第三十章-明かされる真実-
第207話「氷使い」
(ここか……)
惟月から結界石の破壊を任された優月は、示された塔の入口にたどり着いていた。
周辺にいた冥獄鬼は片付けた。しかし、塔の内部に強い神気がある。
慎重に階段を上っていくことにする。
途中、敵が現れることはなかった。
神気は上にある一つだけ。
(いよいよかな……)
次で最上階。結界石もそこにある。
守りが一人だけということは、その一人がよほどの実力者ということか。あるいは。
「……!」
最上階に踏み込んだ途端、優月の戰戻が解けて羽衣が消えた。無論、霊力も下がる。
「なに驚いてんの? 霊極を対象にした結界でも、発生源にここまで近づけば誰にでも影響するわよ」
「あなたは……」
待ち構えていた軽装の女は、前に戦った冥獄鬼の凪だ。
龍次を傷つけ、さらに『弱い男』などと侮辱しただけに、記憶に強く残っている。
「どんな奴が来るかと思ったら、アンタみたいな雑魚だなんてね。まあ、準霊極以上の羅刹は誰かしらが足止めしてるんだけど」
どうやら自分がたどり着けたのは、他の仲間に比べて弱かったかららしい。
結界石の守りが案外手薄だったのは、強い者は最初からたどり着かせない前提だからか。
優月が敵の予想に反して強ければ結界石は壊せるが、果たして――。
「あなたに会いたいって思ってました」
「どういう意味? アタシにそんな趣味はないんだけど」
とぼけたような態度を取る凪。
対する優月の戦意は固まっていた。
生物ではない冥獄鬼に復讐しても意味はない。そもそも優月の中に復讐の文字はない。
だが、苦しみを感じない存在が相手なら。
「二度と龍次さんを傷つけられないように、わたしがここで斬ります」
優月にしては相当強気な発言だ。
それは守るべきものへの想いが強くなっている証拠といえる。
「斬る? まさか前の戦いでアタシの実力が分かった気でいたの? アタシはあの時、刻印文字も使ってなかったのよ?」
「氷柱撃」
凪の言葉は無視して刀を振る。
しかし、なにも起こらない。
――正確には、刀から氷の槍が放たれず、代わりに塔の内部から炎が消えた。
「なにが……」
混乱する優月に、凪は自らが持つ天理石を見せつけてきた。
「アタシの刻印文字は『氷』。刻印解放したアタシは最強の氷使いなのよ。つまりアンタは、アタシの前では技を出すことすらできないって訳」
刻印解放に伴って二本の角が氷柱のような質感になっていく。
炎が消えたのも優月の刀から氷の槍が出なかったのも、凪が持つ氷の力が影響したからだ。
風を司る百済が力を解放した時、自然発生する風がなくなったのと同様に、最強の氷使いがいる場において他の者は氷を出すことができない。
早くも危険な状況に立たされてしまった。
それでも、逃げることは許されない。
技が出せないならばと、霊刀・雪華の刃で直接斬りかかる。
凪は氷の壁で防御した。
「アンタの技を真似してあげようかしら?」
亀裂の入った氷の壁が砕けて、氷の槍と化す。
後退しながらも、優月は身体を斬り裂かれる。
身体の中央を狙ってきた分は払い落とせたため、深手は負わなかったが、これではまずい。
優月の持っている技は、新たに習得した六花残雪破も含めていずれも氷雪属性のものだが、羅刹は基本的に特定の属性を持たない霊気を放出することもできる。
威力は知れているが、無属性の霊気を球にして撃ち出す。
「そんなもん通じる訳ないでしょ!」
霊気の球は、凪の刀で斬り払われてしまった。
気付くと戦域には細かい氷の粒が舞っている。
「うあっ……」
氷の粒が飛び交うと、優月には無数の傷が刻まれていく。
今、頼りにできるのは――。
「霊法六十三式・火炎流」
優月は左手を突き出して炎の渦を放った。
凪は構わず突進してくる。
「付け焼刃の霊法が効くと思う!? 氷が炎に弱い訳じゃないのよ」
凪は炎の中を通ってもやけどを負っていない。
炎は氷を溶かせることも多いが、それは炎の使い手が敵と同格以上の場合の話だ。
天理石の力で、前に戦った時より速力・攻撃能力共に上がっている凪は、刀の一振りで優月の左腕を斬り落とした。
「う……、あ……あ……」
片腕の半分ほどを失った感覚。それは恐ろしいものだった。
痛みはもちろん、それまであったものがそこにないという気持ち悪さが、優月の脳内を侵食する。
呆けている暇はない。
あわてて刀を振るが、あっさりかわされ、殴り飛ばされる。
「う……」
「戦ってるアンタがこの程度ってことは、守られてる男共はそれ以下ってことね。氷血ってのも高が知れてるわ」
うすら笑いを浮かべる凪。
この女を好きにさせていていいのか。
(なんとかして……、なんとかして勝たないと……)
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