第11話 あと10年

 大門と呼ばれている石造りの門を通り抜けると、中の街は広大だった。

 大門からまっすぐにづづく、大通りの左右には、色とりどりの店や、食べ物を売る露天商などが隙間なく並んでいる。

 大通りは石が敷き詰められ、人が往来を繰り返していた。

「北央」と呼ばれるこの都市は東の大陸の北側の玄関口として必ず通過する、戦略的、物資的に重要な拠点で、「雪花国」への玄関口と関所の役割も果たす。交易の重要拠点だった。ゆえに昔から、都市は栄え、多様な民族が行き来するのは、常日頃から珍しいことではなかった。のだが。

 初めて訪れる者にとっては、そうはいかない。目に映るすべてが新鮮に見えるのだ。

「まんま!だーぅ!」

 凍太は凍子と馬に乗りながら、大通りをゆっくりと進んでいく。

「あぶないよー。あとでいーっぱい、お母さんとお買物しようねぇ」

 胸に抱かれながらポンポンと背中を撫でられる。しかし凍太は腕をいっぱいに振って、右に左に興味を示して見せる。

「ものめずらしいのでしょう。凍太様にとっては初めての事ですからね」

 隣で紗枝が凍子に向かって話しかける。

「参拝と顔見世が済むまで、我慢しててねぇ」

 凍子は凍太にほほえみながら言い聞かせるのだった。



 中華街にでもいるような感じだった。

 いい匂いはさっきから漂ってくるし、見るものも古代中国にありそうな木と石で造られた建物が多い。

 中華街でよく見るような肉まんによく似たものや、チャーシューみたいな肉の塊が軒先につりさげられている。

 往来している人の姿も三国志なんかでよく見る形に近い恰好や、日本のはかま姿に近い男や、耳が頭に----生えている人種までいた。

(ケモミミ!ケモミミがいる!)

 獣耳――――犬耳みたいな耳や、猫みたいなピンと上向きの耳、垂れ下がった耳なんかも少ないけど、馬上から見るとよく見えた。

「かあさま。おみみ!」

 指をさして母さんに報告する。――――と

「そうだねー。みーんないろんなお耳だねー。でもね。みんな違くても、いいことなんだよ? わかるね。凍太」

 母さんは、そんなことを教えてくれた。

「外見で判断するのは、愚か者のすること。大切なのは『生き様と中身』です」

 前を行く、おばあさまが馬上から振り返らずに、諭してくれる。

「・・・・・あい」

 その言葉にうなずかざるを得なかった。人間見た目が9割なんていうけど、あれは、見た目で判断されることが多いから、身だしなみ、言動、立ち振る舞いに気をつけなさいって意味だと、理解した----そして、その考えは今でも変わっていないので、自然と「はい」と言う言葉が出ていた。

「小さい返事ですが・・・・よき返事です」おばあさまが背中で笑っているのがうれしかった。

「そろそろ、御宮が見えてきます」

 紗枝さんが目的地が近いことを教えてくれた。



 御宮ごくうと呼ばれる神殿は、『北央』の東北に位置している。

 その姿は大きく、外見は中国風の寺の様な外見をしており、赤い柱と金色の屋根が目立つ。

 周りは森林で囲まれ、神殿に向かって参道が一本。この参道も石畳で出来ていた。

 森林の中に建てられた『馬止め』に馬を待たせる。専用の人間が出てきて馬と木札を交換して渡し、この木札で馬の判別をしているのでなくさないように、と係りの人間が言い残した。

 周りには、森林独特の清浄さが立ち込め、4人を清々しい気分にさせる。

「気持ちがいいですね」

 紗枝がひとりごちる。周りには4人と同じ様に、着飾った子供や、その親族が何組か見て取れる。皆同じ目的なのだろう。抱いているのも凍太と同じような大きさの赤子ばかりだった。

 やがて、社殿の奥に進むと、椅子が用意されており各々が自由に座っていく。順番などはなくどこに座ってもよいらしかった。

「そちらのお子さんも可愛いですね」

 凍子が左横から声を掛けられた。みると、一組の男女と後ろには一人の老人が立っており、女親の腕の中には1歳前後の赤子が寝息を立てていた。

「ありがとうございます。その子も可愛いですね。女の子ですか?」

「ええ。れんというの。そちらも女の子ですか?」

「ああ、この子可愛いですけど、男の子なんですよ。凍太っていいます」

「凍太くんか。いい名前だね」

 男親の方が笑いかけてくる。凍太も笑って帰していた。

「愛想のいい子ですね。泣かないなんて」

「その子はあたまがよいのでね」

 一番端に座っていた雪乃が、ぽそりとつぶやいた。



 参拝はひどくあっさりと終わった。

 神官のおばさんが出てきて、小瓶入った水を一滴づつ、赤ん坊の頭につけていく。

 二言三言、聖句を述べると、儀式自体はそれでおしまいだった。

(もう少し光ったり、イベントみたいのがあるかなと思ったんだけどな)

