第30話  苦手の克服3 お茶を入れよう 着火編

 家を引っ越すことになった。

 と、いうより、家の位置が学舎の外に変わった。と言うのが正しい。とヴェロニカは考えていた。

 新しい家は街の住宅街の中にあり、比較的大きな家が立ち並ぶ一角に立つ、シシリー・マウセンの自宅。

 すでに運び入れられる荷物を見ながら----凍太はヴェロニカと二人で玄関先に立ち、ぼんやりと眺めていた。

「ずいぶん、大きな家だね。ヴェロニカさん」

「ええ。一応シシリー導師のご自宅ですので」

 普通の家の3倍ほどの大きさを持つローデリア風の邸宅。

 庭が----小さいかったが----あるのが分かる。邸宅は三階建てで縦に長くコンドミニアムを思わせた。

「あなたたち―。早く上がってらっしゃいなー」

 一番上の階のベランダから下を見て、手を振ってくるのは導師であるシシリー・マウセン。

 人柄の良さが表にあふれているのが分かる。良く言えばだが。

 口が裂けても、学舎内で言われている『のほほんババア』とは呼べそうにない。呼べば瞬時に消し飛ばされることが確定する。

「さぁ参りますよ」

 ヴェロニカに言われ、中へと入る。

 と-----中では異様な光景が広がっていた。

 入り口近くにうずたかく積まれた荷物が勝手に宙に浮いて----各所へと運ばれている。

 あれよあれよというまに、荷物は1/3ほどになっていた。

「空間魔術の制御ですね・・・。恐ろしい精度ですが」

 ヴェロニカは瞬時に構成を読み解いて解説した。

「ヴェロニカさんは出来るの?コレ」

「ある程度までなら可能ですが・・・・さすがにこの精度では・・・無理ですね」

 凍太の質問に、ヴェロニカは苦笑いを返す。

 決して実力は低くないヴェロニカであってもここまでの制御は難しいらしかった。

 荷物が宙を飛ぶ中を、ぶつからないようにしながらシシリーの居る3階へと急ぐ。

 階段を上り、2階を見ても、小物や服などがすでにあるクローゼット内に自動的にしまわれていく様がなんとも不思議な感じを与えた。

(たぶん、一定量の魔力をずっと出し続けて、既に在る起動式に乗せている)

