第83話「本当の敵」
全身全霊をかけて挑みかかる伊吉。
悠然とたたずみながら、周囲の霊子を操作して迎撃する雷斗。
二人の間に割って入り、伊吉の刃を受け止める者がいた。
「……天堂優月……」
背後にいる雷斗から名を呼ばれる。
雷斗は、表情も声色もほとんど変えていないが、わずかに驚いているようであった。
敵側にとって、万に一つの勝ち目もない戦いだ。それにも関わらず、優月は雷斗をかばって刃を受け止めた。
「なんだ、お前は――」
「天堂優月。朱姫さんの本当の
霊刀・雪華の刃で伊吉の刀を弾く。
どちらが有利であるかなど関係ない。自分の犯した罪のために、別の誰かが憎まれることは、優月にとって耐えがたかった。
「朱姫さんを殺したのは、わたしです。雷斗さまに剣を向けないでください……!」
「お前が……」
優月と伊吉が対峙していると、雷斗は二人に背を向けて歩き出す。
「待て! 女の後ろに隠れて逃げる気かよ!?」
「逃げる? 貴様に私と戦う力があるならばそういうことになるな」
それだけ言い残して、雷斗は飛び立っていった。
「どけ!」
怒鳴りつける伊吉だが、優月は刀を構えたままそこを動かなかった。
「戦うなら、わたしとにしてください」
「そうかよ……」
まずは、優月を倒さなければならない。そう悟った伊吉は、優月に刀を振るう。
優月は、その刀を霊刀・雪華で受けて弾く。
伊吉が刀を振るうたび、それを繰り返した。
「なんだよ、お前! 戦うとか言って攻撃してこないのかよ!?」
「…………」
伊吉は、刀を振りかぶると、刀身を中心に巨大な霊気の球を作り上げ、優月に向かって放った。
優月は氷の壁を出して、それを防ぐ。
「
表面にわずかに傷がついただけの氷の壁を自ら砕き、氷の槍として放つ。
槍は数本放たれたが、いずれも伊吉の周りを囲むように突き刺さった。
「わざとはずしやがったな……。お前、やる気あんのかよ!」
優月の振る舞いに不満をぶつけてくる伊吉。
少し離れたところから戦いを見守っていた涼太も口を出してくる。
「なにやってんだ優月! 羅刹化してさっさと片付けちまえよ!」
そう言われても、優月としては本気で戦う気にはなれなかった。
「悪いのはわたしなのに、この人を傷つけるのは……」
今の優月から見ると相手は弱い。霊魂回帰しているにも関わらず、羅刹化すらしていない優月に刀を受け止められているのだから。
弱者に対して攻撃するのは気が引ける。
「てめえ、ふざけんな!!」
怒りをあらわにした伊吉が続けざまに霊気の球を撃ち出してくるが、優月はそれらすべてを打ち払った。
「くそっ、くそっ! オレは月詠雷斗どころか人間にすら勝てねえのかよ……!」
己の無力をなげく伊吉。そんな彼の刃に、伸縮する
「
涼太が、
「くそ!」
伊吉は自身の刀を追うが。
「お前じゃ優月に勝てねえよ。復讐なんて無益なことはやめとけ」
「無益……無益だと!? 姫様の恨みを晴らすことが無駄だっていうのかよ!?」
さけぶ伊吉に対し、龍次はさとすように声をかける。
「俺が言っても信用できないかもしれないけど……、多分朱姫さんは優月さんのこと恨んでなかったんじゃないかな」
「なに……?」
「彼女が最期に口にしたのは、久遠様や百済隊長に対する謝罪の言葉だったよ。あのままじゃ殺されるところだった俺たちの事情も理解してくれてたんじゃないかな」
「…………」
「許してくれとは言わないけど、今は剣を引いてくれ」
伊吉は、納得しきれないようではあったが、それでも戦意は静まったようだった。
「天堂。オレはお前のことも月詠雷斗のことも許すつもりはねえ。お前が死なないっていうなら、生きてつぐないをしろよ」
「は、はい……! わたしにできる限り、この羅仙界に貢献したいと思います」
「言っとくが、いつかオレが月詠雷斗より強くなったらお前らを殺しにくるからな」
そう言うと伊吉は、涼太から刀を受け取って去っていった。
伊吉には悪いが、彼が雷斗を超える日はこないだろう。だが、殺される心配がないとしても、自分たちは羅仙界に生きる民たちに尽くしていかなければならないと痛感した。
「優月さん。大丈夫だった?」
「は、はい。わたしは大丈夫です。それよりも龍次さんたちを巻き込まなくて済んで良かったです」
考えてみれば、龍次や涼太も革命軍側の所属ではある。今でも王家を崇拝しているような人たちから狙われないとも限らない。
やはり、なるべく一緒に行動していた方がいいだろうか。
「優月さん、さすがですね。さすが強いダメ人間。三下風情では相手にならない」
「沙菜さん……」
「しかしまあ、いまだに私でなく雷斗様や優月さんに恨みを持ってる人がいるんですねえ」
「もしかして、沙菜さんはわたしたちのために……?」
沙菜はしょっちゅう霊京の住民たちといがみ合っているようだが、そのおかげで住民の多くは優月たちには敵意を向けないのかもしれない。
殺し屋の湊のような例外はあったものの、百済や朱姫の人気を考えれば、もっと攻撃されてもおかしくないところだ。
「どのみち私は愚民どもとなれ合うつもりはありませんけど」
「愚民呼ばわりかよ」
沙菜の真意がどこにあるのかは分からないが、もしかしたら罪を引き受けようとする優月たちと同じ気持ちなのだろうか。
「沙菜さん。わたしは、沙菜さんのこと好きです」
過去の虐殺事件と騎士団員への殺戮行為で沙菜に対して憎悪を抱いている者は多い。だが、優月は彼女を自分の友人として見ていた。
「私そういう趣味ないんで」
「ちゃかすな」
おどけた様子の沙菜に、つっこみを入れる涼太。
「まあ、好きはけっこうですけど。優月さん、あなたは私のようになってはいけませんよ」
急に真剣な表情になった沙菜が優月に忠告する。
なりたくてもなれない、という言葉は胸にとどめて。
「はい」
優月は深くうなずく。
沙菜と自分たちでは、生き方が違う。それでも志は一緒だと思うことができた。
第十四章-新たなる世界- 完
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