第151話「想いの力」

(わたし、助かったんだ……)

 希望と絶望を繰り返し味わってきた千秋は、その場にへたりこんでしまった。

「千秋。大丈夫か?」

「うん。安心したら気が抜けちゃって」

「雷斗にもあいさつしたら、霊京を観光して、それからオレたちの家に帰ろうな」

「うん」

 兄と交わす何気ない会話。それが、こんなにもうれしく感じられたのは初めてのことではないだろうか。

 千秋に目が残っていれば、涙があふれていたかもしれない。

 口元で笑みを作り、喜びを伝えてみる。

 そして、惟月と雷斗には感謝を伝えねばなるまい。

「惟月様、本当にありがとうございます! このご恩は一生忘れません」

「いえ、大したことはしていません。あるいは、なにも――」

 千秋たちの方に振り返った惟月の背後から、二度と聞きたくなかった声が聞こえてきた。

「全部分かってんじゃねえか。驚いてくれんのは、田舎者の二人だけか」

 灼火の身体が再生していた。

 足元には血だまりがある。倒されたのは間違いないはずだ。

「まだ復活するってのか!?」

「なんで……。断劾で倒されたのに……」

 二人の疑問は、解消されると共にさらなる絶望を与えてくる。

「使命があるって言ってんだろ。偉大なことわり様が俺を最優先で復活させてくれるんだよ。断劾だって理そのものを消せる訳じゃないからな」

 そんなむちゃくちゃな話があるのか。

 使命を持った冥獄鬼は無敵だと。

「一体どうすりゃいいんだ!」

 さけぶ春人に、惟月は静かに告げてきた。

「方法がない訳ではありません。今までの戦いはダメ元でやっていただけです」

 方法がある――それ自体は希望になるが、ダメ元の戦いをしてきたということは、その方法は簡単ではないといっているも同然だ。

「断劾というのはそもそも、羅刹の慈悲心によって生まれる浄化の力――つまりは想いの力なんです」

 順を追って説明する惟月に灼火が割り込んでこないのは、惟月を殺すのは難しいと判断しているからだろう。

「私や雷斗さんは、千秋さんとは初対面です。尊い命ではありますが、心の底から大切に思うことはできません。冥獄鬼・灼火が持つ使命という名の鎖を断ち切れるのは、狙われている千秋さんを誰よりも愛している者だけだといえるでしょう」

 ようやく話が見えてきた。

「じゃあ、わたしを助けられるのは……」

「千秋の兄であるオレしかいないってことか……!」

 理解はできたが、問題は解決していない。

 千秋も春人も断劾は会得していないのだ。これでは振り出しに戻っている。

「オレじゃなきゃできない……。でも、オレに断劾は使えない……。八方塞がりじゃねえか!!」

 春人は地面を殴りつける。

 苦々しい面持ちの春人とは対照的に千秋はだんだん落ち着いてきていた。

「もう、いいよ、兄さん。わたしのためにみんなが戦ってくれてうれしかった。十分幸せだったよ。理で定められてるってことは、わたしが今日死ぬのは正しいことなんでしょ? 兄さんが、わたしのこと忘れないでいてくれれば、それだけで……」

 灼火の使命は千秋を殺すこと。使命が果たされれば、今度こそ惟月の断劾で滅せられるはず。

「実の妹を見殺しにできる訳ないだろ! 断劾がなきゃいけないってんなら、あいつと戦いながら会得してやる!」

「そんな、無茶だよ、兄さん」

 惟月だからこそ二回も倒せていたが、灼火の神力はすさまじい。断劾を会得するどころか、一瞬で殺されてしまう。

「……答えに近いともいえますね」

 惟月がつぶやいた。

「え……?」

「春人さん、あなたの霊力はそれなりに高い。もし、その力を倍加させることができれば、一発ぐらいは断劾を撃てるでしょう」

「……!」

 まだ希望とも絶望ともいえない驚きが、千秋と春人に広がる。

「方法はあると言いました。あなたを霊魂回帰れいこんかいきさせることです」

 強大すぎる羅刹の力で自らの命を削らないために魂ごと霊力を切り離して武器に込めたのが、魂装霊倶。ほとんどの羅刹がこれを持っている。

 霊魂回帰とは、武器の魂と使い手の魂を融合させて本来の力を取り戻す術だ。

 魂装霊倶生成の理由からも分かる通り、霊魂回帰には自身の寿命を縮める性質がある。

「待ってくれ。オレは霊魂回帰も使えないんだ」

 予知夢を見る能力があり、霊剣術もそれなりにできる春人だが、能力に偏りがあるらしく、同等の霊力の持ち主が使っている術を春人は使えなかった。

「ですから、『霊魂回帰する』のではなく、『霊魂回帰させる』のです。私の力であなたを強制的に霊魂回帰させることはできます。ただ、本来習得していない霊魂回帰の状態で断劾のような大技を使えば、この場で命を落とす危険があります」

 おそらく唯一と思われる方法がこれだったということか。

 だからこそ、ダメだと分かっていても惟月は灼火と戦ってみてくれたのだ。

「この手段を取った場合に春人さんが助かる可能性は五割といったところ。二人で決めてください。この場で命を賭けるかどうか」

 惟月は二人で、と言った。

 春人だけにこの話をすれば、間違いなく自分が戦う選択をしていた。

 だが、千秋はそれを止めたい。

「わたしの代わりに兄さんが死ぬなんてダメだよ! 元々死ぬ予定だったのは、わたしなんだから!」

「千秋……。オレは命を粗末にするつもりはないんだ。オレが戦わなかったら、千秋は絶対死ぬ。戦ったらオレが半分の確率で死ぬ。オレの命も千秋の命も同じ重さだって考えたら答えは出てるだろ?」

 春人の口調は、幼い子供をあやすようだ。

「でも……」

「それとも千秋はオレのこと信じられないか? オレなんかに断劾は撃てないって」

「そ、そんなこと……ない……けど……」

 自分の命も兄の命も、価値は同じ。優劣はない。その考え方は間違っていないと思う。

 兄に断劾を会得する器がないなどと侮る気もない。

 はっきり『任せる』とはいえないが、千秋は兄を止めることができなくなっていた。

「頼む、惟月。オレの断劾で奴を倒す!」

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