◇ 黒い森の中、光の小屋
お久しぶりの更新になります。
琴あるむです。
更新が遅くなってしまい申し訳ございません。
全回更新の後、お年寄りのノートパソコンによるプロット全文の文字化け(修正不可能)、無線機能の停止等により更新が遅れてしまいました。
今日は有線のパソコンから繋げることに成功しました。
パソコンを購入する資金が出来るまで、もう少しだけ更新が遅れるかもしれません。
ブックマークに入れてくださっている皆様にはご迷惑おかけいたします。
今後ともよろしくお願いいたします。
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にっこりと微笑んでレルアバドを見上げれば、彼は更に首を傾けた。
「怖くないのデスか」
「何が?」
「自分が」
自分とはレルアバドのことを指しているらしい。
「怖くありません。ここに来てまだ数日しか経ちませんが、ファルクネスの方を信じていますので。それに、先ほど『綺麗』だと言ったでしょう?」
「……あれは自分に対して言っていたのデスか」
「あなたの目を見ながら言ったのに、他の誰に言うんですか」
ムッとして軽く睨みつけるが、レルアバドはさっさと廊下を歩いて行ってしまう。
どうやら既に興味を失ったらしい。
どうやらこの屋敷での最も変な奴はレルアバドらしいな、と心の中で順位付けをこっそりと変えた。
* * *
太陽が昇りきったにも関わらず、森の中はただただ暗い。
緑と茶色と、輪郭がぼんやりとした薄い影と濃い影が視界を埋め尽くす。
ほの暗い中で、前を進むレルアバドの肌は尚更黒く見えた。
しかも彼は濃灰色の服を着ているので、歩きなれぬ道ということも相まって危うく見失いかけてしまう。
キャロディナは、ほのかな陽を反射して控えめに光る白髪を必死で追った。
「レルアバドさんっ」
振り返ったレルアバドの瞳が妖しく光ったので、思わずドキリとしてしまう。
先ほどまでは確かに薄紫だったのだが、暗い森で見る双眸はまるで濃紫の炎のように見えた。
「……もう少しゆっくり歩いていただけますか」
足場は思ったよりも悪くない。
きっとレルアバドが毎日通っているからだろう、踏み鳴らされたこの道は背の高い雑草も少ないし大きな石や岩も見当たらない。
緩やかな傾斜が続いているが、毎日のようにシーツと言う名の綱を降りて森を散策していたキャロには気にならない程度である。
だが、レルアバドがあまりにも早すぎる。
綺麗に整備された道のようにズンズンと進んでいくのだ。
この男は女性に道案内をしているつもりがないのだろうか。
「一応ドレスなので」
何故待たねばならないのか、と思われている気がしたのでそう付け足した。
すると彼はズンズンとこちらへ戻って来て、キャロディナは「なっなんですかっ」と思わず後ずさる。
しかしそれも許さぬ勢いで腕が伸びてきて、いとも容易くキャロディナの身体を抱え上げた。
それも肩の上で腹ばいになるという、まるで荷物のような体勢である。
臀部の隣にレルアバドの顔があるということが、年頃の娘としては居た堪れない。
あまりに突然のことだったのでろくな抵抗も出来ないまま抱えられたキャロディナは、そのままズンズンと進み出す彼の腕から離れようと身体に力を込める。
「待ってくださいレルアバドさん! 言うのが遅れてしまったんですけど、私に触れたら不幸が……!」
「知ってマス」
「知っているならなぜ!」
「蝙蝠なら掴んでマス」
「掴ん……? 分かりました、もうそれはいいです。体勢だけでもどうにかなりませんか?」
出会って数十分ではあるが、一応辛うじて被っていた猫が既に剥がれかけなのだが、どう考えてもレルアバドが悪いので気にしないことにする。
「何か不都合が」
「前が見えなくて不安だしこれは若い女性にさせる体勢ではありません」
息継ぎもしないままバッサリと言い切ると、レルアバドの足が止まった。
グルリと体勢が変わったかと思うと、レルアバドの肩の上に座るような形になってしまった。
男性の肩に座るなど、――むしろ抱えられることすら初めてのことで、どうすればいいのか分からずキャロディナはすっかり困惑しきってしまう
しかしきっと、これ以上彼と話しても何も解決しないのだろうな、ということは分かってきたので現状に満足することにした。
