蛇の王国編 

第19話 入学試験

 船室は商人たちの荷物と、乗客でいっぱいの状態だった。

 周りの商人たちに交じって、親子づれの姿が約半数いて、どれも獣人たちや、エルフと呼ばれる人間以外の種族ばかりで、獣のにおいというのか――――独特の香りが充満していた。


「船旅なんていつ以来かしらねぇ」

 隣では凍子がお茶を片手に、ゆっくりと船室の屋根を見上げていた。

 二等船室の3段ベットの一番に下に二人分の荷物と、食事が広げられている。

船旅で月狼国からの定期便にのり、彼是2日。今は月狼国の西の端、『翁石国おうしこく』に停泊しているところだった。

「お母さん。試験受かるかなぁ?」

「きっと平気よ!あの爺さんも認めてたんだから楽勝よ」

 凍子はそう言って――――ぎゅっと凍太を抱きしめた。

「一発、凍太がすごいんだってトコを見せてやんなさい。手加減なんていらないんだからね」

 凍子は抱きしめながらそうアドバイスした。



 船着き場に到着すると、目の前に大きな城砦が広がっていた。

 フランスのモンサンミッシェルを思わせる城砦に、船着き場が太い橋一本でつながっている。

「うぉぉ・・・」

 凍太の口から思わず感嘆の声が漏れていた。

「さすがにすごいわ。アレが化けもんたちの巣窟。『蛇の王国』よ?凍太」

 凍子は凍太に後ろから抱き着くようにしながら耳元で囁く。

「お母さんはここまでしかついて行ってあげられない。でも、お母さん何も心配してないから、元気で行っといで」

 最後の方の言葉は泣いているように聞こえたがあえて後ろは振り返らないで――――凍太は歩き出した。

「行ってくる。うまく行ったら必ず手紙書くから」

 少し大きめな声で、言うと、後ろから「・・・うん」と凍子の返事が聞こえた。



 大きな橋が一本。周りは海が広がっている。

 強い海風が上空に吹いているのか、ときおり、ごぉぉという音が聞こえては止んでいく。

 天候は快晴。気持ちいい潮風を感じながら、首から下げられた蛇が絡まりあったペンダントをいじくりながら、ゆっくりと歩く----と城門の少し手前で列ができていた。

 長くはない。

 二列渋滞で城門まで続く列が大学のセンター試験を記憶をよみがえらせた。

(試験ってのはいくつになっても緊張するなぁ)

