第36話 遠方から覗く者

 凍太達が迷宮に潜り始めてから1か月程が経った頃、凍太達を遠方から覗く者が在った。

 科機工課の女狙撃手と呼ばれる銃の使い手「ミライザ・ウェルチ」である

 ローデリア辺境の出身で親は刀剣職人から鉄砲鍛冶に転向した経歴を持ち、ミライザ自体も子供のころから銃の製法については慣れ親しんだ経験もある。

 そんなミライザにとって科機工に入ったのは必然だった。

 ある日の事、ミライザが建物の窓から新開発の「スコープ」の試験中にぐうぜん井戸に入って行く凍太達を発見したのが事の始まりだった。

 今日もミライザは木の上に座って、銃の上に据え付けられた機器をのぞき込んでいた。

 この機器は新開発された銃用の望遠鏡――――つまり「スコープ」と呼ばれる類のもので、望遠の魔術が掛けられており、音声で倍率を調整する仕組みになっていた。

「今日も入っていくわね」

 機器をのぞき込みながら、ミライザは相手を観察する。

 今は、挑戦期間中の2か月目に入ったばかりで、最初の一か月より推薦者に対する挑戦者の数は減って3日に1度挑戦があるほどに減っていた。

 現在で推薦者に挙がっているのは

『騎士課』カレル・ノヴァク

『魔術課』凍太

『医療課』ハンナ・キルペライネン

『科機工課』エンリケ・グロッソ

『魔術課』アナトリー・ヘイグラム

 の5人。

 そのうち最も狙われる率が高かったのが、都市間交流戦の常連であるカレル・ノヴァクと医療課のハンナ・キルペライネンであり、次いで、魔術課のホープと期待される、エルフ族のアナトリー・ヘイグラムだった。

『科機工課』エンリケは自身が開発、製作を施した改良型マスケット銃の恐ろしさを挑戦者が知っているのだろう。数は他に比べて低い。

 最後に、『魔術課』凍太だけが当初の2週間を過ぎたあたりで、どこかに隠れているとの情報が流れ始めていると噂が流れ始めていた。

「間違いないかしらね」

 スコープを覗きながらミライザは一人ごちると、一旦、自室へ戻ることにして、木を飛び降り、地面へと降り立った。

 かなりの高さだったが、猫族という種族のせいか、苦も無く着地を決めて見せた。


 日が落ちる時間になったころ、井戸の近くの茂みにうつ伏せの状態で待ち受けていたミライザは息をひそめて、凍太と皐月を待っていた。

(出て来なさい。一発で仕留めてやるわよ)

 推薦者に対する挑戦者の対決方法は、手袋を投げて、相手もまた投げ返すという手順を踏むのが一般的な行為だったが――――近年、銃が発明されてからは、手袋をなげるより先に攻撃を仕掛けるという手段を行うものも出始めた。

 最初はルール違反が叫ばれたが、ウェルデンベルグが『やられるほうが悪い』と決定を出したために、先に攻撃を行ってもよいとのルールが追加されてしまったのである。そのため、最近では、手袋を形骸的に投げ合うのが形上の作法となっていた。

 井戸から皐月と、凍太が出てくるのが見えて――――込めていた魔術式の弾をミライザは撃った。が、弾が凍太に当たる前に、横へとそれる。

(風で防御してる!)

 一目で分析して音もなく、木の上へ飛び退るが、撃たれたことに気が付いたのだろう

 凍太が井戸を背にしてしゃがみ込んだ。

「皐月!狙ってるやつがいる!」

「畏まってござる!」

 凍太の指示を聞きながら、皐月は抜刀し、井戸の後ろに隠れると、敵の位置を探り始めた。

(月狼国の賢狼族か・・・・厄介ね)

