第54話  これからの事

「いままで。どうもありがとうございました」

リヴェリの街の中央広場に急遽設けられた、野外会場で町の住人すべてが集合していた。

夕方の中央広場で住人すべてに盃が渡され、料理が各テーブルに置かれていた。

中央広場の真ん中に立ってマデリーネ――――が謝辞を簡潔に述べると

「乾杯!!」の号令と共に、盃を掲げる。後から住民たちも「乾杯」を叫んで宴は始まった。


「まさか私まで呼ばれるとは思わなかったぞ?」

アリシアにそう言ったのは、首なしの女騎士――――マリー・クレール ・プラン――――だった。

「しょうがないじゃない。凍太クンが呼んだんだもの」

「まぁそれもそうだが」

首を今は鎧の上に――――つまり普通の頭があるい位置に戻しているために、住民にはデュラハンだとはばれていない。

事実、彼女がデュラハンだと知っているのは領主だけだった。



「まさか、この目でデュラハンをみるとは思っていませんでした」

マデリーネはデュラハンを目の前にしたとき口をぽかんと開けたまま思考を停止させた。

しばらくたってから――――ぽんと手を合わせて

「お茶の用意をしないといけないわね」

思い出したかのように、準備に取り掛かったのだが――――

がちゃんっ――――パリンっ

「ああっ」

と明らかに動揺している姿を見せた。

「――――やはり来てはまずかったのではないか?」

首なしの女騎士の問いかけに

「きっと最初だけだよ。最初だけ・・・・」

凍太も笑顔を引きつらせる。

このあと、2、3回ほどカップや皿を割ってから――――ようやくの事でお茶の準備がされて来た。

「ごめんなさいね・・・・時間がかかってしまって」

「構わない。さて――――今回、ココに呼ばれたわけを話そう」

デュラハンは膝の上に頭を置いたまま、器用にお茶を自分の身体を操作して口へと運び、一口飲み込むと、話を切り出した。

「凍太達の派遣期間が今月いっぱいでおしまいになるのだろう?」

「ええ。王国の魔術師さん達は残るらしいけれど――――」

「そこで、提案なのだがな?―――― 一つ私を雇ってみる気はないか?」

「?」

マデリーネは首を傾げて見せる。

「つまりね?僕たちの代わりに夜の警護を変わってもらおうと思ってるんだよ」

凍太は補足を付け加えた。

「でも―――――リヴェリの街には、マリーさんに払うお給金なんて」

「給金は要らん。寝床さえ用意してくれれば、後は「王国」から魔石をくれるとの事だ。給金は魔石で構わない」

「昼間工事で疲弊したままだと、いくら魔術士でも夜の見回りは辛いと思ってさ。代わりにマリーさんに夜の見回りと警護をやってもらおうと思うんだ」

(ほんと労働時間はきっちり守らないと、きついからね)

と言うのが凍太の持論だった。

「マリーさんは夜寝なくて平気なんですか?」

「私はデュラハンだ。昼間はあまり得意でない。どちらかと言えば、夜型なのだ」

「まぁ――――マリーさんが良いのであれば私はいっこうにかまわないのですけれど」

「なら、決まりだな。マデレーネ殿。今よりあなたは私の主だ。これより誠意を持ってつくさせて貰おう」

そう言うとデュラハンはソファーから立ち上がり、マデレーネに向かって片膝を突き臣下の礼をとった。

「あああの、こちらこそ。よろしくお願いします」

マデレーネもどもりながらではあったが――――マリーの肩に手を置いて、礼を返した。



「いやぁ――――マリーさんってのかい?騎士様だって?」

「ああ。これからリヴェリに駐屯させてもらうことになった。仕事は夜中の街の警備だ。よろしく頼む」

首の接合部をを氷雪魔術で固めてあり、また、首にはスカーフを巻いているためにマリーはいま『顔色の悪い只の女騎士』として住人には映っていた。

次々に、住人から話しかけられ酒を注がれて、それを飲み干す。

アンデットであるがゆえに、酒に酔う事はなく、いくらでも飲み干せてしまうが――――

「マリー、そこらへんで止めといた方がいいわよ」

「あ――――ああ」

アリシアにそれとなく言われて、盃をいったん置いた。

横を見れば――――凍太やハンナ、アリシアも同じような有様で特に凍太は町の叔母様たちから食べ物を口に入れられ、ハンナ、アリシアは男どもに言い寄られていた。

「随分、リヴェリの為に手間だったろう?」

「いつでも寄ってくれて構わないんだからね。リヴェリは王国の為なら、労力は惜しまないつもりさ」

皆口々に感謝の言葉を述べるのをマリーは傍らで聞きながら、この町の安全を末永く守っていくことを固く心に誓うのだった。


「私たちは特務員いったん王国に戻るけど、あとは王国のみんなが協力してくれる。ローデリアも王国の庇護下に在るこの町に攻め入るような事はない筈よ。だから安心して復興に力を注いでくれることをねがいます」

