第129話「過去を斬る」

「レベル・テン……、阿久井あくい秀一しゅういち……!」

 昴の言葉に優月たちは身をこわばらせる。

 今現れた青年は、任務のターゲットであり、最高位の超能力者であるレベル・テンだというのだ。

 ようやく屈服させるべき強敵に出会えたのだが、舞と昴の恐怖を帯びた面持ちに優月たちも不安を持たされる。

「どういう奴だ」

 涼太は舞の方に顔を向ける。

「超能力者の中でも悪名高い奴よ……。羅刹に限らず人間も殺しまくってるって」

 どのみち戦う予定だった相手ではあるが、阿久井と呼ばれた青年が持つ狂気のようなものに戦慄させられる。

 人間も殺しているということは、人間界の平和のために戦っている訳ではない。超能力を悪用している者の一人だろう。そのような人物がレベル・テンに到達しているのは危険だ。

「よく分からないが、とんでもない能力らしいぜ……。殺された奴は死体も残さず跡形もなく消えたとか、存在を忘れ去られた奴もいるとか……」

 昴も詳しいことは知らないようだが、レベル・テンだけあって強大な力の持ち主のようだ。

 跡形もなく消すだけなら、広範囲・高威力の技を使えばできそうなものだが、存在を忘れられた者というのが引っかかる。記憶を改変する能力を持っているということだろうか。

「そんなに危険な相手なら、ここはわたしが……」

 舞と昴を気絶させた後いったん羅刹化を解いていたが、再び羅刹化する優月。霊刀・雪華を構えて阿久井の前に立つ。

 味方の中で一番強いのは、おそらく自分だ。自分が皆を守らなければならない。

「君は羅刹だね。どこの所属だい?」

 羅刹装束と霊気をまとった優月を見て、あくまで穏やかな口調のまま尋ねてくる。

 口振りからして羅仙界の組織について知っているようだ。これまでに戦った相手から聞き出したのかもしれない。だとしたら、霊神騎士団や霊子学研究所の羅刹も殺してきたということになる。

「霊神騎士団第五霊隊所属・天堂優月です」

 優月は最近もらったばかりの肩書きを名乗った。

 先ほどの戦いでダメージは受けているのだが、羅刹化の修行を始めた頃に比べると格段に霊力が上がっているため、不思議と気分は落ち着いていた。

「階級を言わないってことは平隊員だね。僕の相手としては力不足じゃないかな」

 阿久井の見立てに対し、涼太が反論する。

「こいつが平隊員なのはヘタレでやる気がないからってだけで、馬鹿力だけはあるから気をつけた方がいいぞ」

 どちらにせよほめられていないのだが、仲間を守るための力を認めてもらえることは誇らしかった。期待を裏切らないためにも、阿久井を倒す――そう意気込んだところで。

「これは人間同士の問題よ。あんたは下がってなさい」

「俺たちだってレベル・エイトだ。二人がかりならなんとかなる」

 舞と昴が、優月よりさらに前に出てきた。

「え……」

 他人のことを悪く言いたくはないが、断劾さえ使えば自分が一撃で倒せる人たちだけを戦わせるのは少々心配だ。

「じゃ、じゃあ、三人がかりということではどうでしょうか……? わたしも元は人間ですし……」

「仕方ないわね。足を引っ張らないようにしなさいよ!」

 舞はつい先ほど負けたことを棚に上げて偉そうな態度を取っている。その余裕が続いてくれることを祈るばかりだ。

「三人がかりでも足りないよ。君たちごときではね」

 阿久井は右手に白い刀を出現させる。

 刀で斬るだけの能力なら助かるが、レベル・テンともなると刀を使うことで特殊かつ強力な効果が発動すると見て間違いない。せめて刀に触れないように戦うべきか。

 うまく連携できるかは分からないが、三人は一斉に阿久井に向かっていく。

 まずは優月が氷の刃を放つのだが、後方に跳んだ阿久井が刀を振ると放たれた刃が消え去った。

(……!?)

 攻撃で相殺されたという感じではない。突然消えたのだ。

 加えて、別の違和感も覚えた。腕に少ししびれるような感覚がある。

 続けて舞が手にした炎の槍を突き出し、昴が氷の盾を手に体当たりを繰り出す。

 阿久井はその場で刀を振り、その刃は虚空を斬っただけなのにも関わらず、二人の武器が砕け散った。

(この感覚……、なに……)

 奇妙な能力を目にしているのもあるが、それを抜きにしても頭の中がかき乱されたようでくらくらする。

 『存在を忘れられる』という言葉が脳裏をよぎった。記憶を操る能力を使われたのであれば、頭が混乱するのも無理はない。

 しかし、沙菜から聞いた通り超能力が一つの効果に特化したものであるとしたら、記憶を操作しただけでこちらの攻撃が打ち消されたことに説明がつかない。

 優月がひるんでしまっている間にも舞と昴は果敢に戦っている。それでも攻撃は消えるばかりで敵に届かない。

「大して見るべきものはなさそうだね。そろそろ死んでもらおうか」

 それまで回避と防御だけだった阿久井が、舞に向かって斬りかかった。

「栗原!」

「分かってるわよ!」

 昴がさけんだ時には既に舞は飛び退いており、阿久井の刃は当たらなかった。だが――。

「うッ――!?」

 完全にかわしたというのに舞の腕が斬り裂かれた。傷は深くかなりの血が流れている。

(え――)

 今斬られたばかりのはずなのに、もう地面には血が溜まっていることに気付いた。

 敵の能力を解明しないことには手の打ちようがないかと思ったが、阿久井の言葉でその必要はなくなった。

「僕の能力の正体が分からずに混乱しているようだね。知ったところで形勢は変わらないから教えてあげるよ。――僕の能力は過去を斬ること。僕が刀を振れば君たちの技は発動の瞬間に斬撃を受けて発動に失敗したことになる。そして、既に斬られていたことになれば、出血量は経過した時間相当のものになる。分かりやすく言ってあげよう。君たちはもう負けているんだ」

 勝利を確信した阿久井の説明でようやく得心した。直接記憶を操作するのではなく、過去を変えているのだとしたら物理的な変化と精神的な違和感の両方が発生するのも道理だ。

 沙菜とは微妙に異なる邪悪な笑みを浮かべた阿久井が、今度は昴に斬りかかる。

 過去を斬る能力で、何時間も前に斬られたことにされたら一気に出血多量で死んでもおかしくない。

 手心を加えて勝てる相手ではないと悟った優月は、全力で昴の援護をすることに。

「氷河昇龍破――」

 優月の断劾で生み出した冷気と氷の渦が阿久井に向かうが、彼の刃がくうを切ると技は消えて、霊刀・雪華も優月の手元からなくなった。

 正確には霊刀・雪華は優月の数メートル後ろに転がっている。

 未来にいる敵を感知することなどできない。無防備な状態で敵の刃を受けて刀を吹き飛ばされてしまったことになったのだろう。

「くそッ!」

 昴は阿久井の斬撃を氷の盾で正面から受け止める。

 その次の瞬間には昴の姿が消えていた。

(まさか……!)

 今まで犠牲になってきた者たち同様、過去に死んだことにされて跡形もなく消え去ったのか。

 実際、優月の脳内で彼との戦いの記憶が薄れてきている。

「阿久井ィ!!」

 激昂した舞は、策もないまま阿久井に突っ込んでいく。

「栗原さん……!」

 優月の声が届くより早く、舞は腹を一文字に斬り裂かれ、吹き飛ばされた――。

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