 撃った位置を悟られないように、静かに移動しながら、ミライザは次の魔術弾を装填――――打ち放った。

 今度は狙いは皐月だったが、運悪く井戸の淵へあたってしまう。

「!」

「何処でござるか!」

 井戸の淵に隠れながら、皐月が叫ぶ。当然ながら、ミライザは答えなかった。

 だが――――次の瞬間、ピキィンと言う音と共に一瞬で周りの林が凍り付いて、ミライザの足元も凍結した。

「!」

 咄嗟にはねて逃げようと思ったが――――数舜氷の固まるのが早く、ミライザの膝が凍り付いて、固まり、地面へと落下した。


 微かに何かが動く気配を感じて、林の中へ駆け出す。と、凍った木の枝の折れた破片と何かが地面に落ちた様な跡を発見したが――――敵の姿は見つからなかった。

「ちっ」

 皐月が舌打ちし、凍太はやれやれと林を見上げる。

 恐らく敵はここに居ない。逃げた後だろう。が――――

 ふと、見た先に数本の氷結した毛が落ちているのをみつけることが出来た。

「何かの毛だな・・・」

「・・・・・拙者の毛よりは細く長いでござる。おそらくは猫族かと」

 皐月はそう推測した。

「猫族か・・・・」

「明日から迷宮潜りは一時取りやめだね。相手が悪すぎだ」

「むう。残念でござるな」

 皐月が残念そうに言うが、猫族で遠距離からの攻撃で音声がなかったとすれば――――恐らく

「『科機工課』に間違いないね」

 そう結論付けた。最初の一撃目で風で壁を作っていなければ頭か肩を打ち抜かれていただろう。そして魔術を使う際の音声が無いとなれば、ほぼ『科機工課』の誰かだとあたりを付けることは出来る。

 問題はその先。犯人をどうやって『科機工課』の中から見抜くのかではあるが、キーとなるのは『凍った毛束』だが、これだけでは犯人を特定するには難しいだろう。

「皐月。猫族ってのは結構数がいる種族なの?」

「そんなに数はいないはずでござる。が・・・・」

「が?」

「科機工課には猫族が複数いるでござるし」

「毛の色では判別できないかな?」

「まぁよくある毛の色でござるしな・・・・これだけでは何とも」

「そっか」

 まぁいいやと凍太は伸びをして家路を急ぐことにする。

 まだ夕刻前だが、遅くなればヴェロニカやシシリーに心配を掛けさせることになる

 のは、凍太にとっては避けたいところだった。


「たいへんだったわねぇ」

 夕食を3人で囲みながら、のんきにそんな声を上げたのはシシリーだった。

「対策は考えてお有りなので?」

「うん。とりあえずは開けた所周りに障害物がない所に行ってみるつもりだし、極力明日は移動速度を速めてみることにしてる――――あとは、有るモノがあるんだとすれば、それが光ってくれればいいなと思ってる」

「有るモノ?」

 聞き返したのはヴェロニカだった。

「遠くから狙ってるんだとしたら――――望遠鏡のような機能を持った機器がついてるはずなんだけど、知らないかな?」

「存じ上げません」

「私もしらないわねぇ」

 凍太の答えに二人は否定を返す。凍太の狙っていたのは、スコープが太陽に反射して光ってくれればと思っていたのだが――――その存在はまだ知られていないらしいのでこの事はいったん棚上げをしておくことにした。



「皐月。今日は闘技演習場集合でお願いね」

「良いでござるが・・・・なぜでござるか?」

「あそこなら、屋内だし、石造りだし、なにより隠れる所がないからね」

「また同じ戦法で来ると考えているのでござるか?」

「相手が接近戦が得意なら、昨日近づいてきた筈だろ。違う?」

「まぁ、そうでござるな」

「でも、そうはならなかった。ぼくはこれを接近戦が苦手なんだと思ってる」

「なるほどでござる」

 昼間の食堂の一角で皐月といつものように食事をとりながら、凍太は昨日の襲撃者の対策を考えていた。

 屋内に入り、扉を閉め、部屋の角に陣取って風の防壁を張っておけば初撃は防げるだろうと考えていた。加えて、隠れるところがなければ昨日のような事にはならないだろうと考えてもいたが。

