第五章 魔王を継ぐ者③


 ――声が震えていることに気付かれたかもしれない。


 それでも、フィアナは気丈に目の前の敵――ジオ・インザーギを睨みつけた。

 手の中に握りしめた精霊鉱石は三つだ。

 いずれも閃光精霊を封じてある。


 見た目こそ派手だが攻撃力は皆無に等しく、せいぜい目眩ましにしか使えない。

 いまは不意を打てたが、おそらく、こんな子供騙しが二度も通用する相手ではない。


 ジオ・インザーギがゆっくりとフィアナのほうを向いた。

 炯々と輝く紅い目に睨まれ、フィアナの肩がびくっと震える。


「なあ、いま邪魔したのはあんたか?」

「彼は私のものよ。手は出させない」

「そうか――」


 ジオはすっと彼女に向かって手をかかげた。


「――顕現せよ、魔光精霊シャイニング・レイ


 その手に禍々しい光の槍が生まれ――フィアナの心臓に狙いを定めた。


「あ――」


 フィアナは――動くこともできなかった。

 捕食者に睨まれた獲物のように。

 握りしめた手のひらから精霊鉱石がこぼれ落ちる。

 恐怖で指先が震えていた。


(だめ、あの日と同じだ――)


 フラッシュバックする記憶。


 四年前。の前に立った、あの日。

 絶望的な恐怖を味わったあの日、フィアナの心は折れてしまった。

 気丈に立ち向かい、勇気を出そうと思っても、身体の震えが止まらないのだ。


「じゃあ、死ねよ――」


 ジオが光の槍を投げ放った。


「フィアナ!」


 クレアが炎の鞭フレイムタンを放つが、あの距離では間に合わない。

 フィアナは目を閉じた。

 一瞬後におとずれる死を覚悟して。

 だが――


「……え?」


 心臓を貫くはずの痛みはなかった。

 目を開けると――


「カミト……君……?」


 カミトが目の前に立ちはだかり、光の槍を左手で受け止めていた。

 貫かれた手のひらから赤い血が滴り落ちる。


「おいおい、見損なったぜ。そんな木偶をかばうとはな」

「うるせえよ……フィアナは俺たちの仲間だ」


 激痛を押し殺すように呻き、カミトはその場に片膝をついた。

 ジオは苛立たしげに顔を歪めると、その手に精霊魔装エレメンタルヴァッフェの剣を構える。


「いいぜ、そんなに死にたいんならすぐに殺して――」

「させないわっ、そいつはあたしの奴隷よ!」


 刹那、クレアの放った炎の鞭がジオに襲いかかった。

 地面を嘗める紅蓮の焔。ジオが舌打ちして跳躍する。


 ――と、そのときだ。

 遠くのほうからガチャガチャと甲冑の鳴る音がした。

 戦闘の音を聞きつけて、大規模な騎士団の増援がやってきたらしい。


「ちっ、この場は勘弁してやるよ。目的の資料も手に入れたしな」

「逃がさないわ!」

「クレア、深追いはするな!」


 追おうとするクレアを、カミトが止めた。


「……っ、カミト、怪我は大丈夫?」

「ああ、たいしたことは……痛っ!」

「ば、ばかっ、無理するんじゃないわよ!」


 激痛に喘ぐカミトの背中をクレアが支える。


「あんたと同じ男の精霊使い……あいつ、いったい何者なの?」

「さあな……フィアナ?」


 カミトがハッと気付いて振り向いた。

 緊張が解けた反動か、フィアナはふっと糸が切れたようにその場にくずおれた。

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