第32話 都市間交流戦 1 それぞれの準備
月狼国魔導学校。
月狼国が設立し、当初は軍の徴兵と幹部候補を育てるための軍学校で会ったものが、年月を減る間に、
民間へと移譲され、国の資本が7割、都市の資本が3割で運営をされている月狼国の魔道学校。
ここに今年も多くの新入生たちが入学をし、勉学に、魔術にと精をだしている。
学校内は古く、多くは木材で建てられ、どっしりとした外観と、中をリノベーションした新しい内壁が目立つ。
魔導学校とは行っても、普通の教育も施す施設で、主に通うのは富裕層の子供がおおく、その多くは、親が国の重鎮だとか、豪族だとか、豪商だとかが、吐いて捨てるほどいるのも特徴だ。
そんななかで、生徒の一人『
住まいをうつして、帝都で学生生活を送る一人だった。
帝都に新しく購入した家は実家よりも小さいが、2LDKほどの一戸建て住宅で、おつきの人間も3人ほど一緒に暮らす生活をしている。
去年この家にきて、今年で7歳。
やっと、帝都での生活も慣れて来たところで、リーファは日課のブラッシングを尻尾に施させながら、自分は魔導書を読みふけっていた。
「都市間交流戦に出場するんだから」
魔道学校に入ったのも、親の勧めではあったものの、都市間交流戦に出場する目的があった為でもある。
それに、4年前にであったあのいけ好かない子供も魔道学園に居ればどこかで会うかもしれないと、
リーファは思っていたし、もしどこかで見かけた際には-----仕返し、もとい、決闘で決着をつけるつもりで居るのである。
それゆえに、リーファの講学意識は高い。
もともとが魔術の素養があったのか、3歳になるころには『鬼火』が使えていたし、『北央』では少し名の知れた子供だったのだが----あの、子供のせいで、リーファのプライドはズタズタになった。
「お嬢様。手入れ終わりました」
「そう。ありがとう。下がっていいわ」
召使を下がらせて、もう一度魔導書に噛り付く。
今学んでいるのは、リーファが苦手とする氷雪系魔術の基礎が掛かれた初級編だった。
本は一般に高くこれとて、学校から貸し出してもらい自宅で呼んでいる物だった。
「氷雪系は一般的に活動を停止させることを基本とした魔術で----」
「多くの場合、扱いが難しいものとされますが----」
時折、黙読が音読になり、その逆になったりを繰り返しながら、読み進めていくうちにわからないところがでて、やがて、本を閉じた。
(なによ。理論的なことばっかりで、あいつが使ったような火を消す技みたいのはどこにも書いてないじゃない)
4年前にやられた技を思い返す。自分の放ったはずの鬼火が相手の体を焼く前にすべて消化された、あの忌々しい出来事。
構成は分かっているが、学校の教師に聞いても、誰一人おなじことを出来る人間はいなかった。
(冷気を集めて、凝固させないなんてこと、魔力を生成し続ける必要があるのにどうやってやったっていうの?)
凝固させてしまえば、魔力の供給は止まるが、形なく、冷気をとどまらせようとするには、多くの魔力生成が不可欠なことが最近リーファにも分かってきた。「魔力で強制的に事象を起こし続ける」ことで同じ状態を保つ一種の荒業だということを図書館の文献で呼んで分かったことだが、あまりにも内容が難しすぎて、7歳のリーファにはすべてを解読することは出来なかった。
(あの本もう一回読む必要があるわ。あれが一番の近道な気がする)
心に決める。とリーファは昼食を取るために厨房へと足を向けた。
一方そのころ、雪花国の魔術教導学院では、凍子が生徒たちに向けて魔術の講師をしているところだった
「いーい?今日は「氷壁」の作り方をやるわよ」
「はーい」
「特に氷雪系の魔術は『雪人』のみんなは頑張ってね。一族の必須技術だからねー」
「はーい」
「他の子は出来る範囲でがんばって。気持ち悪くなったらすぐにやめてお休みすること。いいわね?」
「はーい」
今は6歳~10歳までの子供を対象に「氷壁」を造る講義を実戦形式で教えていた。
場所は新設されたグラウンドで、下はまだ雪が積もっていた。
「よっく見てるのよー。そーれ! 『氷壁』」
わざと大きな声で叫んでイメージを伝える。子供たちも一斉に叫びだした。
「氷壁ぃ」「氷壁」「こおりのかべぇー」
多くの子供たちが苦も無く、やってのける氷壁作成をひととおり見てから----雪乃が強度を確かめていく。
こんこんと叩くと割れるモノ。氷どころか霜の壁になっているモノなどをみて、やはり凍太の氷壁の硬さは尋常ではなかったことを改めて痛感する。