「逆に姿を見せてくれれば、こっちの土俵だからね」

「ドヒョウ?」

「ああ、得意なところってこと」

 転生前によく使っていた土俵という単語はやはり通じないのだなと感じながら、凍太は昼食の残りを胃に治めるのであった



(やられた)

 相手に屋内に逃げ込まれることは想定はしていたが――――あまり好ましい状況とは言えないなとミライザは歯噛みしていた。

 子供だとばかり思い込んでいたが、案外に知恵が回ることに正直以外ではあった。

 最近、対象の凍太は挑戦者連中にも挑まれることが少なくなってきており、今日はまだ1回も挑戦は受けてはいなかった。

(期間が短くなってきてるってのに。ああ、もう)

 ミライザはイライラを募らせた。せっかくやり易そうな相手だと思ったのに!と。

 ここで引くという選択肢もあるが――――なるべくならしたく無いとミライザは思っていたし、たとえ、屋内であっても遠間から攻めることが出来れば勝てるだろうと思っていた。なので、彼女はドアを蹴やぶって、愛銃を突入と同時に発射したのだった。



 ドバンッ  パアン!

 ドアが勢いよく開いたと思った瞬間、一つの人影が銃を撃ったのが見えて

 弾が凍太に当たる直前に風の防壁に曲げられて、壁に当たる。

 人影はすでに中ほどまで走ってきていて、一発撃っては、右に、もう一発撃っては 左にと移動をして一定の距離からは近づいてこようとはしない。

(やっぱりか)

 考えていた通り、接近戦をするつもりはないのだろう。凍太は自分の読みが当たったことにニヤケていた。

(なら!近づいて蹴らせてもらうよ!)

 足の裏に風の層を3つほど展開し――――一気に直線距離を駆け込む――――

 相手の姿が眼前に迫るのは一瞬で、その勢いを殺さないまま、下から相手の銃口を蹴りで跳ね上げた。

 パアン!

 蹴り上げると同時に相手が引き金を引いたのだろう。

 魔術弾が発射されたが、蹴り上げた衝撃で弾は明後日の方向に飛んでいた。

「こっのっ!」

 相手が毒づきながら銃の台尻を横から叩きつけるのを左腕でガードしながら、反転するようにして体を180度回す勢いを利用して横蹴りを1撃目は相手の喉に、二撃目は鳩尾を狙って放った。

 一撃目が喉ではなく顎を掠り、二撃目は鳩尾へと当たって、相手がよろける。が、相手も銃で上から殴りつける様にして攻撃を加えて来た。

 それを見て、凍太は前に前進し、両腕を額のうえで交差させて受け止めると、横にそのまま銃をひねってそらし――――空いている足で相手の向う脛を蹴りぬく。

「ぐっ」

 痛みに耐えかねて――――相手が怯みを見せる。そこに凍太の下から跳ね上げた踵が相手の顎の下からアッパーカットのように決まった。

 ドサリと頽れる様に動かなくなった相手を見下ろしながら、凍太は相手の銃を没収し後ろ手に皐月に放り投げた。

「おっと」

 両手で抱える様にして受け取りながら皐月は銃を受け取るのを感じながら

 凍太は相手の意識がないことを確認するよう、一発顔を蹴りつけた。

 バシンと音が響く。が開いてはまだ気を失っているままでうごかない。その様子を見て凍太はようやく、戦闘態勢を解いた。


 目が覚めたのは医務室だった。

 真っ白な天井が目を開けると飛び込んできて、次に感じたのは顎の今日れるな痛みだった。

「―――――っ!」

 痛みに顔をしかめる。じたばたともがきながらふと横を見ると――――自分の愛銃が立てかけてあるのが見えた。

(よかった。壊れてない)

 見た目には壊れていないことを確認して安心する。と、負けた時の記憶がよみがえってきた。

(まさか体術で来るなんてね・・・・)

 予想外の展開にミライザの気持ちはすっきりとしたものだった。もしこれが、魔術で負けたモノなら心持がもう少し違っていただろうと自身でも思う。

「全く、かなわないわ」

 天井を見ながら―――――ミライザは誰に言うわけでもなく一人呟きを漏らすのだった。

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