第89話「逃避」
龍次からも沙菜からも逃げ出した優月は、羅刹化を解いて、街道脇の河原にしゃがみこんでいた。
(沙菜さんの言ったことが正しいのかな……)
沙菜は優月のことをよく見ている。あるいは本人よりも優月を理解しているのかもしれない。
相手を支配したかった――。自信というものを持つことができない優月の心の奥にひそんでいてもおかしくない願望だ。
自分と龍次は対等ではない。自分の方がはるかに格下だ。――そう思って行動してきたのだが。
龍次が他人のものになってしまうのは嫌だという思いはある。
(やっぱり沙菜さんが言う通り、龍次さんのことは自分のものにしたい……。でもわたしなんかが人を支配するなんて……)
思い返してみれば、涼太のくちびるも勝手に奪ってしまった。結局謝罪もしていない。
自虐的な性分とは裏腹に、傲慢な自分がいるような気がする。
龍次と出会った頃のことを思い出す。
彼は、クラスで浮いていた自分のような者にも分け隔てなく話しかけてくれた。
純粋に心配してくれている彼に下心を持って関わり、たくさん迷惑をかけた。
龍次の優しさに甘えていたのだ。
それでも、霊力を使って戦えるようになり、守ることによって少しは恩を返せると思っていた。もっとも、戦い始める前から恩があるのだから、守ったからといって支配する権利など与えられていない。
権利はなくとも願望はある。
元々優月は自制心が弱い。欲しいものは所持金の許す限り何でも買い、その結果自室は物置き状態になっていた。片付けることもなまけて、リビングに散らかした物は涼太に片付けてもらっていた。
龍次が自分の恋人になったことで、いよいよ彼に対する想いが抑えきれなくなり、今回のような行動に出たのだろう。
もっと我慢というものを知らなければならない。
しかし、染みついてしまった習慣は簡単には変えられない。雷斗や惟月に協力してもらいながら羅刹化の修行をし、いくつもの戦いを経験してきた今でさえこの様だ。
「雪華さん……。わたしは、どうしたらまともになれるんでしょうか……?」
指輪型に変化している霊刀・雪華に話しかけてみた。
霊刀・雪華を譲り受けたのは六年前。家族以外では、最も長い付き合いがある存在ともいえる。
初めて龍次を巻き込んだ喰人種との戦いで、優月に道を示してくれたのはこの刀だった。
今度も何か助言がもらえればと思ったが。
――反応がない。
以前から戦い以外についてはあまり話さなかったが、それでも呼びかければ何らかの反応は返してくれた。それすらないということは。
(さすがにあきれられちゃったのかな……)
人羅戦争を戦い抜き龍次と結ばれた時は、すべてが報われた気分だったが、それも長くは続かなかった。
今回の件で龍次に嫌われてしまったとしたら以前の生活に逆戻りだ。
怖い。今の龍次は何を思っているのか。軽蔑されてしまっているとしたら、そのことに優月の心は耐えられない。
(わたしは、強くなんてなってない……!)
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