第2話《Bパート》
ダイゴと戦う五分前。ダイゴたちが待機するテーブルと背を向けるようにして、翔太と真澄、譲が作戦会議を始めていた。
「とりあえず、翔太くん。基本的なルールは、わかってる……よね?」
真澄に問われ、翔太はぎこちなく頷いた。その様子を見て、真澄と譲が顔を合わせた。
「譲くん……あれから、ブレバトはやった?」
「う、ううん……。まだ翔太もルールわかってないだろうって思って、とりあえずルールブック読んで来い、って言っただけ……」
「なるほど……」
そこから、翔太の不安げな様子の理由を理解した真澄は、苦い笑みを浮かべた。
「っていうか真澄さん、ヒロさんは? こういう時こそヒロさんがいたら助かるのに……」
「ちょうど今入荷品を取りに行ってて……あの人、いつもタイミングが悪いのよねえ……」
譲の問いに、真澄は額に手を当て大きく溜息を吐きながら答えた。
「翔太くん」
「はっ、はい!」
「とりあえず、ルールのおさらいをしましょう」
真澄に呼ばれた翔太は上ずった声で返事をする。少しでも冷静さを取り戻せるよう、と思いながら真澄は店にあるルールブックを開き、バトルテーブルをみながら説明を始める。
「まず、ブレバトはブレイバーに10ポイントのライフが与えられる。そのライフを減らして0にした方が勝ち。これはわかる?」
「は、はい」
「よし。じゃあ、次ね。ブレバトのプレイ中に場に出せるカードは三種類。アルターカード、パーティーカード、そしてアクションカード」
そう言って、真澄はテーブルの左上のエリアを指さす。
「アルターカードはこのアルターゾーンにセットするの。プレイの時にはここにスマートフォンを置いて、その上にアルターカードを置いてね。そうするとプレイ履歴が残るようになるから」
「う、うん……」
「そういえば、翔太って結局アルターカード決めたんだっけ?」
ふと、思い出したように譲が翔太に尋ねた。それを聞いて、真澄も「え?」と声を上げた。
「あら、翔太くん、アルターカード決めてなかったの?」
「えっと……決めてるのは、決めてる……けど……」
そう言って、翔太はカードケースから一枚のカードを取り出した。
「こ、これ……」
アルターゾーンに置かれたのは、『剣の勇者 ショウ』のカード。そのカードを見た譲と真澄が驚いたような表情を浮かべた。
「初めて見るカードだ! でもこのカード……なんか、翔太に似てる?」
「そうね……珍しいこともあるものね……」
まじまじと、譲と真澄が翔太とショウのカードを見比べる。視線を受ける翔太はぎこちなく「あはは……」と笑った。
「でも、このカードをアルターにするのは悪くないね。翔太くんが昨日買ったのは勇者デッキだから、相性は悪くないだろうし」
「そ、そうなんですか?」
「基本的にあのデッキだけでもゲームはできるようになっているから大丈夫よ」
にこり、と微笑む真澄の表情を見て、翔太は少しだけ安心した。
「それじゃあ、ルール説明に戻ろうかしら。翔太くん、バトルの方法は知ってる?」
「えっと……ここにパーティーカード、で、こっちにアクションカードを置くんですよね」
翔太は不安げな表情でテーブルの上のゾーンを指さす。
「そうそう。ブレバトはラウンド制、先攻後攻じゃなくて同時にカードを開くようになるわ。そこでブレイバーの行動が決定される。ラウンド内でできる行動……アクションは四種類あるわ」
「アタック、ディフェンス、エフェクト……あと、ブレイク」
翔太の言葉に、真澄が「その通り」と頷いた。
「アタックはエフェクトに強く、エフェクトはディフェンスに強い。ディフェンスはアタックに強い。これって、じゃんけんみたいな感じですよね」
「正解。でも、そのじゃんけんを覆すのが、ブレイクっていうアクションね。ブレイクはどのカードを出した時でも有効となる。これが大まかなルールね」
「は、はい……」
「アルターカードとパーティーカード、その二つのパワーポイントが合算されたものがラウンド中のパワーになるわ。ここまでは大丈夫そう?」
