第72話「天理石の加護」

 四番街から一番街に繋がる街道を走る、龍次・涼太・沙菜の三人。

「いやあ、備えあれば憂いなしって奴ですね。霊力を使い果たしても、回復薬を携帯してたおかげで助かりました」

 沙菜は大和との戦いで一度倒れたが、携行していた回復霊薬で傷を塞いでいた。地面に空いた穴から這い出てきた彼女は龍次たちと合流し、優月が戦っている一番街を目指している。

「でも、お前まで霊力使い果たしてんじゃ誰も優月に加勢できないじゃねーか」

「そうだよ。優月さんにもしものことがあったら――」

 龍次の言葉を沙菜は遮る。

「何を言ってるんですか。信じているんでしょう? 優月さんが勝利する瞬間を見届けにだけ行けばいいじゃないですか」

「――! ああ、そうだったな」

 龍次は優月への信頼を思い出し、不安な気持ちを払拭した。

「さあ、もうすぐですよ!」

 街道を走り抜けると一番街が見えてきた。


「優月さん……!」

 見ると、優月は既に戰戻状態で戦っている。

「氷柱撃」

戦姫血盾せんきけっしゅん!」

 優月の放つ氷の槍を血の盾で防ごうとする朱姫だが、その盾は破壊された。

「優月さんが押してるみたいですね」

 沙菜による戦況の分析で胸を撫で下ろす龍次たちだが。

「戰戻――花神緋煉甲かしんひれんこう!!」

 霊魂回帰によって朱姫の霊力が上昇する。

 戰戻状態となった朱姫は胴と腕、脚に緋色の鎧を纏っていた。

「霊戦技――桜花咲おうかしょう!」

 舞い散る桜のような霊気を刀で打ち払いながら距離を取る優月。

 その先では。

「雷斗さん、まだ動かれては」

「……城を落とす」

 惟月の治療を受けていた雷斗が立ち上がっている。

 だが、彼から感じる霊気はひどく弱々しくなっていた。戦える状態にまでは回復していないのだろう。

 それでも王城に向かって歩き出す。

 ――優月への言葉を残して。

「天堂優月。女王の相手は貴様で十分だ。必ず仕留めろ」

 優月の答えは聞かずに去ってしまった。

 答えを聞くまでもないということだろうか。

 果たして雷斗からそこまで信頼されているのかは分からないが、優月の戦意は固まっていた。

「断劾――氷河昇龍破」

 優月の切り札、氷の龍を思わせる断劾。

「戦姫血盾!」

 冷気と氷の渦は、戰戻によって強度を増した朱姫の血閃を打ち砕き、彼女を捉えたかと思われた。

 しかし、断劾が朱姫に直撃する寸前、彼女が胸に提げたペンダントが光り輝く。

 すると、物理法則を無視したかのような動きで断劾の軌道が逸れた。

 朱姫が父の形見として受け取ったペンダントにはめられている石は天理石てんりせきと呼ばれるものだ。

 それは持つ者に奇跡的な幸運をもたらす石として知られている。

「一体何が起こったってんだよ?」

 天理石の存在を知らない涼太がおかしいと思うのも無理はない。あるいは、知っている者でもこのような効果が発現するとは思っていないかもしれない。

「天理石の加護ですね。あの石は天界の光と獄界の炎が混ざり合ってできたもので、世界の理を守護する役割を持っています」

 沙菜は天理石について知っている情報を話す。

「今のは世界そのものが形を変え、つまりは空間を歪曲させて優月さんの断劾の軌道を逸らしたんでしょう」

 空間の歪曲――、本来ならば『時空』を司る力を持つ久遠でもなければ実現できないことだ。

「世界そのものがあいつに味方してるってことか……!」

 涼太は小さく舌打ちする。

 朱姫はペンダントを強く握り締めた。

「お父様が……、一族のみんなが、私に力を貸してくれてる……! 勝つわ! 私は絶対に負けない!!」

 決意を新たにした朱姫が優月に向かっていく――。

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