(なかなか、凍太あのこに伍するものはいませんね)
20人程のうち、半ばまで検査を終えたあたりだろうか、ひと際硬質の氷壁が一人だけ作れている者を確認し、雪乃は確認をするべく近寄って拳を叩きつける。
ぼこんっ!と壁は崩れたが、まだ半分ほど残っているのを見て----
「やめぃ!」
雪乃自ら声を掛けた。
一斉に氷壁を解除する。生徒たち。
雪乃は硬質の氷壁を作った生徒の姿を確認して頷く。
氷壁を作った術者はイリスだった。
「イリス。よくできた氷壁ですが、強度にまだ難がありますよ。精進なさい」
「はい。校長先生」
イリスは元気に返事をして返したのだった。
「ねー。凍子先生」
「んー?」
「凍太ちゃんはいつ帰ってくるの?」
「わかんないのよ」
「でも、あともうちょっとで都市間交流戦なんでしょう?その時に会えるんだよね?」
「イリスちゃんが選手として選ばれればね」
もう何度目になるだろうと思いながら、凍子はイリスと『雪熊亭』で昼食を共にしていた。
厨房からは女店主が鍋をふるっている音が聞こえていた。
「早く凍太ちゃんに会いたいなー」
隣で頬杖をついてうっとりするイリスを横目で見やりながら----
「アタシも早く会いたいわ」
と、凍子も心底寂しげに呟くのが精いっぱいだった。
「凍太ちゃん。今日はおばあちゃんと一緒にお料理しましょっか?」
休みの日の朝。シシリーがかけて来た言葉は何気ないひとことだった。
「ねぇ。おばあちゃん」
「なあに?凍太ちゃん」
「なんで猪(お肉)を調達する所からはじまってるのかな!?」
林の中で声を荒げる。
今凍太たちは、『蛇の王国』のはずれにある林に来て狩りを行っているところだった。
「ほほほ。新鮮なお肉の方がきっとおいしいわよ」
「ああああ!もー!」
答えになっていないシシリーの返答に多少イラつきながら、叫ぶ。
目の前には猪が迫っていた。
どどどどど・・・・・
地響きを立てながら----ファンゴと呼ばれるこの世界の猪が凍太に向かって突っ込んでくるところで、
凍太は目の前に空気の層を圧縮し球体のまま
圧縮した空気に点火することで爆発を起こすことに成功すると、破裂音があたりに鳴り響きわたった。
爆風と破裂音と熱によって失神したファンゴを、ゴメンね!と言いながら手刀に風刃を纏わせて首をはねてやってから今度は持っていたロープで足を縛って、木の棒に引っかけると、てこの原理で棒を担いで背負う。
勿論、このままでは重たすぎて動くはずもないので、ファンゴの肉にはしっかりと風の魔術で重量を軽減することも忘れない。
(なかなかうまく行ったぞ)
そう思っていると、今度は、林の奥の方から何かが走ってくる音がして振り返る――――と皐月がファンゴに追いかけられているところだった。
「たぁぁぁすううぅぅぅぅけぇぇぇてぇぇえ!」
全速力で目の前を通りすぎる皐月を見送ってから----ファンゴが目の前を通りすぎる瞬間を狙って無言で氷壁を出現させる。
どずン!と音をたてて----ファンゴは氷壁に激突するとそのまま動かくなったが---殺すのはためらわれたのでそのまま寝かせておいた。
少し先を見やると、皐月が木の根に寄りかかって、はーはーと息を切らせている。外傷はなさそうだった。
「たすかったぁぁ」
いつも来ている着物のような服はところどころ破れて土と汗でべとべとになっている。
袴も破けていた。
「あーあ。ボロボロだね」
皐月に手を差し出しながら、起き上がらせる。
「忝い。ファンゴを刈るつもりが、刈られてしまったでござる」
はだけた胸元が見えたが、皐月は気にしていない様子で凍太もあまり気にしない。
だが、袷を整えてやると自分でも気づいたのか渋々直し始めた。
「あんまりだらしないと、ヴェロニカさんがうるさいしね」
「そうでござるな」
二人並んで林の外に出ると、そこには、大型の荷車を引っ張る中型の土でできた人形が居た。
「おお。ゴーレムでござるな」
凍太が言うよりも早く、皐月が言った。
「どうしたのコレ?」
「家まで持って帰るのもなんですし、大地系の魔術をお見せするいい機会ですので今ここで作成しました」
「へー。すごいね。今作ったんだ?」
「ええ。出来立てでございます」
パチンと指を鳴らすと、ゴーレムが指で凍太の担いでいたファンゴの肉を荷車に移し替える。
「ずいぶんと器用なんだね」
「基本は緩慢ですが、核コアに制御式を書き込むことで多少は改善できます」