真澄に問われ、翔太はこくり、と頷いた。ここまでの話は、昨日ルールブックで読んだところと同じ。人に説明され、より分かりやすくなったような気がした。
「それじゃあ最後にゲームの流れを説明するわね。ブレイバーは手元に五枚のパーティーカードが持てるわ。最初にドロー、デッキから一枚カードを引くことができる。その時、一度だけ手元のカード、手札を一枚チャージゾーンに置いてドローすることができるわ」
「チャージゾーンにカードが溜まったら、ブレイクが発動したり、他の効果を出すことができるんだぜ!」
真澄の説明を聞いて困惑しかけている翔太の横から、譲がチャージゾーンを指さしながら言う。
「手札からカードを選んで、パーティーゾーンとアクションゾーンに裏返しに置く。そして表に返す――オープンさせてそのラウンドの勝敗を決める。そこで使用したパーティーカードは原則ドロップゾーンに送って、ラウンド終了……どうかしら?」
一通り真澄が説明を終えると、翔太はアルターゾーンにあるショウのカード、そして自分の手元にあるカードケースを見て頷いた。
「ありがとうございます。ルールは……多分、大丈夫、です」
「よかった。あとは、実際にプレイするしかないわね……」
そう言って、真澄は視線を別のテーブルに向けた。そこでは、ダイゴたち三人がテーブルの上にカードを広げてデッキ調整をしている様子だった。
「翔太……」
譲が不安げな声を翔太にかける。翔太も引きつった表情のままだった。
「おい」
そんな不安げな空気を断ち切るように、ダイゴが翔太に声をかける。準備完了、と言うようにダイゴはデッキゾーンにカードを置いた。
「時間になったぞ」
にやり、と不敵な笑みを浮かべるダイゴに、翔太は表情をこわばらせる。ぎこちない足取りで、ダイゴの正面に立って、自分のデッキをデッキゾーンに置いた。
「始めるぞ」
ダイゴと翔太はアルターゾーンにスマートフォンを置く。スマートフォンがバトルテーブルのデータに反応し、淡い光を灯す。
「アルターコール!」
ダイゴはそう言って、スマートフォンの上に一枚のカードを置いた。
「『破壊の暴龍 デストロイ・ドラゴン』をコール!」
すると、カードの上からホログラフ映像が現れ、カード上に描かれているドラゴンが映し出された。黒いドラゴンの翼はジェット機のような機械的なものとなっており、身体の至る部分が銃口やミサイルの発射口のような形となっている。その映像を驚いたような表情で見ていた翔太に、後ろから譲が声をかける。
「翔太! お前もアルターコールしろよ!」
「あ! えっと、あ、アルターコール!」
ダイゴと同じように、翔太はスマートフォンの上にカードを置く。
「『剣の勇者 ショウ』をコール!」
翔太の声と同時に、スマートフォンの上にショウの姿がホログラフ映像で映し出される。
「さあ、バトルだ!!」
ダイゴが大声で翔太に向かって叫んだ。
「ドロー!」
ダイゴは宣言し、デッキからカードを一枚引く。それに倣い、翔太もカードをデッキから一枚引いて、手札から一枚をチャージゾーンに置いた。
「ちゃ、チャージ」
「お前……もしかして、初心者なのか?」
ぎこちない翔太の動きを見ていたダイゴが、唐突に尋ねた。びくり、と肩を震わせた翔太を見てダイゴは大声で笑った。
「はははは! 初心者が、この俺と勝負するとはいい度胸じゃねえか!」
「いやぁ、それにしたって可哀想っすよDD」
「初心者ですから、優しくしてあげないと」
ダイゴの横で、中岡と小山がにやにやと声をかける。ダイゴもにやり、と不気味な笑みを翔太に向けた。
「いや……俺も正々堂々としたブレイバーだ。全力で叩き潰してやるぜ」
その笑みと威圧感に恐怖を覚えた翔太の背筋に、ぞっと寒気が走った。
「行くぜ! カードをレイズ!」
慣れた手つきで、ダイゴがパーティーゾーンとアクションゾーンに裏側に置く。翔太も手札からパーティーカードを一枚置き、アクションゾーンにカードを置いた。
