第18話 試練と大人の事情

「準備はよいですか?」

「はい」

 ニポポ山の中腹の平地で、雪乃と凍太が向かい合う。

 周りにいるのは紗枝、凍子、フェイと長いひげを持った老人が一人。

 夜が明けたばかりの肌寒い気候の中で、雪乃は悠然とたたずみ、凍太もまた半身を引いた状態で立っていた。

「本気でいらっしゃいな」

 左腕を前にして、手の甲を相手へと向ける。右手を左肘へ添える様にして、頷いて見せた。

 一方の凍太も半身の状態からガードを上げて、Ⅼ字を作り攻撃に備える。

「では----」

 老人が息を吸い込み

「はじめ!」

 号令を掛けた。


 最初に動いたのは雪乃だった。

 地面にあった何気ない、どこにでもあるような石をノーモーションで蹴りはじいて、石弾として打ち出した。

 凍太それを危なげなく体を裁いて最小の動作で躱して見せた。

「ほう」

 傍らで見守っていた老人が、面白そうに声を上げる。

 2度、3度と石弾が飛ぶが、凍太はすべてを体を裁き、上体をそらし、首を傾けて躱して見せた。

 とても、今年7歳になる子供の動きとは思えない。

「避けてばかりですか?」

 そういうと雪乃が、一瞬で間を詰めて膝を下からかち上げ----上からは肘で凍太の頭を襲う。が

 雪乃の攻撃が凍太に当たる前にスピードが落ちる。原因は固まった膝と肘。当たる寸前に展開しておいた構成を編み上げて雪乃の肘と膝を凍らせて動きを疎外したのだった。

 やがて、バキンっと氷が筋力に負けて崩れ落ちるころには----凍太の小さな体は雪乃の斜め前方に陣取っていた。

「ずいぶんと小賢しい技を覚えたものですね」

 成長を楽しむように雪乃は笑う。初めは人の好さそうな笑いが、ずいぶんと、にたりとした笑いに変わってきているのを見て、傍らで見ていた老人がたしなめた。

「顔が怖くなっとるぞ?雪乃」

「ふふ。黙ってらっしゃいな。ランドルフ。こんなに面白いのは久しぶりなのですよ」

「凍太~がんばれぇ」

 少し離れたところからは、凍子が手を振りながら、凍太に声援を送っている。

 その声に押されたのか----次に動いたのは凍太だった。

 走るように間を詰める。雪乃の動き程ではないが、かなりの早さで地を蹴る。蹴られた大地にはスパイクで走った後のような溝が刻まれていった。

(早い)

 思った次の瞬間には----足で突進を止める様に左から蹴りを放つ雪乃。

 しかし、凍太に蹴りが当たると同時に雪乃にも----重い一瞬の衝撃と----パキィ---と何かが凍る音がガードしていた右ひじに叩き込まれる。

「!」

 蹴りの衝撃を食らって飛ぶ凍太だったが、案外と近くに着地して、さぁ来い とでも言わんばかりに構えを取って見せた。

「一発もらうのと同時に・・・・蹴りを叩き込みますか・・・・」

 鈍い痛みを感じて左ひじを見やると----まるで凍結したかのように二の腕が凍っていた。


(やりおったわい・・・・あの小僧。移動で足先から足裏に氷の棘を生やして、地面に食い込ませることで、瞬発力を生みだし、おそらく雪乃の迎撃に合わせて横に跳びながら今度は足の甲へ凍気を作り出し、蹴りをもらいながら一発叩き込みおった・・・・あの雪乃が一撃をもらう所なぞ・・・何十年ぶりじゃろうかの)


(まず、一発)

 油断なく構えながら、足を前後ろに入れ替える「スイッチ」。

 どっちの足でも攻撃ができるようにしているのと、どっちの足が起点となるのか、一瞬判断を迷わせることが出来る基本ステップの一つ----をしながら凍太は、次の一手を考えていた。相手の左腕はまだ凍っている。蹴りに来た足も凍らせるつもりだったが----痛みで構成を白紙にされた。