 列に並びながら、前の歩調に合わせて進んでいく。やがて城門が迫ってくると――――長いローブを着こんだ衛兵が、受験者達に二言三言話しかけている。

真っすぐ行って二つ目の階段を上った所です。

と案内されて、城門をくぐると――――

 中には石畳でできた街道と、いくつもの商店や家が立ち並んでいた。

 段々畑のように家がいくつも立ち、細かい階段が縦横に走っている。街中はごみごみとしていたが、案内の人間が立っているために道に迷うような心配はなさそうだった。

「すごいなぁ・・・・」

 ヨーロッパの旧市街にでもいるような感じで、観光客のように歩いていると――――

「君も試験会場にいくのかな?」

 と、横から声を掛けられた。

 誰だろうと、思って横をみる。黒いローブを着込んだ眼鏡の女が立っていた。

 腕には『試験会場案内係』の腕章がピンで止められている。

「あ、はい。この階段上がればいいんですよね?」

「そうよ。この階段を上がって講堂があるから、そこの受付で名前を書いてちょうだい。受かるといいわね」

 案内係の女に言われた通り、階段を上がりきると、踊り場になっている奥に石造りの古代ローマ風の建築が見えて――――試験者達はその中へはいって行くのが分かる。

 中へ入ると、名前を書かされ、受付と書かれた所へ提出すると、講堂の奥にある大広間へと案内された。

 なかは教会のような作りで、木のベンチが幾重にも並んでいた。

 受験人数はそうは多くない。1列10人が座れるようなベンチに余裕をもって座っていられるくらいの数。いくつか空席も確認できた。

「ずいぶん広いなぁ」

 声が反射する。小さく喋ったつもりだったのだが、だいぶ響く構造の様で、慌てて席へ着いた。

 ベンチに腰掛けているのは自分よりも年上ばかりで、エルフ、ダークエルフ、人族、獣人がちらほらと、ドワーフやホビット、翼の生えた翼人種まで見て取れた。

 暫く待っていると、大広間の扉が閉まる音が聞こえて、ゴーン、ゴーン、と鐘がが打ち鳴らされ、大広間の横の入り口から試験官だろうと思われる人物が4人ほど姿を見せた。

「『蛇の王国』へようこそ。これより入学試験を開始いたします」

 そのうちの一人、やや歳を食った老齢のエルフが良く通る声で試験の開催を告げた。



 試験の内容は3つ。

 まずは魔術の総容量を測る。次に魔術を使用しての試験官との1対1での手合わせで構成と展開の早さを測る。

 最後に学力を図るためのペーパーテストと面接が待っている。

 1日目の午前で魔力の総量を測り、それにパスしたものは午後まで残って手合わせを行う。

 2日目の午前から学力テストと、午後には面接を行い、試験が終了となる。

 今年の受験者は117名らしい。

 この中から受かるのは約半数ほどだと、凍太はランドルフから教えられていた。

(やれるだけやってみるしかないな。駄目だったら帰ろう)

 凍太はそう心に決めていた。

 一人一人が大広間の左奥にある個室へと歩いていき、暫くこもる。扉が開くと、中から受験者が出てきて、ほかの受験者が呼ばれていった。

 暗い声を上げる者、ガッツポーズをするものなど、多種多様な人物がいたが、その中に、黒髪をポニーテールにし、腰から日本刀のようなものを下げている者が目に入った。よく見ると耳が獣人のもので犬耳のように垂れ下がっている。尻尾は逆にぴんと力がこもっていた。

 やがてその人物が呼ばれる。

「失礼するでござる!」

 人気は大きな声を上げて扉を開けて入るのがなんともおかしく、クスリと笑いが会場から、ちらほらと起こった。


 やがて、凍太の番になった。

「失礼しまーす」

 扉を開けて入ると、6畳ほどの広さの木造作りの部屋だった。

 机が一つ。机の前には一本の石碑あり、何やら楔文字のような文様が見て取れた。

 椅子は机の向こう側に1つだけで、試験官が座っているのがうかがえる・

「おや、ずいぶんと小さいのねぇ」

 響いた声はしわがれていて、雪乃おばあさまよりもおっとりしている口調だった。

「よろしくお願いします。雪花国から来ました。凍太です」

 自分から名乗ると、試験官はこちらに進み出て握手をしてくれた。

 白髪頭にピンと張った三角の耳はエルフ族であることを示している。背丈は凍太よりも高い。

「試験官のアルベルタです。よろしくね」

「さて、そこの石碑に手をついて、魔力を流し込んでください。一定量以上あれば石碑の文字が青く光り、おおよそ5行分の文字が光れば合格です」

 石碑の文字は見たこともない文字で、細かい文字がぎっしりと横書きで刻まれている。

 両手をついて、石碑の前に立ち魔力を、魔術を使う要領で石板へ流し込むイメージを頭の中に構成した。

 間をおかず、石碑の文字が青く浮かび上がって、1行目、2行目、と文字を光らせていった。

「よいですよー。続けてください」

 試験官は言いながら先を促す。勢いはそのまま、3行目に入って、4行目、5行目を突破したところで

「ん?」

 試験官アルベルタが声を上げ始める。石碑の文字は走るように6行目から、7行目に入ったところでやめようと手を放そうとしたが

「つづけて!」

 と試験管から継続を指示されたため、凍太は、魔力を流し込み続けた。

やがて――――12行目の半ばで文字が進まなくなった。

 ややあってから、試験官が手に持っていた書類に何かを書き込み、サインした紙を渡しながら

「手を放して。試験は合格です。次に進むように」

 と言ってきた。すこし、声が震えているのはなぜだろうと思いながらもお礼を言って部屋を出る。

(ううん。ちょっとやり過ぎだったかなぁ。最後の方は面白くなってフルパワーで流し込んじゃった)

