ヴァンパイアカプリッチオ01

 さて日も暮れようとした頃。


 照ノとトリスとアリスが学園から帰り直接教会に顔を出した瞬間、大きなガラスの破砕音がして、美少女が飛び出してきた。


 闇を思わせる漆黒の髪に血を想起させる赤い瞳。


 西欧の出だろう。


 肌は透き通るように白い。


 来ている服は黒色のフリフリドレス。


 白と黒のコントラストに、赤い瞳がワンポイントの……美少女だった。


 そんな少女が教会のガラスを割って外に飛び出してきたのだ。


「なにごと?」


 冷静に首を傾げるトリス。


 さすがに神威装置の威力使徒だけあって胆が据わっている。


 もっとも、


「……………………」


 照ノは無言でくわえているキセルをピコピコ。


「……………………」


 アリスに至っては意識すら向けていない。


 クリスの声が高らかに響いた。


「逃がしません!」


「元より逃げるつもりはありませんわ! 外の方が戦いやすいというだけですの!」


 赤眼の美少女も喧嘩を売る。


 どうやら本気で殺し合っているようだった。


 それから照ノたちの気配に気づいたのが、クリスと謎の少女とが同時。


「トリス! とおまけたち!」


 この際ツッコミは野暮だろう。


 少なくとも書類上ではクリスにとってトリスが娘で照ノとアリスは商売敵だ。


「手伝いなさい! 吸血鬼です!」


「ああ、それで……」


 納得と照ノ。


 赤い瞳のことを言っているのだろう。


 日は暮れているが沈んではいない。


 それだけの情報で、どこの眷属かは容易に想像しえた。


「か!」


 と、これは白黒美少女の呼気。


 ただし瞳に映るのは闘志ではなく感動。


「か?」


 トリスが首を捻る。


「可愛いぃぃぃぃ!」


 白黒美少女……吸血鬼はトリスに抱き付いた。


「可愛い可愛い可愛い。そっちの白髪のお姉さんもすっごくお綺麗で!」


「ありがと」


 ニコリと邪気なく、お褒めの言葉を承るアリスであった。


「トリス! 殺しなさい!」


「とは言われましても……」


「別に殺す必要まではないと思いやすが?」


「異教徒は黙ってなさい!」


「とは言われやしても……」


 基本的に、何はともあれ話し合い。


 それが照ノの信条だ。


「というわけでアリス嬢、無力化を」


「構わないよ師匠」


 疑似経絡が脈動して「まるで血管が光り出したかのよう」に炯々と光の線がアリスの全身に浮き彫りになる。


 アリスの唯一無二の魔術……『神勁しんけい』だ。


「無力化」


 の一言が効いたのだろう。


 吸血鬼は、トリスから離れて、この場にいる全員から距離を取る。


 照ノは、くわえたキセルに刻みタバコを詰めると、魔術で指先に小さな炎をおこし、タバコに火を点ける。


 紫煙をゆっくり吸ってゆったり吐く。


 特に吸血鬼に対して関心を払っている様には見えない。


 警戒していないわけではないのだが、過敏になることもない。


 そんな心情だ。


 アリスは、まるで人修羅のように、全身に光の脈動を走らせたまま、吸血鬼を白眼で捉える。


 クリスは加護の装束に仮想聖釘と云う(正確ではないが)久方ぶりの現役復帰の姿。


 というのもクリスの老いを照ノが燃やしてしまったため肉体が若い頃の……全盛期の姿を取り戻していたのだ。


「ツンデリッターここに再臨」


 と照ノは思ったが口にはしなかった。


 特に空気を読んだわけではなく、タバコを吸うのに集中しているからに相違ない。


 トリスは生まれつきの宿業たる聖人としての能力を解放。


 熾天使にして大天使……かの聖人ジャンヌ=ダルクに啓示したミカエルを降霊させ自身に憑依させる。


 次の瞬間、トリスの背中から三対六枚の翼が生えて、手には炎の剣を携えた。


 トリス自身がミカエルの再現コピーとなり奇跡まじゅつを操る御手となったのだ。


「う、わーお」


 吸血鬼は冷や汗をかいた。


 照ノはともあれ他の面々は容易に相手取れる対象ではないとソロバンを弾いたためだ。


 計算自体は間違っているが、この場で吸血鬼にとって一番無害なのが照ノであるのは明白だ。


 飄々とタバコを吸っているだけなのだから。


「にしても何なんですの? お姉様だけじゃなくて美少女が更に二人も追加されるなんて……」


「誰がお姉様ですか!」


 クリスが激昂する。


「クリス嬢はツンデレでやすからね」


 飛んできた仮想聖釘をヒョイと避ける照ノ。


 投げたのは無論だ。


「さて、では仕切り直しと――」


「――無理だと思うな」


 仕切り直しをしようとした吸血鬼の言葉をアリスが遮った。


 まるでコマ落とし。


 さっきまで照ノとトリスの傍に居たアリスが急に最接近したのだから。


 一瞬どころではない。


 先述したが、まさにコマ落とし。


 いきなり吸血鬼の目の前まで単位時間で間合いを侵食したのである。


「な!」


「遅いよ」


 ポン、といっそ優しくアリスは吸血鬼の頭に手を置いた。


 同時に、


「へにゃ~」


 貧血でも起こしたかのように、吸血鬼がへたり込んだ。


「相も変わらず無茶苦茶な……」


 これはクリスの言。


「何を減らしやした?」


 これは照ノの言。


「体温」


「道理で」


 要するに生命エネルギーに直結する体温を「吸血鬼に触れるだけで干渉して減らした」とアリスは言うのである。


 だがアリスの魔術にじへんかんの本質はそこには無い。


 アリスは元々アダムカドモンであった。


 そして十の大悪魔と契約して知恵の実を齧った咎人だ。


 さらに照ノによって、ミカエルの記号を付与されて、一般的な人間より、少しだけ唯一神に近い存在となった。


 当然、能力まじゅつもそれ相応。


 そは世界の調律の再現。


 限定的に自身と自身の触れたモノに適応させる能力。


 世界を数字として見て四則演算を行い世界を運営する能力だ。


 自身と自身に触れた存在の概念に四則演算を適応させる魔術であるため、自己加速や触れた吸血鬼の体温低下などは……まだ優しい方である。


 その気になれば、


「地球に触れている」


 ということを発端に、


「地球の質量に零をかける」


 事さえできる。


 即ち触れることさえできれば零の掛け算で存在の消失さえもアリスは可能とするのだ。


 一般的に自衛と能力補助にしか使っていないのは相応の驕りを持たないためである。


 例えば生命であれば身体データ……身長から体重から感覚から体温から年齢からスリーサイズから何から何まで改竄可能なのである。


 無尽蔵に四則演算を適応させる。


 ある種無敵とも言える神勁まじゅつである。


「で? どうするんだい」


 問うアリスに、


「簀巻き」


 照ノは平然と答えた。

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