第九章 チーム・スカーレット④


「がっ……あああ、あ、あ……貴様っ、俺に、なにをしたあああっ!」


 突然、ジオ・インザーギの身体がよじれ、地面に倒れ伏した。

 両腕がありえない方向へねじ曲がり、全身の刻印が激しく明滅する。


「あんたの封印精霊が暴走してるんだ。フィアナの舞う儀式神楽に反応してな」


 カミトがテルミヌス・エストを手に、ゆっくりと立ちあがった。


「なんだ……と……!」

「いいか、封印精霊を宿したあんたの身体は、数多の精霊を祀った祭殿のようなもんだ」


 肩をすくめながら告げる。


「しかも、そいつらはたしかな絆で結ばれた契約精霊じゃない。その石の力によって無理矢理従わせているだけの封印精霊だ。それが外部からの干渉――フィアナの奉納する神楽の影響をうけないはずがないんだよ」

「ぐっ……くそ、があああああっ!」


 ジオが咆哮し、真祭殿で神楽を舞うフィアナに向かって精霊を解放した。

 属性の異なる五体の精霊が、絡み合い、のたうつように突進する。

 それを――


「無駄よ」


 扉の前に立つクレアが、炎の鞭フレイムタンでまとめて叩き落とした。


「悪いけど、制御を失った精霊なんて相手にもならないわ」

「ぐっ……が、はっ……」


 暴走する封印精霊に身体の自由を奪われ、ジオの身体が激しく痙攣した。


「あんたの身柄を拘束する。戦略級軍用精霊ヨルムンガンドの件についても話してもらうぞ」


 カミトが身柄を確保しようと近づいた、そのときだ。


「――それは困るわ、カミト」


 虚空から、澄んだ少女の声が聞こえた。


 思わず足を止めたカミトの前に、濃密な闇があらわれる。


「……っ!?」


 忘れるはずもない、心地のよいその声。

 虚空から生まれた闇はやがて、美しい少女の姿へと変化した。


「ジオは貴重な実験体なの。勝手に持ち出されては困るわ」

「レスティア……」


 カミトは、喉の奥から絞り出すようにうめいた。


 かつての契約精霊――三年前となにひとつ変わることのない、可憐なその姿。

 カミトは――こんなにも、変わってしまったというのに。


「あんた、このあいだの闇精霊!?」

「おひさしぶりね、火猫のお嬢さん」


 ハッとして叫ぶクレアに、少女は可愛らしく手を振った。


「……レスティア、おまえなのか? 戦略級軍用精霊ヨルムンガンドを解放しようとしているのは」


 予感はあった――彼女がこの件の裏にかかわっているという予感。


 ジオ・インザーギがカミトの正体を知っていたこと。

 そして、地上の祭殿で儀式を執りおこなっていた闇属性の精霊。

 なによりも、左手に刻まれた精霊刻印の疼きが、彼女の存在を教えてくれていた。


 可憐な闇精霊は、寂しげな微笑を浮かべてうなずいた。


「そうよ。ここに眠る精霊を解放するのが私の使命」

「どうしてそんなことを……」

「それがの願いだから。それだけよ」

「……彼女?」

「カミト、貴方はいずれ彼女と会うことになるわ。でも、いまはだめよ。あなたはまだ目覚めていないもの」

「レスティア、俺は――」


 ――と、そのとき。地面に倒れていたジオが吼えた。


「どけよ、闇精霊。俺はまだ負けてねえっ!」

「あきらめなさい。言ったでしょう? 貴方ではいまの彼にさえ勝てないって」

「黙れっ、俺は――俺は魔王を継ぐ者だ! こんなところで――」

「あなたは魔王ではないわ。精霊使いですらない、ただの出来損ないよ」


 闇精霊の少女は冷たい口調で言い捨てた。


――」

「……っ、黙れ、黙れ黙れ黙れ、くそ餓鬼があああああああああっ!」


 突然、咆哮したジオの手が闇精霊の足首を掴んだ。

 そのまま立ち上がると、レスティアを逆さ吊りにする。


「ジオ、なにをするつもり!?」

「ありがたく思え。俺が貴様を使ってやるよ、闇精霊!」


 ジオ・インザーギが狂気を孕んだ顔で哄笑する。

 片方の手に握りしめた、輝く真紅の勾玉。

 それを――

 足もとの地面に叩きつけた!


「なっ!?」

「は、ははははっ、は! これが、高位の闇精霊さえ強制支配する魔王の力だ!」


 甲高い破砕音をたてて砕け散る真紅の精霊王の血ブラッド・ストーン

 封じられた狂王精霊ネブカドネザルの力があふれだし、影の触手となって闇精霊の身体を呑み込んだ。


「レスティア!」


 激昂したカミトがテルミヌス・エストを振るった。

 だが、渾身の力をこめて放ったその斬撃は――ジオを斬り裂くことはなかった。


 ジオの手に、巨大な漆黒の魔剣が握られていた。

 それが、テルミヌス・エストの刃を受け止め、その輝きを吸収しているのだ。


「それは……まさかレスティアの――!?」


 精霊魔装エレメンタル・ヴァッフェ――真実を貫く剣ヴォーパル・ソード


 形状こそ異なるが、それはかつて最強の剣舞姫レン・アッシュベルが使っていた魔剣にほかならなかった。


「スカーレット!」


 クレアが叫んだ。

 狂った哄笑を上げるジオめがけ、焦熱の火猫ヘルキャットが襲いかかる。


「雑魚がっ、魔王の邪魔をするなあああっ!」


 目を血走らせ、ジオは漆黒の魔剣を振るった。

 カミトの剣を押し返し――その剣身から無数の黒い雷撃が放たれる!


「きゃあっ!」

「クレアっ!」


 悲鳴を上げ、クレアの小柄な身体が吹っ飛んだ。


「ジオ・インザーギ!」


 カミトが吼え、ふたたびテルミヌス・エストを振り下ろした。


「てめーもっ――死ねええええっ!」


 正面から走りこんでくるカミトに向かって、黒い雷撃が放たれた。

 先程の数倍はあろうかという一条の雷撃。

 それは真っ直ぐにカミト目がけて収斂し――


「あたるかよ、こんなもん――」

「――


 ジオがニッと凄絶な笑みを浮かべた。

 かわそうとする寸前、カミトは気付く。


 背後にフィアナがいた。

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