第48話「追憶:力の在るべき場所」
混血の羅刹・月詠雷斗と、喰人種・真羅君景の激しい攻防が続く。
君景は霊気を波のようにして放ってくる。雷斗はそれを翻刃一閃で返そうとするが返し切れない。
次第に傷が深くなっていく雷斗。
対する君景はまだほとんど傷を負っていない。
一見雷斗に勝ち目はないかのような戦い。だが、徐々に敵の技の霊子構成が見えてきた。霊子構成さえ分かっていれば、一瞬の接触だけでも攻撃を跳ね返すことができるはずだ。
反撃の機をうかがっていると――。
(……!)
戦いを見守っていた惟月の背後の地中から大量の水が噴き出した。
それが刃と化して惟月に襲いかかる。
雷斗と戦いながら地下水に自身の霊気を通わせていたのか。
どうやら戦う意思を見せていなくとも、混血の雷斗より惟月の方が危険だと判断したようだ。
「下がれ、蓮乗院惟月!」
これは自分の戦いだ。惟月を巻き込む気はない。
惟月に向かう水の刃を斬り払う雷斗だったが、その背中から胸を一筋の活水に貫かれ、その場に倒れた。
「雷斗様……!」
この水は元々出雲の能力だったものだ。霊力にはそれぞれ相性というものがあるが、雷斗を攻撃するには父親の力が最適だった。
「下衆が……」
先ほど喰らった出雲の力を、息子の雷斗を傷つける為に利用する――、お世辞にも美しい光景とはいえない。
「なんとでも言え。俺はこんなところで死ぬ訳にはいかない。俺を助ける為にあえて喰われてくれた家臣たちの為にも!」
君景に喰人種化が発症した時、彼のことを慕う一部の家臣は自らその魂を差し出した。
彼らの魂は今も君景の中に存在し続けている。
生き残る為――、敵である雷斗にとどめを刺す為に、さらなる水の刃を形成する君景。
その時。
「
惟月が、雷斗の傍に寄って彼を守るように氷と冷気の竜巻を発生させる。
「雷斗様、申し訳ありません。足を引っ張ってしまって……」
沈痛な面持ちで謝罪する惟月。
「蓮乗院惟月。貴様は関係ない、ここから去れ」
雷斗は胸から血を流しながら倒れている。致命傷でこそなかったものの戦い続けることのできる状態ではなかった。
「いいえ。雷斗様を見殺しになどできません」
「貴様が奴と戦うつもりか?」
「いいえ」
「ならば、どうするつもりだ……?」
竜巻の外、君景は呟く。
「わざわざ上が空いてる技を使ったってことは、そこに罠があるんだろうな……」
最近こそ戦闘を避けていたとはいえ、惟月は相当な実力者。馬鹿正直に上空から攻め込めば、何かしらの反撃を受けるだろうと予想した。
そこで、君景は刀を高く掲げ、暗雲を呼び寄せる。
竜巻に守られた空間へと黒い雨が降り注いできた。
――毒の雨だ。
重傷を負った雷斗の身体を毒がさらに蝕んでいく。
「私は……、あなたがあの程度の敵に敗れることなど認められません」
認めないなどと言ったところで――。
「私は長く持たない。諦めろ」
少なくとも自分の身ぐらいは守れると思われる惟月よりも、これから死を迎える雷斗の方が落ち着いた様子にも見えた。
結局、自分は父親の名誉を回復することも、差別に打ち勝つこともできなかったのだ。できなかったという過去のことと思えば、それほど心を乱されることもなかった。
そんな雷斗に対して。
「雷斗様、私が持っている力の一部を受け取ってはくれませんか?」
「何……?」
予想外の提案をしてくる惟月。
「私の能力を使えば、私の主霊源を分離して雷斗様に移植することができると思うんです」
――主霊源の移植。確かにそれを行えば、霊力障害による霊気量の低下が補われ、今の傷からも回復できるかもしれない。
「私が敗れたのは己の力不足故だ。貴様の助けなど借りる気はない」
雷斗は目を伏せながら惟月の提案を断る。
「力は不足していたかもしれません。ですが、力だけです。雷斗様には羅刹にとって最も重要な器があります」
ここで惟月は霊力を科学的に解明する『霊子学』の話をした。
霊力という言葉が示す概念には三つの要素が含まれている。
実際に外へと放つなどして行使するのが『霊気』。霊気を生み出す源となるのが『霊源』。そして、それらを統括し操る技量を指すのが『
雷斗が少ない霊気だけでも戦えていたのは、この霊旋能力が高かったからだ。
霊旋が優れている者こそ、巨大な霊気を手にする価値がある。
「力を譲り受けても、それを引き受けるだけの器がなければ力に喰われて命を落とすことになります。勝手な話かもしれませんが私はできれば戦いをしたくないんです。そして、霊源の移植が失敗した場合、力は私に戻るだけ。私に危険はありません。危険は全て雷斗様に負っていただきます」
惟月はあえて自分には得しかないかのような言い方をした。
「雷斗様、あなたのお力で私を守ってくださいませんか」
誰かを守って戦う――。今までの雷斗にはなかった考えだ。
「面白い。やってみろ」
雷斗の表情に笑みが。
竜巻が消えると同時にその中から眩い閃光が迸った。
閃光が収まり現れたのは、紫の羅刹装束を纏った雷斗。腰には魂装霊倶であるレイピア。
「お前……、なんだその霊気は!? まるで本物の羅刹――」
惟月の力で霊力障害を補った雷斗の姿を見て、君景は目を見張った。
障害さえなければ、霊力においても雷斗の右に出る者はいないのだ。
他人の力を借りることは不本意であったが、これで父の仇を討てる。
「真羅君景……。父上の誇りを踏みにじった報いを受けるがいい」
雷斗は、自身の魂装霊俱、霊剣・雷公花を抜き放った。
「雷斗様、彼と雷斗様では決定的な違いがあります。彼は喰らった力を使ってはいますが、自分の器には納めることができていません。いわば借り物の力です。対して、雷斗様は私が持っていた矮小な力など余裕で受け入れることができました」
羅刹と人間の霊力の大きさには天と地ほどの隔たりがある。しかし、それを納める器はその人格次第だ。
「く……ッ! なめるなッ!」
君景が刀を振るうと、いくつもの水柱が束となって雷斗に襲いかかる。
(見える――)
霊力が上がったことで、眼力もさらに強化されたのだろう。技の霊子構成はすぐに見切ることができた。
そして、霊気量の差が埋まった今となっては敵の霊子を支配することにも時間はかからない。
雷斗が霊剣・雷公花で水流を斬りつける。すると、水を伝って紫電が君景を襲う。
「がああああッ!」
全身が焼け焦げて倒れる君景。
「父上、力をお借りしました」
雷斗は静かに瞑目した。
「なんだ……、なんなんだこの力は……!?」
王族の君景にしてみれば、人間の血が混ざっている雷斗が強大な力を持つことは理解できないらしい。
流身で身を起こし逃げ出すが――。
「逃すと思うか」
雷斗が再び剣を振るうと、天を衝かんばかりの巨大な斬撃が放たれ、君景を両断すると同時に空に立ち込めていた暗雲をも取り払う。
――戦いは終わった。
「礼を言う、蓮乗院惟月」
裏に何か狙いがあったのかもしれない。だが、それでも力を欲していた自分にそれを与えてくれた彼には自然と感謝の言葉が出ていた。
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