 てへへ・・と笑いながら、手に渡された紙を見て結果を確認すると、合格の文字と”12”という数字が並んでいた。なかなかいい数値だぞ。などと思いながらベンチへと戻ろうとして、声を掛けられる。

 試験官の一人だった。紙を回収しているので渡すように言われ、紙を手渡すと、試験官の眉根が寄り、こっちの顔と紙とを見比べてくる。

「あの、なにか?」

 小首をかしげて聞いてみると、試験官は

「いや、いいんだ」

 と言って凍太に次の会場へ向かうように指示をしてくれた。



「うーん。お腹空いたなぁ」

 次の試験はお昼を食べてからというので、会場の場所を聞いた凍太は昼食を取るべく、表通りの食べ物を出している屋台に向かった。途中道に迷わないように、足裏に魔力を込めてスタンプを押すように魔力の残滓を残すようにしながら。2時間ほどはこの後が残るため、会場までは迷わずに行ける。

 一段階目の試験には合格したし、少し早かったがゆっくりめの昼食を取ることにした。

「黄金の小鹿亭」と書かれた一軒の古めかしい食堂が目に入る。

 客の入りは少なく、どこか、うっすらと汚くもなっている感じもしたのだが----ここで凍太は食べることに決めた。

(まぁ、裏路地にある汚いお店ってのはけっこう”あたり”だったりするし)

 現代でサラリーマンをしていた時のちょっとした知恵だった。

 ぎいいぃ

 扉を押して入る。と中はヴィンテージ感すら漂う店内。食堂で太い梁が一本店の真ん中に張られていて

 厨房からは調理中のおいしそうなにおいが立ち込めていた。

 ぼーっと立っている7歳児を見つけた店員のおじいさんがこちらに気づき、ゆっくりと立ち上がると

「お客さんかね」

 しわがれた声でそう聞いてきた。

「ご飯を食べたいんですけど、大丈夫かなぁ?」

 軽い感じで聞いてみると、手近な席に案内された。

「なんにするね?お小さいの」

 壁に張られた、お品書きを見てみたが、月狼国の食習慣とはちがうのか全くなじみのないもので、決められずに、しかたなくおすすめの物を聞いてみた。

「小鹿のローストなんかおすすめじゃが。夜にだすもんでまだ仕込み中じゃし・・・・そうさな、焼きチュルボなんかは今の時期にいいかもしれんが」

「高く無ければ、そのをください。あと、何か飲み物も」

 そう言って金貨1枚を出しておじいさんに見せる。いくら何でも金貨一枚あれば足りるだろうという計算だった。のだが、

「そんなにいらんさ。チュルボは高くても銀貨2枚。今の時期は産卵のためにここらじゃ死ぬほど取れるから、銀貨1枚と銅貨5枚でもあれば十分さ」

 おじいさんはそういって少し負けた値段を要求してきた。

 それじゃあといって銀貨1枚と銅貨5枚を渡した。


 暫くすると、木皿にのった大きめのヒラメに似た魚が焼きあがって目の前に置かれる。ヒラメの横には何やら香草の類だろう見たこともない野菜が乗っていた。

(おいしそう)

 今まで見たこともないメニューにお腹がなる。フォークが出されていたが――――凍太は荷物から使い慣れたマイ箸をとりだして食べ始めた。

 一口食べるとバターのような香りが口に広がる、次に来たのは白身のふんわり感と塩味だ。

 付け合わせの野菜もしゃきしゃきで箸が終わりまで止まることはなかった。

(平和な食事だ)

 いつもは嵐のような攻防戦の上、運が悪ければ、主食のピリッツと呼ばれる稗とコメの中間の物しか食べれない食事をしていたせいか、このひと時は何にもまして幸せに感じられる。

飲み物をゆっくりと味わいながら一息ついたときなど、涙が出そうだった。

 おばあさまの猫のようなおかずの取り方や、紗枝さんのカワセミのくちばしのような鋭い箸づかいなど、防ぐのがやっとで凍子と一緒におかずを取り合わねば、いまだに負けることも多い。

