第209話「紫電雷公破」

 結界が破られたことで、街中の炎は消え去り、霊極の力も解放された。

「よくやった。天堂優月」

 一番街の上空で白煉たちと交戦していた雷斗は、優月の活躍を称える。

 霊極の戰戻を封じる結界はなくなった。そして、久遠との戦いで失っていた雷斗の霊力は八割以上回復している。

「戰戻『夜天月下やてんげっか』」

 一瞬、辺りが暗闇に覆われ、続けて月明かりに照らされ始めた。

 対久遠戦以来となる雷斗の戰戻だ。

 戰戻状態となった霊極の力に比肩ひけんするものは、同格の霊極の力以外この世に存在しない。

「くっ……。退くぞ!」

 勝ち目がないと悟ったらしく、白煉は堅固と共に界孔の中に逃げ込もうとするが。

「逃さん……」

 戦域を埋め尽くさんばかりの紫電の奔流が生み出され、冥獄鬼の下級兵士たちは次々飲み込まれていく。

「断劾『紫電雷公破しでんらいこうは』」

 さらに雷斗は、霊剣・月下からすさまじい一撃を放つ。

 妖しげな紫の電光は、白煉の盾も堅固の岩もすべて打ち砕き、この場の敵を一気に全滅させた。



「あなたも物好きですね。せっかく復活したのに、また私と戦いにくるとは」

 蛇光と戦った後、しばらく気絶していた沙菜だが、再び冥獄鬼と交戦していた。

 相手は、前に白夜が倒した阿修羅だ。

「てめえが許せないからに決まってんだろ」

 沙菜は蛇光戦で消耗した霊気が戻っておらず、戰戻も使えない。

 阿修羅も短期間で復活した都合上、神気は十分に回復していない。

 どちらも万全の状態ではないため、やや地味な戦いだ。

「それほどまでに私が憎いですか」

「俺たちはまだいい。だが、なんで羅刹や人間を平気で殺せるんだ」

「エンターテインメントの定番は勧善懲悪ですよ。楽しいに決まってるじゃないですか」

 沙菜は殺人を本気で楽しんでいる。罪悪感はない。

「自分に手も足も出ない相手を一方的に殺しておいて、何が勧善懲悪だ」

 眉根を寄せる阿修羅に対し、沙菜は独自の論理を展開する。

「正義とは、弱きを助け強きを挫くことです。私は弱者を守るために強者を倒したにすぎない。強者とは殺されても文句の言えない存在なんですよ」

 本来、挫くべきとされているのは横暴な者のことだが、沙菜は強者全体を冷遇するような口振りだ。

「そんなに強者が嫌いなら、なんで月詠雷斗の信者なんてやってる?」

 沙菜が持論を語ると、最初に出てくる疑問がこれだろう。

「雷斗様は障害者ですよ? 弱者に決まってるじゃないですか」

 本人がいたらぶっ飛ばされるような発言だ。

 しかし、雷斗に弱者としての性質があるのも事実。生まれ持った障害がそうそう簡単に消えてなくなりはしない。霊極となった雷斗にも霊力障害自体は残っている。

「大体、たかが三ケタの命がなんだというんですか。世界が発展するに当たって、許容範囲内の犠牲でしょう?」

 許容範囲内の犠牲――一般的な正義感の強い者が特に忌み嫌う言葉の一つだ。

「三ケタじゃねえ。千二十三人だ」

 阿修羅は、忌々しげに訂正した。

 沙菜はというと、いつもと変わらず平然としている。

「わざわざ数えたんですか? 暇な人ですね。それで? その二十四の誤差がなんだと言うんです?」

「数字の問題じゃねえ。楽して生きてる人間なんてこの世にいねえんだ。みんな、それぞれ苦しんでもがきながら、それでも大切なものを抱えて必死に生きてる。その命を、思いを、てめえなんぞに踏みにじらせてたまるか!!」

 阿修羅は、生きとし生ける者への慈しみと、命を蔑ろにする極悪人への戦意を爆発させて、沙菜に斬りかかった。

 その思いの力は生物でないにも関わらず、強烈なものだった。

「ぐっ……」

 その証拠に、沙菜の左腕を斬り落とすに至った。

 阿修羅は続けて剣を振るうが、沙菜が流身で飛び退き、空を切る。

 阿修羅の主張は、沙菜から見ても全く見当外れというものではない。

 確かに、生きていて一度も苦しまない人間など一人もいないだろう。

 それでも、沙菜が、凡人は恵まれた強者であるという価値観を変えることはなかった。

 飄々とした態度を変えることも。

「私はこれからあなたに一つの魅力的な提案をします」

 まるで外国語を機械的に翻訳したような口調。

 人を徹底的にバカにしている。

「降伏すれば命の保証はします。それどころか他の脅威からも守ってやりましょう」

 冥獄鬼に命はないが言葉の綾だ。

 冥獄鬼は身体を滅せられても理に必要とされている限りは何度でも復活する。逆にいえば、不要とされれば復活はできなくなる。

 守られることで滅せられる機会がなくなれば、たとえ不要とされても半永久的に存在し続けられるという点では、無意味な提案ではないが。

「ふざけてんじゃねえぞ……」

 阿修羅は憤慨している。人間が親の仇を見る時、こういう目をするだろうか。

「交渉決裂ですか。まあ、適当な能力を出して斬ることにしましょう」

 刀の形状をした朧月。刀身に溜め込まれた様々な霊気から、どれを使うか考えていたところ、周りが暗くなったのち月光が降ってきた。

 雷斗の戰戻が発動したのだ。

 その光に触れて、沙菜の左腕は再生した。

「なっ!? どうなってる!?」

 阿修羅は、雷斗の戰戻の能力を知らなかったらしく、沙菜の回復能力が急上昇したことに驚いている。

「すぐに気付くでしょうから教えてあげましょうか。雷斗様の戰戻には強力なバフが付いているのですよ」

 バフとは能力を上昇させる効果を指すゲーム用語だ。逆に能力を低下させる効果はデバフという。

「自分だけでなく仲間の力も強化してくれるというのは、お優しい雷斗様らしいですね」

 雷斗への敬意は本物なのだが、やはり皮肉を込めているかのような言い回しをする沙菜。

「くそッ! ここまできて……」

 阿修羅は、せっかく沙菜に手傷を負わせたのに勝機を逃したとあって、歯ぎしりをしている。

「バフの意味を尋ねる余裕もありませんか。終わりですよ」

 沙菜は、力を増した朧月から霊気の刃を飛ばして阿修羅の首をはねた。



「う……」

 塔の最上階で倒れていた優月も光を浴びて目を覚ます。

(これは……雷斗さまの霊気……?)

 力を取り戻した優月は立ち上がり、斬り落とされていた腕をくっつけることを試みる。

 雷斗から与えられた力が大きいのだろう。案外すぐにつながった。

 街中で羅刹側の力が優位になっていくのが分かる。

(そうか……。わたしでも役に立てたんだ……)

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