第二十七章-羅刹VS冥獄鬼-

第177話「無限の罰」

 羅仙界。霊京郊外。

 喰人種討伐を終えて帰還してきた雷斗と惟月の周囲に不穏な空気が漂っていた。

「なにか出そうですね……」

「覚えのある気配だ。おそらく――」

 雷斗が口にするより早く、答えが現れた。

 赤い界孔。いわば地獄の門だ。

「へえ、あんたが月詠雷斗? 色男じゃない」

 獄界から羅仙界へと侵入してきたのは、やや小柄な女の冥獄鬼だった。額の左右に角が一本ずつ生えている。

「なんの用だ」

 冷たく問いかける雷斗。

「あんたが最速の力を持った羅刹なんだってね。あたしと勝負してみない?」

 軽装の冥獄鬼は、懐からダガーを取り出す。

「速さに自信があるらしいな。だが、貴様などに興味はない。失せろ」

 冥獄鬼と羅刹は、喰人種の扱いに関して対立することが多々あるが、常に争っている訳ではない。

 不毛な争いなら避けた方が賢明だ。

「あたしの名前は俊菊しゅんぎく。こないなら、こっちからいくわよ!」

 俊菊の懐でなにかが光ったかと思うと、彼女はすさまじい速さで辺りを飛び回り始めた。

 冥獄鬼が高速で移動する術も、羅刹の流身と同じ原理だ。

 しかし、ここまでの速さの流身は、めったに見るものではない。

「あたしの刻印文字は『速』! 力が戻りきってないあんたじゃ、あたしに追いつくことは――」

「目障りだ……」

 雷斗が剣を抜くのと、俊菊が真っ二つになるのは、ほぼ同時だった。

「う……そ……」

 ふたを開けてみれば、俊菊はただ飛び回っただけで、朽ち果てた。

「さすがです。雷斗さん」

 雷斗の力は、久遠との決戦で失われたのち、現在八割ほどまで回復している。

 口振りから察するに、俊菊には獄界最速の力があったのだろう。

 それでも雷斗には遠く及ばなかった。

 雷斗は、光を司る羅刹であり、その能力の真髄は移動速度だけではなく、眼力でもあり、思考速度でもある。

 冥獄鬼がいかに速く動こうとも、雷斗はその動きを見極め、最適な霊子構成を編み出して対抗できるのだ。

 単なる『最速』では、雷斗の相手には足りなかった。

「だからはやるなと言ったものを。霊極を真正面から倒すことなどほぼ不可能だ」

 次は、長い金髪に白装束の青年が現れた。

 角はなく、清廉さを感じさせる美形だが、神気をまとっているからには、これも冥獄鬼だろう。

 神気を行使できる存在は天界にもいるが、目の前にあるのは獄界に通じる界孔だ。

「新手か……」

 雷斗と向かい合う白装束の青年の背後には、個性の感じられない複製品のような鬼たちが十体以上控えている。

「私の名は白煉はくれん。あなたを討ちにきました」

 敵でありながらも、霊極に対して敬意は払っている様子だ。

 そのぐらいの殊勝な人格の持ち主でなければ、雷斗の相手は務まるまい。

「雷斗さんを殺してどうするつもりですか? 世界を守るという志は同じのはずです」

 惟月が問いかけると、白煉は冥獄鬼らしい答えを返した。

「数多の喰人種を倒してきた雷斗様の功績は確かに素晴らしい。しかし、奴らは多くの人々を害してきた罪人だ。それを断劾で浄化して天界に送るなど看過かんかできることではない」