 そんなことを思ったりもしてみたが、何もなく終わってしまった。

「さて、儀式も終わったことですし、宿を取って夕飯にしますよ」

 おばあさまのおなかが可愛い音をたてているのがわかっていたので、急いで宿を取ることに決める。来た時はまだ明るかったのだけど、社殿を出た時には夕方に変わっていた。

 馬にのり、大門方面へと歩かせる。大通りはまだ人通りは多く、ちらほらとだが提灯ちょうちんに明かりがともされ始めていた。

「あった。賢狼飯店。『北央』でもなかなかの料理と融通が利く店ですよ」

 おばあさまはそういって店の門をくぐっていく。目の前にはカウンターがあり受付嬢が3人立っていた。

「あ、雪乃様。お久しぶりです!お泊りですか?」

 受付嬢の一人がおばあさまを見つけて笑顔で話しかけた。

「久しぶりです。りん。元気でしたか?」

おばあさまもやさしく笑顔で受け答える。

「一泊お願いしたいのだけど、3人泊まれる部屋は空いているかしら?」

「ええっと・・・・3人様、3人様・・・ああ、2部屋あいてますよ」

「そう。じゃあ1部屋お願いするわ。それと、奥にある食堂で夕飯をいただきたいのだけど・・・・」

「ああ、空いてますよ。まだ早いですし。店長呼んできましょうか?」

「いえ。あの子も忙しいでしょうし、明日の朝にでも・・・・」そう言いかけて。

「てーんちょうー!雪乃様がおいでになってますよー」受付嬢の凛は壁に取りつけられた伝声管を使って呼びかけていた。

 少しして、二階から、どたたた・・・・と音がして一人の女性が姿を現す。セミロングのすらっとした頭のよさそうな感じを醸し出してはいたが----少し焦ったようにして、一礼すると、

「雪乃様。紗枝様。ようこそおいでくださいました。このフェイ。またあえて光栄です」

 まるで軍隊のような挨拶をして見せた。

「これ、フェイもうすこしお上品になさいな。慌て者ですね」

 おばあさまはそう言って女主人の頭をくしゃくしゃと撫でてあげると----ぴょこんと耳が髪の毛の間から飛び出してきていた。

「お前の耳も、相変わらず隠しているのかい?隠さなくてもよいだろうに・・・」

「ふにゃあ・・・あの、耳を伏るのは癖なんです・・・知ってるはずですよね?」

「ええ、存じております」とこれは紗枝さんだった。

 相変わらず耳をもにもにと揉まれながら、女主人のフェイはこっちに気づき、やがて俺おれに目線を合わせて手を前に合わせて立礼をして来た。中国等でやる拳と掌を合わせる動作だった。

