エピローグ

エピローグ


 ――翌朝、カミトは医務室のベッドで目を覚ました。


 あのあとのことは、正直、あまり覚えていない。

 エストを使うのに神威を消耗しすぎて、意識が朦朧としていたのだ。


 駆けつけた学院の騎士団によってジオ・インザーギは捕縛され、事件の重要参考人としてオルデシア軍に引き渡された。

 精霊王の血ブラッド・ストーンの力を失ったあの偽りの魔王に、もはや抵抗する力は残っていなかった。


 鉱山の地下に眠る戦略級軍用精霊ヨルムンガンドは、フィアナが再封印の儀式神楽を執り行い、無事に再封印された。

 地上にあった祭殿も騎士団によって完全に破壊され、あれが解放されることはもう二度とないはずだ。


 闇精霊レスティアは、ジオの腕を斬り裂いた瞬間、消えてしまった。

 消滅したわけではない――それは左手に刻まれた精霊刻印の疼きが教えてくれていた。


(レスティア、おまえはいったい、なにをしようとしているんだ?)


 ――それがの願いだから。


 かつての契約精霊はそう言った。

 そして、いずれ彼女と出会うことになると。


 彼女というのは、いったい何者なのか。

 あるいはそれは、今度の精霊剣舞祭ブレイドダンスに参戦するという、もう一人のレン・アッシュベルのことなのだろうか――


(なんにせよ、俺たちが勝ち進んでいけば、いずれそいつと戦うことになるはずだ)


 今回のSランク任務達成で学内ランキングは大きく上がったものの、上位のチームはまだ多くいる。

 それに〈精霊剣舞祭ブレイドダンス〉となれば、この学院だけではない、大陸の各国から精鋭の強豪チームが選抜されてくるのだ。


(こんなとこで、寝てる場合じゃないな……)


 苦笑して、カミトがベッドから起きあがろうとした、そのときだ。

 シーツの中から、もぞもぞと動くやわらかい感触が。


「……っ、エ、エスト! おまえまた――」


 あわててシーツを跳ね上げる。

 ベッドの中には全裸のエストが――


 ……いなかった。


「……フィアナ?」


 カミトは、ぽかんと口を開けた。

 そこにいたのは、ドレスのような制服に身を包んだフィアナだったのだ。


「残念、もう見つかっちゃった。これからいろいろ遊ぼうと思っていたのに」


 艶やかな黒髪をかきあげ、可愛く舌を出す王女様。

 ゾクッとするような上目使いでのぞきこまれ、思わず顔が赤くなる。


「な、ななな、なにしてんだ!」

「ふふっ、〈神儀院〉の姫巫女は、精霊を愉しませるいろいろな技を知っているのよ?」

「お、おまえ、なにをする気だよ……」

「冗談よ。でもほら、活力が回復しているのを感じるでしょ?」

「……? う、た、たしかに……!」


 全身になにか力がみなぎっているのを感じる。

 普通は、たった一日休養したくらいで神威カムイがここまで回復することはないはずだ。


「姫巫女の神威カムイをわけ与える〈神儀院〉秘奥の儀式神楽――でも、使うには肌を密着させなければならないの。気を悪くしたらごめんなさい」


 フィアナは急に顔を赤らめて、もじもじとうつむいた。


「は、はしたない娘だと思わないでね? 私だって本当は……恥ずかしいんだから」

「わ、悪い……ありがとな。けど無理はしなくていいぞ」


 カミトはあわてて謝った。

 大人びたふりをしているけれど、本当は初心うぶなお姫様。

 そんな彼女に心配をかけて、ここまでさせてしまったのだ。

 どいてくれなんてとても言えない。


「無理なんてしてないわ。す、好きでしていることだから」


 フィアナは顔を赤くしたままふいっとそっぽを向いた。


「……なあ、フィアナ、本当に〈神儀院〉に戻らなくていいのか?」


 彼女が精霊剣舞祭ブレイドダンスに出場しようとしていた理由は、勝利者に与えられる〈願い〉によって契約精霊の力を取り戻すことだったはずだ。

 その〈願い〉はもう叶ったのだから――もうこの学院にいる意味はない。


「いまさら戻ることなんてできないわよ。それに、ね」


 フィアナは長い黒髪をかきあげると、すっと顔を近づけてきた。


「私ね、もうひとつ叶えたい〈願い〉ができたの」

「なんだ? もうひとつの願いって」

「秘密よ――」


 頬にやわらかい感触。

 桜色の唇がついばむように触れ、そっと離れた。


「……俺を籠絡するのはあきらめたんじゃなかったのか?」


 カミトが半眼でうめいた。


「ええ、そうよ。こんどは本気だもの」


 お姫様がくすっと小悪魔の微笑を浮かべる――と、そのとき。

 ガチャ――と、部屋のドアが開いた。


「カ、カミト!?」


 ぴょん、とはねる紅いツーテール。

 大量の桃の缶詰を抱えたクレアだった。


 ……どうやら、お見舞いにきてくれたらしい。

 ベッドの上でフィアナと絡み合っているカミトを見て――


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


「あ、ああ、あんたたち、ななな、なにしてんのよ……」

「まて、誤解だ。これは違うからな……」

「あら、カミト君、なにが誤解なの?」


 フィアナがぎゅっとカミトの身体に密着する。


「な、なぜ火山の噴火口に薪をくべるような真似を!?」

「……っ、スカーレット、燃やしなさい!」

「ゲオルギウス、あのうるさい娘を追いだして!」


 刹那。虚空からあらわれる、火猫と甲冑の騎士。

 火猫がふーっと威嚇すれば、騎士が剣を抜き放つ。


「おい、やめろ、ここは病室――」


 そんなカミトの叫びは、激しい剣戟の音にむなしくかき消される。


 静かな病室は、一瞬にして剣舞ブレイドダンスの会場へと化すのだった。





――END

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