 それと比べれば――――ここは天国にも等しかった。

「ごちそうさま」

 パンと手を合わせ合掌する。

 ご飯とおじいさんに感謝して店をでた。



 次の試験会場は大きな運動場だった。下は土で、周りはコロッセオのような高い塀で囲まれている。

 ずいぶんと広く、サッカーコートが一面分くらいありそうではある。すでに何人かの受験者がおり皆、手に杖や剣を持っていた。

「広いでござるなぁ」

 後ろで声がする。振り返ってみると――――さっきの会場で大声で返事をしていたポニーテールの獣人がいた。

 腰に差した反りのある刀をさし、足は先が鉄で追われたブーツ、上は着物のような白色の衣服で下には袴によく似たモノを身に着けていた。

(サムライちっくだわ)

 自分よりも少し背丈は高く、140cm《センチ》ぐらいだろうと凍太は推測した。ちなみに凍太は110cmほどで平均よりも少し小さい。

「おぬしも、一次は受かったのでござるな」

 獣人が話しかけて来る。凍太は「ウン」とだけ答えておいた。

「某、皐月サツキと申す。おぬしは?」

「凍太」

「凍太か。まぁお互い受かるとよいな」

 皐月と名乗った獣人はそういって前を見据えて見せた。

「次は実技なんだよね?」

「うむ。構成と展開の早さを測る実戦形式での試験でござるな」

「緊張するね」

 凍太は軽く言ったつもりだったのだが――――皐月は

「そそそそ、そうであるなっ」

 ものすごく硬くなっていた。


 試験が開始された。

 試験官は80人ほどで、ローブの下に鉄でできたプレートを付け足は丈夫そうな皮のブーツ。手にはナイフや大小さまざまな得物をもっているのが確認出来る。試験官はグラウンド横にあるベンチで待機をしていた。

 1つ目の測定試験を終えて残りは約70名ほどに受験者の人数は減っていた。

 対戦する相手はくじで決められ対戦直前まで誰になるのかは不明だった。


 一人づつ番号が呼ばれ、くじを引く。

 凍太は70番中25番を引き当てた。

「40番でござるか」

皐月が紙ぺらを見ながらつぶやくのが聞こえる。目で追うと、柱に寄りかかりながら――――そわそわと落ち着かないかんじで、尻尾が垂れ下がっていた。


『実戦で相手が武器を持っている場合には、自分も武器を持ちなさい』

 雪乃はそういって雪花国を出る前に『鉄扇』を渡してくれた。

「紗枝から使い方は教えてもらっているはずです。お前の武器は『蹴り』ですが、防御としてこの鉄扇が役に立つはず。この鉄扇は打ち、弾き、流し、広げて振るえば、刃としても使えるもの。お前にはぴったりです。お前の『蹴り技』はいざというときのに取っておきなさい。良いですね?」

 黒鋼でできた薄い板を何枚も重ねて丈夫な鋼の糸で隣の板とつなぎ合わせた鉄扇。広げると薄い刃がそれぞれの板に加工され鈍い光を放っていた。

 要に所から中華風の組紐が飾ってあり、これもほどいて伸ばせば一つの武器となると武器術の師匠である紗枝からは教えられた。

(要は蹴りは使わないで、余力を残して勝つこと)

 要点は理解していたが、実際の場ではあまり自信はない。氷雪系の魔術を使用して相手の行動を『阻害』し、隙を作る。これまでの凍太の基本のスタイルはそこから始まり、次にフィニッシュブローとして蹴りで相手の急所を抉るか、魔術で攻撃を行うかの二択があり、はっきり言って手で行う攻撃は得意ではなかった。

 勿論、手業てわざも転生前にはさんざんやったし、護身術ホシンスルと呼ばれる立ち関節を含めた技も、拳にタコができるほど練習もしたが、それでも実際の武器をもった人間とやりあうのはやはり不安があった。

(やっぱり蹴る方が安心なんだよね)

 凍太は内心そう思う。しかし、この場で全力を出してしまえば底が見えてしまうのも確か。

 迷った挙句に、鉄扇をつかうことを決心し腰の後ろの帯に差し込んだ。


 次々と試験が行われていく。


 大きなポールフラッグが振り下ろされると、試験官、受験者の名前がアナウンスされる。

 そこからは完全なフリースタイルの実戦形式で戦闘が開始されていく。

 試験官は、術を展開し、火の玉を飛ばしたり、相手を風で吹き飛ばしたり、中には衝撃破を増幅させてぶち当てたりと――――常人ではできないスタイルでとめどなく攻撃を行う者や、自分の体に障壁を纏わせて相手に切りかかって行くスタイルの者など様々だった。

