そは堕天する人の業13


「アリス嬢」


「なんだい師匠?」


「クリス嬢」


「なんです?」


「トリス嬢」


「なんでしょう?」


「ジル嬢」


「なにかな?」


「反転しやせ」


 結界から脱しろ――と云ったのだ。


「アレに睨まれれば庇いきれないでやんす」


 照ノの意見も尤もだ。


 核兵器以上の制圧力を持つ相手。


 一般ピーポーを庇いながら戦える状況ではない。


「アリスの神勁でも駄目かな?」


「無理でやんしょ」


 この際、照ノの言葉は平たい。


 事実を事実として述べているに過ぎないから、無味無臭にもなろうと云うものだ。


「嬢の魔術はフィジカルに偏りすぎてやす。これはどっちかってーとマジカルに比重を置く問題でやすから」


「ふぅん?」


 理解はしないが納得はする。


 そんなアリスの解釈だった。


 少なくともアリスは「師匠」と仰ぐ照ノの言葉を疑うことはしない。


「では誰があのメタルゴーレムを止めるんだい?」


「小生か玉藻でやすね」


「可能かい?」


「不可能ならば一神教徒以外の人類が死に絶えるだけでやんす」


「あー……」


 納得してアリスは、世界を反転させた。


「パパは大丈夫?」


「最悪死にゃしないから平気でやんすよ」


 照ノは愛娘を安心させるように笑った。


「是非とも共倒れなさい」


「クリス嬢は手厳しいでやんすな」


 照ノは想い人に苦笑で応えた。


「照ノ。僕とえっちぃことするまで滅んじゃ駄目だよ?」


「いつかその刻が来たら、でやすね」


 吸血鬼の想いをはぐらかす。


 そして反転。


 後に残ったのは、照ノと玉藻御前とアルトアイゼンの使徒たち。


 既にプライドタワーも蒸発しているため辺りは良く見える。


 アルトアイゼンは、自身らの奇跡まじゅつの成功を称えていた。


 人類を害する以外に使い道のない存在の誕生を、だ。


「狂っている」


 というのは簡単だ。


 だがそれが願いから生まれたモノなら狂気さえも想となる。


 そしておもいうつつにするのが二次変換の真骨頂。


 そう云う意味では、神話級威力のメタルゴーレムの起動という大魔術は成功と言えるだろう。


 そしてそれと相対することを、


「暇潰し」


 とのたまう玉藻御前の思惑も。


 照ノは刻みタバコをキセルの火皿に詰めて魔術で火を点けると紫煙を吸って吐く。


「滅ぼすとは言ってやすが、事実どうしやす?」


「攻撃あるのみじゃろう」


「でやすよねー」


 他に結論が無いのだから、しょうがない。


 玉藻御前の狐火と同等の威力を持つビームを放ったメタルゴーレムを前にして、しかして照ノも玉藻御前も不敵だった。


 元より神代の存在だ。


 その重ねた歴史は一神教より業が深い。


「…………」


 メタルゴーレムは、巨大な狐と化した玉藻御前に狙いをつける。


 ロボットアニメのように自身の金属製と回路性を発揮して神罰をエネルギー源とするビームを放つ。


 応えたのは玉藻御前の狐火。


 圧倒的熱量同士による相殺。


「やれやれ」


 少なくとも玉藻御前がビームの相殺に手一杯ということで、その隙をつくことを照ノは選んだ。


 ポツリとつぶやく。


「人の世の、乱れて主の、憂えなば、三毒煩悩、焼くも已む無し」


 それは、


「メギドの火」


 の二次変換である。


 堕落したソドムとゴモラの住人を鏖殺した神の奇跡。


 しかしそれは失敗に終わる。


 照ノにしては珍しい痛恨のミス。


 神罰の執行は先のプライドタワーの崩壊で再現されていた。


 メギドの火も属性は同じである。


 即ち神罰魔術。


 天空に展開された魔法陣から吐き出された熱エネルギーはメタルゴーレムのエネルギー源として供給するだけだった。


 そしてソロバン弾くのも馬鹿らしいほどのエネルギーを得たメタルゴーレムのビームは、遂に玉藻御前の狐火の出力を上回った。


 圧倒的熱量の奔流が照ノと玉藻御前に襲い掛かり、


「やれやれ」


「これ以上事態を引っ掻き回すとはのう」


 二人を困惑させた。


 ちなみに――照ノは、メタルゴーレムのビームで欠片も無く蒸発し、概燃と起点によって再び五体満足に復活したという経緯だ。


 玉藻御前は持ち前の強靭さで事を済ませた。


 白と金の体毛は、熱に対して強力な耐性となる。


 そうでなくとも火の属性を持つ玉藻御前にしてみれば、自身の狐火さえも耐性の一環だ。


 同等の出力であるメタルゴーレムのビームも耐えるに不思議はない。


 もっとも決定打に欠けるのも事実だが。


 メタルゴーレムの方も攻撃、防御、補給が神威の域に達しているため痛痒を受けない。


「さて……」


 照ノは、くわえたキセルにタバコを詰めて、魔術で火を点けると。紫煙を吸って、もわっと吐く。

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