人外学園短編シリーズ(仮)

@ckit

ロボトミー部長の恋心

 諸事情あり転校してきた高校で真っ先に勧誘を受けた部活動がオカルト研究部であったこと自体は、多少の意外性の他にさしたる問題はない。

 しかしながら、部長との出逢いということが少なくとも僕の身体のある一部(そして僕という総体)にとって不幸を生んだということについては間違いがないはずだ。

「私は鳴美心子なるみこころこ。我がオカルト研究部の部室に来てもらったのは他でもない。私の話を聞いてもらうためだ」

「はあ」

 どう転校生を嗅ぎつけてきたのか、朝の教室に一人乗り込んできた彼女は部長と名乗っていたが、約束して(させられて)訪れた放課後の部室に部長以外の姿は見えない。

 部長は大人っぽい理知的な目と整った顔立ちを持つ、いわゆる美人さんだ。ざっくばらんに伸ばした長い黒髪は、清楚という感じではないが印象的である。

 部長が突然「たのもう!」と言いながら入ってきたときも男子生徒の視線は自然と部長の方へ引き寄せられたが、その口から放たれる言葉は奇異そのものでありすぐに全員目を逸らしていた。

 後に知ったことではあるが、部長は当然のように有名人で――”魔女”、などと呼ばれているのだった。たしかに、黒帽子でも被れば似合いそうではあるけれど……言う方も恥ずかしくないだろうか。

「名も知らぬ君、ロボトミーは知っているかい」

 二人きりの小部屋において素朴なパイプ椅子に座りながらされる話ではない。いや、どこでもされてよい話ではない。

「名前ぐらいは。ちなみに僕は新目あらためと言います」

「今時の学生は素晴らしいな。インターネット様々だ。人類の叡智だ。わるいことは大体書いてある」

「僕ら2年しか変わらないはずですけど」

 インターネットに人生の貴重な時間を蹂躙されていると思しき部長である。

「まあまあ、先は長い。ひとまず落ち着いてこれでも飲め」

 そのときは、「長いのか、程々に話を断ち切って帰ろう」などと考えていた。差し出されたお茶も手早く飲もうとするが、やたらとコップが大きい。

 そして部長は目を輝かせながら言った。

「ロボトミー――それは夢の魔法だ」

 お茶を噴き出しそうになるのを必死で堪えた。何故お茶を口に含ませた?

 残念ながら僕には目の前の女性が魔法少女のようには見えない。

「そんな印象はありませんよ」

「世界を変えたい。そう思ったことはないか?」

 僕の疑義は流して、部長はいたって真剣な口調で話している。

「まあ……なくはないですね」

 うむそうだろうそうだろう、と部長は深く頷いた。

「しかし、世界を変えることはできないということにすぐ気が付くだろう。その理由は、いくら個人が努力し変化を促そうとも多くの人間共が好き勝手に考え動いている世界を変えることなんてできない――などという愚かな言い訳ではない」

 部長は自分の頭を指さして言う。

「世界を変えられないのは、世界が個々人の認識の中――脳の中にあるから、だ。世界は外部からの刺激を受けて脳が推測した結果にすぎない。私たちの世界は常に自身の身体に縛られ、できることをできず、考えられることを考えられずにいる。五感によって得られる些細な変化や差異に浅ましく心を揺り動かされ、この下らない大地、そして下らない生に魂を縛り付けられている」

「部長の浅ましく心揺り動かされる悩みってなんですか」

「こんなにもすぐ近くに世界が――自身の脳があるのに、私たちはこのまま何もできず指をくわえているしかないのだろうか――いや、違う」

 僕の下卑た問いは無視された。

「そこで登場したのが、ロボトミーを含む精神外科だ。文字通り、世界に手が伸ばすことができる。人類史上、これほど明快で具体的な、人間のあらゆる悩みに対する根源的回答があっただろうか――ロボトミーはどんな宗教よりも優れた、現代の魔法に他ならない!」

 部長は『どうだ!』とでも叫ばんばかりの自信に満ちた目で僕を見ているが、僕の頭の中に適切な返答は浮かばなかった。

「む、感動して言葉もでないか?」

 人の心が読めない類のひとのようだ。そして読もうともせず話を進めた。

「ちなみに、ロボトミーにも色々な術式があってな。頭に穴を開けて神経を切断するという穏便なものもあるのだが――」

 彼女は左手に棒状のものを掴むようにして、僕の顔面へと向けた。

「私としては――眼窩にアイスピックを突っ込むのが一番だ。初めから人間に空いた穴を使うのが合理的というものだろう。やはり脳の手術というものが対外的にデリケートな問題であるということは私にもわかる。外面を傷付けず、施術可能であるというのは画期的だ。まあそもそも、人間の顔の中央にある象徴的な穴に向けてズブリと得物を挿して蹂躙するというのが、それはもう最高というものではないだろうか……」