 うすぼんやりと構成を読み解く。流石に内部がどんな起動式で制御されているのかまではこの短い時間内では解読は出来そうにない。

 次は3階。

 今度は整然と収まった部屋が目に入った。

 中央には革張りのソファーとローテーブル。壁には蛇の王国のローブが無造作に引っかけてあった。

「いらっしゃい。ヴェロ。それに凍太ちゃん」

 声がかけられ----バルコニーへと目を向けると、主であるシシリー・マウセン導師が----水やりでもしていたのか----水差しをもって笑っているのが見えた。

「お久しぶりです。シシリー導師」

「こんにちは。シシリー導師」

 二人とも頭を下げて礼をする。が---

「いやだわ。これから一緒に住むのよ?もっと軽く読んでくれないかしら」

 頬に手を当てて、困ったように首をかしげて、二人をソファーに座らせると、シシリー自らもソファーに腰掛けて

「改めて自己紹介するわ。『蛇の王国』導師職。シシリー・マウセンよ。よろしくね」

 そう名乗って、すぐに

「堅苦しいのはこれくらいにしましょう。まずはお茶でもいかが?」

 またのほほんとした口調に戻ってしまうシシリーであった。



 連れてこられたのは2階。

 すでに、調度品は自動的に整えられ、すっかりきれいになっている。

 部屋の奥にはキッチンが据えられ、その隣には食器入れと戸棚類が並んでいてどれも高そうな風貌をしていた。

 この部屋の中央には大きなダイニングテーブルと3人分の椅子が並べてある。

 シシリーはそこに二人を座らせて、自分も二人の前に、向かい合うようにすわると、ぱちんと指を鳴らす。

 すると、奥にあったキッチンに火が勝手に灯り、やかんに水が注がれて、火の上に置かれる----

 それを見てヴェロニカと凍太は唖然とした。

「あら?なぁに?これがそんなに不思議?」

 そういって指をぱちんともう一回ならすと今度は----戸棚がひとりでに開いて-----食器が宙を飛んで

 3人の前にそれぞれ置かれた。

「さすがですね・・・・導師」

 嘆息するヴェロニカ。

「そんなにすごいことはしてないつもりだけど?少し、構成と制御が難しいけれど----それだけよ?」

「まぁ、これからはこの毎朝、毎夕のお茶の用意を凍太ちゃんにやってほしいの。出来る?」

 そして、命じられたのは、何気ない言葉だった。

「え?」

 思わず聞き返す。

「私ももうお婆ちゃんだもの。魔術を使うのが少しこたえるの。だから、ね?」

 ほわんとした言い方で促すシシリーにヴェロニカも何も言えないのか、黙ったまま。

 横を向いて顔を見ると----ヴェロニカは首を駄目だというように振っていた。

(こりゃあ、逆らっても無駄ですよってことなんだろうな・・・・)

 思いながら、半ばあきらめた気持ちで

「やります」

 と返答をせざる負えなかった。

 それを見たシシリーは凍太の頭を撫でる。骨ばった手だったが、痛くはなく、心地いいくらいだった。

「偉いわねぇ。明日からおばあちゃんと一緒にお茶の用意をしましょう。最初はちゃーんと構成を教えてあげるから平気よ?」

「はい。よろしくお願いします。導師」

 むにっとほっぺがつままれる。

「今度から導師なんて呼ばないで、おばあちゃんって呼びなさい?」

「ふぁい」

「よろしい。じゃあまずはお茶にしましょうね」

 そう言って再びシシリーは茶会の準備を始めるのだった。



 あくる朝、凍太はいつも通り、日課をこなすべく早めに目を覚ます。

 一階のベッドルームで目を覚まし、着替えもそこそこに走りに行こうとして、扉が開かない。何かあるのかと探してみたが何もなく

 扉はいっこうに開こうとはしない。

「それはね。私が解除しないと開かない特別の魔術がかけてあるわ」

 後ろから声を掛けられてびっくりしながら後ろを振り向くと、寝間着姿のシシリーが立っていた。

「開けてよ。走りにいかないと」

「まだ早いわよ?それに凍太ちゃんのお仕事はお茶を入れることよ?入れてくれたらおばあちゃんが解除してあげましょう」

 さぁさぁと凍太を二階に連れて行くシシリーの姿は気楽な感じに見えるが

(こりゃ、雪乃ばあさまとは違うタイプの人だ・・・・雪乃ばあさまが『剛』ならシシリーさんは『柔』だ)

 タイプが違う老獪さを感じる。

 雪乃が『剛』の体力重視の体育会系。悪く言えば『力押し』なのに対して、シシリーは『柔』の『策士』に近いのだと分析する凍太。

 お茶を入れるのが先、逃げ道はないんだよ?とシシリーの笑顔が物語っていた。


 レンガで出来たかまどの前に立って水を魔術で創り出してやかんへ入れる。入れたものを竈の上に置いて、火を付ける様にイメージ。

 この間のオットーとやった時と同じように極力魔力を練らず、魔素をそのまま出す感じで意識しながら----火種は小さく。

 しようとしたところで----

「うーん。ちょっと違うのよねぇ」

 横で見ていたシシリーは首をかしげながら言ってきた。

「今のだと、火種が小さすぎるのよ。だから、火種を今の大きさで3つ作る感じでやってごらんなさい」

「はい」

 言われた通り、魔素はそのままで、今度は火種を竈の薪の上に3つ置くように想像しながら----魔力を流し込む----とボゥ!!と勢いよくつくのが確認できた。

「ね?今のは火種の大きさはそのまま。数を増やしたの。制御って『大きい小さい』だけじゃないの。『小さく沢山』作ることで----魔力の消費は小さくできるし、効果は同じぐらい出るの。『魔痛症』は体が魔力に耐えきれていなくて痛みが出る----だったら『いっぱい、沢山』をイメージして、魔力を分けてあげるのがコツよ?」

