第206話「優月の使命」

「お前の霊刀・雪華はなまくらじゃなかったな……」

 冥獄鬼としての力をなくした虎徹は、最期に優月の刀への賛辞を残して消えていった。

 赤い髪もそうだが、優月の力を認めてくれているという点でも、初めて倒した敵である赤烏を彷彿ほうふつさせる相手だった。

 あるいは、彼らは敵であって敵でない存在だったといえるか。

「優月さん。来てくださると信じていました」

 優月に歩み寄った惟月は、胸から血を流している。

 虎徹は決して軟弱な鬼ではなかったが、優月でも倒せる敵から惟月が一方的に傷を与えられるというのは妙な話だ。

 虎徹の語ったことが事実なら、なおさら。

「もしかして……、わたしを待っていてくださったんですか……?」

 自意識過剰かもしれないが、そんな気がした。

「そうです。あなたはずっと私の思惑通りに動いてくれました。そして真実を知った時、どうするか。私はなにも変わることがないのではないかと思ったのです」

 惟月は、どこかしんみりした空気を漂わせながら話す。

「虎徹さんが言っていた……、お母さんを見殺しにしたとか、わざと、わたしたちを騎士団と戦わせたとかは……」

「すべて真実です」

 ここまで正直に認めるということは、優月に対する悪意はないのだと思える。

 惟月は大霊極。自分たちのような下々の者とは抱えている事情も違うだろう。

 きっと彼なりの善意に基づいて行動してきたのではないか。

 道具扱いであっても不満はない。少し愛着でも持ってもらえていれば御の字だ。

「普通の人が聞けば軽蔑されることでしょうけれど」

「い、いえ、そんなことは……。わたしもお母さんのことそんなに好きじゃないですし、惟月さんみたいに上品な人が戦場に立つより、わたしみたいなのを使った方が理に適ってるとも思いますし」

 一部、意味の分からないことを言ったような気もするが、惟月は顔をほころばせてくれた。

「やはり、あなたは特別です。龍次さんや涼太さんが惹きつけられるのも分かります」

「そ、そうでしょうか……?」

 真実が明かされる前の惟月も、優月を過大評価しているように見えたが、それも変わらないようだ。

 こそばゆいが、うれしい。

「この戦いが終わったら、お話ししたいことがあります。そのためにも、まず冥獄鬼たちを撃退しなければなりません」

 惟月は三番街の方向を指差す。

「あちらの塔の最上階に霊京に張られた結界を維持している『結界石けっかいせき』があるはずです。その破壊をお願いしてもいいでしょうか?」

 また利用されているともいえるが、頼ってもらえるというのは決して悪いことではない。

 霊極の力を封じ、街を炎に包んでいる結界。それを破る役目を与えられたのだから名誉なことだ。

「はい。行ってきます」

 霊極の戰戻が解放されれば、戦局は俄然有利になる。

 優月は示された塔に向かって飛び立っていく。

 庭園に残った惟月の元には新たな冥獄鬼が。

「あなたがリーダーですね。冥獄鬼・あかつき

 赤い界孔から出てきたのは、冥獄鬼の中でも特にしっかりと整った装束を身につけた青年だ。

 獄界の中で、惟月を攻撃するタイミングを見計らっていたのだろう。

 暁の背後には、当然のごとく数多の下級兵士が控えている。

「そうだ。俺がお前を倒す」

 暁は虎徹が消えた跡を見て、目を細めた。

「虎徹がうまくやってくれれば最善だったが仕方ない。あいつの健闘を無駄にはしない」

 冥獄鬼同士の間にも友情や信頼関係がある。

 虎徹が持っていた『自分の手で氷血を斬りたい』という意思は尊重していたようだ。

「この傷のことを言っているのでしたら、少々申し訳ないところです」

 惟月は胸の傷に手を添える。

 その手から治癒の霊力を放出するのではなく、一つの極致霊法を発動した。

「霊法百二十四式・心命復還」

 惟月の身体が、数分前の斬られていなかった時のものと入れ替わる。

 着物とマントも元に戻った。

 早い話が、羅刹装束も含めた、ダメージの完全回復だ。

 マントの留め具には蓮乗院家の紋章があしらわれている。

「あらかじめ極致霊法の仕込みをしていたのか。虎徹が感じていた恐怖はこれか……?」

「おそらく、また別でしょう。私の能力が恐ろしいのは禁術などとは無関係です」

 惟月は、己の力を誇示するのとは違った意味合いで『恐ろしい能力』と表現した。

 暁が、腰に差した剣を抜く。

「――極致霊法を行使したならば霊力は消耗しているはず。虎徹の戦いが無意味でなかったことは俺が証明してみせる」

 部下を思いやる暁の性格は称えられてしかるべきもの。違った形で出会っていれば、世界を守るために共闘できていたかもしれない。

「一度目の侵攻で私を人質にして雷斗さんを倒そうとしたのはフェイク。真の狙いは私を殺すこと、それだけですね」

「貴様……初めから気付いていたな。その上で、月詠雷斗のそばを離れたと」

「優月さんが私のために戦ってくださっているのですから、私も勇気を出さなければなりません」

 勇気――大人しいイメージの惟月が使う言葉として違和感のなさそうなものだが、冥獄鬼たちからすると似つかわしくないと感じるものだろう。

「貴様の力は危険すぎる……。世界の調和のため、斬らせてもらうぞ」

 魂を司る能力を持ち、数名で騎士団を壊滅させる配下を従え、再生した騎士団をも支配下に置いた惟月。

 それは、あらゆる異世界で最も強大な存在であった。

「…………」

「…………」

 吹き抜ける風に惟月のマントと暁の羽織がはためく。



第二十九章-地獄からの侵攻- 完

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