エピローグ-再戦・優月VS雷斗-

第143話「生き方」

(龍次さんも涼太も、本当は怒ってるだろうな……)

 優月は、蓮乗院邸の廊下を歩きながら、自分の浮気が発覚した時のことを思い出す。

 優月と涼太が、昔から両思いだったのに姉弟であるが故に結ばれずにいたこと。涼太より先に龍次と恋人になったこと。

 それらが合わさって、龍次も涼太も譲り合って優月と交際するという話になってしまったが、何の不満もないなどということはないだろう。

『庇護するということは、自分の支配下に置くということです。あなたは龍次さんを自分の所有物にしたかったのでしょう?』

 いつか沙菜からかけられた言葉が蘇る。

 龍次は自分の物だから、また別の物に手を出して構わない――そんな考えが優月の心の奥底に潜んでいるのだろうか。

 龍次も涼太も大切な人だ。物扱いなどしたくない。

(守ることが支配すること……? だとしたらやっぱりわたしは……)

 守るべき大切な人だからこそ、自分の支配下に置いておきたいという考え方もある。他の誰にも手出しされないように。

 龍次と涼太は、二人揃って優月と共に生きることを選んでくれた。

 何か彼らに報いることはできないか。

 そんなことを考えていると、向かいから惟月がやってきた。

「優月さん。思いつめた顔をされていますね」

「惟月さん……。沙菜さんから事情は聞いてるでしょうか……?」

 あの沙菜のことだ。聞かれていなくても勝手にしゃべっているだろう。

「はい」

 惟月は短く答えたのち、穏やかに語り始めた。

「あなたは龍次さんとのデートの後、沙菜さんの言葉で不快になったようですが、疑っていたのは彼女ではなくご自身のこと。そうですね?」

「たぶん、そうだと思います……」

「あなたは優しい人です。不誠実な気持ちでお二人と関わってきた訳ではないでしょう」

「そのつもりだったんですが……」

 龍次に隠れて涼太と付き合っていたことは、不誠実だと言われても反論できない。

 今も隠すのをやめただけで、二人と同時に付き合うという道義に反したことをしている。

「沙菜さんが言う通り、あなたは強い。その強さでお二人を守ることさえできるなら、無理に片方と別れる必要はないのではないでしょうか」

 優月を見つめる惟月の目は、沙菜のそれと違って澄んでおり、純粋な意見だと感じられる。

「でも、それは、あまりにもわたしに都合が良すぎるような気が……」

 優月の迷いに対して、惟月はわずかに目を細める。

「では、あえて厳しい言い方をしましょう。人ひとりが守れるものには限界がある。一人しか守れないなら二人と付き合う資格はありません」

 惟月の言葉に、優月はハッとさせられる。

 惟月の考えに従うならば、もし一人も守れないなら一人とすら付き合ってはいけない。

 優月はこれまで、守るための力を磨くことで龍次に見合った人間になることを目指してきた。

 やるべきことは変わっていないのではないか。

「惟月さん。わたし、挑戦してみたいことができました」

「それは良かったです。応援していますよ、優月さん」

 惟月は、いつも通りの涼しげな微笑で見送ってくれた。


 月詠雷斗の私室前。

 優月は、扉をまじまじと見つめている。

(ノックって何回だっけ……?)

 雷斗は厳しい人だ。無礼な振る舞いをすれば、本題を切り出す前に殺されるかもしれない。

 一つの決意を固めてここに来たものの、いざとなると物怖じしてしまう。

「何をしている。用があるなら入れ」

 室内から冷めた声が聞こえてきた。

 さすがに気配を悟られたようだ。

「し、失礼します……」

 おそるおそるといった様子で扉を開いて入室する優月。

 雷斗の私室は、人間界の活動拠点同様無駄なものがなくすっきりしているが、豪邸の一室らしく華やかな雰囲気が醸し出されていた。

「珍しいな。貴様が私を訪ねてくるなどとは」

 そう言った雷斗は、優月の方を見ることもなく携帯霊子端末の画面に目を落としている。

 その横顔は端麗で、既に恋人がいる優月が思わず見とれてしまうほど。

 龍次と涼太だけでも二股だというのに、その上他の男性にも惹かれるとは、優月の浮気性は治りそうもない。

「あ、お仕事中でしたか……? でしたら、また出直して……」

「気にするな。ただのゲームだ」

 雷斗が普段と何ら変わらぬ調子で口にした言葉の内容に優月は衝撃を受けた。

「え……、ゲーム……?」

 ゲームというと、優月や沙菜が愛好しているあのゲームか。

「…………」

 驚きのあまり無言になっていると、キッとにらみつけられた。

「私がゲームをすることが、そんなに不自然か?」

「め、滅相もない」

 浮世離れした印象のある雷斗がゲームをしているというのは意外だが、うれしくもある。

「それで、なんの用だ」

「あ、そうでした」

 余計なことに気を取られて、用件を忘れていた。この上なく大事なことだというのに。

「わたしの精神を叩き直してほしいんです。今度は実戦で」

 前の修行が甘いものだったことには気付いている。

 このままではダメだ。

「成程、少しはやる気になったらしいな。ちょうど私の霊力が戻り始めているところだ。貴様で試し撃ちさせてもらおう」

 雷斗は、思ったよりあっさり引き受けてくれた。

 ただ、修行そのものが簡単に終わることはないだろう。

「今度こそ命の保証はないものと思え」

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