そは堕天する人の業03


 さて、


「どうしたものでしょう?」


 と呟いたのはクリス。


 ダイニングルームが穴だらけなのだ。


 主に……というか、全てクリスの仮想聖釘によって。


 無論照ノの案じる件でもないため、照ノはおしゃぶりがわりにキセルをくわえ、曼珠沙華の意匠をあしらった紅の羽織を着ていた。


 それに続くのは、アリスとトリスだ。


 アリスは、アルビノである当人同様に真っ白いワンピースを着て、その上から白百合の意匠をあしらった白い羽織を羽織っている。


 照ノの紅の羽織と並ぶと、紅白コンビとして福を呼び寄せかねない。


 それについていくトリスはカソック姿。


 正式名称を『加護の装束』というソレは、運動能力の強化と魔術事象への耐性を両立する戦闘服だ。


 限りなく黒に近い灰色。


 オックスフォードグレーのカソックである。


 灰色は一神教において純潔を示す色である。


 そを限りなく黒に近づけて、なお一線超えない辺りに、威力使徒の微妙な感情が読み取れる。


 気にする三人でも無かったが。


 クリスは教会の運営。


 ジルは日中は太陽光線を避けるために、結界に閉じこもっている。


 ので、照ノとトリスとアリスが、聖ゲオルギウス学園に登校している形と相成る。


 ちなみに、照ノとアリスは、六十年近く日本の東京に住んでいるのだが、別に六十年間聖ゲオルギウス学園に通い続けているわけではない。


 それはそれでネタには出来るだろうが。


 四大天使の一角にしてリーダー格。


 即ち天使の中において最上級の神性を持つ天使。


 神の如き者ミカエル


 そを降霊し、憑依させ、ミカエルの力を十全に振るうのがトリス……トリス=ミカエル=カイザーガットマンであり、生まれながら聖人として扱われ、その降魔能力を買われて、教会協会に引き取られた忌み子でもある。


 で、話が盛大に逸れたが、神威装置の威力使徒として運用されるにあたって日本の東京支部にて威力を振るっていたクリスが、齢を重ね、引退間近となったため戦力の補給として投入されたのがトリスである。


 そしてトリスはクリスの義理の娘となり、カイザーガットマンの姓を受け、聖ゲオルギウス学園に通っている。


 照ノとアリスが、再度、聖ゲオルギウス学園に通い始めたのは、トリスが学園の高等部に進学してからである。


 権力はいつでもいいもんだ。


 あんなことやこんなこと。


 というわけで、ほとんど酔狂によって、トリスと学友になる照ノとアリスであった。


 照ノと接する時間は、永くなればなるほど、インテリジェントデザインの矛盾と云う底なし沼にハマっていく。


 トリスが、教会協会に恩義を感じ尽くしてきたにしては、クリスほど熱心な使徒でないことには、ここに理由がある。


「本当に神がいるとして」


「それが善性を持つのなら」


「差別も戦争も有り得ないでやしょ?」


 散々、一神教を虚仮にされてきた。


 先に言っておけば、照ノは、神への信仰そのものは否定していない。


 ただ、


「全知全能の矛盾性」


 と、


「絶対神の善性」


 が、


「アホらしい」


 と思っているだけだ。


 何せ照ノ自身が神なのであるから、神そのものの否定は、自身を否定することに他ならない。


 人間が存在しているのに、宇宙人を否定するのとソレは変わらない。


 問題は、宇宙人の存在が人類の存在によって皮肉的に肯定されるとして、わざわざアダムスキー型宇宙船で地球にやってくるのが馬鹿らしいという理論に似る。


 仮に神がいても、


「いやぁ地球人類の皆さん……私が神でして……」


 と語りかけてくることの無益さを、指し示しているだけである。


 当然そんな洗脳をする度に、クリスの仮想聖釘が飛ぶのだが、ぶっちゃけた話をすると、照ノの挑発ないしはからかいに起因して、飛んできた仮想聖釘が、照ノを害した例は絶無だ。


 結局のところ、神と人とではスペックが違うということだろう。


 まず越えられない壁の向こうに照ノがいる。


 その手前の越えられない壁の向こうにアリスがいる。


 あとはクリスとトリスとジルが団子状態だ。


 極端な神性をおびる分だけ、トリスが出る杭は打たれる程度に相性がよく、実力が勝ってはいるが、それでも奇跡倉庫の聖遺物による能力や、セカンドヴァンパイアの威力を考えれば、やはり団子状態に相違ない。


 閑話休題。


 そんなわけでトリスとアリスと一緒に登校する照ノなのだった。


「パパ?」


「何でやしょ?」


「えへへぇ。何でもないっ」


「可愛いでやすやぁ」


 照ノは、トリスを可愛がる。


「アリスも! アリスも!」


 アリスがねだる。


「アリス嬢はまた今度」


「何で!?」


「こういうのは勿体ぶった方がいいの」


「うう……。理屈はわかるけどね……」


 そんなこんなで、聖ゲオルギウス学園における美少女の双璧を侍らせながら、照ノは昇降口へと向かう。


「またですかぁ」


「またですねぇ」


「またでやんすか」


 昇降口で上履きに履き替える。


 アリスとトリスは、靴箱に添付された付箋をむしり取って、近場のごみ箱に捨てた。


「人気者でやんすな」


 くっくと笑う照ノに、


「迷惑ですけどね」


「然りだ」


 釈然としないトリスとアリスだった。


 ちなみに下駄箱に付箋を貼るのは、


「そこに書かれたアドレスに飛べ」


 という意思表示で、仲良く……と云うより仲睦まじくなりたい男女が異性に送る告白のラブレターみたいなものである。


 当然そのアドレスに飛ぶかは受け手側がイニシアチブを持つため、照ノを気に入っているトリスとアリスが答える可能性は、零コンマの後に零を幾つか数える程度のパーセンテージだ。


 それでも付箋でアドレスアピールをするのは、


「面と向かって告白してけんもほろろにされるより受ける心的ダメージが少ないから」


 に尽きる。


 付箋を捨てられても、


「ああ、やっぱり」


 で深手を負わずに済むのだ。


 代わりに、照ノが、蛇蝎の如く学園生から嫌われるのだが、彼にとっては、そよ風のようなものだった。

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