おお――――やるじゃない!」

凍子が目を輝かせて褒めてくれていた。

「まだまだだよ」

「何言ってんの!こんなに重いの動きとめられるんだから凄いもんよ?例えばこれより軽かったら動きとめられるんでしょう?」

「うん―――たぶんね」

試したことはないが、おそらくは可能だろう。

「天才じゃない!――――そうだ!お母さんいいこと思いついちゃった」

そういうと凍子は庭に下り立って雪弾庭先に積もっていた雪でつくりはじめた 。

「何してるの?」

「凍太もこっち来なさい。お母さんが雪玉を投げてあげるから、止めてみてほしいの。これならお手玉よりも軽いし、もし当たっても痛くないわ。きっといい練習になるわよ」

言いながら凍子は雪玉を投げて来る。

凍太は言われた通りに雪玉を止めるべく意識を雪玉へと繋ぎ逆慣性がかかる様に魔術構成を練り発動させた。

雪玉が空中で静止し――――そのまま見えない壁に当たる様にして砕け散る。

「あれぇ?」

「くじけないの!もう一回行くわよ~」

ぽい―――

こんども投げられた雪玉に対して意識を連結し、魔術構成を流しこむ。

今度はその場で止まる様にイメージを浮かべ、

「止まれ!」

そう声に出して念じて見せると――――ピタリと雪玉が空中で静止した。

「やったぁ!」

そう喜んだのは凍太ではなく凍子の方だった。

すぐさま凍太に駆け寄ってハグをすると痛いくらいにぎゅう――――と抱きしめられた。

「凄いことだよ?凍太!こんなことが出来るなんて――――」

抱きしめられながら、そんなものかと思ったりもする。

ともあれ、この日から凍太の修行に新たな項目が追加されることとなったのであった。


▽▼▽▼▽▼


「随分と凍太の力が強くなっていてびっくりはしていますよ。ですが、あまり制御魔術ばかりを教えないでもらいたいものです」

「あら――――なぜかしら?」

一方その頃―――北央に向かうシシリーと雪乃は雪で真っ白くなった街道をひたすらに歩きながら話し合っていた。

不思議そうに問うシシリーに一瞥もくれず、雪乃は空を見上げながら

「凍太の身体はまだ出来上がってはいない。あまり小さいうちから魔術に頼り過ぎては、将来きっと苦労することになりますからね」

「あらあら、その為の制御魔術なのよ?きっと凍太ちゃんなら『武術』と『制御魔術』と『一般魔術』をうまく使うはずよ。心配いらないわ」

「そんなもんですかねぇ――――」

雪乃はシシリーの説得を聞きながら小首を傾げた。

「とりあえず、凍太ちゃんは私が責任をもって育ててあげるから、ね?」

「それが心配なのですよ」

シシリーは確かに腕の立つ魔術士だったが、シシリーに任せてしまうことで魔術一辺倒の『典型的な魔術師』になってしまうのではないかと雪乃は危惧していた。

自分が育てれば、『魔術以外の戦い方』も教えてやれる、それも、付け焼刃でない次元で。

だが――――月狼国から凍太の存在を隠し、凍太の身の安全を測るには、現状では王国に預けておく他に打開策は考えられなかった。

「それより、これから会合があるのよ? 雪花国の代表としては―――会合でどう振る舞うかが重要だと思うわよ?」

「それこそ、あなただって同じではないですか。お互いが『代表者』として出席するんですからね」

真っ白な風景の中で、二人の会話は止まることはない。

静かだが―――お互いにけん制し時に、労わりながら軽口をたたき合う。

いつまでも、寒空の下、二人の声は響き合うのだった。

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