 受験者は、相手の構成を瞬時に読み解き、防御策を魔術で構築することを余儀なくされ、一定時間を防ぎきるか、相手をまいったと言わせるかのどちらかで、合否が決定される仕組みだった。

 吹き飛ばされる者、水で押し流される者、打撲や脳震盪など目の前に広がる光景に受験者の顔がみるみる青ざめていくのが見て取れる。

 ここまで、合格判定が出た者はほぼ、防御の魔術で凌ぎった者、自分の反応速度を魔術で押し上げ相手の攻撃を避け切った者。果ては攻撃を食らうたびに、自分を魔術で癒し続ける者など「防御」に重きを置いた戦術をとってこの試験を突破していた。

 いまだに、試験官に攻撃を浴びせる者は少ない。

(これは想像以上にきっついぞ)

 まず、相手が何を使ってくるかもわからないこと。これがこの試験の一番の難所である。うまく相性のいい相手に当たれば、いいが――――運が悪いと、なにもできずに終わってしまう可能性があった。

(さすがは最高学府ってことか)

 気を引き締める。つぎは自分の出番だった。



「25番。凍太 前へ!」

 アナウンスがこだまする。どよめきが会場のあちらこちらから聞こえる。

「ちっちゃーい」「ほんとに受かったの」「ママはどこでちゅかー」「ぎゃははは」

 続いて、

「フェリシー・バルビエ試験官。前へ!」

 試験官が呼ばれた。とたんに会場の空気が悲観したものに変わった。

「あーあ。『暴風』フェリシーかよ。かわいそうになー。あの子」

 呟きがどこからだろう耳に届く。

 相手はベンチから立ち上がると目深に被っていたフードを取って、一歩進む。と

「このフェリシー・バルビエ。全力でお相手します」

 腰に持っていた細身の剣を引き抜き、凍太へと向けた。

 赤毛のボブカットに女性らしい小さめの顔、青い瞳が印象的だ。

「凍太です。全力で参ります」

 腰の鉄扇を引き抜き逆手に構える。相手が長剣を使うならば、ナイフに似せた構えで凌ぐことを、紗枝さんとおばあさまから教わっていた。

 ――――バサァ。

 フラッグが振られる。開始の合図だ。

 まず凍太がしたのは、相手の構成の把握だった。

 一瞬で相手の魔術構成が知れ――――次いで、突風が会場に起ころうとしていた。

(まずい)

 その場に膝を付き、膝と足全体を氷結魔法で地面と繋ぐと、大きな氷の半円の盾を3つ縦に展開させて準備した。

 頑丈な氷の壁が凍太の前面を覆うように、瞬く間に3枚出現する。

 凍太の魔術展開の速さに、会場からはすくなからず、声が起っていた。

「風よ!吹き荒れよ!」

 フェリシーが叫ぶ。声に応じる様に、途端に突風が真正面から叩きつけた。

 バリィン!

一枚目の氷壁が突風で砕ける音が聞こえた。

バリィン!

二枚目の氷壁も砕け散る音が聞こえた。

そして3枚目が砕け――――凍太の姿があらわになった。

その時、「くっ」っとフェリシーが呻いて、後方に飛び跳ねて移動する。

 直後にフェリシーの立っていた地面から逆棘上の氷柱つららが3本、天に向かって屹立した所だった。


(来る!)

 フェリシーは自分の足元から鋭い針が伸びる魔術構成を察知して瞬間飛びのいた。

 後ろに飛びのけても、ローブの一部が氷柱に貫かれる形で引き裂かれた。

 案外と鋭いなと、彼女は肝を冷やした。

 前を見るとすでに氷壁が5枚ほど、こんどは規則性がなくグラウンドから生えている。

(かくれんぼですか。子供の考えそうなことです)

どこかに隠れている。

直感的に確信し、移動しようと前に踏み出した瞬間に、ツルン――――と足元が滑るのを感じて。

(しまっ―――)

 一瞬、体制が崩れた。ガツン―――と、細剣を地面につき刺し、転ばないように支えとして体制を立て直した。

(小賢しい!)