「お初にお目にかかります。フェイと申します。お見知りおきを」

「この子は凍太。私の子です」

「あなたの子ですか・・・・凍子先輩」

 母さんが代わりに名乗ってくれていた。



「フェイ。お前も一緒にお上がりなさい。良ければそこの3人も一緒にどうですか」

 雪乃は夕食を食べるためにテーブルに陣取り、差配していた。

 もっとも、受付嬢の3人は同席はせず、女主人のフェイだけ、同じ食卓を囲んでいた。

「また御師様と一緒にご飯が食べれるなんて、嬉しいですね」

 四角いテーブルを一人一辺を占領して囲んで、陣取る。中央には箸の入った竹筒と水差しが置いてある

 茶碗は各人1つで、凍太の分はなかった。

「今日はいつもの形式は取りません。無礼講です。『おかず争い』はせず、ゆっくりとよく噛んで食べる様に」

 おばあさまが釘をさす。食事時にいつも行われている、『おかずの取り合い』は今回はないらしい。それを聞いて

「まだ健在なんですね。『あれ』」

「ええ。雪乃様のご自宅で生活する為には、『あれ』は外せません」

 紗枝さんが当たり前のように言った。フェイさんは困ったような顔を見せてはいたが、それ以上はなにも言わなかった。

 そしていつものように、夕食が並べられて、今日は『和やかに』晩餐が始まった。



「フェイは物書きや計算は得意でしたが、その後どうなのです?」

 おばあさまが前にあった冬瓜の煮込みを食べながら、聞いた。

「お休みの日には、身体を動かしてはおります。御師様」

 お肉をもぐもぐしながら、答えるのはフェイさん。

「凍太~。ハイ。あーん」「凍太様。こちらを」

 卵スープを口に運んでくれるのはいつもの通り凍子母さんで、紗枝さんもとなりから小さく切った肉や野菜を箸で口に直接運んでくれていた。

 おばあさまは、お酒を飲みながら楽しそうだった。

「ところで、何日ぐらい滞在のご予定です?」

「明日、顔見世をしに、役所へ行って、少し観光でもして帰る予定ですよ」

「凍太様は利発そうですね。泣きもしませんし、まるで言葉が分かっているようです」

 ふふん。お母さまと紗枝さんがにやりとするのはほぼ同時だった。

「実は理解できているのですよ。ね?凍太?」

 おばあさまが見せてやれと言わんばかりに、言ってくる。しかたなく

「うん」と声に出して呟いて見せた。

「――――!」

 フェイさんの耳がピンと伸びる。びっくりしたらしい。

「わかぅぉ」(わかるよ)

 もう一度そういうと、今度はおばあさまの顔を見て、再びこっちにキラキラした顔を向けてくる

「御師様!すごいです!わずか1歳でことばが理解できるなど!」

「それだけではありません算学もできます、ね? 凍太様」

 今度は紗枝さんが、見せてやれと言ってくる。日頃の紗枝さんとの勉学で算数----この世界では算学----もこの頃はカリキュラムに組み込まれていた。

「あい」

 そう言って、紗枝さんが何個か四則演算の問題を出してくれた。もちろん3+3= 10-0= などの小学生レベルの問題ばかりだったが。

 間違えることなく「6つ」「10こ」など口頭で答えてやる。

「二を倍にしたときは?」「四つ」

「五つのものを私と凍子様に分けたいときはどうしますか?」「2つとはんぶんに」

「正解です」

 フェイさんが口を覆うようにして、信じられないように見ている。きっと理解が追い付かないのだ。

 そして、最後のだめ押しは、母さんだった。

「それだけじゃないんです!凍太はなんと『氷雪魔術』を使うことが出来まっす!」

 ぺったんこ気味な胸をエッヘンというように張って見せる母さん。

「見せてあげて!さぁ」

 そういうと母さんは茶碗に水を注ぎ、目の前に置いて見せた。一瞬目を閉じて自分の起こしたい事象を頭に投影し、目を開く。

 やがて、ぴきんっと音をたてて茶碗の水が凍っていた。

「――――!!」

 フェイさんはがたっと立ち上がると、俺の手をしげしげと見つめ、茶碗も仕掛けがないか確認をしだす。

 やがて、

「はぁ・・・・」

 落ち着いたのか、諦めたのかはわからなかったが――――

「凄すぎます。教えられた御師様方もそうですが・・・何よりこの子の『才』が在り過ぎます」

 フェイさんはそう結論してきた。

「普通、言葉もそうですが、算学、ましてや魔術などは5歳6歳になるまで、やらせもしません。」

「つづけなさい」

「教えたのは――――まぁわかりますが、この歳にして言葉、算学、魔術が出来るなど、やり過ぎですし、出来過ぎです。この子の『才』故なのでしょうが、例えば算学です。紗枝さん、あなた何処まで教えているのです?」

「今は、分ける(割り算)と暗算を」

「それだけですか?」フェイさんの目が鋭くなる。

「あとは、歴史とローデリアの文化、商業についても、読み聞かせてはいます・・・」

 尻すぼみに声が小さくなっていく紗枝さん。

「おやおや。結構進んでいるではないですか」

 おばあさまはたのしそうだったが。

「次に、凍子先輩」

「はい」

「魔術は教え始めてどのくらいです?」

「えっと・・・・3か月くらい・・・」

「通常魔術は才能も有りますが、ゆっくりと育てていくものです。元、魔術学校の教員の立場から言わせてもらえれば、『早すぎ』です。

 昔から氷結魔術は大得意でしたものね?『雪女さん』」

「フェイ、今、『雪女』って言ったわね!」

「ええ。言いました。だって、本当のことじゃないですか『雪女』さん。それとも・・・・ウェイルズ教室の『絶対零度』ああ、『ヒステリー氷結女』なんてのもありましたね」

「このぉ・・・・!!」

 隣で母さんがものすごい顔でフェイさんを睨んでいた。それにしても母さんそんな風に、言われてたのか・・・。

「先輩は、この子をそんな風に呼ばせたいんですか?」

「そんなわけないじゃない!」

 フェイさんの問いに母さんはきっぱりと否定で反論した。

「私はこの子に元気に育っていってほしい。でも、親として何か教えてあげたかったの・・・私には『氷結魔術』(これ)しかないから・・・・だから」

 そこまで言って母さんはうつむいてしまった。隣から見える母さんの目には涙があふれている。

「めー!」(やめて!)

