第79話「友達」

 騎士団再編会議を終えた沙菜は、自宅に向かって羅仙界の首都・霊京れいきょうの四番街を歩いていた。

 如月邸は、かなりの規模であり、その敷地は広大な街の一割以上は占めている。

 市街を往く沙菜の前に数人の子供たちが立ちはだかった。

「なんです? あなたたちは」

「おれたちは少年騎士団だ! 如月沙菜! よくも大和やまと兄ちゃんを殺したな!」

 少年騎士団とやらのリーダーらしき少年が沙菜に向かってえる。

 かつて第三霊隊で副隊長を務めていた朝霧あさぎり大和は、人羅戦争において沙菜と戦って死んだ。

 正義感の強い彼を慕っていた民は多い。

「覚悟しろ!」

 少年少女たちは、刀を抜いて沙菜に襲いかかる。

 羅刹の場合、子供であっても魂装霊俱と呼ばれる自身の半身ともいうべき武器を持っている。

 沙菜は、向かってくる少年少女の刃をあっさりかわし、彼らを蹴飛ばした。

「ぐあッ……!」

 その様子を見ていた周囲の大人たちは沙菜を非難する。

「子供相手になんてことをするんだ!」

「そうよ! あなたが大和さんを殺したのが悪いんじゃない!」

 そうした非難を受けても沙菜は余裕の態度のままだ。

「あんな三下が副隊長を務めていたのがおかしいんですよ。隊長の遊仙ゆうせんも老害と呼ぶに相応しい人物でしたがね」

 前第三霊隊隊長・遊仙隼夫はやおは、頭が固く、沙菜が好むような新しい娯楽を否定し続けていた。

 また、第三霊隊は、沙菜が兄貴分として慕っていた真田さなだ達也たつやを捕縛した隊でもある。当時は騎士団が囚人の管理をしており、そんな中で達也が獄中死したため沙菜は彼らを嫌悪している。

 この体制に関しては、戦後の改革によって変化しており、現在の騎士団に罪人を裁く権限はない。

 そのほか戦後の改革として実施されたのは死刑制度の廃止である。これは、沙菜が初めに提案したものだった。

 沙菜自身は、勝利した革命軍の参謀という立場であるため、どうなったところで死刑になる心配はないのだが、それでもこの改革は推し進めようとしていた。

 沙菜曰く『殺したい相手がいるなら自分の手で殺せ』とのこと。

「遊仙隊長も、大和さんも、斎条隊長も、羅仙界のために尽くしてくれてたじゃない! あなたが死ぬべきだったのよ!」

「私を殺したければかかってくればいいでしょう? 死刑制度はなくなったんですから、私を殺したところで死刑になる心配はありませんよ。もっとも正当防衛で殺された場合は知りませんけど。なんなら血閃けっせんで迎撃してあげましょうか?」

 『血閃』――かつて王家の者だけが行使できるといわれていた血液を武器化する能力だ。

 霊京住民たちは歯がみする。いくら死刑にされないといっても、自分たちの力では沙菜に敵わない。そう悟っている。

「なぜ惟月様はこの女を罰しないんだ! 羅仙界らせんかいにとって害悪以外の何物でもないじゃないか!」

「それは私たちが『仲間』だからですよ。力で上から押さえつけるのは『仲間』のすることではありません」

 沙菜は、あえて『仲間』などという美しい言葉を強調した。

 そんな言葉で住民たちが納得する訳がないと分かっていながら。

「さらに言えば、私には利用価値がある。先ほど害悪と言いましたね? 逆ですよ。私の存在はこの世界にとって有益です。戦時中に私が殺した人数より、よほど多くの人々が私の研究によって救われているんですから」

「それは詭弁きべんだ! お前が殺人鬼であることに変わりはない!」

「ならば、私の開発した結界装置で守られている村の住民の前でも同じことが言えますか? 私の開発した薬で命をつないでいる人に『如月沙菜に救われるぐらいなら死ね』と言えるんですかね?」

「ぐ……」

 沙菜に対する憎しみを募らせながらも、何も言い返すことができない住民たち。

 そこへ――。

「沙菜ちゃん?」

 一人のたれ目がちな少女がやってきた。

 惟月の同級生であり、沙菜の研究室にも頻繁に出入りしている穂高ほだかだ。

 穂高は、沙菜と住民たちがにらみ合っているのを見て足を止めた。

 それを確認すると、沙菜は流身るしんと呼ばれる羅刹の移動術を用いて、一瞬のうちに穂高のそばに寄った。

 流身とは、体内に存在する霊子を操り運動神経に頼ることなく肉体を動かす、羅刹の基本能力の一つだ。

「待て! その子をどうするつもりだ!?」

「どうするもこうするも、あなたたちが穂高さんを人質にできないようにしただけですよ」

「なに……?」

 住民たちは、沙菜が穂高にも危害を加えるつもりなのだと思ったらしい。

「君! その女は危険だ! 早く離れなさい!」

 穂高を心配してさけぶ住民だが。

「沙菜ちゃんは危険じゃないよ……!」

 穂高は、そう言って沙菜に抱きついた。

「沙菜ちゃんはほんとは優しいもん。沙菜ちゃんとわたしはお友達だもん……」

 穂高の目には涙が浮かんでいる。

 沙菜が多くの人を傷つけた事実を知りながらも穂高は、自分をかわいがってくれる沙菜のことを友達だと信じたかった。そして、それは必ずしも間違ってはいない。

「あーあ、泣かせちゃいましたね。まったく大人げない人たち――、がッ!」

 突如、沙菜はこめかみに衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 抱きついていた穂高も転びそうになる。

「なに一般市民と喧嘩してんだ、このお嬢は……」

 現れたのは、如月家の執事であり、霊子学研究所第四研究室の研究員でもある相賀和都。手にした拳銃から弾を放って沙菜を吹き飛ばしたのだ。

 撃ち出した弾に霊気は込められておらず、ただ物理的に衝撃を与えただけなので沙菜は怪我一つしていない。

「微妙に痛いじゃないですか、相賀さん」

「バカなことやってないで帰るぞお嬢」

 相賀が現れたことで、緊張状態は緩和され、沙菜たちは如月家に帰ることになった。

 人羅戦争で優月が手にかけた、第二霊隊隊長の百済継一や羅刹王・真羅朱姫を慕っていた住民も多い。人々の怒りが主に優月ではなく沙菜に向かっているのは、彼女の狙い通りなのだろうか。

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