「それじゃあ、行くぜ? パーティコール!」
ダイゴが言うと同時に、二人はパーティーゾーンのカードを表に返した。
「『小さき破壊龍 ブラック・ミニドラゴン』をコール!」
「『炎の狼 ファイア・ガルル』をコール!」
ダイゴが出したのは、デフォルトされた黒い龍が描かれたカード。翔悟は、炎に包まれた狼が描かれたカードを出す。すると、アルターゾーンに映し出されている映像にも、同じモンスターの映像がアルターの隣に映し出された。
「アクションカード、オープン!」
二人は同時に、アクションゾーンに置いていたカードを表にする。
「あ、アタック!」
「残念。俺はディフェンスだ」
翔太が出したのはアタックカード。それに対し、ダイゴが出したのはディフェンスカードだった。そのアクションを受けて、ショウの隣にいたファイア・ガルルが炎に包まれてショウの隣から消えた。映像を見ていた翔太が表情を引きつらせる中、ダイゴは余裕の様子を崩さない。翔太は奥歯を食いしばりながら、ファイア・ガルルをドロップゾーンに置いた。
「さあ、サクサクやって行こうぜ? ドロー! チャージ、ドロー!」
その言葉通り、ダイゴは慣れた様子でカードを手札から引き、それぞれのゾーンにカードを置いた。
「おい、どうしたんだよ?」
「うっ……」
チャージとドローを終えた翔太の手が、止まった。険しい表情のまま、じっと手札を見つめている。
「しょ、翔太……」
後ろで翔太を見ていた譲が不安げに名前を呼ぶ。翔太はわずかに震える手で、カードをそれぞれのゾーンに置いた。
「カードを、レイズ……」
「やっと覚悟が決まったか。パーティコール!」
ダイゴと翔太は再びカードを表に置く。
「おれは、『勇者の盾 ラウンド・シールド』をコール!」
「『龍の導き手 ブラッド・デーモン』をコール」
翔太は円形の盾のカードを提示する。それに対応するように、ホログラフ映像のショウが円形の盾を持った。ダイゴが提示したのは角の生えた肌の黒い、赤い瞳の悪魔だった。
「アクションカード、オープン! おれは、ディフェンス!」
「俺はエフェクトだ。ブラッド・デーモンの効果!」
エフェクトカードを開きながら、ダイゴはカードの効果を宣言する。
「このカードのエフェクト効果は、相手の手札を一枚捨てさせる! そうだな……その一番左のカードを捨ててもらおうか」
ダイゴが翔太の手札の一枚を指さす。翔太は指定されたカードと、パーティーカードをドロップゾーンに置いた。ダイゴは満足そうに笑う。
「どうした? 全然読みが当たってないぞ?」
「う……」
「初めてのバトル、なのか? まあ、最初はみんな、そんな感じさ」
言葉こそ優しげなものだが、口調は明らかに翔太を見下したようなものだった。そんなことを気にする余裕もない翔太は、手の震えを何とか抑えながらカードを引いた。
「カードを、レイズ……」
「パーティコール」
ダイゴと翔太はパーティーカードを開く。
「『勇者の剣 シルバー・ソード』をコール」
翔太が宣言すると、ホログラフのショウが目の前に現れた銀色の剣を取って構えた。
「俺は『身代わりの龍 スケープゴート・ドラゴン』をコール!」
一方、デストロイ・ドラゴンの前には灰色の龍の映像が映し出された。ひょろ長く、翼の小さな龍がデストロイ・ドラゴンの身体にまとわりついている。
「アクション! お、おれは『シルバー・ソード』でアタック!」
「俺も『スケープゴート』でアタックだ」
二人が開いたアクションカードはどちらもアタックだった。
「え、えっと……『ショウ』のアルター効果……『剣の加護』、で、『シルバー・ソード』のアタックポイントは、500、プラスされる!」
翔太の宣言を聞いていた譲がぱあっと表情を明るくさせる。
「二人ともアタック……でも、アタックポイントは翔太の方が上だ!」
「そうね。この場合、翔太くんの攻撃が通る……」
譲の言葉に真澄は頷くが、表情は譲のものと違って険しい。
[はあっ!!]