 罪人はあくまで罰するべき。それが世界の意思だ。

 喰人種も含め、大きな罪を犯した者は、その魂を地獄に囚われ、半永久的に責苦を与えられ続ける。

 羅刹の断劾による浄化は、このシステムに逆らい、罪人であっても天界での試練を経て新たな命へと転生できるようにすること。

 転生といっても、魂魄は分解されていくつもの魂の素材となるため、生前の自我は完全に失われるのだが、それはこの際どうでもいい。

 重要なのは、獄界では罪人が想像を絶する苦痛を味わい続けるという点だ。

「有限の罪に対し無限の罰を与えるなどとは、恥ずべき不徳だ。下衆が……」

 雷斗は、悪人の罪を有限のものとした。

 人の命に限りがあるのだから、それを奪った罪も無限ではない。

 どんな重い罪でも、いつかは許されるべきなのだ。

「罪人を罰することの何が不徳ですか。月詠雷斗様、あなたは甘すぎる」

 敵は容赦なく斬り捨て、仲間にも立場相応の覚悟と努力を求める雷斗を、白煉は『甘い』と断じた。

「ふっ……。ならば、その甘い剣を受けてみろ」

 雷斗が霊剣・月下げっかから霊気を放つ。

 白煉は左手に巨大な盾を出現させて防ぐ。

 この盾は理によって冥獄鬼に与えられた神器だ。

 防がれた霊気は盾の中に吸収されていった。

 沙菜の『霊子吸収』に近い能力だろうか。

「盾がかすかにきしんでいる……。大した剣圧ですね」

「私の霊気を防ぎきるとは、先ほどの女よりはマシな力を持っているらしいな」

 戦技の類いを使っていない、ただの霊気でも、雷斗のそれは他の者の断劾にも匹敵する威力だ。

 このレベルの冥獄鬼が動いたということは、いよいよ理が雷斗を危険視し始めたのだと考えられる。

電迅争覇でんじんそうは

 敵の力を認めた雷斗は、これまでの戦いで多用してきた断劾を撃つ。

 放たれた強力な紫電は、白煉の盾の力とせめぎ合う。

 盾には亀裂が入ったが、破壊するには至らず、これも吸収されていった。

 そして、その亀裂は修復されていく。

 やはり『霊子吸収』と同様、受けた力を自分のものにできるようだ。

「どうしました? あなたの力はこの程度ではないでしょう?」

 この手の能力に対抗する方法として、最も単純なのは吸収できないほどの圧倒的な力を放つことだが、いきなり奥の手を出すほど雷斗は軽率ではない。

 雷斗は、霊剣・月下の刃で直接斬りかかる。

 盾に触れずに斬ることができれば、それで事足りる。

 白煉も俊菊には及ばないながら、素早い身のこなしで剣をかわした。

 飛び上がった白煉の右手に両刃の剣が現れる。

 その剣から神気が撃ち出され、雷斗はそれを自身の剣で受け止める。

 続けて、白煉の部下と思われる鬼たちが一斉に襲いかかってきた。

「邪魔だ」

 白煉の神気を打ち払った上で、雑兵たちを斬り裂く雷斗。

 敵の雑兵は二体倒されたところで距離を取った。

 白煉が雷斗の背後から斬りかかるが、雷斗は即座に振り返り斬り結ぶ形に。

 光の力を宿した雷斗にとって、この程度の動きを読んで反応するぐらいは造作もない。

「二つの神器を与えられた冥獄鬼――。ずいぶん目をかけられているようだな」

 大抵の場合、冥獄鬼が所有する神器は一体につき一つだ。

 神力の高さからしても、白煉が獄界有数の実力者であることは間違いない。

「あなたを倒すには、まだ足りないかもしれません」

 そこで、白煉の剣が強力な神気を帯びる。

神技しんぎ白炎烈破はくえんれっぱ』」

 神聖なる白き炎が、扇状に広がり雷斗に向かう。

 断劾をぶつければ相殺できなくはない。だが、ひとまずは流身で回避した。

「惟月。下がっていろ」

 敵の攻撃範囲は狭くない。近くにいさせない方が良いだろう。

「はい」

 指示に従って、惟月は後ろへ跳ぶ。

 しかし、惟月の背後には新たな冥獄鬼が。

「捕まえた……」

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