ハンナは宴の終わりにそう言って――――もう一度最後の乾杯を叫ぶと、

夜のリヴェリの街にひときわ大きな「乾杯」の叫び声が上がったのだった。



「――――おえっぷ」

一夜明けて、王国に戻る船に揺られながら、アリシアとハンナは樽に顔を突っ込んで吐いていた。

「散々飲んだから――――うぇ」

「あと一日くらい待ってくれたって――――ぉえ」

揺れる船の中、無事なのは酒をあまり飲まなかった凍太だけ。

アリシアとハンナは調子に乗り、樽から直接くみ上げ、それを何杯も何杯も―――

朝方まで飲み続けた。

「アポトリアの商会が帰りの船まで用意してくれて助かったな」

凍太は船室のベッドに横になりながら天井を見上げてみる。

いろいろなことがあった。転生してから、魔術を覚えて、王国では魔法戦を繰り広げて――――みんなの協力で1位になった。

特務員などという特別な地位まで与えられて、一つの村を多少汚い手は使ったが、立て直しの段取りまでは付けられた。

本当に、転生前とは何もかもが違う。違い過ぎている。出来過ぎていた。

(このまま行ったら――――間違いなく天狗になるな)

それだけはどう考えても、完璧にわかる。

凍太の頭は、天狗になるのを――――傲りや増長に対してアラートを鳴らしまくっているのは間違いなかった。

無論、雪乃や凍子、紗枝やランドルフ、シシリーには感謝しなくてはならない。

ヴェロニカや皐月も同様だ。

「王国に帰ったら何が待ってるんだろうな――――」

何とはなく、呟いていると、

どん、どん。

船室のドアを叩く音がした。

「入りますぞ」

そう言って船室に入ってきたのは、白髪の老人だった。

「船長さん。どうしたの?」

「そろそろ、今日の中間地点「翁石国」に着きますでな」

翁石国――――月狼国の港街で王国への航路を開いている。

皐月の故郷でもある。

「一旦、積荷なども補充しますので、2日ほど停泊しなければならんので、お連れ様を宿に連れて行っていただけませんでしょうか?」

「あ―――はい」

要は邪魔だからあの二人を船から下ろさせてほしい――――船長の老人はやんわりとだが、そう要求しているのだと凍太は感じ取った。



「あぁ――――凍太ちゃ・・・・ぉえ」

「汚いなぁ」

アリシアとハンナの背中を擦り乍ら、凍太は押すようにして船のタラップを降りていく。

木で出来たタラップをゆっくりとした歩調で降りていく間にも、

「ぉえ――――」

とアリシアとハンナは「えずく」ことを止めない。

(これでも、魔術の腕は一級品なんだよな)

魔術士の世界は上に行くほど「実力主義」の感が否めない。実力さえあれば凍太のような子供であっても認められてしまう。法令のような禁足事項はあるが、それも

「自己判断」に任せられているところが大きい。

実力はあるが、中身はダメ人間と言う可能性は――――この二人を見ると否定は出来そうになかった。

ようやくのことで、翁石国の港に降り立つと、アリシアとハンナはまたも

「――――げぇ」

「――――うぇぇ」

――――しゃがみ込んで海に向かって吐き始めた。

(ああ神様・・・・・最悪だ)

二人のゲロインを脇目に、凍太は二人の吐く姿に貰いゲロをしないように気を付けながら、祈るような気持ちで天を見上げた。

「大変ですな」

後ろから船長が下りて来る。

困ったような顔で二人を見ながらポンと凍太の肩に手をおく。

「うん。まぁ、これでも先輩だから」

「とりあえずこの二人はここに置いていくしかありますまい。凍太殿は一緒に夕餉でもいかがかな?」

「いいね。お腹空いてたんだ」

「ほっほ。ココから少し行ったところにいい店がありますでな。そこにしましょう」

「やったぁ」

老人に手を引かれて、そのまま道を進んでいく姿は、老人と孫にみえる。

「ああ―――まっ―――うっ――――おぇぇえ」

段々と遠くなって消えていく姿を、ハンナは脇目で見ていることしかできない。

(なんてこと――――さすがに飲み過ぎだわ)