それに、ただでさえ長身のレルアバドの上から見える地面はとても遠くて、うっかり落とされたらと思うと暴れる気にもなれなかった。
確かに細くは見えるが一応ほぼ毎日の脱走でうっすらと筋肉が付き、一般的な令嬢よりは重いはずなのだが、普通に早足で森を進んでいくレルアバドにあきれ返ったキャロディナは、眼前に迫る枝や葉を避ける作業に徹することしか出来なかった。
着いたのは、光の場所だった。
葉の多い木に囲まれた森の中でサークル状にぽっかりと空いた、陽の光が低い草花を照らす空間だ。
先ほどまでの深い緑と闇の色と一変した光量に目がチカチカと眩んでしまう。
そのまま体勢が傾いてしまったので、隣にあったレルアバドの真っ白な髪を掴んでなんとか体勢を立て直す。
「ごっごめんなさい!」
思いのほか強めに引っ張ってしまった。
急いで顔を上げて謝るが、レルアバドはあまり気にしていないようで、何もなかったように歩みを進めている。
行く先にあるのはこじんまりとした赤レンガの小屋だ。
光の中心にひっそりと立っている。
レンガの其処此処に太い蔦が固く巻き付いていて、もうずーっとそこにあるのだろうな、と古くボコボコのレンガからそう感じた。
「森の中の小屋……ここにカイゲツのお婆様がいらっしゃるのね」
道中、こんな暗い中に住んでいるだなんてもしかして屋敷に居る奴ら以上の変人が居るんじゃないか、と心配していたので心の片隅で一安心する。
小屋の前には石で簡単に囲った小さな花壇があり、屋敷の花壇とは全然違う、可愛らしく整頓された桃色の花たちにキャロディナの顔が綻んだ。
「花壇の手入れはレルアバドさんがなさっているのですか?」
「いえ、サーヤが」
先ほどから思っていたのだが、何故レルアバドは仮にも自分の主人を呼び捨てにしているのだろう。
……まぁ、カイゲツを『旦那様』と呼んでいるロイやミアに敬意があるのかと問われてもなんとも言えないので、ファルクネスでは主人と従者の距離が近いことが標準なのかもしれない。
そしてサーヤも、カイゲツと同じくそれを許している主人なのだ。
「可愛い花ですね……とても」
そう言うと、身体の隣にあるレルアバドの方から、小さく息の吐かれる音がした。
驚いて隣にある彼の顔を見下ろす。
上からなのでよく見えなかったが、少しだけ頬が動いていたので、どうやら笑ったらしいと推測する。
主人に対する敬意はないが、愛があるところもロイとミアと同じのようだ。
「ファルクネスは素敵なところですね」
心の底からそう呟いたのだが、応える声は酷く冷たかった。
「まさか。ファルクネスは闇そのものデス。キディック国――いやナルキス大陸の歴史の闇デスよ」
ひどく不穏な言葉である。
「あの、それってどういう……わっ!?」
突然両手で腰を掴まれたかと思えば、レルアバドの肩から下ろされた。
久々の地面の感触によたよたとよろめいている間に、レルアバドは小屋の前まで行きドアを開けた。
「サーヤ」
心なしか先ほどまでよりも柔らかな声で、レルアバドが家主の名前を呼んだ。
中から女性のおっとりとした声が聞こえる。
一言二言話したあと、レルアバドは小屋の中へと入って行ってしまった。
「……え? ちょ、ちょっと、私ここに置いてかれてどうすればいいの!?」
慌てて後を追いかける。
すっかり混乱しきって辛うじて開いていたドアの隙間に身体をすべり込ませた。
――と、柔らかな何かにぶつかった。
本能で、「やってしまった」と自分の大失態を悟る。
自分の顔面に当たっているこの温かい膨らみは、レルアバドのものではない……ということは、導き出される答えはひとつである。
「あ、あの……」
恐る恐ると顔を上げると、そこにあったのは。
「あら、あらあらあら?」
ずずいっと眼前に迫って来た女性の笑顔に、キャロディナは目をぱちくりと瞬かせた。
近づいてきた女性が、とても「お婆様」と呼ばれているとは思えないくらい若い顔だったから。
顔も首も肌はしっかりと張っていて、どこにも加齢の皺は出来ていない。
しかし、正確な年齢は把握し辛かった。
というのも、その髪は見事なまでに真っ白だったから。
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