 腕でガードしたつもりだったが、7歳の体にはダメージが大きかったのか、少し頭が揺れている感じがした。

 右側も攻めたいとこだけど----あえて左側を狙うことに決めて----左周りに円を描くように移動を始める凍太。

 一方、凍太に周りを周られまいと、雪乃は少しずつ凍太と同じ角度だけ、円を描くように方向を変える。

 やがて20度ほど回った所で、雪乃が構成を編んで---凍太の足元を凍らせる---一瞬で凍った足元は、氷が張ってツルツルの氷面で凍太の足元をすくった。

「なっ---!」

 一瞬滑る足元。崩れそうになる体制を必死にこらえながら----足裏に凍気で棘を作り出して何とかその場に踏みとどまる。が

 数舜遅れて、雪乃の放った掌底が凍太の顔面に降ってきた。

「----!」

 必死に腕でガードをしながら、防御の構成をイメージする。

 バリンっ

 衝突した掌底と腕の間に2枚ほどの氷の板が壁のように空中に現れて----掌底の威力を削いだ。

 が、雪乃の攻めはまだ続く。

 掌底、貫き手、手刀の打ち下ろし、横蹴り、ハイキック、回し蹴り。

 多様な連続技を次々と繰り出して凍太を追い詰める。無論、凍太もすべてを食らうのではなく、必死に氷の壁を出しながら、攻撃の威力を落とし続けて----やっと攻撃が止んだ。

「今の乱打でも倒れませんか」

 雪乃は心底嬉しそうに笑うと----構えを解いた。

「ここまでの様ですね」

 猫が威嚇するように油断なく構える凍太に対して、雪乃は近づき、手を差し伸べ、初めての賛辞を贈る。

「?」

 いまだに理解が追い付いていないのか凍太は固まったままだったが、ランドルフが近くに歩み寄り、凍太の視線まで目線を下げしゃがみ込む。

「よう頑張ったのう。坊主」

 そう言ってぐしゃぐしゃとまるで犬でも撫でる様に凍太を撫でた。

 それから、ランドルフは、ゆっくりと再び立ち上がり----背中越しに雪乃に言う。

「よくも、まぁここまで鍛え上げたもんじゃな。雪乃」

 雪乃が笑っているのが分かっているのだろう。ランドルフの顔も緩んでいた。

「『闘仙とうせん』雪乃に一撃を入れた。それだけで、驚きじゃというのに・・・・この子は、不利な状況になってからも、致命的な一撃をもらってはおらなんだ」

 くくく・・・、ランドルフが笑いをかみ殺す。

「長生きはしてみるモノよな。誠、良い戦いであった。お前の孫、凍太は『蛇の王国』への入学をこのランドルフの名で推挙することとしよう。」

 ランドルフは言って自分の首に掛けていた、ペンダントを凍太の首に掛け替える。

 2匹の蛇が向き合うようにして絡まりあいリング状になっている、一匹は金、もう一匹は銀で作られておりリングの中央に鎖が通っていた。

「このネックレスを一般試験の際に見せるとよい。きっとお前の助けになってくれるからの」

 ランドルフはもう一度 かっかっか と笑って見せた。


 ランドルフが笑っている横では雪乃が息を切らせず、立っていた。が、すぐに

 雪乃は凍太の前にしゃがみ込むと----今度は抱きしめる。

 凍太の頬は擦過傷さっかしょうがいくつも付き、腕はすでに力が入らないのか---だらりと垂れ下がり、道着は土と汗でぐしょぐしょになり---ひどい有様だったが、二本の足と両目の光だけは、しっかりとしていた。

「凍太。このわたくしの手加減なしの攻撃を、よくぞ、よくぞすべて耐えきりましたね・・・」

 雪乃が声を震わせた。

「これまでの修練見事です。この婆は誇りに思っていますよ」

 ぎゅう----と強い力で抱きしめられた。

「いたいよ。おばあさま・・・」

「少しぐらい我慢なさい・・・しばらく会えなくなるのですから」

 雪乃が声を震わせた。恐らく泣いているのだろうとわかったが、凍太は何も言わない。

 これからしばらく会えなくなる。この手合わせは最終試験もかねての事であり、これに認められれば、『試験』を受けに『蛇の王国』へ旅立つことになっていた。

『蛇の王国』は完全に全寮制。例外はない。年に2回ある長期休暇以外は島での寮生活を強いられるのだと、紗枝から聞いて教わってもいた。

『入学試験』は約一か月後に迫っている。

 当初の予定では、10歳までまってからの行動の予定だったのだが、雪乃の知り合いであるランドルフが月狼国まで足をのばしているのを知って、急遽、3年ほど前倒しをしたのである。