 母さんの涙を見て、俺がとっさに言えたのはその一言だけだった。



「めー!」

 子供が声を上げた。ぷぅっと頬を膨らませてこっちをじっと見ている。

 それをみて

(ああ、やっぱりこの子は状況が理解できているんだ)とわかってしまった。

 母親をいじめているのを必死に止めようとして、声を上げた。

 2年前まで、ローデリアの魔術学校で教員をしていたアタシ――――フェイ・ブラウン――――にとってはその光景はすごく異質だった。

 いままで多くの子供を教員して見てきたからわかるのだ。こんなに『才』があるのは『おかしい』。普通の子供は言葉や、運動神経どれか一つが頭一つ抜けている子はたまにいるけど、ここまで何でもできる子はいなかった。――――もちろん、御師様である雪乃様の孫だし、あの『ウェイルズ教室内部では『氷姫』』なんて呼ばれて、ローデリア魔術学校の上位にいつも陣取っていたあの憧れだった『凍子先輩』の子だというのだから、氷結魔術に傾倒していってもおかしくない。でも算学や、ましてや、割り算まで理解させているのは、才があってもやらせすぎに思える。

 この人たちは、自分達のしでかしたことが分かっていない。それだけは、アタシは自信をもっていえる。確信があった。

「才能があり過ぎるのは危険です。先輩あなたも、そうだからわかるでしょう?」

 アタシは落ち着いて、言った。

「あなたも昔はローデリアまで行ってあの、『ウェイルズ教室』の中で学んでたんだから。あの教室はローデリアの軍部に直結してる。

 あなたもその一歩手前まで行ってたじゃないですか。学校を自主退学までしたのは、『洗脳』されるのが嫌だったからでしょう?」

 先輩は答えなかった。アタシは続ける。

「魔術を抜きにしたって、月狼国――――いや『北央』に才を持った人材がいると知れれば、国はその子を見つけ出して、恭順すればよし、もしそれが出来ないときは、『洗脳』をする可能性だってあるんです」

「そんなこと――――」

「させない。なんて言えませんよ」

 紗枝さんが、さえぎろうとしたが、アタシはそれを否定する。

「相手は国家という一つの龍です。そんな大きなものにたかが、個人が何が出来ますか?」

「特に、この月狼国げつろうこくは疑似王政です。たとえ、王がどんな賢君だとしても、国を牛耳っているのはその下の貴族達と大司馬達。その官僚や大司馬は国土を広めることに一喜一憂して、才能を各、国内と部族の中から掻き集めて、南の大陸に、進出するというのが表向きの行動。その実は、月狼国に与しない、国や部族たちをことごとくつぶし、西の大陸にも橋頭保を築く――――そんな情報をえているんです」

「流石、よく調べられている。まだ、推測の域は出ないが――――外れてはいないね」

 おばあさまは、酒を飲み干しながらそう言う。

「もちろん、凍太は雪花国の大事な国民だし、この婆わたくしとて、みすみすそんな国の思惑には乗らないつもりだ――――けどね?」

「じゃあ、どうしろっていうんですか」

「うかつに、自慢しないことですよ。親としてはそりゃ、自分の子が可愛いのはわかります。自慢したい気持ちも、言いふらしたい気持ちもあるけど、この国ではそれは危険だわ。先輩、紗枝さんどうか自重して。魔術や勉強を教えるのはいいけど、あまり小さいうちだと子供は重要性を理解しない。ついうっかりで、一度でもその才能を見せたら、どこからその才能が上にばれるかわからない。だから――――どうか親として守ってあげてほしい」




 場が静まり返っていた

 目立つ才は、潰されるか、引き抜かれていいように利用される。

 それは、本当にぞっとする話だった。俺としても国に利用されるなんてのは御免だし、戦争に行って戦うような真似はしたく無い。

 今までは、言われるままやってきたけど、確かに最近では魔術の力が強くなった感じが在るし、知能も前のの記憶が残っているせいで普通の子供とはあきらかに違う。そんな赤子は気味が悪いし、国としては、恭順かさもなくば、消すのは当然というものだろう。