(プログラミングみたいなもんか。面白いな)
聞きながら考える。
「今日の所はお披露目だけですので、詳細はまた今度にいたします」
「うん。やさしく教えてね」
凍太はヴェロニカにくぎを刺すことを忘れない。これを忘れると大変なことになるのを知っているからだ。
「さて、いったん家に帰って捌いてしまいましょ。余ったお肉は冷凍保存でお願いね」
荷車がゴーレムによって引かれていく後ろを、4人はぞろぞろついていく。
まだ休日の朝がたなので、林の周りの道には誰もおらず町に入っても邪魔にならずに済みそうだった。
「お肉でござるな。拙者もお手伝いするでござるよ?」
「あら、皐月ちゃんも、お手伝いしてくれるの?じゃあお願いしちゃおうかしら」
前で嬉しそうに話し込むシシリーと皐月を眺めながら、街へ続く短い道を歩いていく。
やがて入り口が見えて門衛が手を上げるのが見えた。
大門を通って、街の中を通り、人通りの少ない道を通って荷車を引いてシシリーの自宅へと到着した一行は
庭先にファンゴを置いて解体を凍太へと任せた。
「風の魔術で解体して見せなさい。出来たら読んで頂戴ね。皐月ちゃんは解体を手伝って上げてくれるかしら」
「お任せくださいでござる」
こうしてファンゴの解体ショーが始まった。
「まずはお腹を縦に唐竹わりにしてくだされ」
指の先から風刃を20センチくらい作るイメージで指先から各一本ずつ伸ばす。
解体の仕方など知らないため、皐月の指示に従うことにした。
まずは言われた通りにお腹を切り裂き、中の内臓を取り出そうとして-----えづく。
「大丈夫でござるか?無理そうなら拙者が-----」
「ううん。頑張る」
まだ温かい中を必死で取り出しながら即座に、内部の血を冷気で凍らせることで、血の付着を少なくする。
「おお、考えたでござるな」
次は皮の処理。
皮と肉の間に二本指を入れるような感じで皮を引っ張り上げながら、風刃でなぞると案外と簡単に切れていき
片面が剥がれた。
「よいしょ」
皐月は手慣れた手つきでファンゴをひっくり返し、皮を引っ張って間を作ってくれたので手早く、皮をはいで行く。
「うまいでござるよー。そのまま、そのまま」
やがて----
「ふぅ・・・・」
大方の皮を剥がれたファンゴの肉が庭先に出来上がった。
腕がだるく、集中したせいだろう、頭も重かったが----始終、細かく風刃を制御することがなんとなくだったがつかめた感じがして-----凍太は達成感を感じていた。
「あとは痛まないように全体を水で洗って、冷凍してくだされ」
「うん」
すぐさま意識を切り替えて、氷雪系魔術で水を作り出し、魔力で勢いを調節しながら血を洗い流して----最後には氷雪系で瞬間冷凍を施した。
「つかれたぁー」
庭の一角に倒れ込む。
何度も制御を繰り返したせいなのかさすがに、身体に限界が来るのが分かっていたので、暫く休みを入れることにした。
肉は凍らせてあるし、痛みは少ないだろう。あとは切り分けるのみだった。
「凍太殿は少しお休みくだされ。あとは拙者が切り申す」
皐月はそういうと、腰に差していた大きめのナイフを取り出して肉に添えると、1度だけ手前に引いて見せた。大した力はいれていないはずなのに----肉はきれいに両断される。
「すごいな。魔術かい?」
「いいや。完全に体技でござるよ。要は力の入れ具合にて-----」
ストン。
また一つ肉が切り分けられた。
その後も、凍太が休憩を取っている間に、腿、御尻、身体、と切り分けられて最終的には片方3パーツづつの計6パーツの部位に切りそろえられた肉が庭先に並ぶことになった。
「いやぁ、久しぶりにモノを切ると気が引き締まって良いでござるな」
「ありがとうね。皐月」
皐月を撫でながら、お礼をいうとくすぐったそうに眼を細めてくれる。
「お安い御用でござるよ」
そう言った。皐月のかおはとても晴れ晴れとしていた。
「綺麗に出来たもんですねぇ」
二階のキッチンに運んで下処理の終わった肉を見ながらシシリーは凍太を撫でた。
(だいぶ調整が出来る様になってきたわ。そろそろ次の段階かしらね)
「凍太ちゃんは何か食べたいものはあるかしら?」
「うーん。青椒肉絲が食べたいな」
「チン?なに・・・?」
「チンジャオロース―だよ。作り方は簡単だから僕でも出来る筈なんだ」
「あら。凍太ちゃんが作ってくれるのね!おばあちゃん嬉しいわ」
シシリーは凍太の隣ではしゃいで見せる。なんとも無邪気だった。