 解説してくれるシシリーの言葉は目から鱗が落ちる感じがした。いままでは、魔力の大きさそのままで出力を出そうとしていたのを

 小分けにして魔力放出することで、身体の負荷を分散させるというのは凍太にとって新たな切り口だった。

「ありがとう。おばあちゃん」

「はい。どういたしまして」

 心からお礼を言う。シシリーの声音は心底明るかった。


 学舎に向かってシシリーとヴェロニカに手をつながれて歩く。

 まえにもこんなことがあったなと思いながら、大通りにでて、速足にあるいていたのだが----そこでもシシリーから教えを受けた。

「なるべく足の裏に『空気の層』を作る様にして歩くと楽に歩けるわ」

 言われて、シシリーの足元を見ると----足が踏み出される瞬間に空気が魔術で圧縮され足の加速を増しているのが読み取れる。

 真似をしてやってみようとして----

「-----!」

 天地がひっくり返る様に後ろへと投げ出されてしまってから、頭を打ち付ける寸前でふわんと空気圧の玉がある様に受け止められた。

「あぶないです」

 どうやら、ヴェロニカの魔術で防いでもらったようだと、起き上がりながら感じでもう一回やろうとして----

「さっきと同じで、『そよ風』を『3つ』くらい足の裏に敷く感じで考えて御覧なさい?」

 もう一度試す。今度は指摘の通りに。すると体が少し地面から離れるのが感じられてふわふわとした感触が伝わってきた。

「お見事です。凍太様」

 ヴェロニカが褒めてくれるのを嬉しく思いながら、又も凍太は、シシリーにお礼を言うのだった。

 歩きながら考える

(今までとは使い方が違うんだ。氷雪系は何も考えずぶっぱなす感じでいいけど、他の3つは『小さく』『たくさん』のイメージで使わないと)

 考えながらも、魔力を『練らず』『小さく』を意識して足の裏に空気層を維持し続ける。一歩一歩踏み出す感じが大地を蹴る瞬間に加速するのがなんとも面白かった。


 学舎に着いてから、午前の特別講習の為に闘技練習場へ向かう。足の裏にはもちろん覚えたての魔術で空気層を作ったままだ。いつもの2倍から3倍の速度で目線が進むのに、体力は通常時の1/2も使ってはいない。

(うはぁ。これは便利だわ)

 目線が早くて最初はなれなかったが----一転慣れてしまえば便利すぎた。

 闘技練習場へ行くにはいつもなら10分ほどだが、今日は5分ほどで到着する。

(公道最速って----まぁ公道じゃないけどさ)

 自嘲していると、

「ほっほ。何やら楽しそうな事をやっとるじゃないか?」

 いつものように呼びかけてきたのは特別アドバイザーのランドルフだった。

「あ、ランドルフ先生おはようございます」

 挨拶をすませると、おう と軽く声を上げるだけで済ませ、凍太の構成を読み取って----

 自分も浮くように立って見せた。

「こんなもんかの?おお。ふわふわじゃな。こりゃあ面白いの?シシリーに教わったのか?」

「うん。まだ少し難しいかな。でもずっと使っていると慣れて魔痛症の予防にもなるからなるべく維持しなさいって、シシリー導師が言ってました」

「ほう?で?実践しとるというわけか。じゃが・・・・」

 ストンとランドルフが魔術を取りやめ、降り立つ。

「そいつはお前だけしか出来ん芸当じゃということを忘れるな?魔力総量が人の何十倍もあるお前じゃから一日中魔術を行使しろとシシリーは教えたのであって、常人では、そうさな・・・・持って3時間がせいぜいかのぅ」