(に、しても-----どうするかが問題だよな)

 そんなことを考えている時だった


「何をそんなに難しく考えているのですか----時を掛ければいいだけの話ではないですか」

 おばあさまはそう切り出した。

「才能を隠しながら、育てればよいだけ。時間はたっぷりありますし、幸い今は魔術が少し使えて、ほかの子より理解が早いだけの子供です。何の問題もありませんよ。要は『ばれなければ』、良いのです。そこで、この婆わたくしに良い考えがあります」



「良い考えですか?」

「ええ。さっき、フェイが言ったではないですか――――ローデリアの『ウェイルズ教室』の事を」

「まさか入学させるおつもりですか?」

 紗枝が訝しげに聞き返した。

「今はまだ、しませんよ。それに魔術学校は西の大陸だけではない。東の大陸と西の大陸の間には『島』があるではないですか」

「『蛇の王国』ですか――――?」

「ええ、大魔術師「ウェルデンベルグ」が保有する、独立魔術学園都市「蛇の王国」です」

「でも、あそこは――――」

「ええ、完全な全寮制、外界とも途絶された島全体が学園となり、その学園自体が一つの国家を形成しています」

 フェイが雪乃の意見に説明を付け足した。


 200年以上の昔から生き続けているとうわさされる、伝説の大魔術師「ウェルデンベルグ」。

 強大な魔術で、ローデリアと月狼国の争いを停戦に持ちこみ、いままでその停戦協定は破られてはいない。

 西と東の大陸の間の海峡に巨大な人工島を築き、そこに住まいながら、常に西と東に目を光らせているとされ、もし両国間の有事の際には、「ウェルデンベルグ」の所有する私兵と彼自身が動き、紛争を止めるとまで噂される。その人工島のほぼすべてが街であり、学園を形成しているのが、独立魔術学園都市「蛇の王国」だった。

 外壁は石壁と何重もの魔術障壁で囲われ、周りの海には大型の海竜やモンスターが数多く確認されており、船で近づくものには洗礼がまっている。

「蛇の王国」に認可を許された、特定商人達以外は基本行き来は出来ず、たとえ王族であろうとも、例外はない。

『権力に寄らず、己の知恵と才覚のみを武器とすべし』

 王国を作ったときに、ウェルデンベルグはそんな言葉を残している。


「蛇の王国」に入ることを許されるのは、「一定以上の魔術を使用できる」ことで、この鉄の掟は厳しいことで有名だった。

 毎年開催される一般公募で『選抜』が行われ、その『選抜』に残ったものが、晴れて、独立魔術学園都市「蛇の王国」への入学を許される仕組みとなっている。

「あそこであれば、おいそれと他の国家は干渉は出来ませんし、もし干渉をしようものなら――――それこそ国家間の外交問題に発展します」

「でもそれじゃ」

「そう。この婆わたくし達とは別れて、生活をすることになりますが、この子の安全を考えれば、この国に残るよりよっぽど安全――――もちろん今すぐというわけではなくて、期限は10年後を考えています。そこまでにこの子が、強大な力を抱えてしまうようなら『蛇の王国』へ留学させることにします。見極めは、今ここにいる4人で行うものとしますが・・・・・どうです?」

 誰も異論は出さなかった。無論俺も、なんというべきか言葉が見つからなかった。のだが――――

「まぁ、それはさておき。あと10年はあるのです。それまでにこの子がどう成長するのか、親として教えて、見守れば良いだけの事です」

 おばあさまの声は明るく、そしてまた何かをたくんらでいるように聞こえたのだ。


 次の日の朝----顔見世を行うために、朝早く役所へと向かった。

 賢狼飯店からは徒歩でも行ける距離なため、母さんに抱かれて役所へと向かった。

 役所の門はまだ開かれておらず、すでに4、5人の人が待っている状態だった。門の付近には長い棒を持った警備の男が立ちながら、あくびをかみ殺していた。

 ギギギィ――――

 重い音と共に門が開かれる――――と、寺院のような建物と庭が目の前に開けた。

「さぁ行こうね」

 母さんは俺の頭をなでなでしながら役所の門をくぐって中に入る。庭を通り抜け、建物の中に入り、受付を済ませて、いくつかの事柄を口頭で聞かれた後、渡されたのは一通の書類だった。紙の上には割印が押されていてもう一枚は、役所の控え、今俺たちの手元にあるのは本人控えにあたる。

「泣かないで偉かったね」

 母さんはそういって褒めてくれる。でもあと10年でこの日は終わるのだと思うと-----喜ぶことはできなかった。

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