 このランドルフという老人。もちろん、『蛇の王国』の関係者である。それも、統括管理を司る立場にある50人の内の一人だった。この50人を称して『導師』と呼ばれる。

『導師』は大評議会の中から、功績、実力、運営能力を持って、総長のウェルデンベルグによって任ぜられ、『蛇の王国』における教授職に就くことを許される。

 それぞれの個人の研究室を持つことも許されるし、いざ戦争が起きた際には、部隊の指揮官につくことが義務図蹴られてはいたが-----後者の権限はこの200年間、使用された事はない。

『蛇の王国』内でランドルフは『導師』でもあり『研究者』である。

 もっともここ十数年は、『研究者』として振る舞い、『研究』と称して、『蛇の王国』外に出ることが多いためか----『隠者』などと二つ名で呼ばれることの方が常だった。

『研究』の為に『蛇の王国』を無断でいつもの通り抜け出し、1、2か月の間諸国を放浪する。

 今回はたまたま、月狼国に立ち寄り、遺跡にでも潜ってみようか などと考えていた矢先に旧友でもあった

 雪乃から依頼が舞い込んでここに立ち寄った。

「面白いものが見れるから、ニポポ山に来るといい」と雪乃からの言伝を聞いたランドルフは暇だったのもあって二つ返事で、ニポポ山によると、そこで旧友の雪乃から「孫の実力を見極めてほしい」と頼まれたのである。

『実力を見極める』とはいっても、さらにその理由を聞いた時にはさすがのランドルフも驚きを隠せなかった。

「かっかっか・・・っ。冗談を言ってはいけないぞ。雪乃」

 最初は冗談の類だろうと思っていたのだ。なにせ、7歳の子供が『蛇の王国』の入学試験を受けるというのだから。最高学府として知られる学舎に、孫を入学させたいのだが。そういわれているのと大差ない。

 しかし、実際に結果を見た後では、二の句が継げなくなった。

 この二日前には、フェイ・ブラウンが作成した一般学力試験で凍太がたたき出した点数はほぼ満点。

 語学、算学、最近ローデリアに流れ始めた初歩の科学知識までを見事に正解して見せた。

 そして、一日前の魔力総量を測る実技試験では、ランドルフ自身が試験官を務め、実際の試験でも用いられる30分間の魔力放出試験を行ったのだが、この結果においても凍太は30分を優に超す、1時間の放出を見せつけた。

「いったいどんな練習をして来たんだね・・・・?」

 若干頭が痛くなるのを感じながら----ランドルフは凍太に質問したのだが、

「おかあさんに言われたとおりの練習をしていたら出来る様になりました」

 と答えられた。

 母親の凍子に、練習方法を聞いてみたところ、『鍋に水を張り、沸騰した状態から一気に冷やし、急速冷凍してそれを力の続く限り、やり続けるんですよ。もちろん、下は加熱したままです』

 とさも簡単に言ってのけたから驚きだった。

 つまり、魔力を送りづづけ、煮えたぎるお湯を絶えず『冷凍』状態に固定する練習なわけだが、通常の人間では一瞬固めることは出来ても、おそらく5分から10分の間で維持するのが精いっぱいだろうと。ランドルフは試算した。

 入試で必要とされる魔力総量の約2倍をおよそ7歳という年齢で持っているこの子供に対して、『闘仙』とまで仇名された雪乃が、危惧を抱いている理由をランドルフはようやくこの時になって理解した。

(ローデリア、月狼国間だけではすまん。パワーバランスが崩れかねん)

 政治的に一国の傀儡となりさがり、利用されることなどがあれば、凍太の力を背景にした圧力で理不尽な協定を結んだり、その気になれば、凍太を一個の軍隊として派遣することも在りうるかもしれない。