「・・・・・うん?」

「悪目立ちするなということじゃよ。学舎内では、なるべく普通に、みんなとおんなじように過ごせ。そ

 のうち嫌でも、目立つからの」

 話はそこで終わり、いつものように特別講習が始まる。

 今日も確か風の魔術の講習のはずで、講師は騎士コースのカーシャの筈だ。

 気合を入れなおさねばならない。甘く見ていると、カーシャ教師は本気でオッカナイのだから。

 中へ入ると、既にカーシャは準備が整った状態で今日は、木剣を携えて立っていた。

「カーシャ先生。これ何?」

 木剣だということが分からないわけではない----が何のために持ってきたのかが不明なのだ。

「今日は、風系の魔術の一つの特徴である『切れ味』の増し方を教えます」

「はい」

 返事はするが、渋い顔になっていたのだろう----

「自信がありませんか?」

「まぁ・・・うん」

「心配ありません。この騎士コースのカーシャ自らが教えるのです」

「でも、もう自分の武器があるんです・・・・」

 言って、後ろに刺した扇を引き抜く。ズシリと手に重い感触が伝わった。

「ほう。鉄扇ですか・・・・また珍しい。で?あなたはこれが使えるの?」

「あんまり得意じゃないけど、一応は習いました。故郷で」

 何やら考え込むカーシャ。少し黙考してからランドルフに何かを耳打ちすると、こんどはランドルフが変わって話をし始めた。

「ちょっと使ってみい。大方、『娘々』に仕込まれておるのだろ?」

「はい」

 そういう事になって-----カーシャとの手合わせをすることになった。


 まずは実力を測る意味での軽い打ち合いから始まった。

 何も魔術を使わない。ただ単に実技としての手合わせである。

 カーシャと向き合って、凍太は鉄扇を構える。まずは腰の前に----閉じたままで。

「行きますよ?」

 カーシャが木剣を突いてくる。凍太は扇で絡める様にして撥ねあげようとして、眉間に木剣が迫るのを感じて急遽、横へ飛んで間をあける。

「まだまだ!」

 カーシャの二撃目は突きから始まり----横凪ぎに一回転しようとしたところで、凍太が間合いを詰めて、

 ドンと震脚をしながら----空いたわきの下へ鉄扇を叩き込んだ。

「!----かっは」

 紗枝の教えるナイフ術の応用で何度も教え込まれた形に持って行けたからこそ、うまく決まったが本来は

 わきの下の柔らかい所から刃を突き刺して内臓を損傷させる技だった。

「そこまで」

 ランドルフが制止する。

 身体の急所をつかれて、息がうまくできないのだろう、カーシャはしゃがんだままで荒い呼吸を繰り返していた。

「まさか、そんなことまで出来る様に仕込まれおったのか。『娘々』の型とはまた違うようじゃが」

「はい。おばあさまにも習いましたが、もう一人先生がいます」

「名前は?」

「紗枝です」

「サエ・・・・はての・・・どっかで聞いたことが・・・」

 何かをおもいだそうと左上を見上げながら考えるランドルフ。つづけたのはヴェロニカだった。

「サエ。私の記憶がたしかなら、ローデリアの技術者でもあり、暗殺ギルドがある「フランドル村」のギルド幹部の名前ですが・・・」

「なんじゃと?」

 暗殺ギルド。人殺しの巣窟であり、殺しを生業とする闇組織、または互助組織。

 知らなかった。技術者と言う話はきいたことがあるが----

「知っておったのか?凍太」

「ううん。知らない。紗枝さんは紗枝さんだよ。悪い人じゃない」

 限りなく同一人物に思えるが----紗枝に被害が及ぶようなことは言うわけには行かなかった。

「ふむ・・・・」

「まぁ・・・・その件はいったん保留じゃな。ともかく結果はかくのごとし。剣よりも身についておる様じゃし、今日の所はいったん解散せい」

「あの・・・・ランドルフ先生?」

「ん?・・・・紗枝さんは・・・・」

「何もせんよ。じゃが、お前さんの技は限りなく危ない。それだけは肝に銘じておくことじゃな」

「はい」

「では、これにて解散。後片付けは、ヴェロニカ。お前に一任するが?」

「はい。畏まりました」

「うむ」

 それきりランドルフは何も言わなかった。裏でなにか探るようなことも在るだろうが----自分には何も出来そうにない。そう凍太は完結した。それに----ランドルフが『何もしない』と言ったのを凍太は信じたくもあった。

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