「姉さん方、平気ですかい?」

背中を擦りながら、聞いてくる船員たちがありがたくもあり、恨めしい。

とりあえず、いったん吐くのが収まってから、

「平気よ・・・・・ありがとう」

そう言うと船員たちは

「いや、構いませんぜ。おやっさんからは『二人を見てやれ』と言われてますんで」

そういった。



「観光がしてみたいな」

凍太は翌日――――ハンナとアリシアに粥を差し出しながらそう言った。

3人は港の近くに出ている屋台にいる。

「ああ―――ありがとう。って観光?」

「うん。あと1日で回ってみたいんだ。なんか有名なものあるでしょ?建築とか景色とか」

「どう?アリシア?」

「翁石国で見るモノねぇ――――剣術くらいかしら」

「ああ――――賢狼族伝統の剣術ね?でもあれって」

「そう。門外不出よ」

つまり見ることは出来ない。

「他には?他にはないの?歴史とか遺跡とか」

「どうだったかしら?」

「まぁ――――3人でいろいろ周ってみましょう。何か見つかるかもしれないわ」

「いいわよ。アタシも同行させてもらうわ」

ハンナが提案するとアリシアはそれに従った。


「リヴェリとは違うなぁ。おもしろいや」

翁石国の目抜き通りを歩きながら――――凍太は珍しくはしゃいでいた。

周りの景色がリヴェリとは全く違うのもそうだが、歩いている人種すべてに尻尾と耳が付いているのが珍しくて仕方ない。

「皐月と同じなんだよね?」

「ああ、あの賢狼族の子?まぁ、そうね。ここは賢狼族の本拠地だから」

アリシアは凍太の左手を握りながらなんとなく説明した。

賢狼族――――月狼国の古来から住んでいる種であるとされる一族の事で、義理堅く、人懐っこい性格であるとされている一族。

特徴は皆、獣耳が頭の脇、または上にあり、尻尾を持っていること、そして八重歯が発達し、勇敢な気風をもっていることで知られるのだと――――ハンナとアリシアが道すがら講義をしてくれる。

「ローデリアの北側に棲む猫族とはあんまり仲が良くないらしいわよ?」

「うん――――知ってる。皐月とミライザさんが良く喧嘩してるもん」

「賢狼族は近接戦闘に長けた一族だし、逆に猫族は手先が器用で罠をつくったり、頭をつかって遠距離から――――最近は弓矢、銃をつかったりするわ。お互い、誇りとしているものが違うのよ」

「凍太クンはどっち派なの?皐月ちゃん?それともミライザって子?」

アリシアが笑いながら言った。

「あ、それ。私も興味ある」

右手側のハンナが食いついてきた。

話が種族の事から――――凍太の好みのタイプの話へとすり替えられる。

「どっち派って、そんなのわかんないよ」

勿論、凍太も話を戻そうとして、適当なことを言ってみた。

が――――

「あら?隠さなくてもいいじゃない。大丈夫だから。おねーさんに言ってごらん」

「そうよ。ハンナだって言ったりしないわよ」

(これ絶対言いふらされるパターンだ)

そうは思ったが――――二人は言わない限りしつこく聞いてくるだろう事は火を見るより明らかだった。そこで、凍太は嘘を付くことにした。

「僕ね。狐耳が好きなんだ」と。

「――――狐耳って、駄目よ。あれだけは止めときなさい」

ハンナの声が冷たく凍太の耳に聞こえる。その声はとても冷たく、底冷えのする声だった。

(なんだ?いきなり声質が冷たくなった・・・・?)

「そうよ。天狐族は止めておいた方がいいわ。悪女――――悪い女の代名詞なんだから」

「そうなの?でも狐耳可愛いじゃ――――」

「見た目に惑わされちゃだめ。天狐族は希少種で見た目も頭もいいけれど、昔っからだましたり、嘘を付いたりする一族として有名なの」

「そう。歴史上の人物でも、天才軍師と言われる玉 峰銘は天狐の出だし、悪女として名高いカリナ = アスタルロアだって天狐出身なんだから」

「でも――――」

「とにかく、絶対許しません」

ハンナとアリシアに強烈に叱られる形で――――その日の観光はおしまいになったのだった。







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