 そんな事態を回避するために、雪乃は中立を旨とする『蛇の王国』への入学を知らせてきたのだと、ランドルフは考えた。

(ワシでさえ、魔術を使え始めたのは10歳からじゃ。この歳でこれほどの魔力を有す者など危険すぎる。

『王国』へ入学させ、軟禁せねばなるまい)

 子供には悪いが、大人の事情が絡むこの事態となっては、仕方ない。

 ランドルフの考えは、すでにこの時に固まっていた。



 そして、最終日の本日。3日目。

 戦闘状態での魔術使用における『実技試験』も、結果は合格であった。

 本来は『王国』選抜の試験官と1対1での戦闘を行い、『一定時間を持たせられるか』で合格不合格が決められるのだが----試験官の実力は雪乃に比べるとはるかに下。

 今は、ただの町長などとほそぼそと一国を統治するだけの身だが、本来であれば、『ローデリア魔術学校』でもトップクラスの術者の一人に成れる実力の持ち主であると、ランドルフは推測していた。

 もっとも、雪乃は

「買いかぶってもらってはこまります」

 等と言って相手にはしていなかったが、事実、ランドルフでさえ雪乃に1対1で勝負を何度か挑んだことがあるが-----接近戦に持ち込まれ、負けたことがなんどもあった。遠距離ではランドルフが。近距離、接近戦に至っては、雪乃に勝った記憶がない。

 おそらくは、雪乃に戦闘技術を仕込まれた結果こうなったのではないか。と考えてはいたが。

(あの『闘仙娘々』に一撃を見舞うなど----常人の戦闘技術をはるかに超えておる。『王国』試験官程度では、相手になるわけがない。それにじゃ----)

 目の前で『闘仙娘々』に抱きしめられている凍太は、一度も魔術を使用する際に詠唱を行ってはいなかった。

(母親に事前に聞いて知ってはいたが、無詠唱なぞ、総長か、『王国』でも一握りの物だけじゃというのに・・・・・)

 ランドルフは、沈痛な面持ちで、凍子を見つめた

(あの母親がまさか、『沈黙の氷姫』とは・・・・迂闊じゃった)

 3年ほど前だろうか、凍子がローデリア国内にいた頃、『沈黙の氷姫』のうわさで持ちきりになったことがあった。『蛇の王国』は『無詠唱で魔術を行使できる』人物を一人でも『王国』内に保有する意図があり、この噂の真偽を確かめるべく、密偵を送り込み探ったのだが、一足遅くその人物はローデリアの国内から姿を消していた。

(母親共々、王国で囲う手もあるが・・・・どうするかのう)

 ランドルフはしばらく黙考しながら、目を閉じていたが----

(まぁ今回はこの化け物坊主だけで良しとするかの)

 そう心に決めて、凍子の事は棚上げにすることにしたのだった。



「では、ワシはこれで失礼するぞ。元気でな『娘々』」

 次の日の朝早くに、ランドルフは大門のまえで、凍太たちに別れを告げた。

「『娘々』はやめなさい。はずかしい」

 雪乃がそう言ってランドルフをたしなめる。が、効果は薄いようだった。

「坊主も達者での。試験は一か月後じゃからな。また『王国』で会おう」

 そう言って凍太にも言葉を投げた。

「うん。一応試験は受けてみるつもり。ありがとね」

 凍太はいいながら、軽く手をふって見送ってやる。凍太の後ろには母親が立っていて、凍子の横には紗枝の姿がある。

 凍子はにっこりと顔は笑っていたものの、目は早く帰れと告げていたし、紗枝の態度も似たようなものでランドルフは背中にちくちくと視線が刺さるのを感じていた。

(親元から引き離そうというのじゃから、邪険に扱われるのも仕方ないのぅ。さてこれからが忙しくなりそうじゃな)

『王国』に帰ればまた、研究と指導の毎日がやってくる。それに加えて、総長にも今回あった話を当さねばなるまい。当分忙しくなることを予感しながら----ランドルフは雪花国を旅立ったのである

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