第60話「希望」
「戰戻――千年鎧甲」
霊魂回帰によって百済が力を解放し、時代を感じさせる古風な鎧を身につけた次の瞬間。
――風が止んだ。
百済が攻撃の手を休めたというだけのことではない。
百済は『風』を司る霊極。その彼が真の力を解放したことにより、風という事象は全て彼の意思によってのみ起こるものになったのだ。
「いけません隊長! 今のお身体で戰戻など……!!」
明日菜が叫ぶが、百済が聞き入れることはなかった。
「秘奥戦技――
龍次を斬った時とは比べ物にならない凄まじい烈風が刃と化して優月に襲いかかった。
刀を粉々に砕かれ、胴を袈裟斬りにされ、研究室の壁に激突する優月。
(やっぱり……駄目だったか……)
分かっていたことだ。人間としてすら半人前だった自分が、羅刹の頂点に君臨する者に敵うはずがない。
それでも、最後まで戦うことはできた。
――満足だ。
龍次と出会って、戦う力をもらって――、死んだように生きるのではなく、生きた上で死ねる。
「人間よ。君たちの勇姿は忘れない。私の胸に刻み込んでおこう」
(ああ、良かった……)
自分たちが死んでも、忘れずにいてくれる人がいる。良い敵と巡り合えた。
(ありがとう)
今まで出会った人々のことが思い出される。
涼太――、最後まで世話をかけっぱなしになってしまった。本当に感謝している。
赤烏――、性格は真逆といっていいぐらいだが、境遇は似ていた。彼も最期は今の自分と似た気持ちだったのだろうか。
惟月――、せっかく譲ってもらった刀だったが、自分が死ねば失われてしまう。彼ならばそれも許してくれそうだが。
雷斗――、なんだかんだいって修行には協力してくれた。せめて最後の戦いぶりだけでも認めてもらいたい。
玄雲――、龍次を人質にされてしまったが、それも龍次を殺さずにいてくれたと思えばありがたいことだった。
沙菜――、結局敵だったのか味方だったのか分からなかったが、彼女と過ごした時間は楽しかったように思える。
龍次――、好きだった。ちゃんとした形で告白できなかったことは悔やまれるが、最後は彼のことを想いながら戦って――。
「優月さん!!」
この声は――。
「龍次……さん……?」
閉じかけていた目を開いて声のした方を見る。
そこには龍次が立っていた。
「嘘でしょう……!? 隊長の剣を受けた人間が生きているはずが……」
予想外の状況に百済の副官である明日菜も混乱している。
彼女の疑問に答える声は穏やかなものだった。
「極致霊法の『
声の主はかつて優月に霊子学を教えた蓮乗院惟月。
さらに、彼と並んで雷斗・沙菜・涼太の姿が。
「確かに人間の自然治癒力を増強することでは、百済隊長の与えた傷を回復させることはできません。ですから、別の手段を使わせていただきました」
惟月が使った術式――『心命復還』は時空に干渉し、対象の過去の肉体と霊体を再現し、現在のものと入れ替えることによって傷のない状態にするというもの。
「惟月様……! 禁術を……!!」
明日菜が言う通り、この術の行使は禁忌とされている。理由は、発動に失敗した場合に時空を歪めて世界そのものの崩壊を招く可能性があるからだ。
――惟月は禁術を用いてまで龍次を助けてくれた。
「隊長! こちらの人間の始末はわたくしが――」
小太刀を抜いて龍次に斬りかかろうとした明日菜の前に氷壁が走る。
「もう近づかせません」
満身創痍の優月が龍次を庇って前に立つ。
「あ……、なんだか久しぶりに声を聞いた気がします」
優月は天を仰ぐようにしながら呟いた。
「誰と話しているんですの……?」
優月の姿を見て、眉をひそめる明日菜だったが――。
「分かりました。その名前が――」
既に霊魂回帰状態だった優月の身体から、さらに強い霊光が放たれる。
光が収まるとそこには――。
「戰戻――
羅刹装束の上に、氷雪を思わせる羽衣を纏った優月。
先ほど聞こえてきたのは霊刀・雪華が己の戰戻の名を教える声だ。
「優月さん……」
心配そうな顔で見つめてくる龍次に優月は微笑みで返す。
「わたしは大丈夫です」
絶望を知り、さらに希望を取り戻したことで優月にはかつてない力が溢れていた。
優月の手に新たな刀が形成される。
霊魂回帰状態であれば、武器の魂も自身と同化している。刀が破壊されたといっても再生は可能だ。
「どうやら、今度こそ決着をつける時のようだな」
百済は惟月の方を見て、一瞬頷き合ったようだった。そして、再び優月と向かい合う。
「はい。いきます」
「前騎士団長より受け継ぎし奥義を以って相手になろう」
百済が操る風の力、その全てが刀身の周りだけに集中する。
「断劾――
優月もまた断劾を発動する。
自分の力は信じられなくとも、惟月と龍次が与えてくれたこの力ならば信じられる。
「断劾――氷河昇龍破」
優月と百済、二人の断劾がぶつかり合う。
氷の龍に食らいつかれた百済の刃に亀裂が入った。
霊剣・百嵐を砕いた優月の断劾は百済を飲み込み吹き飛ばす。
「すまない、明日菜。……後は任せた」
部下に最期の言葉を遺し、百済継一は絶命した。
――勝った。
信じられない気分だが、騎士団の隊長を、霊極を倒すことができたのだ。
もっとも百済は沙菜の断劾によってギリギリまで弱らされていた。実力で勝ったなどとは考えていない。
だが、誰の力を借りたのだとしても、龍次を守れたならばそれでいい。
「龍次さん」
「ごめん、優月さん。すごく心配かけたみたいだね」
「いえ。いいんです。龍次さんが生きていてくれさえすれば……」
見つめ合う二人だったが、再会に水をさすように霊光が視界を遮った。
「戰戻――
霊魂回帰した明日菜が、惟月の背後に回り小太刀から変化した鎖鎌を喉元に突き付ける。
「よくも、よくも、継一様を……!! 絶対に許さないわ……。人間! その手で仲間の首をはねてこちらに差し出しなさい!!」
明日菜はこの場で最も人質として有効なのが惟月だと判断したようだった。
「場違いな真似を……!」
涼太は苦々しそうに歯がみする。
龍次や涼太を殺すことなどできる訳がない。しかし、自分たちを助けてくれた惟月を見殺しにすることも――。
「断劾――白龍輪舞」
惟月を中心として、氷と冷気の竜巻が発生する。
「な――ッ!?」
今の惟月には戦う力がないものと思い込んでいた明日菜は、その竜巻によって斬り裂かれると共に彼方へと吹き飛ばされた。
よく見れば惟月の装いは以前会った時と変わっている。
髪を三つ編みにし、着物の内にスタンドカラーの洋装を着込み、胸の紋章も蓮乗院家の家紋からは意匠が変わっていた。
惟月は瞑目し、そっと呟く。
「明日菜さん。あなたの痛み、確かに受け取りました」
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