ホログラフのショウが剣を振ると、デストロイ・ドラゴンの周りにまとわりついていたスケープゴート・ドラゴンが悲鳴を上げて消滅した。ダイゴはちら、と自分のBフォンを見た。
「打撃力3、俺のライフは残り7、か」
「よ、よし……」
翔太は安堵の息を小さく吐き出す。しかし、ダイゴはにやり、と笑みを深めた。
「『スケープゴート・ドラゴン』の、破壊時効果『痛覚反響』!」
「え?!」
「アタックバトルで破壊され、ダメージを受けた時、自分が受けたダメージと同じダメージを相手に与える……つまり」
ダイゴは翔太に人差し指を向ける。
「お前にも、ダメージ3を与える!!」
ダイゴの宣言と同時に、翔太の左手に振動が走る。
「うわっ?!」
左手首に付けていたBフォンを見ると、バイブレーション機能が起動している状態で、画面上には7と表示されていた。そこに表示されているのが、自分のライフだと理解した翔太は眉をゆがませた。せっかくダメージを与えたのに、と思う間も与えられず、ダイゴが「さらに」と宣言を続けた。
「『デストロイ・ドラゴン』のアルター効果『破壊の衝動』」
「『破壊の衝動』……?」
「このカードがアルターとして場にいてダメージを受けた時、相手のチャージゾーンにあるカードを一枚、ドロップさせることができる」
「そんな……」
ダメージを受けた上にチャージまで減らされる。翔太は困惑した表情のまま、パーティーカードとチャージゾーンのカードをドロップゾーンに置いた。困惑しているのは翔太だけではなく、譲も同じだった。
「な、何で攻撃できた翔太の方がこんなヤバいんですか……」
「ダイゴくんが使っているのは『破壊の暴龍 デストロイ・ドラゴン』……全てを破壊しつくすドラゴン。自身の攻撃力も高いけれど、反撃能力や特殊効果を有効に使うことで相手の手札もチャージもデッキも破壊する……手強いカードよ」
「翔太……勝てるかな……」
不安げに呟く譲を見た後、真澄は翔太を見る。不安げな様子が、背中からも痛いほど伝わる。
「翔太くん……」
数十分後。
「さあて、そろそろ決着とするかぁ?」
数ラウンドが経過した現在。ダイゴのライフは残り5に対し、翔太のライフは残り1となっていた。デストロイ・ドラゴンやダイゴのパーティーカードの効果でチャージゾーンのカードは2枚に削られ、手札も一枚しかない状態だった。
「……どう、しよう」
手札にあるのは先ほども使ったシルバー・ソード。しかし、また反撃効果を受けてしまったら翔太の負けとなってしまう。だからと言って何もしないわけにはいかない。
「おい、ガキ」
思考を巡らせていた翔太に、ダイゴが声をかけてきた。
「一つ提案がある」
「……提案?」
「降参してもいいぞ」
穏やかに、ダイゴは言った。翔太は思わず「え?」と聞き返した。
「ここで降参したら、お前のカードは諦めてやるよ。どうだ、悪い条件じゃないだろう?」
「ど、どうして……」
「今、俺たちがしてるのはローカルゲームだが、ネットワークと連動している以上、勝敗の記録は残る。初めてのゲームでこんな負け方した履歴が残ってたら、悲しいだろ?」
ダイゴが言うと、両隣にいた中岡と小山が「やっさしいですねぇDD!」と笑いながら言った。
「……おれのカードは諦めるって……。じゃあ、譲のカードは?」
「それはまた別の話だ。これはあいつが俺にぶつかってきた詫びでもらっておくぜ?」
「そんな!」
「翔太」
ダイゴの言葉に反論しようとした翔太の後ろから、声が聞こえた。翔太が振り向くと、譲が真っ直ぐに翔太を見ていた。
「譲……?」
「もういいよ、翔太……降参しろよ」
「なんで……」
「翔太がそんなになるまでしなくていいよ……オレのカードは、オレが取り戻すから」
そう言って、譲はダイゴを睨んだ。一方のダイゴは、にや、と不気味な笑みを再び浮かべる。
「いいぜ? まあ、俺に勝てる奴なんてそういないだろうけどなぁ?」
大きく笑い声を上げるダイゴと、それを睨む譲。その間にいる翔太は自分の手札のカードを俯きながら見つめていた。
「……どうしたら、いいんだ……」
[お前は、どうしたいんだ]
その時、翔太の耳にまた、声が聞こえた。顔を上げてアルターゾーンを見ると、ホログラフのショウが、ゆっくりと振り返った。赤いマントが、ひらり、と揺れる。
「どうしたい……って……」
[お前は、負けたいのか?]
まっすぐに翔太を見つめながら、ショウは尋ねた。
「負けたくなんて……でも……、もう、これじゃ勝てないよ……」
[勝てない、か……]
ショウは翔太から視線をそらし、翔太に背を向け、向かいに立つデストロイ・ドラゴンを見た。
[何で、お前は戦おうとしたんだ?]
「何でって、譲のカードを取り戻したかったから……」
[それなら、負けられないだろ?]