 部長が恍惚といった表情で、右手を頬に当てながら空想のアイスピックをグイグイと動かして身悶えているが、どうも目的を見失っているのではないだろうか。

 なんとか正気に戻った部長は話をまとめた。

「まあそんな訳で――我が部では世界を変えるため、ロボトミーの施術を推奨している」

 なんて部活動だ。違法にもほどがある。末法かもしれないが。

「私が見るに、君には素質がある。直ちに入部したまえ」

 ようやくおそらく本来の目的であったであろう場所に辿り着いたが、それは命令形で行われた。素質って何。

「結構です」

 僕は一切の逡巡なしに答えた。

「仕方ない……いま入部すればロボトミーの施術は無料にしてやるぞ」

「結構です」

 部長は心底意外だという顔をして言う。

「……無料なんだぞ。何故だ、何が不満だ」

「ユーザの求めるものと違うんじゃないでしょうか」

「ユーザはいつも真に必要なものを知らないのだ」

 怪しい販売員はみんなそう言う。

 では仕方あるまい、と部長は呟き立ち上がった。

「え?」

 不審に思い慌てて立ち上がろうとした僕は何故だか立ち上がることができず、椅子と一緒に床へ倒れてしまう。起き上がろうとしても手足が痺れて満足に動かすことができない。

「な、にを……」

 先ほどのお茶に何か仕込まれていたのだと気付いたが、途端に激しい眠気に襲われ、視界は急速に狭まってゆく。

 朦朧とした意識の中で、そっと呟く部長の声を聞いた。

「君のためなんだ」

 それも怪しい販売員が言う奴です、部長。


 目を覚ますと、僕は平らな椅子に仰向けで縛り付けられて、正面から当てられた眩しい光の中にアイスピックの先端を見ていた。

「おや、目を覚ましたかい」

 そして、僕の左目の瞼を指先で開きながら、覗きこんでいる部長の顔も。

 四肢を動かすことができないことと、天井の様子から学校内――おそらく変わらずオカルト研究部の部室であることを確認して、僕は言った。

「お願いします、119番を押して頂けないでしょうか」

「こんな状況でもふざけられるなんて才能だな」

幼少期はアメリカで過ごしたものでアイ・リブド・イン・アメリカ・イン・チャイルドフード

「嘘をつくな」

「こんな設備で手術なんてできるのですか」

「良い質問だ。手術室のような設備がなくとも処置できるというのがアイスピック・ロボトミーの画期的な点なのだ。電気ショックによる全身麻酔のみで治療ができる」

「……本気ですか」

「それは――」

 部長が一呼吸置いたかと思うと、アイスピックの先が少しずつ目に近づいてきた。瞼から脳を狙って突くためだろう、アイスピックは正面からというよりやや下から斜めに入るように近づいてくる。

 左目に近づくアイスピックの先に焦点を合わせようとすると先が分身しているように見えて、どこまでアイスピックが目元に到達しているのか余計わからなくなってくる。そもそも興奮しているのか部長の荒い呼吸の音とおかしな笑い声が聞こえ、そのせいでアイスピックの先はふらふらと揺れている。

 さすがに死を意識してしまい、汗ばかりが出て口から言葉が出てこなくなってきた。

 アイスピックの先がまつげに触れる。

「あ……あの」

 なんとか勇気を振り絞って僕は言う。

「麻酔、してないと、思うんですが」

「そうだな。君は優秀だ、良いところに気が付く」

 そう言って部長は微笑んだだけだった。

 恐ろしい想像が脳裏に浮かぶ。麻酔なしに脳までアイスピックが貫通したとき、その痛みはどういうものなのだろう。それは、想像できる範囲をゆうに超えている。

「部長、僕は……」

「私を好きだ、と言え」

 ……は?

