第17話

 灰色の階段の踊り場は、日陰だけれど寒くはない季節になった。ただ陽が落ちてくると、一枚羽織ろうかなという気持ちはする。

「まあまあお客様入ってますね」

「そうですね。もうちょっと増えると普段の催事以上なんだけど。むずかしいかな。売り上げの方はどうなんだろうね」

「それは小湊さんが把握してると思いますよ」

 島田とそんなやりとりをしているところに、赤い蝶ネクタイの太田がやってきた。

「おつかれさん。大きなトラブルもなく、初日は終えられそうだね、一安心だよ」

 そう言って、たばこに火を付けた。

「欲を言えば、お客様が普段以上の人数になって、売り上げも普段以上になってくれれば、言うことないんですけどね」

「本田君、企画を考えて欲を出したくなるのはわかるけど、ちゃんとお客様の顔見てる?」

「見てますけど...? 」

「私もさっきちらっと会場見てきたけど、みんなうれしそうに蝶を見てるじゃない。そういうことよ」

 太田が大きく煙を吐き出す。

「さっき女子高生の集団が、CG写真を撮りまくってましたよ」

 島田が担当してくれている、合成写真の話をしてくれた。

「ああいう若い人が、SNSなんかで話題にしてくれると、お客様が増えるかも」

「そう、そういうことが積み重なるってあるから。初動のお客様だけで焦っちゃダメなんだよ、本田君」

「焦らないって難しいですね」

「発案者だから難しいんだよ。これまでサブで入ったりしてた、地方の物産展で焦ってなかったでしょう」

「まあ正直...。 」

「正直だな」

 そう苦笑して、太田は続けた。

「催事の発案者になるってことも、いい経験になるよ、きっと」

「そうなんでしょうね」

「島田君は、本田君の姿をよく見ておくように」

「そういわれると緊張するじゃないですか」

 にこっと島田が笑う。

「いつも通りにいこう。お客様によろこんでもらうことを大切に」

太田がたばこを消したので、僕らもたばこを灰皿に入れた。

「さ、本田君。初日の売り上げはどうかなぁ~」

「ちょっと!今言ったことと違うじゃないですか!」

 島田と太田が笑って、扉を開けてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る