ショウに言われ、翔太ははっと眼を開いた。
[おれは、ここで負けたくない。だから、お前の力を貸してほしい。お前はどうなんだ、翔太]
顔を翔太の方に向けながら、ショウは再び尋ねた。
[お前は、どうしたいんだ]
ふっと微笑みながら尋ねるショウ。
「……ショウ、力を貸してくれ!」
翔太が言うと、ショウはしっかりと頷いてデストロイ・ドラゴンと対峙した。翔太も先ほどまでの不安げな表情を捨て、真っ直ぐにダイゴを見つめた。
「おれは……負けたくない!」
その言葉に呼応するように、翔太のデッキに赤い光が淡く灯る。
「……あァ?」
翔太の様子が変わったことに気付いたダイゴが、威嚇するように声を上げた。
「どういうつもりだ、ガキ」
「まだ……勝負は終わってない! ドロー!」
翔太はデッキからカードを一枚引く。その動きを見て、ダイゴは舌打ちをして同じようにデッキからカードを一枚引いた。
「ガキ。別にお前がバトルを続けるのは良いぜ? でも、負けたら約束通り、お前のカードもあいつのカードも貰うぞ?」
「なら、おれが勝ったら、譲のカードを返してくれるんだろ」
ダイゴの言葉に対し、翔太は怯む様子もなく言う。その翔太の反応に苛立ちをあらわにしながらダイゴはチャージゾーンにカードを一枚置き、再びドローした。
「この俺にそんな態度を取ったこと、後悔させてやる!!」
一方の翔太は、チャージゾーンにカードを一枚置いた後、静かにデッキに手を乗せた。先ほど引いたのも、今手札にあるものと同じシルバー・ソード。次の一枚、ダイゴに確実にダメージを与えられるカードが来なければ、翔太の負けが確定する。
「……ドロー!!」
翔太が一枚引いたカードは、赤い光を淡く灯していた。
「これって……!」
そのカードを確認した翔太は、再びダイゴをまっすぐに見つめた。
「何だ……?」
翔太の視線を受け、ダイゴは表情を歪ませる。先ほどまでの怯えていた様子が一切ない翔太に、不気味な笑みを浮かべる余裕はなかった。二人はカードをそれぞれのゾーンに置いた。
「コール!! 俺は『破滅の刃 エッジ・ドラゴン』でアタック!!」
ダイゴはカードを表に返して宣言する。アタックポイントが高値であるエッジ・ドラゴンとデストロイ・ドラゴンが攻撃となると、翔太のシルバー・ソードでは攻撃を無効化することは、できない。
ホログラフに映し出された、頭部に鋭い刃のような角があるエッジ・ドラゴンとデストロイ・ドラゴンが同時に咆哮を上げる。
「翔太!!」
悲鳴のような声で、譲が翔太を呼ぶ。負けてしまう、と譲がぎゅっと目を閉じた時だった。
「ブレイク!!」
翔太が、はっきりと宣言した。
「何?!」
「おれは、ブレイク……『バーニング・スラッシュ』を発動!!」
パーティーゾーンに置かれたカードは炎の刃を構えている勇者の絵が描かれたカード。
「ブレイクだと?! お前のチャージは3しかないのに……?!」
「この『バーニング・スラッシュ』はライフが1の時、チャージを使わずに発動することができる……そして、打撃力は……5!」
翔太はダイゴを指さして、叫んだ。
「行け、ショウ!!」
ホログラフのショウが、デストロイ・ドラゴンに向かって走る。腰に下げている剣を抜くと、その刃が赤い炎に包まれる。
「必殺!!」
[バーニング・スラッシュ!!!]