「わ、私を好きだと言え、と言ったんだ。その、助かりたければな。ほら言ってみろ」

「な、何を……」

「早く言え!」

 駄目だ、よくわからないが何にせよ言うしか無い。

「ぼ、僕は――」

「ああ」

「部長のことが――」

「うむ」

「好き――」

 部長がアイスピックを持つ左手を僕の顔の前から離して、はっはっはっ、と笑うのを聞きつつ続ける。

「――かどうか、わからない。部長のことをあまりに知らないから」

 冗談じゃない。いろいろな意味で。

「――? 私は、君の脳のことをよく知っているぞ」

 部長は何を言っているんだ。会話が飛んでいる。

 ほとんど話の流れを掴めていないが、必死で部長に合わせる。

「それなら――僕の心のことは、どのくらい知っているんですか」

「それは……よく知ったって、駄目かもしれないじゃないか。無駄かもしれないじゃないか」

「それでも、必要なものです」

 ふむ、と部長は言ったあと、それに応えた。

「良いだろう、まだロボトミーはしないでおくことにする。もっと――君の心のことを知ってからだ」

 言葉の通り、僕の身体の拘束は外され、しばし手足を動かして与えられた自由と生を満喫した。

 僕が縛られていた椅子は本当にただの椅子だし、眩しく照らしていたライトも懐中電灯が取り付けられているだけだった。本当になんて簡単な設備だ。

 部長はアイスピックと小槌を戸棚にしまおうとしている。確かに部室に置いてあっても昔から置いてあったなどと言われたら、それほど不審を抱くほどのものでもない。

「そういえば何故僕の幼少時代について嘘だと即座に断言できるのかと考えながら、顔を近くで見ていて思い出したのですが――」

 部長は明確に動揺を見せた。

「もしかして部長、東京に引っ越す前にお世話になっていた近所のお姉さん――ココちゃん、ではないですか」

「……わ、忘れろ」

「たしか……僕の記憶では、ココちゃんは小学生にして園児に告白を」

「ロボトミー、してやる!」

 ロボトミーは決して不都合な記憶を改ざんするためにするためにあるものではない。

 すかさず部長から背を向け、部室を脱出した。

「失礼しました!」

「逃げるな、君!」

 あの装備のままではさすがに廊下まで追ってこれまいと思っていた。しかしすぐにガチャリと音がして振り返ると、廊下には顔を真っ赤に染めながらぐるぐる目で左手にアイスピック、右手に小槌を持って立ちすくむ部長の姿がある。まさしく狂気そのもの。

「逃がさないぞ」

 これ以上はまずい。このひとはついカッとなってやってしまうひとだ。

「わかりました。入部します、入部」

 部長はその言葉に満足げに笑った。

 はっはっはっ、と笑っていた。

「君が私の目を見ていたときも、私は君の目の奥をいつも見ていたんだ。君の脳のことなら何でも知っている。はっはっはっ。なに、照れる必要はない。最初から君がそう言うことは私にはわかっていたんだ。君の脳は私のものだからな。はっはっはっ」

「その……それは告白かなんかですか?」

 少しの間、部長は再び顔を真っ赤に染める以外のすべての動作を停止させた。そしてやがて頭を抱えて奇声をあげていた。

「うう、うううう……」

「いやなんかその、すみません……」

 しばらくして落ち着いたのか、困ったような怒ったような表情でこちらを睨んだあと、僕の腕を掴んで顔を背けたまま部室に引きずり込んだ。

 ――ところで、部長は。

 そう切り出したい気持ちを堪えて、僕は部長の目を、そしてその奥にあるものを見ようとした。

 部長の言う通りにロボトミーによって本当に人が救われるならば、真っ先に自分にすべきであると僕は思った。その世界が確かに変わったのか、本当に幸せなのか、教えて欲しい。

 しかしながら――これは確かにひどくデリケートな問題だ、と僕は実感する。それを訊くことも、聞くことも、とても難しいのだから。

 そもそも、術後の『部長』は『部長』なのだろうか。『部長が部長でなくなる』とは何なのだろう。

 ふと、誰も言わないだけで実は僕は何度でもロボトミーをされているのかもしれない、などと思った。人間は生まれた時から定期的に脳の外科手術を受けていて、それに僕らは気づいていないだけなのかも。

 例えば僕がいま感じている連続性などは幻に過ぎず、何度も、何度でも、僕は意識をやり直しているのではないか――

 ――なんて、都市伝説か三流SFでもあるまいし。

 しかし何だか両目の奥のほうで少し違和感がした、ような気がした。

「ほら早くしたまえ!」

「はいはい」

 部長は恥ずかしそうに目を逸らしたまま、笑顔で言った。


「何度だって――私は君を歓迎するぞ」

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