第91話「二人の関係」

(はぁ……。これからどうしよう……)

 蓮乗院家に戻るのは気まずい。あれほど憧れていた相手だというのに、今は龍次に会うことが怖かった。

 如月家に行く気にもなれない。沙菜自身は喜んで受け入れてくれそうだが、先ほどの会話から、沙菜は自分を惑わせる存在だと感じるようになっていた。

(わたしって一体なんなんだろう……?)

 以前にもこんな疑問を持ったことがある気がするが、いまだに答えは出ない。

 沙菜からは強いと評価されているが、力の強さに精神が追いついていないように思える。霊力の源が精神だというのは本当なのだろうか。

「優月さん!」

 不意にかけられた言葉に反応して振り返る。

 だがすぐに視線を下げてしまった。

 龍次がここまで追いかけてきてくれた。本来なら喜ぶべきことなのだろうが、今の自分は彼とどう向き合えばいいのか分からない。

「優月さん。どうしてそんな顔してるの?」

 龍次は優しげな声で問いかけてくる。

「…………」

 どんな表情をしていただろうか。暗い顔か、申し訳なさそうな顔か。

「優月、お前こんなとこまで逃げてきて何やってんだよ」

 龍次に続いて涼太もやってきた。惟月と沙菜も一緒だ。

「涼太……」

 涼太の顔はかろうじて見ることができた。例によってあきれられている。

 昔から涼太にはあきれられてばかりだが、戦いを経験して自分も少しは成長した気になっていた。しかし、それも錯覚だったようだ。

「お前、またバカなことやって一人で勝手に落ち込んでんだろ。いい加減学習しろよ。日向先輩はそんなに狭量な人間じゃないっての」

 言われてみれば、前にも似たようなことがあった。自分の存在が龍次や彼の友達に迷惑をかけるからといって彼らを避けるような行動をしていたのだ。それも一人勝手な思い込みで。

 その時は、他の何よりも龍次のそばにいることを優先したいという自分の気持ちに気付いて関係を修復できた。龍次も他のクラスメイトも自分が思っている以上に優しかった。

 そもそも、許してもらえないなどと決めつけるのは、相手の心が狭いと言っているようなものだ。

 またしても同じ過ちを繰り返すところだった。

「龍次さん……。許していただけるでしょうか……?」

 おずおずと龍次の顔を見る。

「許すも何も、別に怒ってないよ」

「でも……、わたし、龍次さんにひどいことを……」

「俺は、優月さんといて嫌な気持ちになったことなんて一度もないよ?」

「そう……なんですか……?」

 蚊の鳴くような声で聞き返す。

 メガネのレンズの先にある龍次の瞳は、どこまでも優しげなものだった。

「そう。びっくりしただけ」

「あ……、ありがとうございます」

 許してもらえた。自分はやはり臆病すぎるのかもしれない。人の優しさを信じられないなどとは恥ずべきことだ。

 元より壊れてなどいなかったということなのだろうが、今回も関係を修復できた。

「あ、でも惟月さん……」

 今度は惟月に対して謝らなければならないことがある。

「わたし、雪華さんにはあきれられてしまったみたいで……、呼びかけても何も答えてくれないんです。せっかく譲っていただいたのにこんなありさまで……」

「何も言わないのは当然でしょう」

 惟月は冷静に答えた。怒っている風でもないが、龍次ほど優しく語りかける感じでもない。

「ですよね……」

 この分だと、今さらではあるが、霊刀・雪華は惟月に返すべきだろうか。

 そう思っていたが、惟月からは意外な言葉が。

「魂装霊俱と羅刹は一心同体。本来両者は言葉を交わさないものなんです。霊刀・雪華がしゃべらなくなったのは、優月さんが本物の羅刹になれた証です」

 考えてみれば、優月が霊刀・雪華の声を最後に聞いたのは、百済との戦いの中で自らの戰戻せんれいの名を教えてくれた時だ。

 戰戻――戦闘術として完成した霊魂回帰に対する呼称で、この域に到達するとあふれ出した霊気が固形化し武器や防具となる。優月の場合は、羅刹装束の上に羽衣のようなものをまとうものだった。

 戰戻を習得すると同時に優月は羅刹として完成していたということだ。

「わたしが本物の羅刹に……」

 こんな情けない羅刹がいていいのだろうかとも思う。

 一方で、沙菜が龍次に対して声をかけていた。

「龍次さんはまだ優月さんという人間が理解できていないようですね」

「お前の方が理解してるっていうのか」

「そりゃあもう」

 また余計なことを言っている気がする。

 朱姫との決戦の前には、優月が戦いに行くことを止めようとする龍次を、沙菜が説得してくれたので感謝していたのだが。

 理解というなら、優月も自分自身のことが分からない。それを沙菜が理解しているというのか。

「優月さんは強い人ですからね、あなたが変に出しゃばろうとしなくても、優月さんに身をゆだねていればいいんですよ」

「優月さんが強いっていうのは知ってるけど、何もかも優月さんに任せてしまうなんてできない。俺だって優月さんを守りたいんだ」

「その考えが――」

「沙菜さん、それぐらいで」

 惟月が沙菜に制止をかけた。沙菜は身勝手な行動を起こす傾向があるが、雷斗や惟月に直接命令されれば、それに従う。

「もう遅いですし、みなさん一緒に帰りましょう。互いのことは、これから時間をかけてゆっくり理解していけばいいんですから」

 惟月の言う通り、大きな戦いが終わった今なら時間は十分にある。

 自分自身のことも、龍次との関係も、いつかあるべき形に落ち着くことだろう。

 この時は、そう期待していたが――。



第十五章-初デート- 完

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