翔太とショウが、同時に叫ぶ。ショウが横一線、デストロイ・ドラゴンに斬撃を入れた。炎に包まれたデストロイ・ドラゴンが大きな悲鳴を上げ、消滅した。
「……翔太が、勝った……?」
目の間の状況を見て、譲が呆然とした表情で小さく呟いた。
「うわぁ?!」
ダイゴはそんな声を上げ、左手に持っていた手札を落としてそのまま地面に倒れ込んだ。
「DD?!」
「大丈夫ですか?!」
中岡と小山が倒れ込んだダイゴのそばに寄り、声をかける。ダイゴは頭を押さえて苦しげな表情を浮かべていた。
「いてぇ……何だ……俺は一体何を……」
「あの!」
倒れ込んだダイゴに向かって声をかけたのは、翔太だった。
「……だ、大丈夫……ですか」
翔太はダイゴに向かって手を差し出す。ダイゴは一瞬驚いたような顔を浮かべ、「ああ」と頷いて翔太の手を取り立ち上がった。
「あの、……譲のカード、返してください」
「……え? あ、……ああ」
ダイゴはテーブルの上に置かれてあった『深海の賢者 マーリン』のカードを取り、翔太に渡した。先ほどまでの不気味な様子が一切なくなったダイゴに、翔太は内心怯えていた。また怒声をかけられたらどうしよう、殴られたらどうしよう、という悪い想像しか膨らまない。しかし、ダイゴは何事もなかったかのように、翔太に背を向け、店を出ようとしていた。それに、慌てて中岡と小山がついていく。
「おい」
背中を向けたまま、ダイゴが言う。びくり、と翔太が肩を震わせ「はい?!」と裏返った声で返事をすると、ダイゴはちらり、と翔太を見て言った。
「悪かったな」
それだけ言って、ダイゴたちは店を出て行った。
「……えっと」
「翔太!!」
去って行ったダイゴを呆然と見ていた翔太の後ろから、譲の明るい声が飛んできた。翔太の両肩に手を乗せて飛びかかるようにやってきた譲に翔太は思わず「うわぁ?!」と声を上げた。
「譲?! 何だよ?!」
「お前すげえよ!! 初めてのバトルなのに、DDに勝ったんだぞ?!」
「え、えっと……あ! 譲、これ」
はしゃぐ譲に対し、まだ困惑の色が取れない翔太はダイゴから返してもらったカードを譲に渡した。
「マーリン! ありがとう、翔太!!」
「ううん、いいって。おれも正直……よくわかってなくて……」
「それでも、すごく頑張ったと思うわよ」
苦笑いを浮かべる翔太に、真澄が穏やかに声をかけた。
「ただでさえ初めてなのに、あの状況で堂々とプレイできていたと思うわ」
「そ、そうですか?」
「まあ、これからデッキ調整や戦略について考えることが課題かもしれないけどね」
照れる翔太に、真澄はくすりと笑いながら言った。
「いやーでもすごかったぜ! 何だよあのブレイク!」
「えっと……おれもなんか、よくわかってないけど……」
そう言って、翔太はバトルテーブルを見る。アルターゾーンにはまだショウのホログラフが映し出されており、翔太に向かって親指を立ててニッと笑っていた。
[やったな、翔太]
「……うん!」
「翔太?」
ひょこ、と譲が翔太の横から同じようにバトルテーブルを見る。そこにはカードと同じ剣を構えたポーズのままのショウのホログラフがあるだけだった。
「っていうか翔太、バトル中誰かと喋ってた?」
「へ?! な、何のことだよ?」
「いやー、なんか言ってたように思ったけど……オレの気のせい?」
「う、うん! 気のせいだよ! じゃあ、おれ、そろそろ帰ります!」
翔太は誤魔化すように大きな声で言いながら、バトルテーブルの上にあるカードとスマートフォンを片付けて、鞄を肩にかけた。
「今日はありがとうございました! 譲、また明日な!」
「え?! ちょ、ちょっと翔太?!」
「はーい、また遊びに来てねー」
慌ただしく店を出る翔太に、譲が驚きの声を上げるのに対し真澄は穏やかに微笑みながら翔太に手を振った。
「母さんただいま!!」
「はーい、おかえりなさーい」
家に帰った翔太はばたばたと走ってリビングへ向かった。
「翔太ー? ちゃんと手は洗ったー?」
「ちょっと待って!」
台所にいたまりこが声をかけるが、翔太はリビングの一角、雄一の写真の前で正座になり、手を合わせていた。それを見てまりこは「あら」と言いながらふっと笑った。
「父さん……おれ、今日ブレバトやったよ! 初めてやって、勝ったんだ! おれ、もっとブレバトやろうと思う!!」
翔太は写真の雄一に向かって満面の笑みを浮かべて言った。それを聞いていたまりこがそっと翔太の横に座った。
「すごいわね、翔太。ブレバト、楽しい?」
「うん! これからいろいろやってみたいと思う!」
「そう……」
ぱあっと明るく笑う息子の顔を見て、まりこもつられて微笑んだ。
「それはそれとして。翔太、ちゃんと手を洗ってきなさいね」
「あ、……はーい」
まりこに言われ、翔太はしぶしぶ、と言う様子で洗面所に向かった。普段は報告など二の次の翔太が、こんなに生き生きと言うなんて、と思いながらまりこは翔太の背中を見ていた。
「今日も見守ってくれてありがとう、あなた。翔太にも、いい出会いがあったみたいね」
ふふ、と笑いながらまりこは台所へ、夕食の準備を始めに行った。
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