第205話「己の刀」

 霊京五番街。蓮乗院家・庭園。

 虎徹の刃を受けて惟月は深手を負っていた。胸から鮮血が流れ出している。

「クソッ……! 斬っても斬っても、こっちが追い詰められてる気しかしねえ。化物め……!」

 この場にいるのは惟月と虎徹の二人だけ。

 虎徹は傷も負っていなければ神気もまだまだ残っている。

 はたから見れば、虎徹が明らかに優勢だ。

 それでも虎徹は冷や汗をかいていた。

「その化物を倒す覚悟で来たのでしょう? 早くトドメを刺してはどうですか?」

 対する惟月は出血量とは裏腹に落ち着いたものだ。

「挑発か……? なにか罠が……。それとも……」

 惟月の能力は魂――もしくは精神と表現してもいい――を司るものと判明しているが、どれだけのことができるのか底は見えていない。

 少なくとも心を読むことはできる。洗脳の類いもできておかしくない。雷斗の紫電のように恐怖心を与えるぐらいのことは造作もないだろう。

 虎徹は惟月の攻撃を受けていないが、近づいただけで効果が発揮される可能性も。

「やるしかねえ……!」

 虎徹が太刀を構えて斬りかかろうとした、その時。

 空に暗雲が立ち込めてきた。

「霜天雪破」

 か細いウィスパーボイスで技名が聞こえると、豪雪が柱となって虎徹に降り注いだ。

 それを回避した虎徹は、技を放った少女の姿を認めて、目を見張った。

「お前……優月……」

 虎徹は、宙に浮かぶその少女を下の名前で呼んだ。

「ありがとうございます、虎徹さん。わたしに考える機会をくださって」

 月白の着物をまとった少女・天堂優月は、虎徹に一礼をして。

「すみません、惟月さん。助けにくるのが遅くなりました」

 惟月にも頭を下げ、謝罪した。

「優月さん」

 惟月の表情から、優月をどういう対象として見ているかは読み取れない。

 しかし、優月は彼を助けるためにここにきたのだ。

「オレの忠告は無意味だったってことか?」

 惟月との戦いを中断した虎徹は、優月の方へ向き直った。

「そんなことはないです。しばらくの間、自分が何にショックを受けたのか、改めて考えてました」

 優月は虎徹と対峙する。

 右手には霊刀・雪華を握っている。

「考えた結果はどうだったんだ?」

「よく考えてみれば、単に惟月さんが最初に思っていたほどいい人じゃないかもしれない、わたしのことなんてなんとも思ってないかもしれないっていうだけのことでした」

 自分はいつの間にか、すごくぜいたくになっていたのだ。人間界では外に居場所すらなかったというのに。

 霊刀・雪華がなまくらだというなら、むしろ自分にふさわしいぐらいだ。いらない物を押しつけられたとしても、惟月と自分の立場を考えたら不平を言える義理もない。

「利用されてたとしても、わたしはこの世界に来て確かに幸せでした。つらいこともありましたけど、割が合わないとは思いません」

 惟月の策略で龍次が昏睡することにはなったが、そもそも自分がもっと強ければ、そんな余計なことをする必要はなかった。

 すべては自分の弱さが原因だ。

「氷血はお前のことを道具扱いしてたんだぞ。わざわざ、こいつを助ける意味があるか? 人間の仲間たちと幸せに暮らせばいいんじゃねえか?」

「道具には役割があります。でも、以前のわたしに役割はありませんでした。惟月さんが、わたしをガラクタから道具に変えてくれたんです。だから、わたしは惟月さんのために戦います」

 優月の役割にして誇り――それは誰かの代わりに傷を負うことだ。

 身体の傷、心の傷、そして名誉が傷つくことも。

 浮気者呼ばわりされるとしても、龍次と涼太の二人共と付き合う選択をしたことも同じ理由から。

 女王殺しの罪だって、誰かが背負わなければならないなら、自分が背負うので構わない。

 優月の決断を見届けた惟月。

「ではお願いします。私を守ってください」

 惟月は、恥じることも怖じることもなく、堂々と優月に助けを求めた。

 彼の胸中は測れない。

 所詮道具だから、ここで使い捨てにしようと考えているのか、さらなる困難を与えるつもりなのか。

 しかし、その目には信頼が宿っているように見えて、優月は自らを彼のナイトだと思い込むことにした。

「はい」

 短く、それでいてはっきりとした答え。

 その直後、手にした刀から鼓動が聞こえた気がした。

 そして――。

「――! 刀が……」

 霊刀・雪華の色が淡くなり、形状も微妙に変化する。

 何が起こったのかは、惟月が教えてくれた。

「これは霊刀・雪華が真にあなたの刀となった証です。もはや私の母の形見ではありません」

 惟月が、母・風花を見殺しにしたというのであれば、形見としての性質を失ってこそ価値があるともいえる。

「霊魂回帰」

 戰戻の発動で優月の霊力は急上昇する。

 武具として生成された羽衣に大きな変化はないが、今ならかつてない力が出せそうだ。

「そこまで覚悟が決まってんなら、隙を突いて氷血だけ殺すのは失礼だな。お前から斬らせてもらうぜ」

「そうしてください」

 虎徹が、どこかうれしそうな顔で優月に切っ先を向ける。

 お互い、やっと本当の戦いができるのだ。

 断劾を撃とうとした優月は、自分の中に新しい霊源が生まれていることに気付く。

 優月は元より優しさに特化した人間。慈悲の力である断劾は十八番といったところだ。

 その優月が借り物の断劾しか使えないはずがない。

 移植されたものではない、自分自身の断劾を放つ。

 技の名は思考するまでもなく口から出ていた。

「断劾『六花残雪破りっかざんせつは』」

 銀雪ぎんせつの渦をまとった霊光が直線的に伸びていく。

「神技『業火獄炎刃ごうかごくえんじん』」

 虎徹も負けじと、太刀に巨大な炎をまとわせる。

 二つの技がぶつかり合い、雪と炎の両方が散った。

「こんなもんか? だったら次はこっちから――」

 再び太刀に神気を込めて、前進しようとした虎徹だが。

「な……に……?」

 一歩も進まないうちに膝を突いた。

 虎徹の身体には、いくつもの傷が刻まれ、表面が凍りついている。

「いつの間に……」

 与えた傷は深くない。氷結しているため、出血しない。痛覚をマヒさせており、痛みも感じさせない。だが、確実に敵の戦闘能力を奪い去っている。

 これが、優月の断劾――六花残雪破だ。

「敵を苦しめずに倒す技か……。お前の霊刀・雪華はなまくらじゃなかったな……」

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