第47話「追憶:追放されし者」

 霊京一番街にて。

 今日は王女・真羅朱姫の誕生祭が開かれている。

 立食形式のパーティーで、惟月もそれに参加していた。

 周りから噂話が聞こえてくる。

「……何でも王族の中から追放された者がいるらしいですわね……」

「……ああ、喰人種化を発症したとか……」

 惟月自身も耳にしたことのある話だった。

 特に誰かと話す訳でも、料理を食べる訳でもなく歩いていると。

「あっ、惟月!」

 呼び止められた。

 相手は、このパーティーの主役・朱姫だ。

 朱姫は惟月と同い年。友人のように話しかけてくることは珍しくない。

「どうかされましたか? 朱姫さん」

「ちょっとお話ししない?」

「構いませんが」

 しばし朱姫と他愛ない雑談をしていると、彼女は微妙に口ごもりながらこんなことを訊いてきた。

「あの……えっと……、久遠は……家で私のこと何か話してない……?」

 朱姫が久遠に好意を持っていることは知っている。

 だが、おそらく久遠は朱姫のことを恋愛対象としては見ていないだろう。

「いえ、特には。――あ、もう少し勉学に励んでほしいとは言っていたかもしれません」

「あはは……、そっか」

 残念そうに肩を落とす朱姫。

「では、私はそろそろ……」

 王女との会話を打ち切って、惟月は会場を後にした。



 霊京からほど近いとある山林。

 雷斗は、今日も一人喰人種討伐に出ていた。

 ――一体でも多くの喰人種を倒すことが、没落した月詠家の地位を向上させることにつながると信じて。

 流身で上空を飛行していた惟月が雷斗の姿を見つけ降りてくる。

「また来たのか。もう終わったぞ」

「それは残念です」

「……祝いの席はいいのか?」

 王女の誕生祭があるということは雷斗の耳にも入っていた。

 雷斗にとっては、まったくもってどうでもいい話だが、貴族たちにとっては重要な催しなのではないか。

「確かに、王女の誕生祭に呼ばれる機会など、今後そう何度もないかもしれませんが、私としては雷斗様の戦いを見ていたいと思うのです」

 妙なことを言う。蓮乗院家ほどの大貴族が、誕生祭に呼ばれる機会が何度もないなどとは。

「それよりお聞きになりましたか? 王室から――」

 言いかけたところで、惟月は何かを感知したらしい。

「どうした」

「霊京の七番街……。大変です、月詠家が何者かに襲撃されているようです!」

「何……?」

 街の方で爆発が起こるのが見えた。

 家には今、雷斗の父・出雲がいるはず。

(父上……!)

 流身るしんの使えない雷斗は全力で自宅へと疾走した。



 雷斗たちが着いた時には、月詠家は跡形もなく破壊されていた。激しい戦闘があったことがうかがい知れる。

 その跡地の中心には一人の羅刹――いや、喰人種が。

「なんだ、今頃帰ってきたのか、劣血の月詠雷斗。――それに惟月も一緒か」

 惟月は、襲撃者のこの青年を知っている。

真羅しんら君景きみかげ……。あなたでしたか、王室から追放されたというのは」

 君景の姿はほとんど獣化していない。十分な捕食によって喰人種としての変異を止めている証拠だ。

「惟月。追放はもう過去のことだ。俺はたった今王室に戻る条件を満たした」

 君景は喰人種化の発症と共に追放されたが、変異を完全に止めるに至れば復帰を許されるということだった。

 王室に戻ろうとする君景にとって、それなりに高い霊力を持ちながら魂装霊俱を奪われている出雲は、魂を喰らうのに都合のいい相手だったのだろう。

「本来、討伐されるはずの喰人種を追放。あまつさえ、復帰を許すなどとは……。つくづく身内に甘い……」

 惟月は珍しくも眉根を寄せていた。

 王族という身分がなければ問答無用で殺害されることとなる喰人種が、その身分故に軽い処分で済まされるのは、誰に対しても分け隔てなく接する惟月にはひどく差別的に映ったのではないか。

「父上の魂を喰らったのか……」

 君景の足元には出雲が倒れているが、そこからは最早霊気が感じられなかった。

「羅刹の裏切り者が、最期に王家の役に立ったんだ。それでいいだろ」

 君景は、人間の女性と結ばれた出雲のことを『裏切り者』と呼んだ。

「貴様……!」

 雷斗の表情はそれほど変わらないが、その瞳には確かな怒りをたたえている。

 月魄刀を構えて喰人種・君景と対峙する雷斗。

 先に雷斗が斬り込む。

 だが、雷斗の刀は君景の刀に弾かれる。

 君景は刀身から霊気の波を放つ。

「翻刃一閃……!」

 雷斗は、君景の霊気を月魄刀で斬りつけるが――。

「くっ……」

 技を返し切れず斬り裂かれる。

 敵の霊気量が多すぎて、瞬時には全てを支配できない。

 それでも一部奪うことのできた霊気を自身の刃に纏わせて刀を振るう。

 しかし、流身で自在に飛び回ることのできる君景に対し、雷斗の刃はなかなか届かない。

「惟月。お前は戦わないのか? なんでか知らないが、こいつに入れ込んでるんだろ?」

 一方、君景には、惟月に話しかける余裕まである。

「…………」

 惟月は答えない。

 噂はいくつもあるが、惟月は自分が戦わなくなった理由を明確に話したことはなかった。

「分かってるさ。お前は元々精神に干渉する能力を持ってたからな。新しく目覚めた力の中に心を読むってのがあったんだろ? 相手の痛みまで感じ取ってしまうんじゃ戦えないのも無理はない」

「……私の能力をよくご存知ですね」

 惟月は否定も肯定もしなかった。ただ、核心に近い予想ではあった。他人の痛みに自分の精神力で耐えることはできない。それでも、あくまで『近い』だが。

「貴様の相手は私だ」

 雷斗が再び斬りかかるが流身で躱される。

 惟月が戦えなかったところで、雷斗にとっては何の問題もない。元より自分の手でこの喰人種を斬るつもりだ。

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