用意されたのはピーマンに似た触感を持つ野菜『ピリオルテ』と月狼国原産の『タケノコ』、それに下処理がすんだ猪肉の3つ。
(なんでタケノコはタケノコなんだろうな・・・)
言ってみてピーマンは通じなかったのに、タケノコは通じるというおかしな感覚になんだか納得がいかなかったが、まぁしかたがないのだろうと深く考えないことにして、まず最初にするべきなのは肉、野菜類を均等に切る作業だった。
「おばあちゃん。包丁ある?」
「包丁はないのよ。その代り「魔術」があるでしょう?」
にっこりとほほ笑み返すシシリーに閉口する。
「さぁ。まず最初はなにからすればいいの?おばあちゃんも手伝うわ」
腕まくりをしながら、聞いてくるシシリー。とりあえずすべての具材を均等の細切りにしてもらうことを伝えるとタケノコ、と
ピリオルテは均等に切ってもらうことが出来た。のだが。
「お肉は凍太ちゃんお願いね」
そう言われて、押し付けられてしまっては断ることも出来ず、とりあえずは自分も居れて3人分の分量の肉を切り分けることから始めることにして――――解体の時と同じに指一つ、一つから刃を形成するようにイメージしてから、手刀を作り刃を纏める。
肉に指先を触れる寸前で、スパリと肉の半ばまで切れるのを確認して少し流し込む魔力を弱くした。
今度は指を下ろしていく感覚が肉を切る感覚にリンクする。確信を得てから凍太は3人分の肉をまずはステーキ状に切り離していた。
(いい感じですね。しっかりと魔力量が調節出来ていますし、『風刃』の切れ味も鋭い)
下に敷いた板まで切るかと思っていたが、そうはしない様に調節するあたり、ちゃんと考えて行動していることがシシリーにはうれしかった。
ステーキ上に切った肉を横にして細切りにする凍太。その横で、シシリーが凍太の指示に従って合わせ調味料をある材料で混ぜ合わせて行く。あとはここに肉を入れて下味をつけるのだ。合わせ調味料の中身は酒、塩、と「ルッカの粉」と呼ばれる胡椒によく似た風味を持つ香辛料が入っている。
肉と調味料を合わせ軽く揉みこんでから、鉄鍋を熱するために竈の下に今度は小さい火種をいくつかイメージして魔力を流し込む。ボウゥ!と燃料に火がともるのを確認してから鉄鍋に肉を入れてあぶり始めた。色が変わった所で肉をいったん器に移し、今度はピリオルテとタケノコを炒めていく。ある程度炒めたところで、肉を再度投入し、合わせて炒めていくと無事にチンジャオロースが出来上がった。
(見事な手際・・・・。これも雪乃にならったのかしら?)
調理する姿を見ながら、初めて見る料理にワクワクするシシリー。どんな味になるんだろうと楽しみでもあった。
テーブルに並べられたのはチンジャオロースとピリタスと呼ばれる米によく似た触感の穀物。
それらを目の前にしてヴェロニカとシシリーはよだれが止まらなかった。
「どうぞ」
凍太がすすめると、一口目を二人が口に入れて----目をびっくりしたように大きくした。
「おぃひい」
同時に呟くと、それからはもう止まらない。皿に盛られた青椒肉絲が見る見るうちになくなっていった。
(なんて速さだ・・・・)
二人の速度をみて、急いで凍太も自分の分を確保する。雪花国に居た時にさんざん「おかず争い」をしてきたおかげもあって、
何とか一人分の量を確保することは出来た。
一口目。自分で食べてみて満足のいく出来に凍太はニヤリとした。
異世界でも自分の好きなメニューが作れることを実感できたからでもあるし、試してみたいものもある。
まぁまぁの出来だなと感じながら、ピリタスを食べて、青椒肉絲をまた食べる。
3人が完食するのにそう時間はかからなかった。
「だいぶ制御できるようになってきたわね」
食後の満腹感を味わいながら、シシリーはそう切り出した。
「そうかな?」
「そうよ。風刃の調節もよかったし。着火も上手だったわよ?」
「短期間でよく手練されましたね」
ヴェロニカも隣でうなづいていた。
「ということで――――明日からは、土系の制御も学んでいただきます」
「えぇ・・・」
「基礎四項目の火、空風が制御できるようになったのです。明日からは、カーシャに代わって私ヴェロニカが講師をいたしますので朝はグラウンドにお越しください」
にべもなかった。
「それと、ついでにお庭の土のお手入れもお願いね」
これはシシリーだった。
「そんなぁ・・・・」
うな垂れる凍太。まだまだ前途は多難そうだった。
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