 頭に血が上るのを感じる。

(相手が氷なら溶かしてしまえ)

 瞬時に判断して、魔力を集中し、暴風に熱を加えるイメージを3秒ほどで組み、構成を完了させた。

「薙ぎ払え!」

 声と共に、細剣を横に振るうようにして、前面に広域の刃として”熱の刃”打ち出した。


(耐えられる)

 狙い通りだった。と言えば語弊があるが――――相手が狙い通りの魔術を打ち出してくれたので、内心で安心をしていた。

氷壁を5~6枚重ねながら、衝撃と空気の刃と熱波に耐える準備をして足の裏には氷の棘を作り出しいつでも飛び出しが出来る様に構えておく。

 少ししてから、ごぉう――――という熱と風の入り混じった刃が飛来する音と、バキバキ、メキメキと氷壁に当たる音が響いて――――あたり一面が白く煙った。


 結果でいえば、氷壁はいともたやすくとは言わないが、熱波と風刃によってすべてが砕かれた。

 が、衝撃と風刃は氷壁によって威力を弱められ、熱波も氷壁と相殺する形で、あたり一面の水蒸気に変わった。あたり一面を支配する白いスチームで何も先が見えない。

「くぅ・・・!視界が」

 フェリシーが毒づく。

(相手は・・・・どこだ)

 数舜の間、白く煙った視界に気を取られる。いまだに前は真っ白で何も見えなかった。

(時間稼ぎのつもりか!)

 水蒸気を散らすべく、風を起こそうとした時だった。

「凍れ!」

 白く煙る水蒸気の中から、凍太の声が上がる。



 水蒸気が数瞬で凍り付き、フェリシーの体を氷の彫像へと変えた。

 凍り付いたフェリシーの後ろには凍太がフェリシーの腿にタッチするような形で触っており、フェリシーはピクリとも動かない。完全に人間の形のまま白く凍り付き――――そこだけ時間が泊まっているようにも見えた。

 やがて、凍太がぺちぺちと氷を小さな手で強度を確かめる様に触って

 場内からどよめきが走り出した。


 凄いことが起きて御座った。

 一瞬で白い煙がグラウンドを覆ったと思うと、何かが凍る音と叫ぶ声が聞こえ。煙が晴れ、そこには試験官が一体の雪像となって御座った。拙者は目を疑った。

(は?何が起こったでござるか?)

 訳が分からなかった。

 唯一はっきりしていたのは、受験者が氷像を創り出したらしいということだけで、場内からはどよめきが聞こえて来たでござる。

 耳を澄ませてみると――――

「おぃ、あれ死んだんじゃねぇか・・・・?」

「なにがおこったの!?」

 憶測と驚きが混じった声が多い。

(もし、凍太殿がこれをつくりだしたのなら、恐ろしい力でござる)

 悪寒が走る。と、急にあの小さい姿が悪魔のように写って、拙者は、否定するようにかぶりを振った。



 すぐに救護班が駆けつけ、試験官さんを運んで行った。回復の魔術を掛け続ける人と解凍をする人たちの二人掛りで処置をするみたいだ。

 実際、危ない賭けだったなと思うし、自分の命が無事でよかったとも思う。試験官さんは死んではいない筈で、気絶くらいで済んでいるとは思うけど、良く固まっていたので確認はしていない。

(後で謝っておこうっと)

 そんなことを考えながら、グラウンドに突っ立っていると、ポールフラッグが振られて――――アナウンスが流れた。

「フェリシー試験官は無事との事。よって、この試験はフェリシー・バルビエの戦闘不能により、受験番号25番、凍太の合格とします!」

 アナウンスの係は拡声器でも使っているのかと思っていたが、構成を見ると、『風に声を載せて遠くへ届ける』魔術を使用していた。

 ともあれ、試験官さんは無事。2段階目も合格。一安心だなと思っていたが――――

「なお、受験者 25番 凍太はこのあと試験監査委員の所まで出頭をお願いします。以上」

 問題はまだ残っていそうだった。

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